禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー   作:AKHT‐47

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大人たち

 春の柔らかな陽光が降り注ぐ、昼下がりの東京都立呪術高等専門学校。

 のどかな鳥のさえずりを切り裂くように、突風が校舎のベランダに吹き付けた。亜音速で空を固定し、強引な最短距離を駆け抜けてきた禪院直哉は、慣性で揺れる上着を正しながら保健室の窓を蹴るようにして開けた。

 

「……ハァ、ハァ……。流石に、領域の直後にこの距離は……身体に響くわ……東堂君抱えてるから尚更………」

 

 肩には、気絶してなお岩のように重い巨躯、「東堂葵」。

「禪院直哉」は乱れた髪を無造作に掻き上げ、眩しそうに目を細めながら、処置室の主へと声をかけた。

 

 

「……どうしたんだ直哉?アンタが正面からでなく、裏口から保健室に入るなんて珍しい………」

 

 デスクでコーヒーを啜っていた家入硝子は、窓から差し込む日差しを背に、眠そうな目で直哉を振り返った。窓の外では午後の光が校庭の桜を白く飛ばしている。名家の育ちで作法を仕込まれた直哉は、いつも表から建物に入るタイプだったので、硝子はその傾向にそぐわない行動に少々疑問を覚える。

 

「すんません、硝子さん。緊急やってん……こいつ、一刻も早く治してやってほしいねん」

「……何これ。京都校の新入生? 随分と派手にやったね………内臓や骨は無事だけど、体中が腫れてるじゃないか。顔もパンパンだし………」

 

 直哉が東堂を処置台に横たえると、硝子は手際よく反転術式の光を手に宿した。

 ボコボコに腫れ上がっていた東堂の顔が、見る間に本来の威圧感に満ちた造形へと戻っていく。内出血や炎症程度なら、彼女の「反転術式のアウトプット」ですぐに治癒できる。

 

「……で? 何があったの。直哉、アンタが自分から生徒をここまで殴り飛ばすなんて珍しいじゃない。いつもなら札束で黙らせるか、笑顔で逃げるタイプでしょ」

「……それが、そうもいかんかったんですわ」

 

 直哉は近くの椅子に深く腰掛け、日溜まりの中で肺の中の空気をすべて吐き出すような溜息をついた。

 

 

「おー、珍しい。直哉が真っ昼間からボロボロになって東京に来るなんて。昼飯の誘いか?歌姫は元気してるか?」

 

 背後のドアが勢いよく開き、目隠しを外した「五条悟」がランチ帰りのような軽い足取りで入ってきた。その後ろには、相変わらず落ち着いた様子の「夏油傑」も続いている。二人共、直哉と同様に教職に就いた身だ。直哉のいる京都ではなく、東京校の方だが………「特級術師」二人が同じ学び舎に固まるのはバランスが取れていないのではないか?という意見もあり、別々に配属するべきだと上層部が煩かったという噂もあるが、五条悟は自分の身の丈にモノを言わせて無理矢理一緒の配属にと押し通したらしい。

 

「悟、病人の前だよ。……それにしても、直哉。相当呪力を消耗しているね。そこの東堂君から、かなり激しい君の呪力の残穢も感じるし……京都校で何があったんだい?」

「傑君……。聞いてくださいよ、今年の一年生、マジで『劇薬』なんですわ……」

 

 直哉は、東堂との初対面、あの「どんな女がタイプだ?」という問いから始まった惨劇を、かいつまんで説明した。

 甚爾への憧れを真摯に語った自分の答えを「退屈」と一蹴され、一方的にキレられ、挙句の果てに殴り合いに発展した経緯を。

 

 「……ぷっ、ははははは! 『あのクソ野郎が子供と向き合ってる姿を見るといいなって思う』!? 直哉、お前、それは葵相手には100点満点で0点の回答だよ!」

「悟………伏黒さんをいい加減クソ呼ばわりするのは………」

「ハッ、やなこった!!」

 

 五条は直哉の話を聞き腹を抱えて笑い転げ、夏油の苦言は知るかと一蹴した。相変わらず「天与の暴君」を嫌ってるのは相変わらずだ。彼は東堂が入学する前から、同じ特級術師の「九十九由紀」越しに東堂の人となりはある程度知っていたらしい。

「いや、直哉君らしい誠実な答えだと思うよ。……ただ、相手が悪すぎたね。東堂葵か。高専の任務も受けないで世界中をプラプラしている九十九さんの弟子だけあって、理屈が通じないのは折り紙付きだ」

夏油が同情のこもった目で直哉を見るが、直哉の表情は晴れない。

 

 

「……笑い事ちゃいますよ、悟君。俺、あんなに真っ直ぐに自分を否定されたの、人生で初めてかもしれん……甚爾君にボコられた時とは、また違う種類のダメージやわ」

 

 直哉は、陽光を浴びて穏やかに眠る東堂の寝顔を見つめた。

 自分はこれまで、パトロンとして、転生者としての知識を駆使して、あらゆる事態を良い方向へ持って行こうと努力してきたつもりだった。

 夏油の闇落ちを止め、乙骨とその彼女を救い、これは意図してない事だが、宿儺すらも社会性の中に囲い込んだ。金と権力、最終手段としての暴力、力を有する為の鍛錬………それが自分の武器であり、世界を救うための「最適解」だったはずだ。異性に現を抜かす暇などないくらいに。

 

 だが、東堂葵という男は、俺と言う人となりも碌に知らないというのに、そのすべてを「退屈」という一言で踏み荒らし、挙句殴りかかって来たのだ。

 

「……硝子さん。一つ、本音を言ってもええですか」

「いいよ、聞くだけなら。診察料は直哉のカードにツケとくし」

 

 直哉は視線を落とし、少しだけ声を震わせて零した。

 

「……硝子さん。新入生の東堂君、俺は苦手かも」

 

 その言葉は、完璧な後輩、完璧なパトロンとして振る舞い続けてきた直哉の、喉元まで出かかっていた心からの叫びだった。

 

「今まで、どんな癖のある連中でも、どこかに『付け入る隙』とか『守るべきもの』があった。でも、あいつは……自分の中に完結した強固な世界があって、俺の持ってる『価値観』が一切通用せえへん。……この問題児を、どうやって教育すればええんやろなあ………」

 

 明るい保健室に、直哉の吐息が白く溶けるように消える。五条も夏油も、いつになく真剣な顔で直哉の言葉を聞いていた。

 

「……いいんじゃない? 苦手で」

 硝子がコーヒーカップを置き、淡々と言った。

「アンタは結構采配上手な所があるからね………今までは、札束で叩いたりして、全部自分の思い通りに事を運んできたでしょ。でも、生徒ってのはさ、アンタの投資対象でも、アンタが作るアートでもない。思い通りにならないからこそ『他人』なんだよ」

 

「俺んとこの新入生だって相当変わり者揃いだぞ?まだ高校生だってのにもう結婚してるバカップルもいるし、女みてーな男も………」

「悟、多様性を謳う時代に、今の発言は良くないよ」

「チッ、わーってるよ………特に秤ってのが問題児でな。未成年なのに、趣味がパチンコはじめとしたギャンブルだってよ!ま、六眼でみた感じ、皆伸び代は凄そうだからどうでもいいけど!」

直哉と夏油は、生徒の非行はちゃんと怒るべきだとツッコんだが、五条はベーと舌を出して誤魔化した。

 

「五条の適当さは昔からだろ、あまり気にするな………さっきの話に戻るが、苦手なら、苦手ななりに付き合えばいい。アンタがこの新入生を『理解できない』のと同じように、新入生もアンタの『愛』が理解できないだけ……まぁ、殴り合ったんだから、案外次は、昨日の敵は今日の友………戦友とか呼ばれてるんじゃない?」

 

「それだけは勘弁して欲しいわ………最低限の常識さえ覚えてくれれば、それでええんやけどな」

直哉が顔を覆う。

 

 五条が直哉の肩を力一杯叩いた。

「ま、困ったら俺を呼べよ。俺なら東堂の『タッパとケツがデカい女』トークに、丸一日付き合ってやるからさ」

「………悟君は教師をやる傍ら、年がら年中、日本中をワープして呪霊祓ってるやろ?そんな暇ないやろ………」

「ハッ、冗談だよ」「悟は君に頼って欲しいだけだと思うよ」

「あ゛!?」

 

 悟の怒気を無視しながら、夏油は仏のように微笑んでいる。

「直哉君。君が『苦手』だと思える相手に出会えたのは、君がこの世界でちゃんと『人間』として教師をしている証拠だよ。私は寧ろ、君が生徒との関係に思い悩むような部分があるという一面を見れて喜ばしいとさえ思える」

 

「………そう言ってもらえると、心が楽ゥなります」

 

 直哉は、少しだけ体が軽くなったのを感じた。そして先輩三人に頭を下げる。

 領域展開の反動はまだ残っているが、胸の内のモヤは、気心の知れた連中に吐き出したことでいくらか整理されたようだ。

 

 午後の日差しが西に傾き始める頃。直哉は再び、東堂を担いでベランダに立った。

 硝子が処置したおかげで、東堂の呪力は安定し、心地よさそうに寝息を立てている。

 

「硝子さん、ありがとうございました。悟君、傑君も。……今度、高い肉屋でも行きましょう、奢りますわ」

「期待してるよ、パトロン先生」

「京都校でも、頑張ってね直哉君。また何かあったら、空から走ってくると良いさ」

「困った時は電話して来いよ?全国どこにいようと、俺がオマエに付けたマーキング辿って蒼でワープしてやるからさ!」

 

 直哉は再び、春の空へと飛び上がった。

 眼下に広がる街並みは陽光に輝き、風はどこまでも涼やかだ。

 

 明日、目を覚ました東堂は、どんな顔で自分を見るだろうか。

 また「退屈だ」と殴りかかってくるのか。それとも、硝子が言ったように、厄介な「絆」を押し付けてくるのか。

 

 どちらにせよ、自分は教師だ。

 あの問題児を、そして加茂や西宮を、より良い呪術界の一員として育て上げなければならない。

 

(……苦手やけど、まぁ、やるしかないわな)

 

 直哉の口元に、いつもの、けれど少しだけ「人間味」の混じった不敵な笑みが戻った。

 京都の空が見えてくる。

 直哉の、教師としての悪戦苦闘は、陽光の下で続いていく。




里香ちゃんが死んでないと乙骨君が留年しないので、秤と綺羅羅と同級生になります。
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