君はフロッグマンを知ってるか?   作:包紙くらげ

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カエルの舌と猫の値段(後編)

 無償の愛ってやつを信じたことはある?

 無償っていうのは報酬や対価を求めずに何かを提供すること。見返りがないってこと。何か仕事をしたら報酬がもらえるし、お礼だって言ってもらえる。美人で大人のレディが相手ならうまくやればキスのチップをくれるかも。

 

 世の中のルールみたいなもんでギブアンドテイクってやつ。だからほんの一握りの無償の愛を信じる善人はこの世のルールを全否定、テイクはいらないってさ。

 与えるだけで何も貰わないし欲しいものなんて何もない。しいて言うなら相手の笑顔がみたいとか。

 

 でもまあこれって人対人の場合。相手が動物とかなら話は変わってくる。

 動物はお金をくれないし、お礼も言わない。ここほれワンワンって埋蔵金を掘り出してくれる話、おとぎ話でしか聞いたことないよな。

 でも現実、ペットを飼う人はたくさんいる。餌を与えて、お風呂にいれて、撫でまわしたり、抱きしめてあげる。それは何かが欲しくてやってるわけじゃない、そうしてあげたいから。

 

 俺はタダ働きはあんまり好きじゃない、やっぱり見返りは欲しいよな。

 何が言いたいかっていうと、タダより高いものはないっていうなら、それを愛とセットで配ってくれる人は一番の『金持ち』なのかもね。

 

 

『さあコーヒーも飲み終わった、そろそろ猫探しに向かおうか』

「俺はまだ飲んでる、よく冷まさずにがぶ飲み出来るよな」

 

 俺は猫舌、そしてコイツと違って香りも味も違いのわかる男。うーん深いコクに香ばしい香り。

 

『ただのインスタント、コーヒーによく似た汁だね』

 

 夢のないやつ。

 

「それと探しにいくのはちょっと待った、まずは今回の依頼を軽く整理したい」

『整理ってほど複雑じゃないと思うんだが、まあ君のしたいようにしたまえ』

 

 今、体の運転は君に任せてるからねとキッスは大きなあくびをした。俺は気にせず今回依頼された内容を、資料をめくりながら出来るだけ分かりやすく、手帳の上で整理する。

 

 依頼人はルビイ・コンチェルト、サファ・コンチェルト。

 姉妹揃っての依頼で、内容は亡くなった父親の愛猫『シル』を探しだすこと。

 特徴は赤い首輪の白猫。資料によるとおとなしい猫らしい。渡された手掛かりは純金のエサ皿。

 なんと依頼料100万シェルも払ってきた。お高い猫なのだろうか?

 

 なんと言っても気になる点は……

 

『どうして100万シェルも払ってきたのか、だね』

「よっぽど珍しい品種か、それとも思い入れってやつ?めちゃくちゃ可愛がってたから的な」

『悩むこと無いだろう、シンプルにその猫が100万シェル以上の価値がある。それだけさ』

 

 キッスは退屈そうにあくび混じりに話しかけてくる。100万シェル以上の価値のある猫……家族みたいなものだから、そのくらい払っても痛くないってことなんだろうか?

 

『トードは純粋だね』

 

 俺が頭を捻ってるとケロケロと笑ってくるキッス、ちょっと腹が立つけど他に理由は思い浮かばない。

 

「やっぱ考えてもわかんねえからさっさと見つけて捕まえることにする、さあ仕事だぞキッス」

 

 俺は手帳に記入することをやめて、預かった金の皿をキッスの前に持ち上げる。

 

『じゃあさっそく』

 

 れろ、とキッスは皿の表面をべろべろと舐め始めた。断っておくけど別にやりたくてやってるわけじゃない、味覚も繋がってるしね。猫の香りと何種類もの生臭い魚の味のフィードバックが口の中に広がって最悪。

 

『味は覚えた、後はいつも通り舌に従っていけばすぐ見つかるよ』

「おえ、いつもの事ながら気持ちわる」

 

 アンタに初めて披露するけどこれがキッスの一つ目の得意技。犬が嗅覚で犯人を捜し出すように、俺たちは味覚で目的のブツを捜し出せる。空気中にも味の残穢は残っていて辿っていける、らしい。

 この街全体を味わってるってことだよな、色々スケールが違ってて、中途半端に味覚が繋がってる俺にはよくわからない。

 

『この感じ、グリーンストリートらへんにいるね。近くにオークの味も感じる。急ごうか』

「オッケー」

 

 場所がわかったらあとは早い、その残穢を辿って跳び跳ねていくだけだ。

 俺はクローゼットを開けて『フロッグマン』の姿に着替える。

 黄色でブカブカのレインコートにジーンズ、そして黒い長靴。

 

『忘れ物』

「はいはい」

 

 シュパっと舌を伸ばしデスクの上にあるカエルのお面を舌で絡めとって渡される。忘れちゃいけないフロッグマンのトレードマーク。

 この緑のカエルの仮面を顔につける、小さな覗き穴から見る世界は、いつもよりずっと居心地がいい。

 着替え終わったら事務所の2階、そしてそのまま屋上に上がる。

 外は小雨が降っていて、空は灰色の絵の具を垂らしたかのようだった。

 

『良い天気だ』

「グリーンストリートまで()()()()()()()

 

 このカエルと融合してから変わったことその1。

 

『3、4歩ってことかな』

「じゃあ、()()()()()

 

 常人離れした凄まじい脚力、屋上に穴を開けないように、手加減しながら蹴り足に力を込める。すなわちおもいっきりのジャンプ。

 次の瞬間視界に映ったのは上空からのこの街の景色、一瞬で上空200mにも達する大ジャンプ。そして超高速の自由落下。雨粒と共に街に舞い降りる。

 

『そろそろ着地だよ、次の場所に狙いを定めて』

「わかってる……っと!」

 

 着地地点に誰もいないのを確認。地面に足から着地して、すぐさま大ジャンプ再び。

 地面を軽く揺るがすほどの脚力、フロッグマンって言われる所以の一つかもね。

 俺はこの足を手に入れてから馬車を使わなくなった。

 

 

 文字通り飛んできた俺はグリーンストリートにたどり着く。迷宮都市パレットの中でも、亜人達が好んで住む地区だ。

 ゴブリン、オーク、ワーウルフ、ほかにもたくさん。数えきれないくらいの種族がこの地区の穴蔵に肩を寄せあって暮らしてる。

 暮らしてるからこそ余所者(にんげん)に対して当たりが強い。

 

 だから俺は床を歩かない、()()()()()()()()

 カエルと融合してから変わったことその2。どこでも張り付いて動けるようになった。

 逆さまの世界からは、穴蔵の隅で博打(ポーカー)に明け暮れる亜人達がよく見える。リザードマンとオークのペア、手札だってよく見える。そいつはブラフだよオークくん、なんてアドバイスはしてやらない。今日の探し物はチップじゃなくて白い猫。

 

「ちっ…負けだ!じゃあ次はこの猫を賭けるぜ」

「にゃお」

 

リザードマンが賭けるチップ差し出したのは白い猫。赤い首輪の。

 

……、ヒジョーに話が早くて助かるね。出来すぎだってくらいに事件は解決しそうだ。ちょうど逆さまの世界にも飽きたから床に降りたかった所なんだ。

 

『じゃあ出来るだけ不気味に降りてくれ』

お前(キッス)のセンスはよくわからん」

 

 俺は要望通りにべちゃっ……と足音を立てて着地した。

 オーク達がポーカーをしてる間にね、ごめんねトランプくん。

 

「こっ、こいつどっから降りてきやがった!?」

「このレインコートに……カエルの面!間違いねえ!フロッグマンだ!」

 

 正解。リザードマンくんに1ポイント。

 俺は手早く言った、スピード解決がフロッグマンのポリシーだからね。

 

「その猫はお前らの掛け金(チップ)には釣り合わねぇ、返して貰うぞ」

 

 そして小さく手招き、さっさと渡せってこと。

 まあここまで読んでくれてるファンのアンタにもこの街の住民が、はい!わかりました!って言うような面には見えないよな?

 それ正解。

 

「タダで渡せるかってんだ!さっき捕まえたばっかりの猫なんだ」

「綺麗な毛並みだ!剥いで売りゃ金にならぁ!」

 

 ほらね、自分の役割を全うする健気な住民だ。フロッグマンの邪魔をする町人AとB。

 

「フロッグマンがなんだってんだ!どうせ噂が独り歩きしてるだけだろうが!」

 

 そういって飛びかかってくるオークくん。俺の目から見てもあまりにも直線的すぎる。

 

『次はもっとうまく交渉するんだよ』

「荒事、好きなくせに」

 

 次の瞬間俺の右手が爆ぜるように動いた、キッスの舌が放たれたってことだ。

 舌は一瞬で音速レベルに加速してソニックブームを生み出す。

 

「げえ……」

 

舌で触れることもなく、オークを衝撃波で弾き飛ばすのに一秒もいらなかった。もっと手加減、舌加減してほしいものだ。

 

「こ……コイツ!?」

 

 リザードマンくんは壁に立て掛けてある大剣を手に取った。

 俺は獲物を抜くのはキッスの前では、おすすめしない。

 

『抜いたね』

 

 その手にあるはずの大剣は、こっちの右手に移動していた。

 大剣の代わりに持っているのは100シェルコイン。

 

「!?!?!!!?」

 

 キッスの『スキル』、アンタにも初めて見せるよな?

 『入れカエル』

 仕組みは簡単、自分と相手の手にもった物を生物以外なら()()()()()()()

 駄洒落みたいなスキルだって?俺も心からそう思う。

 

「とっときな、チップ代わりだ」

「ひ、ひぃぃぃフロッグマンが出たぁぁぁ!」

 

 リザードマンはオークを抱えて走って逃げていった。キッスはちょっとやりすぎ。

 残ったこの大剣は……

 

『飲み込んでおくよ、お腹も減ったしね』

「おえ……マジで慣れねえ」

 

 喉元を武器が通る感覚のフィードバック、ホントに最悪。

 キッスの胃袋は異空間にでも繋がってるんだろうか。

 

「にゃお」

「初めまして、100万シェルの猫さん」

 

 俺は猫、シルって名前だっけ?

 シルを回収、後は来た道を帰るだけ。逆さまの世界にようこそ、と言いたいけど猫ちゃんを逆さにするのは気が引ける。跳ねて帰ろう。

 

「ふにゃーご」

「ほんとにおとなしい子、それにしてもどこに100万シェルの価値が……」

『首輪だよ』

 

 キッスは首輪の裏を見てみろと俺を促した。

 

「ちょっと失礼……ってこいつは……」

 

 なるほどね、確かに100万シェル以上の価値がある。

 俺は跳び跳ねながら自分の事務所に帰った、後は依頼人に渡すだけ。なんだけどこれ見ちゃったからなぁ、どうしよ?

 

 

「ほんとにシルは見つかったんですか!?早い……」

「フロッグマンさんに依頼して良かったですわ、それで猫はどこに?」

 

 依頼人には2日かかると言ったが1日で充分だった、電話で見つけたと伝えたときの驚きようは、それはもう凄かったよ。

 

「はいこちらに」

デスクの上に座ってイイコにしている猫ちゃんをだっこして2人に見せてあげる。

 

「「!?」」

 

 二人とも驚いてるんだけど、驚きかたが2パターン。

 サファさんは『ほんとにそこにいる!』って感じで。

 ルビイさんは『あれ!?アレが無い!』って感じ。

 

「と、トードさん!?首輪、首輪はどこに!?」

 

 ルビイさんはそっちしか見えてない、やっぱりこの人は知ってるんだ。

 

「ええ、確かにここにありますよ……あなたたちの父親の()()()()

「遺言状!?姉さんどういうこと!?」

 

 サファさんはルビイさんに問いかけていた、ふむ。

 

「フロッグマンさんが言ってましたよ、猫が濡れていたので乾かしてあげるために首輪を外したら見つけてしまった……と」

 

 簡単な話。このお姉さんが捜してたのは猫じゃなくて遺言状、遺産を誰が相続するかってそんな話。

 

「ゆ、遺言状にはなんと書いてあったんですか!」

 

 ルビイさんは俺に駆け寄る、大丈夫。俺は何も細工していないよ。

 

「では僭越ながら、こほん。エメラ・コンチェルトが亡くなった際、家の財産を継ぐのは」

  

 ここで一息。

 

「家柄の者がこの猫、シルを呼び、その膝に、胸に、猫が飛び込んできた方に全財産を譲り、当主とする」

 

 という魔法の遺言状だった。俺はシルを床に下ろしてあげる。

 

「猫が懐いてる方にですって!?ふざけてるわお父さんは!」

「わ、私にはなにがなんだか……」

「っ!サファ退きなさい!シロ!シロこっちへおいで!」

「えっと、姉さん……シロじゃなくてシルだよ」

 

 ルビイさんは一生懸命シルの名前を呼んだ。

 シルは知らんぷり、にゃーんとそっぽを向いている。

 

「そ、そんな……」

「……シル、おいで」

 

 サファさんが静かに呼び掛けるとシルはにゃーん!とサファさんに飛び付いた。

 

「あぁシル!ほんとに心配したんだよ……!良かったぁ」

「そんな……これじゃ」

 

『これで契約は果たされたね』

「静かに」

 

 俺はキッスを黙らせながら二人に近寄った、100万シェルの入った袋をもって。

 

 「フロッグマンさんからです、『()()()()()()()からお礼は受け取れない』とのことです」

 

 ちょっとかっこつけすぎかな?

 

「そんな……探偵さん!なんてお礼を言ったら良いか……」

「いえお礼はフロッグマンさんに言ってあげてください、俺はただ依頼しただけですよ。さあ早くおうちに猫ちゃんを連れて帰ってあげてください」

「……ありがとう……ございました」

「このことは忘れません……トードさん、ありがとうございました、いこう姉さん」

 

 脱け殻のようなルビイさんとしたたかに笑うサファさん、ここに来たときと真逆の立ち位置になった二人を俺は黙って見送った。

 

 

『君は無償の愛が勝ったと思ってるかもしれないけれど、現実はもっと残酷かもしれないよ』

「なんだよキッス、急に」

 

 二人がいなくなった事務所でキッスは俺に言った。

 

『サファが君の考える通りの優しい女の子で、その優しさが報われたおとぎ話のような事件だったのかってことだよ』

「だったのかもなにも……実際そうだろ?ルビイさんはお金目当てに猫を捜してサファさんは猫が単純に心配だったんだよ」

 

 キッスはこういう見方もできる、と前足の指を一本立てた。

 

『ルビイさんの香水を嫌っただけで、なにも香水をつけてないサファさんに飛び込んだだけかもしれない』

「それだけか?そういう性格なだけかもしれないだろ。心優しい控えめな女の子だったんだよ」

『心優しい女の子で性格になにも問題がないならあの子達の父親は、遺言状を猫になんて任せずにサファさんにストレートに継がせたんじゃないかい?』

「……」

 

 あくまでも、こいつの妄想だ。

 

『最初から首輪にかいてある内容をサファさんは知ってたのかもしれない、だから父が亡くなる前からすこしずつシル、あの猫に接触をして警戒を解かせ、懐かせた』

「……ひねた物の見方だな」

『君ほど純粋じゃなくてね、まあすべて妄想さ。ペットに優しくしつづけた純粋なる優しさの塊の女の子が救われた、そういう話なのかもしれないよ』

 

 この話を踏まえた上で、とキッスは俺に目を合わせた

 

『ここにかわいいカエルのペットがいるが、優しくしておいたらなにか良いことがあるかもしれないよ?』

「ふーんお前、俺のペットだったんだ初耳」

『冗談、ペットは君の方だったね』

「ハッ倒すぞ」

 

 俺はこいつのペットになったつもりもないし、俺はおとぎ話のほうが好きだ。

 

『それなら王子さまのキッスで私の魔法が解けるかもね』

「心を読むな」

 

 ここまで呼んだアンタはどう思う?無償の愛ってやつはあると思うかい?俺はないと思う、だって今日俺タダ働きしてちょっと後悔してるし。

 

『ちなみに君に言ってないことがひとつ』

「なんだ」

『私はメスだよ』

「……」

 

 ちょっとだけ、俺のペットに優しくしてやろうかなって気持ちが出てきた。

 無償の愛で、真実の愛で女の子に戻るかもしれないからな。

 

 なあアンタ、真実の愛を信じるかい?

 

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