巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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これが我が逃走経路だ!!

 

 

 

 

 

ゲヘナ風紀委員会が砂塵を巻き上げて撤退を始めてから、数十分。

激戦の舞台となった市街地には、もはや戦いの喧騒はなく、ただ乾いた風の音だけが響いていた。アビドスの面々は勝利の余韻というよりは、あまりにも唐突に訪れた「平穏」に、どこか気の抜けたような、それでいて心地よい疲労感に包まれていた。

 

 

(よし、面倒事になる前に撤退するンゴ)

 

そして……ヒナたちの姿が完全に見えなくなると同時に、探索者が気配を殺し、瓦礫の陰に身を隠そうと音もなく後方へフェードアウトしようとした瞬間――

 

 

カチャリ、と後頭部に冷たい金属の感触。

 

「……ん。逃がさない。まだ、話が終わってない」

 

「えっと……シロコさん?」

 

探索者はヘルメットの中で目を見開いた。いつの間にかシロコが背後に回り込み、アサルトライフルの銃口で優しく、けれど確実に退路を塞いでいた。

 

「あらあら、探索者さん?どこへ行こうとしているのですか〜? まだ後片付けも終わっていませんし、きちんとお礼も言えていないのに♪」

 

ノノミが柔らかな笑顔を浮かべ、探索者の肩にそっと手を置く。しかし、その掌からは「絶対に逃がさない」という確固たる意思が伝わってきた。

 

「ちょっと! あんた、さっきのは何だったのよ! 結局説明もなしに逃げる気!? 借金の踏み倒しよりタチが悪いわよ!」

 

セリカが憤慨した様子で詰め寄る。その隣ではアヤネが眼鏡の位置を直し、正面から退路を断っていた。

 

 

(ッスー……ヤベェな…)

 

「あ……いえ。私のような一般人が、あまり長居をしてもご迷惑かと思いまして。……それから、あちらの『おじさん』とのお話も邪魔したくありませんし、」

 

探索者は頭をフル回転させ、努めて丁寧に、殊勝な少女を演じて言葉を返し、視線だけでホシノを指した

 

 

だが、その指先は既に懐の「仕込み」に触れている。

 

(あいにくだが、俺の辞書に『御用』の二文字はねぇんだよ!!)

 

 

「……先生、申し訳ありません!少し、急用を思い出しました!この場で失礼します!」

 

"えっ、あ、ちょっ、探索者……!?"

 

探索者が懐から取り出したのは、少女らしい小物――ではなく、無機質な信管だった

 

 

 

パァンッ!!

 

 

 

乾いた破裂音と共に、周囲一帯が濃密な白い煙に包まれる。

 

 

 

 

(……よし、この隙に瓦礫の影を縫って離脱や!!)

 

 

 

視界ゼロの煙の中、探索者は音もなく地を蹴った。数多の死線を潜り抜けた、確信に満ちた離脱をする

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「……そこ」

 

「ウッソ!?」

 

 

 

煙の中から伸びてきたシロコの腕が、探索者のヘルメットをガシリと掴んだ。さらに、煙に巻かれるどころか、ノノミがどこからか取り出した「巨大な布」が、逃げようとした探索者の体を鮮やかに包み込む。

 

「ちょっと! 煙幕なんて焚いて、余計に怪しいじゃない!」

 

 

「待ってください、逃がしませんよ! ちゃんと対策委員会室まで来てもらいますから!」

 

 

 

白煙が晴れた時、そこには無残な姿があった。

 

 

 

厚手の布でぐるぐる巻きにされ、太いロープでガチガチに固定された、文字通りの『簀巻き』状態になった探索者の姿である。

 

 

(……マジかよ……煙の中で迷いもなく捕まえやがった挙げ句、この手際の良さはなんだ!この子ら、普段から何を捕獲して生きてやがる……!)

 

「……ん、確保」

 

 

 

「辞めろ!!☆HA☆NA☆SE☆」

 

「……暴れると、もっときつく縛る」

 

シロコが淡々と勝利を宣言し、簀巻きになった探索者をひょいと肩に担ぎ上げた。

 

 

「帰らせてください!うちにはお腹をすかせた子どもたちが待っているんです!」

 

 

 

「「「「「えっ……子持ち……!?」」」」」

 

一瞬、対策委員会のメンバーに戦慄が走る。シロコの動きすら止まった。

 

 

 

"あはは……。ああ、探索者さん。その『子どもたち』って、君が面倒を見てるカイザーカジノのバニーの子たちのことだよね? "

 

 

「いいえ違います!私には本当の子どもが居ます!」

 

探索者は食い気味に、かつてないほど真剣な声で言い放った。

 

(……なんだか知らんが、そのまま勘違いしてくれ! 子持ちの母親を簀巻きにして連行するなんて外道、多感な時期の女子高生にはできないはずだろ!)

 

その切実な「擬態」に、一瞬だけ場の空気が揺らぐ。だが、そこへノノミがひときわ柔らかな、慈愛に満ちた笑顔で近づいてきた。

 

 

「あらあら、それは大変……それで探索者さん、そのお子さんはお幾つなんですか? 離乳食の準備が必要なら、私たちが代わりに手配しますよ~?」

 

「え……あ、ええと、三歳です。一番手がかかる時期でして……」

 

 

そしてやはり探索者は息をするように嘘を吐く生き物である。

 

 

「そうなんですね。三歳……とっても可愛い盛りですね☆……でも、おかしいですね?」

 

ノノミは首をかしげ、探索者のヘルメットのバイザー部分を、指先でトントンと軽く叩いた。

 

「探索者さんのその装備……指紋一つないほど手入れされていて、硝煙の匂いはしても、ミルクの甘い匂いも、お子さんの手の跡一つ付いていないみたいですけれど?」

 

「……ッ!? ウッソだろ!? あんた、そんな匂いまで嗅ぎ分けるのかよ!?」

 

 

探索者はヘルメットの中で、文字通り飛び上がらんばかりに驚愕した。

 

 

 

(……あ、しくった)

 

 

 

 

叫んだ直後、脳裏に冷や汗が流れる。

数多の修羅を潜り抜け、常に冷静沈着を自負してきたはずが、あまりにも図星を突かれたような反応を返してしまった。これでは「子供がいないこと」を認めたも同然だ。

 

 

「ふふっ。はい☆ウソです♪」

 

ノノミは人差し指を口元に当てて、可愛らしくウインクしてみせた。

 

「匂いなんて本当は分かりません。でも、今の反応で確信しちゃいました……さあ、本当のことを教えていただけますか~?」

 

(……完璧にハメられた。屈辱とかそんな高尚なもんじゃねぇ…単純に、一応プロを名乗るものとして終わってる……あんな見え透いたカマかけに……あぁ、穴があったら入りたい……いや、今まさに簀巻きだったわ……)

 

 

 

探索者はヘルメットの中で、深い、深いため息をつきながらガックリと項垂れた。その落胆ぶりは、担いでいるシロコにまで振動で伝わるほどだった。

 

 

「……はぁ…承知いたしました……降参ですよ、降参。嘘をつきました独身です。子どもなんていませんよ……ですから、せめてその、獲物のように運ぶのは止めていただけませんか? 乙女のプライドが、砂塵と一緒に削れていく音がするのですが……」

 

探索者は布の中から、力なく消え入りそうな声で訴えた。

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

対策委員会室の空気は、アヤネの理知的かつ執拗な追及によって、逃げ場のないほどに詰められていた。

 

 

 

「さて、探索者さん。先ほどから話を逸らしていますが……私たちが一番聞きたいのは、懐にしまった『天秤』のことです。あの時、戦場全体を押し潰した異常な重圧…あれは何ですか?」

 

「……ん、あれは護身用なんてレベルじゃない……一歩間違えれば、私たちも潰されてた」

 

シロコがじっと探索者の指を凝視する。ノノミもニコニコと微笑んではいるが、その瞳は「次はどんな嘘を吐くのかしら?」と楽し気に値踏みしている。

 

「あー、ええと……あれはただの、その、工学的な重力制御の試作品というか……ミレニアムの技術なら、そのくらいあっても不思議じゃないでしょう?」

 

「嘘ですよね!いくらミレニアムの技術でも、あんな重さは引き出せません!」

 

アヤネの鋭い視線に、先生が小さく頷く

 

"そうだね……私も、あれがただの機械には見えなかった。探索者さん、いい加減に本当のことを話してくれないかな?"

 

 

 

 

「いいですか、お嬢さん方!それに先生!!大人の女の世界には『守秘義務』ってやつがあるんです!それに、『秘密は女のアクセサリー』です!秘密が多い女の方がミステリアスで格好いいでしょう? 正体なんてのは、ブラックコーヒーの苦味くらいにぼかしておくのが一番なんですよ」

 

 

簀巻きにされたまま、探索者はヘルメット越しに嘯いた。床に転がった芋虫のような格好で、精一杯の「大人の余裕」を演出する

 

 

だが、その努力も虚しく、アヤネが冷徹な手つきで眼鏡を押し上げた。

 

「……そのブラックコーヒーに、今すぐ角砂糖とミルクを飽きるほど放り込んで、真っ白な『白状』に変えてあげましょうか? 探索者さん、誤魔化さないでください。あの天秤、あれはキヴォトスの既存技術の枠を明らかに逸脱しています」

 

アヤネの容赦ない突っ込みに、探索者はヘルメットの中で大きなため息を吐いた。

 

「……はぁ……降参、降参ですよ……」

 

 

 

「……昔の話ですよ。今とは違う、もっとずっと暗くて、不条理が法則として成り立っているような……そんな『施設』に2回程、勤めていたことがありましてね」

 

その声から、先ほどまでの軽薄さが消える。

 

「そこには、人の手には負えない『怪物』や、理解を拒む『現象』が山ほど収容されていた。私の仕事は、それらを管理し、観測し……そして、何かが起きた時に『責任』を取ることだった。あの天秤も、その場所で手に入れた……いや、正確には……」

 

探索者は一瞬言葉を切り、まるで背後に誰かが立っているのを確かめるように、肩を僅かに震わせた…ような気がした。

 

「……あの鳥たちに、呪い(寵愛)を受けてしまった結果ですよ」

 

「鳥……たち? 複数いるの?」

 

シロコが怪訝そうに聞き返す。探索者は力なく笑い、虚空を見つめた。

 

「ああ、三羽いたさ、大きな口で全てを飲み込もうとする奴、何百もの黄金に輝く瞳で監視を続ける奴、そして……黄金の天秤で罪を量る、あの不気味な奴だ。あいつらは、森を、そして世界を守りたかっただけなんだろうが……そのやり方があまりに純粋で、あまりに不条理だった」

 

探索者の脳裏に、黒い森の情景と、それらが一つに溶け合った「巨大な絶望」の残像がよぎる。

 

「その『愛』の欠片が、これだ。公平を愛しすぎたあまりに、不公平な裁きを撒き散らす呪い。俺が背負ってる『罪』なんてのは、その地獄を生き残るために切り捨ててきた、ありふれた良心の残骸ですよ」

 

「他にもいくつか、その……『形』として残っちまった忌々しいお土産はあるんですがね。もう一つの寵愛と、この天秤が…一番、性質が悪くて、一番形に残っちまった『重み』なんですよ……これ一つで、森の平和を守るために森のすべてを壊しちまうような、そんな代物ですよ」

 

 

「…そのもう一つの寵愛って…」

 

「聞きたいですか?」

 

セリカの問いに、探索者は不敵に微笑む。ヘルメット越しであっても、その場の全員に「これ以上は踏み込むな」という本能的な恐怖を与えるには十分すぎる笑みだった。

 

すぐにセリカは首を全力で横に振る。

 

 

 

「それが良いですよ。中途半端に突っ込めば火傷どころじゃ済みませんから……ただ…『邪悪な教えを振りまく赤子のような白大福』がいたとだけ」

 

「……まあ、そんなわけですから、可愛いお嬢さん方は、あまり深入りしないことですね。深淵を覗く時は、深淵からも覗かれている……なーんてね」

 

探索者がおどけたように語り終えると、アヤネは納得したとは言い難い表情ながらも、それ以上の追求は一時断念したようだった。

 

「……分かりました。その『施設』の話は一旦預けておきます。ですが、また怪しい動きをしたら、次は簀巻きじゃすみませんから!」

 

「勘弁してください……」

 

 

"さあ、いつまでも転がしておくのは流石に失礼だよ。……ね、探索者さん"

 

先生は苦笑いしながら、探索者の体を何重にも拘束していた「対策委員会特製・多目的ロープ(物理)」の結び目に手をかけた。

 

「あぁ……助かる。このままじゃ、腰痛の原因になっちまうところでしたよ」

 

先生が手際よく結び目を解くと、きつく締め上げられていたロープがパチンと弾ける。

それまで「芋虫」のように圧縮されていた探索者の体が、バネのように解放された。

 

「……ふぅ。自由(シャバ)の空気は美味いなぁ」

 

探索者は床に手をつき、のっそりと立ち上がる。

解かれたばかりの関節をボキボキと鳴らし、煤けたコートの皺をパンパンと叩いた

先生の仲裁もあり、ようやく探索者は簀巻きから解放された

 

 

 

解放されたのだが……

 

 

 

 

「おい、先生! 話した! 全部話しましたよ! 『寵愛』だの『三鳥』だの、寝覚めの悪い過去まで切り売りしたんだから、もういいでしょう!? 私は帰る! 帰って、カジノで腹を空かせているバニーたちに高い肉を食わせる義務があるんです!」

 

 

拘束から解放され、コキコキと関節をならした探索者は瞬時に、驚くべき反射神経で出口に向かって猛ダッシュをかまそうとした

出口まであと数歩というところで、探索者の襟首が、まるで見計らったようなシロコの細い指先に捕らえられていた。

 

 

「ん、逃さない。一番の功労者として祝勝会の音頭を取ってもらわないと」

 

「もう……帰らせてぇ……」




アーティファクト:罪の天秤

とある施設に向かった際、探索者がとある異常存在から受け継がされた天秤

本来は“罪人を裁く”ためだけの不公平な器に過ぎなかったが、探索者という術者を得たことで、その性質は大きく変質した

今やこの天秤は、測定した“差”を単なる数値ではなく、現実へと作用する“圧”として強制的に出力する

それが天秤そのものの変質なのか、あるいは術者である探索者の在り方……すなわち、彼が積み上げてきた罪や狂気に引きずられた結果なのかは定かではない。

この天秤が測るのは単なる「罪」ではない。術者および対象がこれまで積み重ねてきた

想い・行動・覚悟・経験・そして実力

それら全てを含めた“総量”である。

その結果、志や意志の重さに差が生じた場合、軽い側へと重い側の差分に応じた“圧”を強制的に付与する
その“圧”は精神・肉体の両面に干渉し、多くの場合、対象を一方的に蹂躙する形で現れる。

なお、この天秤において善悪や正当性は一切考慮されず、ただ“より強く信じた側”が上に立つ

また、この力は絶対ではなく重さという概念を持たない、あるいは自覚しない存在には正常に作用しない



異世界由来アーティファクトについて


本アーティファクトを含めた異世界を起源とする、あるいは異世界で生成されたアーティファクトは、原則として本来の出力の約70%程度に制限される

これは術者である探索者が意図的に力を抑制しているわけではなく、異なる世界の法則が流入することに対する、“世界そのものの拒絶反応”いわば免疫機構のようなものによって発生する制限である

異世界由来の力は、世界の法則と完全には適合しておらず、そのままの形で行使された場合、世界構造そのものに歪みや破綻を引き起こす可能性がある
そのため世界側が自動的に干渉し、出力を抑制・減衰させることで均衡を維持している

なお、この制限は一律ではなく、以下の要因によって変動する
・アーティファクトの規模および危険度
・世界法則との適合率
・術者の状態および負荷
・周囲環境および星への負担

そのため、状況によっては70%を下回ることもあれば、例外的にそれ以上の出力が一時的に発揮されるケースも存在する

この制限はあくまで世界側の防衛反応であり、完全な制御ではない
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