禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー   作:AKHT‐47

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ブラザー認定

 京都校への帰路。「禪院直哉」は再び、亜音速の世界を駆けていた。

 肩には、「家入硝子」の治療で体こそ万全になったものの、依然として意識のない「東堂葵」を担いでいる。領域展開、東堂との死闘、そして東京への強行往復。肉体も呪力も限界に近い。けれど、直哉の頭の中にある「パトロン」としての本能は、この最悪の初日をどう良い方向に変えるか、その一点にのみ集中していた。

 

(……ただ治して返しただけじゃ、また明日も殴りかかられるかもしれんなぁ………この猛獣、まともに教育しようと思ったら、こっちの身がいくつあっても足りん……)

 

 直哉は、月明かりに照らされた京都校の寮へと滑り込む。東堂を自室のベッドへ放り投げると、ふと部屋の隅に置かれた「高田ちゃん」のポスターが目に入った。

 

(……これや。これしかないわな)

 

 直哉は懐からスマートフォンを取り出し、世界の検索エンジンを駆使して、高田ちゃんのグッズについて片っ端から調べ始める。

「……高田ちゃんの地方限定グッズ、今この瞬間に手に入る一番入手困難なやつはなんや。……博多限定の明太子チャーム付きアクリルスタンド? ……それから、仙台限定のずんだ餅コラボの未開封限定盤……高田ちゃんが最近欲しがったスイーツ………全部、今から俺が、最高速度で買い叩いたるっ」

 

 疲弊した脚に、再び呪力を込める。

 一秒間に二十四回の動き。限界を超えた加速。

 直哉は夜の日本を、光の矢となって駆け抜けた。

 

 翌朝。東堂葵は、差し込む朝日で目を覚ました。

 全身を包む妙な爽快感。昨日、あのつまらない回答をした「パトロン教師」に徹底的に打ちのめされたはずの感覚が、まるで夢だったかのように消えている。

 

「……反転術式か。京都校には反転術式のアウトプットを可能とする人材はいない筈だが………チッ、あの男、俺をわざわざ東京の「Ms.家入硝子」のところまで運んだんだな。粋な事を………」

 

 東堂は鼻を鳴らし、立ち上がろうとした。その時だ。

 枕元に、見慣れぬ、けれど「聖なる輝き」を放つ物体が置かれていることに気づいた。

 

「……なっ!? こ、これは……っ!!」

 

 そこにあったのは、昨日発売されたばかりの博多限定高田ちゃんアクスタ、そして仙台限定のコラボCD。さらには、高田ちゃんが自身のSNSで「これ、ちょっと欲しいかも」と呟いただけの、都内では即完売した超希少な限定スイーツのパッケージまで。

 

 東堂の脳内に、恐るべき推論が駆け巡る。

 昨日の放課後、自分は気絶した。そして今、目の前にこれがある。

 博多と仙台。直線距離にして、数千キロ。

 それを、一晩で。

 

「……あの男、いや、Mr.直哉は………俺を治療させた後に、空を走って……これを買いに奔走したということか!?」

 

 東堂の体が、武者震いでガタガタと震え始めた。

 

◇◇◇

 

 一時間後。教室には、微妙な空気が漂っていた。

 加茂憲紀と西宮桃は、教壇に立つ直哉の顔を見て、複雑な表情を浮かべていた。直哉の顔には隠しきれないクマがあり、コーヒーを啜る手も微かに震えている。

 

「先生……あの、東堂君の怪我を治すために東京まで行ったって……お疲れ様です」

 西宮は、恐る恐る、疲れの見える担任にねぎらいの言葉をかける。

「ああ。まぁ、僕の教育不足で怪我させたわけやからね。アフターケアはパトロンの、いや、教師の基本やろ」

「それだけではないと聞きました。東堂の部屋から、今朝、絶叫が聞こえてきまして……」

 憲紀が、どこか引き気味の口調で続ける。

 

「直哉先生、上の学年担当の歌姫先生から聞いたのですが………あいつのために夜通しで地方まで走って、限定グッズを買い集めたっていうのは………流石に、甘やかしすぎではありませんか? あんな、先生に殴りかかってきたような不届き者に……」

 

 憲紀と西宮からすれば、直哉は「聖人君子」を通り越して、もはや「狂気」の域に達しているように見えた。自分たちのような素直な生徒(自称)を差し置いて、あの暴れん坊の問題児のためにそこまで尽くす教師。尊敬は深まる一方で、その「底なしの善意」が少しだけ怖かった。

 

「いや、ええねん。俺も昨日は言い過ぎ、やり過ぎたし………生徒の心の平穏は、この世界の平穏に繋がるからね……」

 

 直哉が力なく笑ったその時。

 教室の扉が、凄まじい勢いで蹴破られた。

 

「Mr.直哉ァアアアアアア!!」

 

 現れたのは、昨日以上の熱量を放つ東堂葵だった。

 彼は一直線に教壇へ駆け寄ると、驚く直哉の肩を、砕かんばかりの力で掴んだ。

 

「……東堂君、落ち着いて!先生はまだ体調が……」

「黙れッ! 言葉はいらん!! 魂が……俺の魂が、あんたの『誠意』に、そして『狂気』に共鳴しているッ!!」

西宮の忠告を無視して、東堂はまくしたてる。西宮も加茂も、東堂の方を心配する素振りがないのは、相変わらずの嫌われ振りだ。

 

 東堂の目には、熱い涙が浮かんでいた。

「ただの教師なら、俺を嗜めて終わりだ。ただのパトロンなら、金を渡して終わりだ。だが、あんたは違った! 俺の愛する高田ちゃんのために、日本を縦断するその脚力……その『非効率なまでの真摯さ』!! あんたは退屈などではない……っ!!」

 

 東堂は、直哉の眼前に顔を寄せ、咆哮した。

 

「認めよう………あんたは、俺の『師』であり、同時に……魂のブラザーだ!!」

 

「……は?」

 直哉が呆然と口を開ける。

 

「Mr.直哉! あんたのタイプは、『ある親戚が家族と向き合う姿』と言ったな! 認めよう! それは、家族という名の美しき『偶像』、『アイドル』への無償の愛だ!! 素晴らしい!! 俺はあんたを、生涯かけて守り、支えることを誓うぞッ!!」

 

「……あ、そう。良かったね……」

 直哉の引き攣った笑顔。背後では、西宮と憲紀が「あーあ……」という顔で天を仰いでいた。

 

「……先生。本当に、東堂如きにあそこまでしなくて良かったんですよ」

 休み時間。西宮が、呆れたように直哉に声をかける。

「そうですよ。おかげで東堂は、先生のことを『自分と同類の狂人』だと思い込んでしまった。これから先、先生の心労は増すばかりだ……」

 憲紀も、同情と「自分たちもそれくらい構ってほしい」という微かな嫉妬の混じった視線を向ける。まあ、呪術界をより良くするというある種の狂気染みた理想の為に、奔走してきた直哉は、一種の狂人と言っても間違いではないかもしれない。

 

「いや、ええんや。あいつが大人しく授業受けてくれるんなら、亜音速で博多まで行くくらい、安いもんや……」

 直哉は、東堂に抱きつかれた拍子に外れかけた肩を回しながら、遠い目をした。

 

 確かに、東堂を懐柔することには成功した。けれど、自分の「苦手なタイプ」が「自分を盲信するブラザー」に進化したことは、パトロンとしての計算外だった。こんなことなら、機嫌を取る為に高田ちゃんグッズを買うなどしなければ良かった………嫌われてた方がマシやもしれない。

 

「……あ、ブラザー! 今日の放課後、高田ちゃんの握手会があるのだが、引率してくれるか!? ブラザーの頼みだ!!」

「……俺は仕事があるから、歌姫先輩に頼んで……あと、ブラザー呼びはやめなさい、ちゃんと先生と………」

「否!! ブラザーでなければ意味がないのだッ!!」

 

 東堂の叫び声が校舎に響き渡る。

 直哉は、東京で硝子が言った「戦友と呼ばれてるんじゃない?」という不吉な予言を思い出した。

 

(……硝子さん、アンタは予言者か?戦友どころか、もっと重たいもん背負わされたわ……)

 

 教師、禪院直哉。

 一人の猛獣を「ブラザー」という名の鎖で繋ぎ止めることに成功したが、その鎖の端は、自分自身の首にもしっかりと巻き付いていた。けれど、笑い合う加茂と西宮、そして熱苦しくも活気ある東堂の姿。

この「完璧な世界」の光景を、直哉は札束よりも、そして自らの平穏よりも、ほんの少しだけ誇らしく思うのだった。

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