「さ、やりますか」
そう語る探索者の周りには、眩い光を放つ魔法陣が展開されていた。そしてその光の渦の中には、魔法少女たちが佇んでいる。
「うん、やっちゃおう」
覚悟を決めたように王が頷き、続いて従者が心配そうに探索者を見つめた。
「…私達がいなくなっても無茶ばっかしないでよ?」
「アッハッハ…」
痛いところを突かれた探索者が乾いた苦笑いを浮かべると、奥に佇む騎士が静かに首を振る。
「主よ……」
「はい。努力します…」
頭の上がらない様子で頭をかく探索者。別れの寂しさを包み込むような、いつもの賑やかなやり取り。
その時──魔法陣の中心に立つ女王が、そっと探索者へと声をかけた。
「…ごめん、主ちゃん、ちょっとだけ良い?」
「なに?なんかやり残したことでも?デートは付き合ったろ」
探索者は少し不満そうな顔をしてみせる。けれど、引き止める声の切なさには気づいているようだった。
女王は愛おしそうに目を細めると、囁くように言った。
「……少しだけだから」
「はぁ……湿っぽいのは嫌いなのになぁ…」
そう文句を垂らしながら探索者は両手を広げた。
「ほら、来いよ。最後に抱きしめてやるから」
言葉とは裏腹に、その腕はどこまでも優しく差し出されている。
女王はふっと微かな笑みをこぼすと、魔法陣の光を割り込むように一歩を踏み出し、吸い寄せられるように探索者の胸へと飛び込んだ。
ぎゅっと小さな体に力を込めて、その背中に腕をまわす。
探索者の衣類から香る、聞き覚えのある煙草と硝煙、そしてどこか懐かしい匂い。それを愛おしそうに吸い込みながら、女王は耳元で静かに囁いた。
「ありがとう……主ちゃん。我儘ばかり言って、最後まで手のかかる女でごめんね」
「今更だろ。ってかお前ら全員がそうだし、ちっとも変わっちゃいねぇ」
探索者は呆れたように呟きながらも、回された腕の上から女王の背中をしっかりと抱き返す。
「ほら、お前らも来い。泣くのは禁止な」
その言葉に弾かれたように、魔法陣の中に残っていた少女たちが一斉に駆け寄ってきた。
「…泣くわけないでしょ……」
「……会えてうれしかったよ」
「……本当に、お気をつけて……」
口々に強がりや心配を叫びながら、少女たちは探索者と女王の身体にぎゅっと抱きついてくる。一人、また一人と重なる温もり。泣かないという約束など最初から守れるはずもなく、少女たちのすすり泣く声が、光に包まれた空間に小さく響いた。
「…こうなるから湿っぽいのは嫌いだ」
探索者は両腕いっぱいに彼女たちを抱きかかえ、その頭を一つずつ乱暴に、けれど慈しむように撫でていく。
「……本当はね、もっとずっと一緒にいたかった。貴方の隣で、貴方の行く末を見届けて居たい」
胸に顔を埋めたまま、女王が掠れた声で囁く。
「だから、お願い。私が去っても……絶対に死なないで。泥を啜ってでも、どんな惨めな手を使ってでも、生きて…そして」
「あぁ、『また会おう』私の……友人であり従者達よ」
その探索者の回答に魔法少女達は満足げに頷き、最後に頭をぐりぐりと押し付け、名残惜しそうに離れる。
「また呼んでね。直ぐ駆けつけるから!」
「おう、都合のいい女として扱わせていただくわ」
「…うん」
「……そこはツッコんでくれよ」
探索者が思わず脱力して呟くと、それまで涙ぐんでいた少女たちの間から、ふっと軽やかな笑いが漏れた。重苦しかった別れの空気が、いつもの調子へと溶けていく。
「…確かに、貴方にシリアスは似合わないね」
「だろ?だから飛び切りの笑顔で頼む」
探索者がニッと不敵に口角を上げると、少女たちは顔を見合わせ、呆れたように、けれどどこまでも愛おしそうに破顔した。
「本当に、最後まで調子のいい主さんなんだから……」
「ふふ、じゃあ約束通り、最高の笑顔でお別れしてあげる!」
探索者が手をかざすと魔法陣の光がいっそう眩しく輝き増し、彼女たちの身体を優しく包み込んでいく。涙の痕を残したまま、少女たちは弾けるような飛び切りの笑顔を探索者へ向けた。
「またな、主ちゃん! 次に呼ばれた時は、もっと暴れてあげるぜ!」
「……いつでも私は、貴方の都合のいい剣です。お呼びください」
「…また会おう、沢っ山旅の思い出聞かせてね。主さん」
「バイバイ、主ちゃん……また会う日まで、元気で生きて」
最後に女王が屈託のない笑みを浮かべ、大きく手を振る。
弾ける光の束が辺を包み込み、次の瞬間には静寂だけが残された。
さっきまでの賑やかさが嘘のように静まり返った部屋に、微かに漂う甘い香りと、温もり残る空気。
そして、魔法陣の中にはスートが飾られた煌々と輝くブローチが4つ。そして、地面にはドロドロに溶けた水やら何やらが汚している。
ふっと深い息を吐き出すと、探索者はポケットから雑に煙草を取り出し、指先で火をつけた。
紫煙がゆるやかに立ち昇り、窓から差し込む太陽の光を遮るように彼の顔を覆い尽くしていく。
「……ありがとう、友人達よ。また、どこかで会おう」
──────────────────────────
静まり返った部屋に、ゆっくりと足音が近づいてくる。
ドアが開く音とともに、部屋に立ち込める紫煙とどこか懐かしい体温の残り香を押し開くようにして、影が一つ滑り込んできた。
"…行ったのかい?"
佇む背中に向けられたのは、事の顛末をすべて察している『先生』の、静かで優しい問いかける。
「えぇ、最後まで調子を崩さない奴らでしたよ」
先生の問いかけに対し、探索者はいつもの平然とした態度で答える。煙草のフィルターを軽く噛み締め、紫煙をゆったりと吐き出すその声には震えなど一切なく、ちっとも悲しんでいないようだった。
床に転がるスートの描かれた四つのブローチと、光の名残。それらを静かに見つめる探索者の横顔を、先生はじっと見つめる。
"…強いね。君は"
「慣れてるだけです」
毅然とした答え。
別れにも、失うことにも、背負うことにも、ただ『慣れてしまった』のだと告げる冷ややかな響き
煙草のフィルターからゆらりと紫煙が立ち昇り、探索者の表情を曖昧に覆い隠していく。先生は胸を痛めるように小さく息を漏らし、それ以上の追及を飲み込もうとした。
──だが
「…でも」
探索者は挟んでいた煙草を指先で小さく揺らし、紫煙の隙間から床のブローチを見つめたまま、ぽつりと言葉を継いだ。
「また会えるって信じてるので」
その言葉に、先生の目が思わず見開かれる。
いつもなら鼻で笑い飛ばすような、あるいは鼻につく青臭い戯言だと切り捨てるような言葉。
皮肉屋で冷酷で、いつだって誰よりも冷徹に現実だけを見つめてきた彼から出た、あまりにも似合わない理想論のような言葉だったからだ。
「似合わない事は知ってますよ。でも、女の約束を破るイカレポンチにはなりたくないので」
煙草の灰をトントンと静かに落としながら、探索者は肩をすくめておどけてみせる。
「それに……そんな事したら、アイツらに地獄でドヤされちまいますから」
"……ふふ"
探索者のどこまでも平然とした、けれど絶対に譲らない意地が詰まった言葉に、先生は一瞬呆れたように息を漏らし、それから優しく目を細めた。
"やっぱり強いね。君たちは"
「私が認めた友人ですよ?強くなきゃ困ります」
短くなった煙草を静かに揉み消すと、紫煙がすっと部屋の天井へと溶けて消えていく
床には、かつて彼女たちが確かにそこにいた証である、四つの煌めくブローチ。
探索者は迷いのない足取りで歩み寄ると、ひとつひとつを丁寧に拾い上げ、愛おしそうにバックへと収めた。
「…もう一本吸おうと思いましたが、辞めといたほうがよさそうですね」
"えっ?"
戸惑う先生をよそに、探索者はポケットに伸ばしかけた手をそっと引っ込め、苦笑交じりに肩をすくめた。その視線は、既に部屋の入口へと向けられている。
カツン、カツン、と規則正しく刻まれる足音。それは迷いのない、どこか背筋の伸びた独特の歩調だった。
ドアの隙間からひょっこりと顔を覗かせたのは、翼を休めた天使のような少女──聖園ミカ。
「わっ、甘い香り…何かのお香?」
彼女はパタパタと可憐な歩調で室内に足を踏み入れ、不思議そうに鼻をくすぐる空気を嗅いでいる。そこに残っていたのは、魔法少女たちが残していった甘い残り香と、探索者が吐き出したわずかな紫煙の混ざり合う気配だった。
「…そんな上等なもんでもないですが、まぁそんな所です」
"…それ、甘いの?"
先生のふとした問いかけに、探索者は懐にしまっている残り少ないジョイントへ一度だけ視線を落とし、それから最後の煙を払うように息を吐き出した
「えぇ、凛とした甘さが特徴の『サクラ』ってタバコです。家族の証ですよ」
その言葉に、部屋に入ってきたミカはパチクリと目を丸くし、探索者の顔と先生の顔を交互に見比べた。
「それって…アイちゃんとの?」
「あだ名かよ…違いますね。アイツラとはまた別です」
探索者は呆れたように吐き捨てると、愛おしそうにバックの底の重みに触れ、それからフッと鼻で笑った。
「あれはただの悪腐れ縁です……まあ、どっちも手がかかるって点じゃ大差ないですがね」
「えーっ、違うの? なんだぁ、絶対そうだと思ったのに!」
ミカは拍子抜けしたように口を尖らせつつも、探索者のどこか柔らかい目元を見逃さなかった。翼をパタパタと揺らしながら、悪戯っぽく顔を覗き込んでくる。
"甘いタバコは珍しいね"
「桜の蜜が練り込まれていて、キリッとした甘さに最後は華やかさが抜けていく…良く言えばそんな感じのタバコです」
"……良く言えば?"
「悪く言えば締まりがない。ずっとチョケてるようなタバコですね」
どこか愛おしそうに、けれど雑に吐き捨てた探索者の言葉に、先生は「なるほど」と可笑しそうに目を細めた。
"ふふ、でも……君に言わせれば、それって最高の褒め言葉なんじゃないかい?"
「さあね。ただの煙ですよ」
探索者はフッと鼻で笑うと、バックのベルトを肩に掛け直し、部屋の出口へと向き直った。そのやり取りを横で聞いていたミカが、ふたりの顔を見比べながら翼をパタパタと楽しげに揺らす。
「なになに〜? 桜の蜜? なんだかお菓子みたいで美味しそうだね! 私にも一口吸わせて……あ、ダメだ、タバコは未成年禁止だった!」
「当たり前でしょうが。そもそもこんなモン吸うもんじゃないですよ」
「え〜?でも吸ってるじゃん」
「…大人は子供よりも背もたれが少ないんです。何かにもたれかかってないと簡単に壊れてしまう」
「なになに〜? 桜の蜜? なんだかお菓子みたいで美味しそうだね! 私にも一口吸わせて……あ、ダメだった」
指先に残る紫煙の微かな温もりに目を落とし、探索者は自嘲気味に呟いた。その言葉に、それまではしゃいでいたミカは一瞬口をつぐみ、翼を少しだけすぼめて探索者の顔をじっと見つめた。
"背もたれ、か……"
先生もまた、煙草のフィルターを愛おしそうになぞる彼の指先を見つめ、静かにその言葉の重みを噛み締めろように頷いた。
"…大人は、君たちが思うよりずっと脆いからね。私も君たちの為だから動けているからね"
「…そうなんだ」
「でも、そんな大人でも、あれだけカッコいい事言い切っちゃうんだ〜」
「私は私の正しいと思ったことを言っただけですよ。それにあの裁判も改変マシマシのクソみたいなものですから」
「あっ!それちょっと疑問に思ってた!どうやったの?メッセージなんて送られてなかったよね?」
ミカは目を輝かせながら、探索者の顔を覗き込んできた。先生もまた、当時の理不尽な裁判を鮮やかにひっくり返した彼の立ち振る舞いを思い出し、興味深そうに耳を傾けている。
「貴方のスマホにウイルスを仕込んでおいたんですよ。それを使って、貴方のモモトーク画面を改変しました。あぁ、モモトークのデータセンターに侵入してちゃんとそこも改変しといたんでもし裁判起こっても逆転されることはないですよ」
なんでもないことのようにさらりと吐き捨てられた衝撃の告白に、ミカはパチクリと目を丸くさせた。
「ボイスレコーダーも同じですね。あれ私の自社製品なので開発者改変モードをつけておいてあるんですよ。一見すると何も改変の記録がないけど、裏コードさえ入力すれば編集、補正はお手の物です」
「電波妨害は完全な方便ですが…まぁ元凶が死んでる以上確かめようがないですし、なにより超常現象としてユスティナ生徒会?とやらがいましたから通る方便です」
「…いつ仕込んだの?」
「ベアトリーチェの所にカチコミ入れる前…時間見たときです」
"……そこからこの場面を予測していたの?"
「目に見えてたじゃないですか。まぁ、保険としての役割は大きかったですけど」
ベアトリーチェの足元へ踏み入れる少し前、ほんの一瞬の休息時、しかも周りには敵対勢力がおり、いつ狙われてもおかしくない状況の中でも頭の中では、起こりうる最悪を対策するため、そして、それを鮮やかにひっくり返す盤面も、すべてが計算の中に組み込まれていたのだ。
「…怖い!怖いよ先生!」
"う…うん。私も凄く怖い"
二人のあからさまな反応に、探索者は心底心外だとでも言いたげに深々と溜息を吐き出した。
「酷い言われようですね。貴方の贖罪を場面が奪われないよう必死こいて知恵を絞った人間に向かって、悪魔だの怖いだの……」
「だって、状況が状況でしょ!? あんな極限状態の数秒でウイルス仕込む!?正気の沙汰じゃないもん!ってか、普通に犯罪でしょ!?」
「生き残るための合理的な準備と、手段です。最悪を想定して手を打っておくのは、大人の最低限のマナーです」
"準備は分かるけど手段が…"
眉をひそめて難色を示す先生に、探索者はハッと鼻で笑い、容赦のない言葉を叩きつけた。
「逆に、あそこであれ以上の説得力のある議論が出来ますか?無理でしょう。あの状況はシャーレとして動くぐらいしなければ貴方は一生矯正局送りです。そしてシャーレとして動いたのなら、それ相応の理由が必要。先生は馬鹿だからそんな事も考えずに突っ込むでしょう。そしたらシャーレの信用は地に落ちます」
"ぐっ……馬鹿って……"
あまりにも図星で鋭すぎる指摘に、先生は言い返す言葉もなく胸を押さえてうめき声を漏らした。
「……うわぁ、先生がぐうの音も出ないくらい完敗してる」
「元はと言えばアンタがやらかしたからこっちが後始末してるんですよ?それ分かってます?」
探索者は冷ややかな視線をミカへと向け、容赦なく追撃を叩き込む。
「ひえっ……! わたしにまで飛び火してきた!?」
思わずびくっと肩を跳ね上がらせ、ミカは先生の背中にすささと隠れる。先ほどまでの余裕はどこへやら、完全に縮こまっていた。
「自分自身のしでかした爆弾の後始末に、私とアイツらがどれだけ周囲が命とリソースを削ったと思ってるんですか。私たちが動かなきゃ、今頃貴方はクーデターとエデン条約爆破とそれで起こり得た殺害でお縄だったんですよ」
「うぐっ……ご、ごめんなさい……」
先ほどまで先生を哀れんでいたミカも、今度はぐうの音も出ずに小さくなる。先生とミカ、キヴォトスでもトップクラスに無鉄砲な二人が揃って肩を狭くしている光景は、客観的に見れば奇妙で、どこか可笑しなものだった。