フロッグマンって知ってるかい?
聞いたことがないならアンタはこの町に来たばかりのおのぼりさんで間違いない。町でまあまあ噂になってるからよーく耳を澄ませて聞いてみて。
そいつは潜水士さんの異名でもないし、どっかの時計メーカーの商品の名前でもない。
名前の意味は捻りなしのストレート、『カエル男』って意味。そのまんまだよな。
ほかに出回ってる情報といえば、都市に住んでる噂好きの耳長エルフたちとその他住民の噂話。
曰く、フロッグマンは悪人を絶対許さない天からの使い、らしい。
曰く、悪人をひん剥いておおきな口で丸呑みにしちまう、らしい。
曰く、右手の鞭を手足のように巧みに使うテクニシャン、らしい。
曰く、女の子と子供に甘い優しい性格のイケメンカエル、らしい。
俺から言えるのはどれもビミョーに間違ってるってこと。噂話っていつもこんな感じだよな。まず正義の味方って柄じゃないし天からのお告げなんて聞いたこともない、依頼と報酬があればすぐ飛びつくだけ。まあ悪人ばかり相手にしてるけどね。
次にひん剝くのが趣味なわけじゃない、オークとかゴブリン、盗賊の野郎ばかりだし。依頼品をそいつから取り返してるだけ。人を丸吞みになんてフロッグマンはしてないよ、
次の噂話はちょっと伝わりにくかったかな、正確にはフロッグマンが使うのは鞭じゃなくて
最後のはちょっと正解、かわいい女の子と子供の頼みはどうしても断り切れないのがフロッグマンの数少ない弱点かも。イケメンってのも正解、フロッグマンの素顔を見てそう言ってくれるファンは(多分)いる。仕事の時はカエルの仮面をつけてるから見せられないのが残念。
ここまで俺の話に付き合ってくれた心優しいファンはもう俺の正体に薄々気付いているよな。答え合わせのまでのカウントダウンはいらないだろ、じゃあ言うよ。
俺がフロッグマンって呼ばれてるその張本人、その驚いた顔が見れないのがこれまた残念。
包帯でぐるぐる巻きの右手、その包帯の下にカエルの『キッス』ってやつがいるんだけど(こいつが自分で
ああ、右手がこんな風にカエルになってるのには理由があるんだけど、それはまたいつか話すよ。
フロッグマンの正体はこの俺、
まあ来る依頼はほとんど猫探しか落とし物探しばっかりだから探偵業じゃちっとも儲からないんだけど。
じゃあどうやって生計を立ててるかって言うと、もちろん『フロッグマン』の依頼でだ。
俺はフロッグマンと唯一の
俺はペラペラと話し過ぎってよく『キッス』に叱られるけどそんなことないよな?
一人ぼっちって寂しいし、一人で秘密を抱え込むのは辛い。みんなそうだよな。
誰だってペットに話しかけたことくらいあるだろう?それに似てる。
俺もそんな気持ちでアンタに打ち明けたのかもしれない。誰だって孤独は嫌だからね。アンタが口の堅いおのぼりさんであると祈ってるよ。
ほらノックの音、依頼人が来るから良かったら一緒に聞いていくといいだろう。
アンタもおのぼりさんであるように俺もこの世界に来て半年のおのぼりさんなんだ。
☆
「失礼します」と依頼人は言った。
ぎいぎいと鳴く悲しいオンボロ階段を上がってきてくれたのは二人だろう、俺は扉が開く前に足音で判断した。
「どうぞ」
久々の依頼に胸が高鳴るのを感じながら、それがおくびにも出ないように気を付けて依頼人を中へ入れる。
これまたギイギイと唸る扉を開けて入ってきたのは二人の女性。ビンゴ!
「し、しつれえし、します」
「オドオドしない……!失礼、あなたがトードさん?」
一目でわかる上下関係。片方の、気が強そうな女はこんなことを思うのは失礼かもだが、太い!ってのが第一印象。縦にも身長はデカくて、俺の身長が170センチだからこの人はそれ以上、180センチはあるかもしれない。髪はよく光る金髪で金をかけて手入れしてるのがよくわかる巻き髪ロングヘアー、ガタイもよくてガタイもよくて、肩幅が広く姿勢もまっすぐ。
服装は今どきの流行りじゃなくて、どこか貴族っぽい。深い赤の色合いのロングドレスに、布地は分厚くて上質そうで、動くたびに重みのあるシルエットを描く。
装飾は控えめだけど、そのぶん一つ一つが高そうで、派手で、成金感。そして姉感。
首元にはこれでもかってくらい宝石があしらわれていて、主張しすぎるので視線を持っていかれる。手袋なんかも真っ白いロングタイプで、指輪は両手で数個、腕時計は無駄にゴツくて重そう。全部高級品なんだろうけど、統一感がなくて、財力を一つずつ並べました、みたいな印象だ。
でも一番目を惹かれるのは胸、メロンに楽に判定勝ち。その谷間は電話帳を楽に挟み込めるだろう。
「何か?」
「いや、何も」
じろじろと観察したつもりはないが女性は視線に敏感だ、怪訝そうな目で睨まれてしまった。
谷間があると覗きたくなるのは男のサガだよな。
「あの、フロッグマンさんと、つ,つながりがあるって本当ですか」
「もちろん、その噂は本当だよ」
いきなり本題に飛び込んできたもう片方の女の子は対照的に、そっちは驚くほど痩せこけていて、細い、というより“薄い”という表現がしっくりくる女の子だ。
肩も腕も華奢で、鎖骨がはっきり浮いていて、風が吹いたらそのまま連れていかれそうな危うさがある。身長は俺より低くて、存在感は不思議なくらい軽い。
服は体を隠すために選んだみたいなサイズ感、袖が少し長く、全体的に余っている。色も淡くて、白や灰色、くすんだ水色みたいな主張しない色ばかり。おしゃれに無頓着というより、「目立たないこと」が最優先なんだろうな、という印象だ。
髪色も同じ金色のはずなのに驚くほど透き通ってみえる、右の太い方が私を見ろ!と主張するならこっちは見ないで下さいと言わんばかりに薄い金、それをショートカットにしてさらに存在感を薄く。
「あう……いきなりご、ごめんなさい、ソワソワしてしまって」
顔はかわいいけど表情が控えめすぎて、こちらが見ようとしないと視界からこぼれてしまいそうだ。視線はいつも少し下向きで、人と目が合うと一瞬で逸らす。
胸はなだらかで起伏には全く恵まれてない、隣と比べるとなおさらだ。
立ち方もどこか不安定で、重心が定まっていない。周囲の音や人の動きに敏感で誰かが急に近づくと小さく肩をすくめる。その仕草が子どもっぽくもあり、守られていない感じがして、見ている側が勝手に心配になる。おそらく成金の姉の妹ってのが俺から見た印象。
「いや、心配事で頭がいっぱいの時ってそうなりがちだから気にしないで」
そう言って二人を来客用のソファーに座らせる。120000シェル(この国の金、だいだい1シェル=1円)もした高級品だ。
俺もテーブルを一つ挟んで自分用のソファー(10000シェル、とほほ)に座って二人に向き直る。
「トードさん、あまりこの子の言うことは気になさらず。どうしてもというから連れてきただけですわ」
それからこの大きい方のお姉さんによる自己紹介が始まった。二人は俺の予想通り貴族だった。
大きい方のお姉さんの名前がルビイ・コンチェルト、小さい方がサファ・コンチェルト。覚えやすいね。そしてやっぱり姉妹らしい。
「失礼ですがその右手はお怪我をなさって?」
ルビイさんは俺の右手の、包帯でぐるぐる巻きの手が気になるようだ。まあ俺でも気にする。
「ダンジョンに潜った時少々、深い傷を負って……そのままこうしてるってワケです」
「まあお気の毒に」
「それは……お気の毒に」
まったく感情のこもってない姉のお気の毒に、と感情のこもった妹さんのお気の毒に。
俺は今の段階で女は胸より性格って気分だ、妹さんの力になってやりたい。
「それで、フロッグマンに依頼ってどんなことですか?
「悪事は承っていないんでしょう、知っていますわそのくらい私が依頼したいのは」
知ってるなら話が早い、さてさてどんな依頼?俺は久々の依頼にワクワクしてたのかもしれない。
「猫を!」
妹さん、サファさんは急に立ち上がって叫ぶように言った。
「猫を探し出してほしいんです!」
「……猫を?」俺は続けて言った。
「猫なら
「そ、それは知ってますが……」
「腕はからっきしなのでしょう、私たちはすぐに見つけてほしいんです、どんな手を使っても」
フロッグマンに、とそう付け加えたのはルビイさん。失礼だな、からっきしとは。まあ否定できるだけの材料もないんだけど、悲しいことに。
「フロッグマンはどんなものも見つけ出してくれると聞いてますわ、町の噂通りなら」
「……それなら値が張るのもご存知で?」
自慢じゃないがフロッグマンとしての仕事はかなりの高額。危険な仕事が大半だし、それに、おいそれと簡単に利用されたらパンクしちまうからね。
ちなみに今までの最高額は10万シェル。お高いカエル男だ。
「わかった上で話してるのです、詳しい事情は話せませんが至急フロッグマンさんに繋いで私たちの猫を見つけ出して欲しい」
そういってルビイさんはテーブルに金貨と写真付きの資料を叩きつけるように置いた。
写真は探して欲しい猫の写真。赤い首輪の白猫で、探せばいくらでもいそうな感じ。
資料は軽く目を通したけど、書いてあるのは名前とか特徴とか。まあこんなのフロッグマンは必要ないんだけどね。それより目を引くのはこの金貨の入った袋。
「100万シェルありますわ、足りないのならこの指輪だってつけたっていいですわ」
「もちろんお受けします、フロッグマンはいつでも困った人の味方ですから」
最高金額更新。100万シェル?猫一匹にそんなに出すのかと内心驚きながらも尋ねてみる。
「しかし失礼じゃなければお聞きしたいのですが、なぜそこまでしてその猫を?」
100万もあればもっと上等な猫を買えるだろうに、なぜ?と思うのは俺が変なのかな。
「その猫は世界に一匹だから……私にとって大切だから……!」
「あなたは黙ってなさい、でもそうね、私にとってこれは父の形見のような猫です、居なくなって悲しむのは当然の事でなくて?」
「それは事情も知らずに申し訳ありません、形見ということでしたら納得です」
ここで新事実、この猫はこの二人の亡くなった父親の愛猫だったってこと。それでも100万シェルね。
「それではわかりました、ではその猫を探すために何かその猫の味がわかるものを」
「味?」
おっと、これは間違えた。
「その猫が大事にしていた、身に付けていたものなどはお持ちじゃありませんか?それがあればフロッグマンさんも助かるそうです」
「み……身に着けてた物……!?あっいえ私は何も持ってませんが、この子なら何か持ってきてるかも」
若干反応が変だ、そこまで変なことを言っただろうか?
「な、なんでもいいのなら……じゃ……じゃあこのエサ用のお皿でよければ」
そういって純金のお皿を出してきた。ひゅー、さすがお金持ち。
「確かにお預かりしました、そうですね……フロッグマンさんならこの程度2日もあれば簡単に見つけ出せると思います」
「ほんとですか!」
「ほんとですか!」
姉も妹も喜んでいるのは同じだけど喜びのベクトルが違うように見える、のは俺だけ?
『私もそう見えるよ、トード少しは賢くなったね』
「っ!?」
俺は急いで
『痛いじゃないか』
「どうされました?」
「いえ……古傷が急に痛んでしまって、お気になさらず」
右手の口を包帯の上から塞ぎながら二人ににこやかに笑いかける、うまく笑えてると良いけど。
「それなら長居するのは悪いわね、それじゃあ私たちはこれで」
姉のルビイさんは煙そうに立ち上がった、貴族さんにはここの空気はやっぱり気に入らないらしい。
「絶対にその猫を見つけてくださいね」
「はいおまかせください」
ルビイさんは扉に手を掛けながらこちらを振り返り、確かめるように訪ねてくる、よっぽど大事らしい。
「お、お願いします、フロッグマンさんに絶対見つけてくださいってお伝えください!」
サファさんは俺の左手を握りながらうるうるとした目で訴えてくる、よっぽど大事らしい。
「おまかせください、必ずフロッグマンさんにお伝えして、見つけ出せるとお約束します。」
「それが聞きたかったですわ、では私たちはこれで……帰るわよ!サファ!」
「ま、まだ話足りないんじゃ……!た、探偵さん!ね、猫の名前はシルです!それとそれと……!」
「必要なことは全部資料に書いてありますわ、二度も言わせないでサファ、帰るわよ」
「足元に気をつけて、またのお越しを」
ぎりぎりと右手の首を閉めながら二人を見送る、さてこの右手も依頼もどうしたものか、俺は頭が痛くなった。
『私もさ』
余計頭が痛くなった。アンタも俺の苦労がわかってくれると嬉しい。
☆
二人が帰ったのを確認すると俺は右手の包帯を解く、そこにはあるはずの右手は無くて、そうだな想像して欲しいのはパペット人形、カエルの顔のやつ。
前足、この場合は両手かな?大きなカエルの顔にその両手、鍋つかみのように右手を包んでいるのはカエルの顔。
誰にも見せれない俺の秘密、俺の右手はロックバスターならぬ、フロッグバスターなんだ。
『さあなにやら謎の香りがするね、トード。100万シェルの猫探しといこうか』
「受け取っちまったからな報酬」
しかもしゃべるんだコイツ。さて華麗なフロッグマンとしてのお仕事は次に紹介するとしよう。
これを読んでるアンタにも俺にも休息は必要だからな。
俺はコーヒーを二人分淹れる、どこぞの異世界人が最近流行らせたインスタントコーヒーってやつだけどね。
『ありがとうトード、いただくよ』
「お前カエルなら雨水とか飲んでろよ」
左手で持ったコーヒーを啜りながら、右手そのもののカエル、キッスは器用に前足でマグカップを掴み俺と同じようにコーヒーを啜った。
味覚も痛覚も俺と共有してるから、コーヒーは二倍熱くて、二倍苦い。