「さあー選手のみんな、蓋に手を掛けて一斉にオープンだあ!」
バシューゥ!
蓋の下に封じられていた臭気が、まるで地獄の門が開いたかのように噴き出し、瞬く間にスタジオの空気を汚染していく
密閉された世紀末スタジオでは逃げ場などなく、激臭はコンクリートの壁に反射して音速の衝撃波となり、全員の鼻腔を無慈悲に撃ち抜いた。
「う…」「ッ…‼」「ぬう」「あひゃあ!」
壇上の拳士たちの顔が歪む。
ジャギは醜い顔をさらに歪ませ、懐から何かを取り出し、ヘルメットの中にグイグイ押し込んでいる。
そんな中、バットはマスクで籠る声を張り上げる。
「なんと一品目めはフルーツの王様『ドリアン』だあー」
「うわらばっ」「あべしっ」「ひいっ」
「ぶほっ……げほぉっ! な、なんだこの匂いはぁーっ!」
最前列の雑魚が、鼻の粘膜を劇物で焼かれたように泡を吹いて崩れ落ち、ユダを仰いでいた美女たちもバタバタと倒れ伏す。
これは単なる悪臭ではない。
それは脳幹を内側から破裂させるような圧倒的暴力。
そして審査員席でも、新たな地獄が幕を開ける。
美食家としての矜持を持ち、多少の異臭には耐性があるはずのハートだが、この閉鎖空間で濃縮されたドリアンの臭気は、彼の巨体を支える精神力を一撃で粉砕した。
「ひゃうっ、はふぅ……!臭せえよぉ〜! 鼻が、鼻がもげるよぉ〜! 死んでしまうよお〜!」
ハートは狂乱し、巨大な手を振り回す。
その隣に座っていたのは、よりにもよって“聖帝”サウザー。
「貴様、離れろ! 俺の顔にその汚い脂ぎった手を触れるな……ぬわっ!?」
サウザーの怒声は、聖帝の威厳を保ったまま空気を震わせたが、次の瞬間、死の恐怖に駆られたハートがサウザーの右手を掴み取り、 信じがたい勢いで、サウザーの人差し指と中指を、自らの鼻孔へと深々と突き刺した。
ズブ、ズブズブッ……!
「……!? ……っ!?」
誰も予想しえなかったハートの凶行に絶句するサウザー。
激臭による緊張で、ハートの全身の筋肉は収縮し、鼻腔内部は真空のように締め上がり、サウザーの指は聖帝としての威厳とともにハートの穴に第二関節まで埋没した。
サウザーは怒髪天を突いて怒鳴り散らす。
「きさまあー! 聖帝の指を返せぇぇ!」
必死に指を引き抜こうとするが、抜けるどころかさらにズブズブと奥へ吸い込まれていく。
その隣では、妖星ユダが美しい顔を醜く歪めてドン引きしていた。
「その姿、美しくない、決して美しくはないぞ!」
そこに、ふらりと立ち上がる影があった。
自称天才アミバである。
「んん……これは秘孔『無臭穴』を突くチャンスか?」
アミバが得意げに頷き、ハートの耳の穴へ指を突っ込もうとした瞬間、バットの声がスタジオに響き渡る。
「ちょっと待ったあ!! スタジオ内では全ての拳法は禁止だぜ! この先何人死人が出るかわからねえからな」
「もしこのルールを破ったら、選手は即失格、他の参加者は塩で揉まれてヌカ樽のなかで1年間の禁固刑にされてしまうわ」
その言葉を聞いた客席の隅で、種もみのミスミじいさんが震え上がった。
「お、恐ろしい、ヌカ漬けにされてしまうのか…一生、ヌカの匂いをさせながら生きてゆかねばならんというのか…それでは人としての尊厳が破壊されてしまうのじゃ…」
スタジオ内の酸素はさらに薄れ、ドリアンの激臭と男たちの脂汗が濃縮されていく。
呼吸をするたび、肺が焼けるような痛みが走る。
その空気はもはや「気体」ではなく「毒霧」。
ケンシロウは恐怖した。
「これは……修羅の国以上の地獄……」
雛壇の最上段で、ウィグル獄長が鼻をつまみながら恍惚と呟いた。
「ぐふふふ、いいぞ、実に素晴らしい阿鼻叫喚だ。これが俺の見たかった世界そのものだ」
その目は、かつて無数の囚人を地獄へ送った男のそれだった。