禪院直哉成り変わりー禪院家が壊滅しないよう色々頑張ってみるー   作:AKHT‐47

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高専入学

 東京。禪院家の、あのカビ臭く澱んだ空気とは対照的な、喧騒と排気ガスに満ちた街。これはこれでむせかえる気分だが京都の実家よりはマシだと自分に言い聞かせる。俺――十五歳になった禪院直哉は、お抱えの運転手が操る高級車の後部座席に踏んぞり返り、窓の外を流れる景色を眺めていた。

 

「直哉様、まもなく目的地でございます」

「……ああ。お疲れ。あとの荷物は適当に寮に運んどいてな」

 

 車が止まったのは、奥多摩の山中に位置する宗教施設――を装った呪術師の総本山、東京都立呪術高等専門学校。  わざわざ京都の高専を蹴ってまでここに来たのは、偏に「星漿体事件」に介入するため。そして、あの男、伏黒甚爾との再会を果たすためだ。

 

「さあて。腐りきった実家よりは、マシな連中がおるとええんやけどな」

排外主義で差別主義な禪院の連中より酷い人間は早々いないだろうが、俺の先輩になる2年の連中も中々性格に癖があるのは知っている。特に現代最強の五条悟…彼との関係はどうなるだろうかと少々不安を覚える。

俺は手荷物が入った小さな袋を背負い、寮に越してくるには些か大き過ぎるアタッシュケースをトランクから取り出し、校門をくぐった。

 

 最初に出会ったのは、校庭の入り口で所在なさげに立っていた二人の少年だった。一人は真面目そうな七三分けの少年、もう一人は人懐っこそうな笑顔を浮かべた短髪の少年だ。

 

「……君も、新入生?」

 

 短髪の少年――灰原雄が、物怖じせずに声をかけてくる。その隣では、七海建人が警戒心の強い目で見定めるように俺を眺めていた。

 

「禪院直哉や。今日からよろしくな」

「僕は灰原雄!禪院家の事は色々聞いてるよ!あまりいい噂は聞かないけど… こっちは七海建人。よろしく、禪院君!」

禪院家の評判が悪いのは知ってるし俺自身も嫌いや…けんど灰原君はちょっと正直すぎるんとちゃう?悪い奴ではなさそうやけど

「灰原、今のは失礼ですよ。七海と申します……随分と荷物が多いようですが」

 

 七海の視線が俺のアタッシュケースに突き刺さる。俺は不敵に笑い、おもむろにその蓋を開けた。

 

「これ? 挨拶代わりの軍資金や。入学前に呪霊や呪詛師狩ったりパパから貰ったりで貯めたんや。灰原君、七海君。これから四年間、君らは俺の『投資対象』やからな。まずはこれで、美味いもんでも食べて、ええ呪具でも新調し。せっかく同級生なるのに死なれたら困るからな」

 

 俺は一束ずつの札束を、呆然とする二人の手に無理やり握らせた。灰原は「えええええ!?」と裏返った声を上げ、七海は「……意味がわかりません。賄賂ですか? 労働の対価ではない金を受け取るのは不健全です」と激しく困惑している。

 

「賄賂やない、さっきも言ったがこれは投資やで。君らが呪具の新調でもして強くなれば生存率は上がる、一年は一緒に任務する事も多いから俺の生存率も上がる。シン陰流に寄付して門下生になってもええし使い道はいろいろある。これは純粋なビジネスやで……特に七海君、君のその生真面目さは評価するけど、金はあって困るもんやない。将来『労働はクソだ』とか言い出さん程度に貯めとき」

 

 七海が何か反論しようとしたその時、上空から暴力的なまでの呪力の圧が降り注いだ。

 

「あはは! 面白いねー、金で同級生を囲うなんて。君が例の『禪院家の神童』? 趣味、サイッコーに悪いね!」

 

 空から降ってきたのは、丸いサングラスをかけた銀髪の少年。その後ろには、長い黒髪を一つに結び、冷めた笑みを浮かべる少年と、目の下に隈を作った少女が続いていた。五条悟、夏油傑、家入硝子のちの呪術界を揺るがす、最強の二年生たち。

 

「……五条悟君、それに夏油傑君か。挨拶が派手やね」

 

 俺は投射呪法を即座に起動可能な状態に保ちつつ、五条の「六眼」を真っ向から見据えた。五条の瞳が、サングラスの奥で面白そうに細められる。

 

「へぇ、今の動き。……君、一秒を二十四分割して動いてるんだっけ。術式の練度、ヤバいね。六眼で見ても、一コマ一コマの解像度が狂ってる」 「光栄やわ。普段から術式運用してちょっとでも練度上げようと思ってんねん。でも俺の狙いはあんたらの『最強』の座やない。もっと別の、届かへん背中を追いかけてるだけや」

 

 俺がそう言うと、夏油傑が少しだけ目を細めて歩み寄ってきた。

 

「別の背中、か。禪院家の人間にしては、随分と謙虚だね。それとも、よほどの大物を追いかけているのかな?」

「……まあな。あんたら二人でも、油断したら首を獲られるような化け物や」

 

 甚爾の名は出さない。だが、俺の言葉に含まれた真実味に、夏油の表情から余裕が少しだけ消えた。家入硝子は、俺が配った札束を眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

「……金持ってるね、君。医療設備の新調にも金出してくれる? 先生がケチでさ」

「ええよ。反転術式を使える君は、この学校で一番価値がある。必要な設備があるなら、リスト作っといて。全部僕が買い揃えたるわ。金は天下の回りもの、使ってなんぼやね」

 

 呪いを祓える術師は超マイノリティ、死の危険は常に隣り合わせだが金だけは大量に入ってくる。特に御三家は数百年に渡って無駄に金を溜め込んでいるのだ。俺が金を使って少しでもこの世界が良くなるのなら出し惜しみはしない。

「……話がわかるね。気に入ったよ、直哉」家入が初めて少しだけ口角を上げた。

 

 金の事で話し込んでいると、最強の悟君が俺の肩に馴れ馴れしく腕を回し、顔を近づけてくる。初めて出来た後輩にウザ絡みでもしたいのだろうか?

 

「ねえ、直哉。そのスピード、ちょっと試させてよ。俺の『無下限』、君の二十四分割で触れると思う?」

 

 刹那。俺は返事の代わりに術式のコマ割りを戦闘時のレベルまで分割、加速させる。視界がスライスされ、最短の軌道が描かれる。一秒という時間を二十四の破片に分解し、その全てのコマに「五条悟の懐へ潜り込む」ための最適なポーズを叩き込む。五条の指先が、俺の動きに合わせて微かに動く。  

 

  (……やっぱり届かへんか)    

 俺の拳が五条の顔面に肉薄した瞬間、それは目に見えない「無限」に阻まれた。物理的な距離は数センチ。だが、そこにはどんなに加速しても、どんなに時間を細分化しても超えられない絶対的な断絶がある。それが五条悟という男を「最強」たらしめる、無下限呪術の理だ。  

 

「おっと。……マジか、今のはちょっと危なかったね」    

 五条は僅かに目を見開いていた。無下限は抜けていない。だが、俺が「一コマの中の座標指定」をあまりに精密に行い、五条が自動選択している不可侵の境界線ギリギリまで、俺の拳が「最適解」として滑り込んだのだ。今の反転術式を会得していない彼を内包している無限はオートではなくマニュアル操作だから術式発動がギリギリだったのだろう。

 

「一度無限を纏われたら抜けんな、悟君のそれは。でもな、コンマ一秒の隙も作らん自信はあるわ」

「あはは! 傑、聞いた? こいつ、最強の俺達にも反骨精神燃やしてるよ。面白いねー!」

「……確かに。直哉君の術式の使い方は、従来の禪院家のそれとは一線を画しているね。理系的というか、極めて合理的だ」

 

 夏油が感心したように頷く。十五歳の俺は、あの夜の五歳の俺ではない。高専入学前は、躯倶留隊や炳、灯の連中と鍛錬や討祓に明け暮れる日々を送ってきた。投射呪法の精度は、今や現代最速の術師であるパパにも肉薄するレベルだ

 

「……さて、七海君、灰原君。先輩らには僕が話しとくから、君らは寮でゆっくりし。……あ、七海君。その金、返しにこんでええよ。返したかったら、俺より先に死なんことやな」

 

 俺はそう言って、唖然とする同級生二人を残し、二年生たちに連れられて校舎へと向かった。

 

 高専という新しい檻。だが、ここにはまだ原作のような悲壮感はない。  灰原には高性能な特注の呪具を買い与え、七海には残業代と称して裏から報酬を積み増す。家入には最新の医療機器を。そして――五条と夏油には、いつか来る「最悪の日」の結末を書き換えるための、俺というイレギュラーを。

 

(見ててや、甚爾君。あんたの価値を誰よりも理解し、あんたを殺させないために、僕はここに座ったんや)

 

 俺の脳裏には、いまだにあの月の夜、消えていった男の背中が焼き付いている。四年の月日が、俺を修羅に変えた。札束と、権力と、そして誰も追いつけない精度。  

 

「……待ってろや。星漿体の暗殺依頼が来たら、俺がアンタを買い戻して引き抜いたる」

 

 俺の新しい日常が、狂騒と共に幕を開けた。黄金世代と呼ばれた彼らの中に、一人の「パトロン」が割り込んだことで、呪術界の歯車は、原作とは異なる音を立てて回り始める。

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