禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー   作:AKHT‐47

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以前、甚爾と子供達の絡みが見たいというコメントがあったので、書いてみました。


運動会

 五月晴れの空の下、小学校の校庭は子供たちの歓声と砂埃、そして保護者たちの熱気に包まれていた。万国旗が風にたなびき、放送席から流れる行進曲が運動会特有の高揚感を煽る。そんな喧騒の中でも、ある一角――伏黒家のシートが敷かれた場所だけは、異様なオーラを放っていた。

 

「……なぁ直哉。この『タコさんウインナー』ってやつ、妙に形がいいな。足の開き方まで均一だ」

 甚爾はお昼時に4人で食べるようにと持って来た重箱を開けて覗き込み、感心したように呟く。

「当たり前ですよ。俺と津美紀ちゃんで、ミリ単位の角度までこだわって切り込み入れたんですから。俺の場合は術式……『投射呪法』を応用すれば、一秒間に二十四回の動きで寸分狂わず包丁捌けますからなあ。包丁の軌道すら動きを作って調整した、究極のタコさんウインナーですよ」

 

 特等席に広げられた重箱には、色鮮やかな料理が詰められている。直哉が津美紀と一緒に朝の四時から台所に立ち、最高級の食材を「家庭の味」に落とし込んだ傑作だ。

「あ、甚爾君。恵君の学年が走りますよ………それは4人のお昼用に持って来たんですから、早弁せんといてくださいよ?ちゃんと立って、息子さんの勇姿をその目に焼きつけんと………」

「ハッ……わーってるよ………司会の声はちゃんと聞こえてる。少しつまんだだけで、まだまだ中身は残ってるよ」

 甚爾は不遜に笑いながらも、ポケットからおもむろに携帯を取り出し、ようやく重腰を上げた。

 

「……よし、恵君。最高のフレームに収めたるからな」

 直哉は即座に、手元に用意していた巨大なバズーカのようなカメラを構えた。白く輝く望遠レンズを装備した数十万クラスの一眼レフ。投射呪法で「一秒二十四枚」の世界を見ている彼にとって、静止画のシャッターチャンスを逃すことなど、より良い世界を目指す「パトロン」として、万死に値する。そう意気込むほどに、親戚の可愛い子供の活躍を記録に残そうとしているのだ。

 

 一方、従兄弟がやる気を出しているというのに、当の親の方は、かったるそうに、適当にiPhoneを片手で掲げていた。

「俺はこれで十分だ。画質なんてどうでもいい………綺麗な画像は、どうせオマエが残してくれるだろ?お、恵のやつ、スタートの反応が遅ぇな。重心の乗せ方が甘い。後で裏山で特訓だ」

「甚爾君……また競馬のライブ中継見てるんちゃいますか!? 画面、馬が走ってますよ! 息子さんがスタートラインに立ってんのに、撮影に集中してくださいよ!!」

 

 直哉の怒声に、甚爾はケロッとした顔で画面を隠した。

「……チッ、今ので一万スった。直哉、後で補填しろよ」

「子供たちの運動会でスってどうすんねん! ええから、今は恵君と津美紀ちゃんだけ見とき! 今日の分、我慢できたら……今度禪院家で開く『カジノ』や『格闘闘技場』の胴元特等席にまた招待したげますから!」

 

「……わーってるよ。さっき買った馬券の結果がちょっと気になっただけだ。次はちゃんと撮る」

 京都の賭場という極上の報酬を提示され、ようやく甚爾の目が「本気」になった。iPhoneのレンズが、野生動物のような正確さで、愛息の姿をロックオンする。その瞬間、彼の指先は超一流のカメラマンも驚くような精度でシャッターを切り始めた。

 

◇◇◇

 

 午後のプログラム。ついに本日のメインイベント、「父兄参加の選抜リレー」の時間がやってきた。並んでいる父親たちは、メタボを気にする会社員や、気合の入った自営業の男たち。そこに、黒いぴっちりとしたシャツを腕まくりした筋骨隆々の甚爾と、黒髪をなびかせたモデル顔負けの直哉が並ぶ姿は、もはや公開処刑に近かった。

 

「……直哉。俺が本気出したら、ここの校庭の土、全部捲れ上がるぞ。衝撃波で校舎の窓、割れても知らねぇからな」

「勘弁してください。甚爾君は呪力ないんやから、普通に走る分には『ちょっと速い人』で通るはずです。俺は俺で、投射呪法も呪力強化も一切使いません。正々堂々と『運動神経のいい親戚の兄ちゃん』として勝ちに行きますわ」

 

 だが、その宣言は半分だけ無意味だった。

 パァン! とピストルの音が響いた瞬間。

 第一走者の甚爾が地を蹴った。呪力なし。純粋な筋肉のバネと、天与呪縛のフィジカル。しかし、その速度はもはや生物の域を超えていた。

 

「なっ、何だあの人! 速すぎる!」

「速いっていうか、一瞬消えたぞ!?スポーツ選手かな」

 周囲の保護者たちが呆然とする中、甚爾は暴力的なまでの加速で半周を駆け抜けた。砂煙を豪快に巻き上げ、涼しい顔でバトンを直哉に繋ぐ。

「……おい。次、パトロン先生。ヘマすんなよ」

「っ、このっ……! 甚爾君、加減しろ言ったのに!」

 

 直哉は受け取ったバトンを握りしめ、猛然とダッシュした。

 約束通り、術式も呪力も封印している。だが、呪術師として鍛え上げられた基礎体力と、持ち前の美学は消せない。黒髪を風になびかせ、しなやかな四肢を動かして走る直哉の姿は、まるでスローモーションのように美しく、陸上競技のトップアスリートを彷彿とさせた。

 

「………っ、やっぱり呪力なしでは、甚爾君には遠く及ばんな……!」

 本人は悔しそうに歯を食いしばっているが、一般の父親たちからすれば絶望的な速度差だ。直哉は圧倒的一位のままゴールテープを切り、優雅に息を整えた。

 

◇◇◇

 

 競技が終わり、三々五々、帰路に就く家族たち。夕日に照らされた校庭の隅では、若い母親たちのグループが頬を赤らめてこちらを伺っていた。

「ねぇ、あっちの筋肉質な人……ちょっと怖そうだけど、ワイルドで格好良くなかった?」

「私はその次に走ってた、少し線の細い人がいいわ。モデルさんかしら? 走り方も、正にエレガントだったし……」

 

 そんな視線に気づいた恵の周りには、クラスの女子たちが集まっていた。

「ねぇ、伏黒君! さっきの二人、お父さんとお兄ちゃん?」

「ああ………あの筋肉だるまが父さんで、その隣にいるのが従兄弟叔父の直哉さん」

「いとこおじ……? よく分かんないけど、すごいね、二人ともヒーローみたいだったよ!」

 

 恵は、照れくさそうに、けれど少しだけ困ったように頭を掻いた。

 彼の方を見れば、甚爾はすでに校門の外の喫煙所を探しに行こうと背を向け、直哉は「今の恵君の走り、この角度が一番ええねん」と自慢のカメラの液晶を津美紀に見せて自画自賛している。津美紀は「本当だ、かっこいい!」とはしゃいでいた。

 

 恵は、津美紀に笑顔で手を振る直哉を見つめ、不意に隣の女子に呟いた。

「……父さんは、甚爾(あっち)だけど。……俺はどっちかって言うと、親戚の直哉さんの方が好きかな」

 

「えっ、どうして? お父さんもあんなにかっこいいのに」

「……あっちの方が、ちゃんと……家族を見ててくれる気がするから」

 

 それは、幼い恵なりに見出した、歪な「救済」の形だった。

 暴力の象徴のような父と、その暴力を札束と誠意――そして「家族を幸せにする」という独自の執着――で御し、自分たちを「当たり前の日常」の中に繋ぎ止めようとしてくれる親戚の男。

 自分たちを置き去りにしようとしたダメ親父を、無理やり更生させて連れ戻してくれた恩人。

 

「恵くーん! 何しとるんや、早よ帰ってビデオの上映会せなあかんよ! 俺が撮った『恵君の勇姿・完全版』、120インチのプロジェクターで流す準備できとるからな!」

 直哉が、高いカメラを首から下げて大きく手を振る。

 

「……うん。今行く」

 恵は駆け出した。

 パパ(暴君)と、直哉(出資者(スポンサー))と、大好きな姉がいる。

 砂埃の匂いと、甘いお弁当の余韻。

 この「完璧な世界」の平和を、直哉は今日も、札束とシャッターチャンスの音で守り続けていく。

 

 「フッ………」(どれにしようか)

愛息が向かってくるのを片目に、甚爾はスマホの画面を眺めていた。そこには、今日のリレーで、汗を流しながら必死に走る息子の写真、自分以外の三人が弁当をつまむ様子が写っている写真、どれを待ち受けにしようか迷っているようだ。結局、三人が写っているのがいいかと、弁当の方にし、恵が走っている画像はお気に入り登録だけしておいた。

 

 「父さん、何見てるの?」「別にぃ?」

義理の娘の疑問を、父親は恥ずかしさからはぐらかす。だがその誤魔化しには、不器用な父の優しさが滲んでいた。

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