禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー   作:AKHT‐47

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元王と従者

 五条悟の刻んだ術式が筒から解放され、空間を歪める。黄金色の光が一行を包み込んだかと思った瞬間、視界は瞬時に切り替わった。

 

 マーキング地点からしばらく歩いた所、杜の都の喧騒からは遠く離れた、山間にひっそりと佇む一軒の民家だった。10年前、羂索が虎杖香織として生活していた、その最後の拠点。決戦の地の近くにあるその家は、羂索が果ててから10年間、誰に触れられることもなく、時間が死んだかのような沈黙を守っていた。

 

(……ハァ。これはまた、盛大な歓迎やね。潔癖症やなくても眉ひそめるレベルやわ。羂索…死してなお、この小汚さで俺を歓迎するとはな)

直哉は、足元に広がる光景に、露骨に嫌悪の表情を浮かべた。平常な感覚を持つ人間なら、この風化と堆積に耐えかねるものがある。

 

 外観は、10年という歳月によって、風化と風雨に晒され、荒れ果てていた。冬だというのに、庭には、雑草が我が物顔で生い茂り、羂索が手入れしていたであろう草花は、埃とカビに埋もれて土へと還っている。外壁の板は湿気を吸って反り返り、塗装は剥がれ落ちて薄灰色の地肌を晒し、まるで巨大な生物の死骸のように横たわっていた。

 

 直哉は強引に扉を押し開けると、澱んでいた空気が一気に外へと溢れ出した。埃っぽさとカビ臭さ、そして何よりも、10年間誰も触れなかった「死んだ時間」の匂いだ。

 

 玄関ホールから続く廊下には、薄灰色の埃が絨毯のように、重く、厚く積もっていた。一歩踏み出すごとに、その埃が舞い上がり、光の中で無数の光の粒子となって漂う。天井の隅々には、蜘蛛の巣が複雑に絡み合い、まるで薄汚れたベールのように垂れ下がり、一行の進入を拒むかのように罠を張っていた。

 

「フン………」

宿儺は、澱んだ空気に顔をしかめる悠仁の内側で、羂索の「生活の痕跡」を値踏みするように見渡していた。呪いの王にとって、この小汚い生活感こそが、羂索の「執念」を物語っているように思えた。

 

 リビングへと足を踏み入れると、そこは10年前の虎杖香織の生活が、埃とカビによって完全にコーティングされた空間だった。埃を被ったソファ、色褪せたカーテン、テーブルの上に置かれたままの、中身が干からびてカビたマグカップ。壁には、埃を被った家族写真が飾られていた。若き日の仁、そして赤ん坊の悠仁を抱く、顔の潰れた香織の姿。埃が写真の香織の顔を、より不気味に歪めて見せていた。あの愉快犯にも、家族を愛する情があったとでも言うのだろうか?

 

 キッチンには、洗われずに放置された食器がシンクに山積みになり、埃とカビの地層のようになっている。冷蔵庫は、電気を失ってから10年。その中身がどうなっているか、想像するだけで直哉は胃が痛くなった。志半ばで死んだ羂索の「無念」が、このカビた生活の中に息づいているようで、直哉は改めて眉をひそめた。

 

 「……あ、これ……俺と………父さんと母さん?」

悠仁が、無言で写真を見つめる。悪人だったとはいえ、ここに自分の母がいたという事実に、複雑な思いが胸を締め付ける。埃を被ったその家は、彼にとって「母親の記憶」が、埃とカビに埋もれた場所だった。

 

 「………」

直哉はと言うと、あの愉快犯が家族写真を取って手元に置いていたという事実に、どことなく気味の悪さを感じていた。好奇心から数多くの不幸を振り撒いた者にも、人並みの愛情があるとでも言うのだろうか?

 

 「仁……香織……」

倭助は、埃っぽい空気を深く吸い込み、かつての息子夫婦の姿を重ねようとした。だが、その家全体に漂う、あまりに普通すぎる生活感の不気味さ、そして羂索が隠していたであろう「異常性」の予感に、改めて気を引き締めた。

 

 「ハッ、アイツがどのような生活を送っていたかなど、さして興味はないが………」

宿儺はさっさと呪物を探してしまおうと言う。

「うーん、見た所、それっぽいものは見当たらないな…残穢はちらほらあるけど」

家中を一通り見た悠仁は、この家に呪物はないのではないかと懸念している。確かに、この家にはない可能性も否めないが………

 

 「その残穢が結界術を構築した時のものって可能性はあるで虎杖君。呪いの残り香ってのは中々消えんからな………」

「結界術を使えば、隠しようはいくらでもある………さっき直哉もそう言っていただろう小僧」

「昔、仙台の八木山橋で呪霊が作っていた結界のようなものか?」

「ケヒッ、倭助の方は、中々勘が鋭いな………」

一見すると何の変哲もない空間に見える場所が、呪術的工程を踏むことで結界に入り込むということがある。羂索程の術師であれば、そのような結界を作るのは容易なことだろう。

 

 「あの時は川があったから彼岸に渡るって行為が出来たけど、今回はどうするの?」

「アイツが作った結界が、どのような呪術的行為を起因として侵入できるかは俺にも分からん。考えるのは面倒だ………」

そこで、宿儺が考えた案とは………

 

 「羂索が作ったであろう結界の上に更に結界を貼り、その結界ごと全てを解体する」

「なるほど………」

恐らくこの手法は原作の羂索と特級術師の九十九由起、受胎九相図の脹相、天元様が共に戦った時、羂索の閉じない領域を天元様が薨星宮の空性結界ごと解体したやり方と似たようなものだろうと直哉は察する

 

 「ククッ、いい機会だ。小僧、オマエがやってみろ。直哉にも魅せてやったらどうだ?」

「おっしゃ!直哉さん、俺の領域展開………」

「おい悠仁、通常の領域展開は消耗がデカいだろう………羂索とやらの結界を解体するだけなら、術式を付与しない生得領域を具現化するだけで十分ではないか?」

「あっそっか………ありがと爺ちゃん」

 

 術式が付与されていない領域とは、原作の少年院や八十八橋で暴れた特級呪霊が構築していたものと同義だろうが………悠仁は宿儺に教えられた通り、呪力で己の心の内を構築する。

「これは………引っ越す前に俺達が住んでた………」

 

 岩手県北上市………心象風景とは千差万別、だが現実とここまで酷似した空間は珍しい。恐らく虎杖悠仁にとって、家族と幼少を過ごした故郷がそれほどまでに影響を与えたのだろうが………原作知識で把握していた直哉にとっても、自身や最強の先輩とはあまりに毛色が違う領域に面食らってしまう程だ。

 

 「どうだ、己の結界の中に、何か異物のようなものは感じられないか?」

「あるある、ヒシヒシと感じる」

それこそが、羂索の置き土産が遺された結界の可能性が高い。

 

 「よし、そのまま己の領域ごと結界を壊せ。普段領域を解除する要領でやればいい」

流石は呪いの王、呪術に関して彼ほど教え方がウマイ人間は他にいないだろうと直哉は内心舌を巻く。名残惜しいが、情緒的な岩手の領域が壊れていくと同時に。

 

 「うわっ」

ボトボトと音を立てながら、気色の悪い肉片のようなものが不意に現れ、無情に床へと落下していく。それこそ羂索が1000年間契約してきた術師達の成れの果て、どうやら宿儺と直哉の予想通り、ビンゴだったらしい。悠仁と倭助はその悍ましさに少し嫌悪感を抱いたようだ。グロテスクな光景などこなれている直哉は、受肉を果たしていない呪物たちは回収して高専の忌庫に保管しなくてはな………などと考えていたが。

 

 「………こんなに沢山あって、宿儺の大事な人がどれだか分かるの?」

「フン、俺は「魂の形」を観測出来るからな。それくらい造作もない」

一つずつ呪物を吟味していき、違うものはポイと、呪いの王は直哉に渡していく。直哉は予め持って来たアタッシュケースに乱雑に突っ込んでいくが。

 

 「………」「?」

一瞬、ある呪物を手に持った宿儺が蛆でも見るような嫌悪感を見せて硬直した事で、直哉と倭助は訝しむような表情を彼に向けるが。

 

 「………直哉よ、この呪物だけは、絶対に受肉させるな。何があってもだ」

「ああ………分かりましたよ」

直哉はその呪物の正体を何となく察し、彼の心中を慮った。そして呪物の選別をまた淡々と進めていくうちに………

 

 「………あった」

ただそう一言だけ、しかし、呪いの王として生きて来た男のそれは余りにも重かった。それだけ、彼にとっては、心の底から大事な他者なのだと。

 

 「………」

悠仁の肉体のまま押し黙る宿儺。魂を捉えられる己の技量を以てして、呪物となった裏梅に話し掛ける。

 

◇◇◇

 

 家族、隣人、全てを凍てつかせ、主に拾われるまで孤独だった男………呪物と化した彼の心象風景は氷雪の世界、あまりにも冷たい。その中に、一つの暖かさが入り込んだ。

「誰d………宿儺様………?」

次の生、主との再会の為、羂索と契約し、時期が来たら受肉する手筈だったのだが………主の方から従者である己の元へ来訪するという異常事態。嬉しさは勿論あるが、それ以上に、そのあり得なさからくる困惑と畏れ多さの方が勝っている。

 

 「畏まらなくとも良い、色々あってな。羂索が死んだのだ。だから直々に迎えに来た」

「………さようでございますか」

その一言で納得し、緊張が多少ほぐれ、彼の心中は「超嬉しい」という感情で支配された。今はその子供を器にしているかなど、気になる事は山積みだったが、従者という立場から弁え、ぶしつけに質問はしなかった。

 

 「器が用意できぬのでな。当分は共にこの小僧の中で暮らす事になる………また、平安の時のように、料理でも作ってくれぬか?」

違和感、生前の主とは、あまりに印象がかけ離れている。昔の主は傲岸不遜を地で行き、他者を気に掛けるような事なぞ絶対にしなかったのだが………だが、戸惑いと同時に、主に求められる事への歓喜も確かに感じていた。羂索との契約とは違う形だが、同じ器の中で寄り添えるなど………

 

 「喜んで………」

この二人に多くの言葉はいらない、ただ一言、それだけで十分だった。そこには王と従者の関係を超えた尊さがあった。

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