禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー 作:AKHT‐47
2016年、6月
東京都立呪術高等専門学校を抱く奥多摩の山々は、滴るような深緑の季節を迎えていた。
梅雨の晴れ間、雲の隙間から差し込む陽光は、雨上がりの湿気を孕んだ空気をじりじりと熱し、校内の石畳には濡れたような光沢が走っている。静謐を誇る古刹のような学び舎には、時折吹き抜ける青嵐が若葉を揺らす音と、遠くで鳴き始めたばかりの蝉の声が、重層的な静寂を作り出していた。
その静寂を切り裂くように、一台の大型バスが校門の砂利を豪快に踏みしめ、重厚な排気音を響かせて停車した。
自動ドアが軽やかな音を立てて開き、そこから一人の男が降り立つ。
黒髪を完璧に整え、仕立ての良い特注のスーツに身を包んだ「パトロン」――実家の長老達には実家の金を使い込むドラ息子とも呼ばれる「禪院直哉」である。
彼が纏う空気は、伝統ある呪術界の泥臭さとは対極にある、洗練された「力」と「余裕」に満ちていた。かつて自分が学んだこの地を再び踏みしめる直哉の瞳には、感慨よりも、己が投資し、磨き上げた「成果」を披露せんとする不敵な光が宿っている。
直哉の背後からは、京都校の次世代を担う精鋭たちが、それぞれの熱量を孕んで姿を現した。
嵐のような呪力と規格外の体躯を誇る「東堂葵」。
御三家の誇りと冷徹な闘志を瞳に宿した「加茂憲紀」。
風を操る箒を手に、軽やかに、かつ鋭く周囲を値踏みする「西宮桃」。
校庭の向かい側では、迎え撃つ東京校の面々が、迎え火のようにそれぞれの呪力を揺らしていた。
「最強」という名の絶対的な壁として君臨する「五条悟」と「夏油傑」。そして、その背後で、かつての運命を書き換えられ、まだ呪術には疎いが入学したてにして既に特級クラスの呪力総量とそれに裏打ちされた威圧感を放つ「乙骨憂太」と彼のパートナーである「折本里香」、熱き博打魂を燃やす「秤金次」にその隣で寄り添うように立っている「星綺羅羅」。
校門に掲げられた白布の幟が、初夏の湿った風を受けて激しくたなびく。
「いやあ、今年は豊作だねぇ」
呪術師は慢性的な人手不足、高専に入学生がいない年も珍しくないレベルだ。それが、今年は7人も新入生がいるというのだから、五条悟は心から感慨の声を漏らす。
「………」
両者、主に東堂や秤などの熱くなりやすい男達を始めとして、値踏みするように睨み合う中、内向的な乙骨は縮こまってしまい、隣にいた里香はキッと京都校の連中を睨んだ。憂太を怖がらせるなと怒っているのだろう。そんな中、東堂は内心、相手がいる東京校の連中に好みのタイプを聞く必要はないなと考えていた。
「まあまあ皆気負わないで」
今日行うのは両校の生徒たちの力量をはかるための模擬戦だ。敷地内に解き放つ呪霊の討祓数、敵校の術師を再起不能に追い込んだ数などでスコアを稼ぐ。本気で殺し合う訳ではない、メンツで熱くなる人間もいるが、直哉や夏油などの落ち着いた教師達は気負わなくていいと言う………が、五条と夏油を嫌う歌姫は対抗心を思い切り燃やしていた、
「今年の東京校は凄いよ?」「アンタ達、絶対負けないでね!」
「ブラザーに無様な所は見せられんっ」「はいはい………」
直哉は熱くなる者達を適当にいなしながら、開戦の時間はすぐそこだと腕に付けた時計を横目に見た。
◇◇◇
「
五条悟の、軽薄ながらも絶対的な重みを孕んだ号令が、奥多摩の山々に鋭く木霊した。
その刹那、校庭に満ちていた呪力の奔流が、一斉に深緑の境界線へと吸い込まれていく。
高専敷地内に広がる広大な森林地帯――。
そこは、幾重にも重なる樹々の葉が天を覆い、正午を過ぎたばかりの陽光を拒絶する「緑の深淵」だった。梅雨時期特有の湿り気を帯びた空気が、腐葉土の匂いと共に肺の奥にまとわりつき、一歩踏み込むごとに外界の音を泥のように塗り潰していく。
東堂は、秤と乙骨が闘うには面白そうだと、一人で動くと独断専行してしまった。まあ強さだけが取り柄の彼は大丈夫だろうと、残された西宮と加茂は、「付喪操術」による空から索敵し、「赤血操術」で遠距離攻撃に出る作戦を実行する事にした。
乙骨は呪力総量が大きい為に、東堂が彼を呪力感知で補足するのに時間は掛からなかった。乙骨は里香と二人で行動している。
「来た………」
乙骨は里香を守るように前に出るが………
「オマエに、好みのタイプを聞く必要はないな!俺を愉しませてくれればいいっ」
初めて会った相手を半殺しにするのが常の東堂は即座に殴り掛かる。呪力量こそ凄まじいが、呪力強化術が発展途上な為に、拳打のダメージを軽減しきれていない。呪力放出の瞬発力が遅いのだ。
「うぐっ」「憂太ァ!!」
「おいおい、その程度か?」
呻き声を上げる彼氏に近寄り、里香は東堂を強く睨む。東堂は里香の怒りなど気にも留めず、乙骨の事を、素材は素晴らしいが調理師が悪い料理のようだと内心毒付いている。
「憂太、あれ使っちゃお?」「う、うん………」
乙骨は暴力に抵抗があったのか、決心が中々つかなかったようだが、嫁に尻を蹴られる亭主のように、何かしらの切札を使う決心をしたようだ。
「やろう里香………全部だ」
幼少の頃、彼女から貰った指輪を左手薬指に通す………
◇◇◇
「うーん、憂太の術式は
入学したての頃、担任の五条悟の「六眼」で術式の詳細を分析されている二人。模倣なんてとんでもない大当たり術式なんじゃないかと、心が躍らなかった訳ではないが………
「ははっ、そんな良い事ばかりじゃないよ」
「模倣術式」にも欠点はいくつかある。まず、模倣する為には、対象となる術式を持つ人間の「呪術的価値のある部位」を接種しなければならない。「領域」や「式神」に外付けしない限り、併用は出来ないし、模倣した術式を溜め込み過ぎると、容量の限界で乙骨の脳が焼き切れてしまう。
「ま、手札が増やせるだけでもいい術式だと思うよ。模倣させるのに丁度いい術師もいるんだ………」
「ねぇ先生………」
里香が珍しく大人に質問する。自分の彼氏に課せられたその模倣の枷、なくす方法はないのかと。
「うーん、あるとも言えるけど………呪術において何かリターンを得る為には別の代償を払うのが基本なんだ。「縛り」って言うんだけどね………」
「それ、詳しく教えてくれない?」
◇◇◇
折本里香は呪術の「縛り」という概念が好きだった。己の愛する人との間に結ばれる契り、目に見えない繋がりにロマンチックさを感じていたからだ。彼女が結んだ縛りは「乙骨憂太の為にしか呪術を使わない」というあまりに重すぎるもの。術式使用の合図は「乙骨が指輪を通して里香と接続した時」、その代価は「乙骨の模倣の無条件化」と「己の式神を模倣した術式の受け皿にする」こと。元々乙骨以外の人間なんてどうでもいいと考えている彼女にとっては、デメリットなど感じていなかったが。
『じゃーん、元呪詛師の紙袋マンでーす。今は京都校の教師から貰った5000万をインデックス投資に突っ込んでFIREしてまーす』
『変な呼び方すんじゃねーよ!………偶に分身を任務の補助に連れて行ってやってるだろうが………』
いい加減な担任が模倣の候補として連れて来た大男の事を思い出す。彼の術式は「分身」。全てが実体を持っており、本人は術者の好きなように選べる。分身の数は術者の呪力総量に応じて増減し………
「こ、これは………」
一対一では未熟な乙骨相手に負ける気はしなかったが、優に百を超える分身の前には気圧された。
「フフッ、憂太がいっぱい♪」
戦略も糞もない、数に物言わせて東堂は押し潰される………
「おー、やってんね乙骨」
「里香ちゃんのお陰でなんとかね………秤君、そっちはどう?」
「あー、残りの二人は俺が倒したぜ。キルスコアは俺が一番かな?」
どうやら京都校の術師は全員戦闘不能に追い込まれ、東京校の勝ちが確定した。
「いやあ、あの血を操る奴は曲者だったぜ………」
秤の話によると、西宮に空からの索敵で補足された彼は、初っ端から赤血操術の奥義「穿血」を打ち込まれたというが、どうやら血の中に神経を麻痺させる痺れ薬の類が混ざられていたようで、一時的に動けなくなった。秤の領域対策の為、掌印を封じようとでも考えたのだろうか………そのピンチは綺羅羅の術式
「へへっ、やったね」「おう」
爽やかな笑顔でハイタッチしあう東京校の一年生たち、それが交流会終わりの合図となった。