「褐色の恐怖。その名は『クイッティアオ・ナムトック』だぁー!!」
運ばれてきたのは、濁った暗褐色のスープに浸かった麺。その正体が「豚の生の血」を混ぜたものだと知った瞬間、会場に戦慄が走った。
その正体を知ったハートは、狂乱した。
「血……血は嫌いよおおー!怖いよー痛いよおー!」
バキィー!
サウザーは、暴れるハートの顔を机の上に強引に叩きつけた。
「黙れ豚!貴様も南斗聖拳で切り刻んでスープにしてやろうか。この茶番が終わったら覚悟しておけ!」
皿の上のスープをじっと見つめて、独り言ちるトキ。
「……ふ。血で血を洗う乱世……。まさか、器の中でまで血と対面することになるとはな……」
病める天才、トキが震える手で蓮華を取り、一口そのスープを啜った。
「……カハッ! ……ガハッ!!」
再びの激しい吐血! しかし、トキはその血を拭うことさえせず、恍惚とした表情で天を仰いだ。
「……ん……。この濃密なコク……。生血がスープの熱で凝固し、舌に絡みつく感触は、かつて私が受けた死の灰の重圧に似ている。だが、その奥にある八角の香りが、滅びゆく私の細胞に、一瞬の、あまりにも残酷な春の幻影を見せる……。まさにこれは……死を待つ者のための『安らぎの甘露』だ……」
トキは静かに蓮華を置くと、そのまま穏やかな微笑を浮かべて意識を失った。
「ト、トキィーーー!!」
ケンシロウの叫びが響く中、自称天才アミバが卓上のボタンを連打する。
「んん……解る!解るぞ。俺のような天才にしか解らぬそのレポート。気に入った!それ1点だ!」
「トキ選手、その身を削って1点獲得だあ。」
リンは、舞台上の惨状に目を半分覆いながらもアシスタントとしての仕事を続ける。
「ああ、トキ選手の容態をみていたリュウケン師から、ついにドクターストップがかかりました。トキ選手、吐血が止まらず貧血状態で惜しくも退場になりました」
ケンシロウは、血だまりの中に散っていった兄の面影を追う様に、目前の皿に無情に広がる兄の血が混ざってしまった暗褐色のスープを見下ろした。
「トキ……命を懸けた魂の食レポ、しかと受け取ったぞ。舞台裏から俺の戦いを見守ってくれ」
グッと蓮華を握ったケンシロウは迷わず、兄の血で真っ赤に染まった肝臓を啜り上げ、強靭な喉が、生血のスープを飲み込んでいく。
「……むう。舌の上が戦いの場と化している。血の生臭さを消すための香辛料の鋭き一撃……。しかし、それらが調和した瞬間、喉奥を通り抜けるのは、強敵(とも)たちの涙にも似た、深い哀しみのコク。……ユリア、俺には聞こえる。この器の中で、家畜たちの生きた証が、咆哮となって俺の胃袋を叩いている……!」
ケンシロウの頬を一筋の涙が伝う。
「悲劇だ。あまりにも悲劇的な味……。俺に言えるのは、ただ……『ごちそうさま』だということだけだ」
観客席の“山のフドウ”が、感涙にむせぶ。
「おお……その一杯のスープに宿る家畜の命まで慈しむとは。なんという哀しみ、なんという優しさ……。子供たちに見せてやりたい、これこそが真の食育です……!」
冷酷だったシンの顔が優しい光に包まれてゆく。
「ふ……食物連鎖の頂点としてあるべきその心掛け。見事だな。俺の1点をくれてやろう」
シンの的外れな採点基準にバットは驚愕した。
「おおー、よくわからないが、かつての恋敵(ライバル)からの貴重な1点をものにしたぞ」
「ふん、軟弱な。血など、吸うて飲むのが覇王の理よ!」
最後に動いたのは、拳王ラオウ。彼は蓮華など使わず、器を両手で掴み上げると、滝のような勢いでスープを煽り始めた。
「ぬうううん!!」
凄まじい咀嚼音と共に、パクチーすらも根こそぎ胃に収めていく。口の周りをドス黒いスープで汚しながら、ラオウは拳を突き上げた。
「聞いたぞ、ケンシロウ! お前はこの味を哀しみと言ったな。……笑止! 我が拳にあるのは、制圧のみ! この濃厚なる血の脂、これこそが万物を統べる力、即ち『覇気』そのものではないか!」
ラオウは豪快に器をテーブルに叩きつけた。
「だが……甘い。これしきの精気では、我が渇きを癒やすには足りぬ! このスープに足りぬものは、強敵(とも)の返り血よ!!」
観客席の拳王侵攻隊が一斉に立ち上がり、ラオウを褒め称え始める。
「拳王様! 万歳! 万歳!! 完食万歳!!」
バットは頭を抱えて呻吟する。
「全く参考にならねえーー!!」
リンは冷や汗を拭いながら、力なく呟いた。
「……誰も、点を入れてくれないのですね……」
気を取り直したバットはタキシードの襟を正し、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「さあーついに一騎打ちの勝負になったぞ!三品目だ! 覚悟しろ、漢(おとこ)たちよ!これが 台湾が産んだ『食の究極兵器』だあー」