禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー 作:AKHT‐47
2016年、4月。
京都校の校庭は、例年よりも鮮やかな桜色に染まっていた。職員室の窓からその光景を眺めていた「準一級術師」の「庵歌姫」は、淹れたての茶を啜り、深いため息をついた。
「……平和。本当に平和ね、直哉君」
「そうですねぇ。俺もこの落ち着いた空気、嫌いちゃいますよ」
隣の席で、高級な手帳にペンを走らせていた「禪院直哉」が、完璧な角度の微笑みを返す。直哉は現在、京都校の教師という肩書きを持っていた。「禪院家」の本殿が近くて都合が良いというのが本音ではあるが、歌姫という真面目ではあるが、術師としては少しばかり頼りなく、見ていて心配になる「同僚」を支えつつ、次世代の芽を自分の手元で育てるための采配である。歌姫にとって、五条悟という「不遜の塊」を知る身からすれば、礼儀正しく、かつ実務能力も財力も申し分ない直哉は、まさに神が遣わした最高に近い後輩であった。
「さあ、そろそろ時間や……今年の一年生は、なかなかに濃い面々が揃っとるみたいですから」
直哉が立ち上がり、職員室を退出し、教壇へと向かう。教室の扉を開けると、そこには三人の少年少女が座っていた。
「……お、先生? 禪院家の人って聞いてたから、もっとカビの生えたようなお爺さんが出てくるかと思ってたけど……」
真っ先に声を上げたのは、地毛の金髪をサイドポニーに結った少女、「西宮桃」だ。小柄ではあるが、外国の術師の血が入っているらしい。彼女は直哉の顔をまじまじと見つめると、少し頬を染めて、小声で独り言ちた。
「結構イケメンじゃない? 当たりかも」
その隣、背筋を真っ直ぐに伸ばし、端正な顔立ちを崩さないのは「加茂憲紀」だ。彼は直哉が教壇に立つと同時に立ち上がり、深く、隙のない一礼をした。
「禪院直哉先生。同じ御三家として、また同じ御三家の「次期当主」として歩まれる貴方のお噂は、かねがね。この四年間、指導を仰げることを光栄に思います」
「加茂君、そう堅くならんといて。ここでは君は僕の生徒や。……よろしくね」
直哉は、憲紀の瞳の奥にある家柄への呪縛を読み取りつつ、柔らかく視線を逸らす。そして、一番後ろの席で、上着を脱ぎ捨て、はち切れんばかりの大胸筋を誇示しながら座っていた巨漢が、地響きを立てるようにして立ち上がった。
高専の仕事を碌にしないで、己の研究の為に世界中をプラプラしているという通称「ロクデナシ」こと「特級術師」「九十九由基」の愛弟子、「東堂葵」………若干15歳にして既に「一級術師」はかたいと評される強者。彼は一歩、また一歩と直哉に歩み寄り、その巨躯で教壇を見下ろすようにして距離を詰めた。初対面の教師に対する敬意など微塵も感じさせない、圧倒的な圧。
「……ほう。あんたが噂の『パトロン』か。金と権力を使いこなし、この腐りきった呪術界の構図を塗り替えようとしている……」
東堂は直哉の眼前に顔を寄せ、その魂を値踏みするように睨みつけた。
静まり返る教室。西宮は息を呑み、憲紀は不敬だと制止しようとしたが、東堂の熱量がそれを上回る。
「……Mr.直哉!!」
東堂の咆哮に近い声が響く。
彼は右手の指をバキリと鳴らし、至近距離から直哉の瞳を射抜いた。
「質問だ……どんな女がタイプだ?ちなみに俺は………タッパとケツがデカい女がタイプです!!」
「………」「うわあ………」
あまりにもデリカシーのない、性癖談義の要求に、加茂家の嫡男は額にしわをよせ、西宮はドン引きを隠さない。
「東堂君、それは今聞くことなんか?」
「フッ、今だからこそさ。自己紹介は、入学式の一大イベントだろう?」
まあ、それはそうなのだが、だからといって性癖を語り合おうなど………
「まともに答えないのなら、」
東堂は指を更にバキボキと言わせて威圧する。それを見た加茂は、自分の尻の辺りをさわさわとしていた。恐らく彼に蹴られたのだろう………憐れである。
「ま、待って………落ち着いてや………今考えとる………」
直哉は必死に今までの人生を思い返す。だが………
(俺の人生………改革ばかり意識して、異性に想いを寄せたりする余裕なんてあんまなかったし………)
急に好きな女性像を聞かれても、答えは出なかった。だが、それでも必死に答えを出そうとする………
「ああ、俺の数少ない、唯一憧れた人の話なんやけど………」
直哉はふと、頭に思い浮かんだある一人の男の話をする。
「俺の親戚にな、メッチャ強いけど、家から酷い扱い受けててな、心はボロボロに擦り減ってた人がいたねん」
「ほう?」
東堂は興味深そうに話を聞いているが、イケメンな担任が彼の話に乗った事に、残り二人の一年生は落胆を見せる。なんで俺が軽蔑の視線を向けられにゃならんのや………と、直哉は嘆く。
「色々道を踏み外したんやけど、10年くらい前に、その人も改心してな。道を踏み外す前に産まれてた子供達とも向き合ったんや」
「好きな女のタイプ………っていきなり言われても、中々イメージできんのやけど、その親戚が子供達に不器用ながらも向き合ってる姿を見る時は、ああ、ええなあって思うわ………今俺に答えられるのは、そんだけやな」
「おお………」
落胆を見せていた加茂と西宮は、あまりに紳士で劣情のない答えへ素直に感心し、担任に対する畏敬の念を持った。だが………
「はあ………」
東堂だけは、俺が聞いていたのはそういうことではないと、溜息をつく。
「退屈だよMr.直哉………俺の師匠は言っていた、性癖がつまらん奴は、そいつ自身もつまらんとな!」
ましてや、性癖の話をお涙頂戴エピソードではぐらかすなど更に論外だと、東堂はいきり立つ。
「ハァ………」
どういう教育してんだあの特級はと、直哉は溜息と同時に、苛立ちがこみ上げて来た。好みのタイプが挙げられないなりに、こちらは真摯に、頭に思い浮かんだものをしっかりと言葉に出力したというのに………ここはガツンと、教職と生徒という立場の違いを分からさなくては………
「俺はこれでも真面目に答えたつもりやけどな………ただ東堂君、担任として、二つ程君に言いたい事がある」
「一つ、初対面の相手に性癖の話を振るなんて常識が無さ過ぎて論外や。ましてや暴力など………加茂君の尻も蹴飛ばしたんやろ?」
直哉の指摘に、東堂は顔色を動かさなかったが、加茂は何故気付いたのだろうと驚くと同時に、生徒のことをちゃんと見ているのだなと改めて感心した。
「そしてもう一つは………人の事つまらんとか愚弄するけどな、ハッキリ言って、君のタッパがデカいだのケツがデカいだの、そこまで面白くないっていうか………タッパはともかくケツがデカいなんてありきたりや………」
バコォ
直哉が言い終わる前に、東堂の拳が振るわれていた。直哉は投射で難なく回避し、東堂の拳は黒板に直撃し、亀裂を作った。
「高田ちゃんを愚弄するのは許さんッ」
「入学早々、備品の損壊までやらかすとは………」
東堂の性癖を愚弄したのであって、彼が好きな女性を愚弄した訳ではないのだがと直哉は呆れるが………
「東堂!いい加減にしろ」「そ、そうだよ。もうやめよう?」
加茂と西宮も流石にやり過ぎだと、直哉の前に立って仲裁にはいる。が、内心東堂の性癖を面白くないと直哉が愚弄した事は、良く言ってくれたと内心褒めていた。
「どけオマエら!ソイツを半殺しにしなければ、俺の気が済まんッ」
怒りからか、Mr.という敬称はなくなり、担任をソイツ呼ばわりしている。どこまでも問題児だなと、直哉の心労は増すばかりだ。
「はあ、東堂君、暴れたいのなら、一つ提案がある………」
今日は入学にあたってのミーティングや説明が終わったら、それ以上の予定はない………怒る東堂に、拳を撃ち合う事でお灸を添え、落ち着かせる時間くらいはある。直哉は備品がこれ以上壊れない為にも、外で
「フン、良いだろう」
東堂は担任の言葉に従い、窓を開け乱暴に外に飛び出る。行儀が悪いなと、直哉は玄関の方から表に出た。
「………どっちが勝つと思う?」
「禪院先生は既に一級、通常の術師の基準では一番高位に位置する。かつては「シン陰流」の門下生として学んでいたこともあり「領域展開」も習得しているという………しかし、東堂も既に一級相当の実力は有しているというが………」
西宮の疑問に、戦いは読めないと加茂は解説する。
◇◇◇
春の心地よい日差しとそよ風がグラウンドを支配する中、それにそぐわない強烈な殺意とプレッシャーが二人の男の間にバリバリと電流のように流れている。東堂は己の性癖と、好意を抱いている高田ちゃんを愚弄されたという思い込みからだが………直哉の方も、甚爾との思い出を退屈と片付けられた事に怒りがない訳ではない。この際、全力で彼を矯正しようと誓う。
「一応、教師やからね。生徒に指導するにしても、あんまり乱暴な事は………」
直哉が言い終わる前に、東堂は殴り掛かった。余りにも素直な直線的な攻撃、カウンターを誘っているのだろうか?直哉は彼の考えを読む為に、あえて乗ってみる。
パン
「なっ」
少しだけ、景色が前方に動いたような感覚、この現象は………
「でぇやあああ!!」
バコォ「ごふっ………」
東堂の強烈な回し蹴りが、直哉を後ろから襲う。大きく吹き飛ばされるが、「投射呪法」で着地の動きを作りなんとかやり過ごす。
「今、先生と東堂君の位置が入れ替わった?」
「ああ、恐らくそれが、東堂の「生得術式」なのだろう」
拍手を発動条件とし位置を呪力のあるもの同士を選択し、入れ替える「不義遊戯」。あまりにも単純だが、東堂のフィジカルを相手に対応は困難である。
「もうちょいはようしてみるか………」
直哉は少しだけ投射を重ね、時速100㎞程度の速さで襲い掛かる。入れ替えが厄介ならどうするか?拍手をさせないように立て続けにフリーズさせ、タコ殴りにでもしようと考えたが………
「フッ、貴様の術式の概要は既に知っている」
御三家の相伝術式はその概要が漏れやすい。東堂は師匠越しに直哉の手札であるフリーズを把握していた為に、絶対に己に触れさせないよう立ち回る。再度お互いの位置を入れ替え、後方から襲い掛かろうとするが、
「二度目は通用せんよ」
直哉は予めその動きを呼んでおり、後方に回し蹴りをする動きを作っていた。東堂は再び拍手で逃れようとするが、直哉の蹴りが接触する方が速い。
「うぐっ」
直哉の脚が接触すると同時に、東堂は一枚のプレートへと変貌する。触れたものにも24fpsの動きを強制し、失敗したら1秒間の拘束を強制する投射呪法の応用。直哉はそのプレートを勢いを乗せた脚でそのまま蹴り割る。
「これでおあいこやね。お互い一発ずつ蹴りを入れた………」
もうやめにせんかと、直哉は進言する。大人でありながら、売り言葉に買い言葉という態度は教師のやる事ではなかったと、謝罪の言葉を見せながら。傍から見たら謝る必要などサラサラないように思えるが、人が出来ているなと、加茂と西宮からの好感度は上がった。
「………ッ、まだまだあ!!」
だが、東堂という男は止まらない。懐に忍ばせていた呪力を込めた石を思い切り投げつけ、自身と入れ替える。石を投げた時の慣性をそのまま己に乗せて、直哉に重い拳を叩き込もうと………直哉の方はもう付き合ってられんと、その場から離脱する動きを作ろうとしたが、
「は?………」
殴り掛かっていた東堂と、逃げようとした直哉の位置が入れ替わる。去ろうとする動きが己の身にふり掛かる慣性力で失敗し、フリーズする。今度はこっちがフリーズした所を殴る番だと、東堂はボコスカと直哉をなぐる。
「ぐはあ………ざけんなや………」
一級術師の拳の連撃をモロに喰らった事で、直哉は出血するまでに至る。骨や内臓をやった訳ではないが、実戦でもないのにこんな怪我をするなどたまったものではない。
「東堂!いい加減やめないか!」「そうだよ!先生もさっき謝ってたし………」
「言った筈だぞ。俺はコイツを半殺しにするまで済まさないと………!?」
立ち上がった直哉も、流石の我慢の限界、堪忍袋の緒が切れ、
「まさか!?ここで本当に使うつもりか!?」
結ばれた掌印、膨大な呪力の起こり、先生はここで呪術戦の極致を使うつもりかと、加茂は驚愕する。
領域展開 時胞月宮殿!!
眼玉のついた子宮が浮かぶ気色の悪い領域、投射呪法のフリーズの対象を細胞単位にまで拡張し相手に押し付ける必中必殺領域………
シン陰流 簡易領域!!
東堂も負けじと、居合のポーズを取る呪術的な工程を踏んで、師匠の九十九由基から学んだ簡易領域で必中効果を無視しようとするが………ゴリゴリゴリ………物凄い勢いで簡易領域が削られていくのに東堂は驚愕する。いくら本物と簡易の違いがあるとはいえ、ここまでの速度で塗り替えられる事は今までにない………
ピキィーン
簡易領域が完全に消えた時、東堂は一枚のプレートに完全に固定され、動けなくなっていた。
「俺の領域展開はな、通常は細胞単位で相手をフリーズさせて殺すっちゅう、まあかなり物騒な領域なんやけど」
「術式の開示」、直哉は領域の術式効果を上げる為に動けなくなった東堂に解説する。此度の領域展開において、細胞単位でのフリーズという「必殺性能」を捨てるという重すぎる代償を払い、その代価として領域の押し合い性能の向上、フリーズ時間の延長というリターンを得た。
「東堂君、俺も教師やから大人の対応ちゅうもんしようと思ったけど………君は度が過ぎた」
バコォボコォ………フリーズした東堂の意識が落ちるまで、直哉は領域内で彼を殴り続けた。すぐには目覚めぬよう、徹底的に。
ガシャーン………
「先生!!」「大丈夫ですか………?」
「問題あらへんよ」
東堂が眠りについた後、領域を崩壊させ、彼を肩に担いだ直哉に生徒たちが近付く。東堂はまるで心配されてないが、彼の行動を鑑みれば当然だろう。入学初日からここまで嫌われるのは、ある意味才能かもしれない。
「二人共、ちょう悪いんやけど、今日の授業はこれで終わりや。自室の寮に戻ってくれ」
例え手が掛かろうと胃が痛くなろうと、東堂も自分の生徒だ。彼に教育の一環として与えた負傷を、これから東京校まで行って、一つ上の先輩である保険医の反転術式のアウトプットで治して貰おうという見込みだ。
「行くって、どうやって………」
「ああ、フリーズで空に道を作って、亜音速でひとっ走りな………大体20分もすればつく計算やね」
「領域を展開した後にですか!?」
東堂との小競り合いを終えて尚そこまでする余力があるのかと、加茂と西宮は担任に畏敬の念を抱く。
「んじゃまた明日な」
直哉はトントンと固定した空気を足場に飛びあがって行き、東京へと向かった。
「なんか………凄い同級生と担任にかちあっちゃったね………」
「ああ………」
これから4年間、ここで学ぶことになるのだが………相性が悪そうな担任と同級生、前途多難になりそうな未来に、残された二人は憂いを憶えた。