探索者が苛立ちを隠さずに溜まりに溜まった仕事を処理しながら、数日が経過した。
その間もキヴォトスという街は休むことなく回り続け、連日下らないニュースを垂れ流していたが、その中でも群を抜いて世間を騒がせていた一番の話題と言えば——やはり、ヴァルキューレ警察学校への侵入事件だろう。
治安維持を担うはずの警察機関が、あろうことか襲撃を受けた。それだけでも大ニュースだが、そこに拍車をかけたのがクロノス報道部による執拗な追及だ。
テレビ画面では、連日報道部の生徒たちが興奮気味にマイクを握り締め、過激なテロップとともにスキャンダルを煽り立てている。
『ヴァルキューレ内部で何が起きているのか!?』
『浮き彫りになるカイザーPMCとの不透明な癒着関係と、前代未聞の爆破事件の真相!』
「あいもかわらず…マスコミはマスゴミだなぁ…」
煽るだけ煽り、本質には一向に辿り着かない情報番組のノイズは、仕事で疲弊した頭に障るだけだ。
画面が切り替わり、ヴァルキューレ側による緊急記者会見の映像が映し出される。
マイクの前に立った幹部らは、カイザーPMCとの「癒着」という決定的なワードをのらりくらりとかわし、あくまで一企業からの支援に依存しすぎていた構造的な問題を認めるという、巧みなトカゲのしっぽ切りを演じていた。
『——我が校としては特定の組織による影響力の不当な集中を防ぐため、支援体制の分散および適正化を断行いたします。一企業が提供可能なスポンサー枠の上限を15%相当に制限し、ヴァルキューレが自立的な決定権となる51%分を維持。残るスポンサー枠につきましては、広く民間市場から新たな出資者を募る方針です』
「うしうし、予想通り。いい働きしてくれたなぁRabbit達よ」
探索者は背もたれに深く体を預け、画面の中の滑稽な茶劇を見下ろしながら、心底愉快そうに目を細めた。
彼女たちが現場で泥に塗れて暴れてくれたおかげで、防衛室とカイザーはこの「株式の売却」という手札を切らざるを得なくなった。表向きはクリーンな組織改革をアピールし、世間の批判をかわすための「権力の分散」。
だが、市場に売り出されたその株式を買い漁るのが誰なのか、探索者には最初からお見通しだ。
カイザーの息がかかったペーパーカンパニー群。彼らは「15%の制限」という法律の抜け穴を通り抜け、複数のダミー会社を使って分散保有する形で、実質的にヴァルキューレの権利を買い占めにかかるだろう。防衛室もまた、その裏で防衛予算の迂回ルートを確立しようと企んでいるはずだ。
「残念だが…そうは行かねぇぜ?なぁ、そうだろ?支配人」
探索者は口元を歪めながら、手元の端末で淡々と15%分の株式入札手続きを進めていく。
今回の株式売却には、ヴァルキューレ側——いや、世間への体面を繕うために用意された「絶対的なルール」が存在する。
『同一の資本、あるいは実質的に同一とみなされる企業グループが購入しようとした場合、システム側で自動的に入札が弾かれる』
権力の分散を謳う以上、当然の処置だ。カイザーPMCはこの抜け穴を突き、関係性を巧妙にロンダリングした複数のダミー会社を使って、バラバラに買い占める腹積もりだろう。
購入者の一覧には探索者とともに、様々な企業が入札している。だがそこにカイザーの名前は無く、代わりに聞いたこともない企業が数%入札している。
探索者が不審に思い、その会社のホームページを調べれば——そこに広がっていたのは、妙な違和感だった。
事業内容の欄には「ITコンサルティング」や「物流管理」といった、どこにでもあるごく普通の企業説明が並んでいる。しかし、トップページの背景やメインビジュアルには、それらの事業とはおよそ結びつかない巨大なトランプ、転がるサイコロ、そして妖しく回転するルーレットといった意匠が、映し出されている。
サイトの隅にある企業理念や代表挨拶を辿ると、そこには「デザインのモチーフは社長の趣味です」といった、白々しいほどありふれた言い訳が添えられていた。
「……やり過ぎじゃね?分かりやすくていいけどさ」
画面の中で虚しく回転するルーレットを眺めながら、探索者は呆れたように息を吐いた。
「まぁこれで動きづらくはなるやろ。本当は、俺が動ければよかったけど……シャーレと関係性疑われたら死ぬからなぁ」
連邦生徒会長の直属にして、あらゆる規制や枠組みを跳び越える超法規的権限を持った機関——シャーレ。
もし自分が表立って介入し、自分という存在が「先生の都合の良い兵隊」として処理されれば、それこそこのシャーレが防衛室の前に潰されかねない。
「さーてと、警察ほぼ乗っ取れたし、いい働きしてくれたバカ共には差し入れでもすっかねぇ」
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子ウサギ公園。太陽がさんさんと降り注ぎ、きらめく陽光と心地よい風が木々を揺らしていた。青空の下、およそきな臭い政治工作や裏社会の暗躍とは無縁に見えるその公園で、不釣り合いな影がひとつ。
「どうもー、元気にしてますかー?」
ひらひらと軽薄に手を振りながら現れた探索者に、公園の片隅で警戒を怠っていなかったRABBIT小隊の面々が、即座に硬い視線を突きつける。
「……何しに来たんですか」
銃床に手をかけんばかりの冷ややかな反応に、探索者はやれやれと肩をすくめて見せた。
「敵意剥き出しで草。特殊部隊なら不変を装ったほうが後々楽ですよ。」
「あなたのような胡散臭い『大人』を前にして、平常心を保てというほうが無理です」
警戒露わに震わせるミヤコ達を見下ろし、探索者は手に提げていた大きめの紙袋を、ベンチの上にガサリと雑に置いた。袋の隙間から、香ばしい匂いと温かい湯気がかすかに漏れ出している。
「そんなに噛みつくなよ。命がけで泥を啜ってくれた優秀なバカ共へ、ただの『差し入れ』だよ」
「……差し入れ?」
疑念の目を向けたまま紙袋の中を覗き込んだ彼女たちの表情が、わずかに揺らぐ。
「ヴァルキューレに潜入して爆破事件起こしたのお前らだろ。目的は『カイザーとヴァルキューレの汚職関係の調査』って所かな」
その言葉で、場の空気が一瞬で凍りついた。
小隊の面々が一斉に身構え、息を飲んで探索者の一挙一動を凝視する。自分たちが命がけで敢行した極秘作戦の全貌が、目の前の胡散臭い男に全て見透かされていたという事実。その警戒と緊張の針は限界まで跳ね上がっていた。
だが、探索者は気にした様子もなく呑気な声を付け加えた。
「それで一山当てましたから、その礼ですよ」
「……っ、私たちを利用して利益を得たということですか!?」
「利用?私があなた達に何か命令を下しましたか?」
「自分たちの正義に従って勝手に暴れ、勝手に情報を引っ張り出したのはお前らだ。私はその横で、転がってきたチャンスを美味しく拾わせてもらっただけにすぎない。これを『利用』なんて大層な言葉で括られたら、投資家も商人も上がったりですね」
「な……ッ」
言葉に詰まる彼女たちをよそに、探索者はベンチの上の紙袋をアゴでしゃくった。
「私は面の皮が厚いですが、恩知らずでもないのでね。働きにはそれ相応の対価が必要ですから」
「……とはいえ、この事が知れ渡ったらSRTの再建は無理ですよ。今貴方達の立場、よく分かってますか?」
「……それでも悪を見過ごすことはSRTとして違います」
そう語り始めたミヤコには疑念と、そしてどこか捨てきれない迷いの色が混ざっていた。だが、彼女は視線を逸らさず、探索者の冷徹な眼光を真正面から見つめ返す。
「馬鹿なことをしているという自覚はあります。今の我々にはそれをするだけの権利がない……それくらい、分かっています」
声がかすかに震える。自分たちが置かれている孤立無援の現状、公園での野営、世間からの厳しい目。全てを理解した上で、彼女は胸の奥で燻る青い炎を吐き出すように言葉を重ねた。
「でも……っ! 我々が憧れたSRTなら、この現状に甘んじず、行動を起こしたはずです!!」
その叫びは、陽光が降り注ぐ公園に澄み渡り、心地よい風の中に切なく響いた。
「へぇ……ちっとはマシな反論するようになったじゃん」
その言葉にRABBIT小隊は目を見開く。ボロクソに叩かれ、冷笑されると高をくくっていた彼女たちにとって、それはあまりにも予想外の反応だった。
「自分が惨めな野良ウサギだって自覚した上で、それでも『憧れ』を捨てずに牙を剥く。ただのイカれた正義漢よりは、よっぽど腹が据わってて結構なことだ」
「ま、それだけじゃ進めないことのほうが多いがな」
「一言余計だ」
サキが即座に低い声で射抜くような視線を返せば、探索者は悪びれもせずニヤリと口元を歪めた。
「事実を言って何が悪い。綺麗事だけで飯が食えるなら、お前らもこんな公園で野宿なんてしてねぇよ」
その言葉にミユが「うぅ…」とうめき声を上げる。自分の悲惨な現状を直球で突かれ、ダンボールの陰でさらに縮こまってしまった。
「……お前らが勘違いしているようだから言っておくぞ? 私は何も誇りを捨てろなんてことは一言も言ってない」
「はぁ!?」
食ってかかるサキの怒声にも、探索者は眉ひとつ動かさずに息を吐き出す。
「『現実の冷たさも知らずに『誇り』なんて玩具を抱え込んでいるから、こんなくだらない事で追い詰められる』とは言いましたが、誇りを捨てろとは言ってない。ただ『飯を食わずに死ぬのなら、誇りを守るために飯を食え』と言っていただけですよ」
あまりにも筋の通った、だがどこか歪んだ正論に、サキは言葉を詰まらせ、ミヤコもまた拳を固く握りしめたまま返答に窮した。
「ま、個人的には『雇い主が変わるだけ』は本音だけどな、お前ら形式に囚われすぎなんだよ。自分の見たい方向からしかサイコロを見てねぇ」
「……それでも、SRTはSRTです」
「だからそれが見たい方向からしか見てねぇってんだろ。お前らが勝手に『SRT=連邦生徒会長直属の特殊部隊』って定義してるだけで、その雇い主がシャーレに変わってもいいじゃないですか」
呆れたように吐き捨てられたその言葉に、ミヤコをはじめとするRABBIT小隊の全員が息を飲んだ。
自分たちが必死に守ろうとしていた「枠組み」そのものを、根本から揺さぶる一言。
「名前や看板に縛られて野宿して腹減らして、挙句の果てに防衛室の都合で潰されるのがお前らの望む『SRT』なんか? 雇い主が誰であろうと、自分たちの信じる任務と誇りを遂行する。それが本当の特殊部隊だろ」
探索者は指先を軽く弄りながら、どこか遠くを見るような、底知れない冷ややかな目を向けた。
「俺の知ってる特殊部隊ってのはな。仲間に裏切られようが、決して守るべき国を裏切らない。表に名前が出ることもない。褒められることも、勲章を貰うこともない。それでも任務だけは最後までやり遂げ、法を破ることも厭わない。そういう頭のおかしい連中だ」
背筋の凍るような真迫の籠もった言葉に、ミヤコたちは息を呑み、金縛りに遭ったように動きを止める。
「……それに比べりゃ、お前らの拘ってる『連邦生徒会長直属』なんて看板は、ただの綺麗な飾り布だ。雇い主が誰になろうが、連邦生徒会だろうがシャーレだろうが、お前らが守るべき『キヴォトス』そのものを裏切らなきゃそれでいいだろ」
「……そんな部隊が本当にあるの?」
影から不意に投げかけられたモエの疑問に、探索者はハッと短く鼻で笑った。
「さぁね、それに答えると、私は3日後ぐらいに自殺体となって発見されそうなのでその辺はノーコメントで」
ふざけたような口調だが、その瞳の奥には冗談では済まされない昏い闇が底を叩いていた。
「……なんで『殺される』じゃなくて『自殺体』なの?」
ミユの怯えたような素朴な疑問に、探索者はただ静かに、口元だけに歪んだ笑みを浮かべる。
「世の中には知らないほうがいいことを知らないままにしておくのも必要ですよ」
そういって人差し指を立てて口元に当てると、探索者は一つ大きなため息をついた。
「ま、そういう奴らになれとは言いませんよ。ただ『見習うべき箇所はある』と言っているだけです」
「見習う……? 法律も人道も無視するような連中をか!?」
サキが反発するように声を荒らげるが、探索者は鼻で小さく笑うにとどめた。
「そこまで極端になれとは言ってないでしょう。私が見習えと言ってるのは、あいつらの全部じゃない。泥を被ってでも生き残る図々しさと、任務を最後まで投げない執念ですよ。お前らに足りないのは、まさにそれ」
探索者はポケットに手を突っこむと、今度こそ完全に背を向けた。
「綺麗事で腹は膨らみませんし、死人に『SRTの誇り』は守れません……しっかり食って、生き延びなさい」
「…やはり貴方は嫌いです」
ぽつりと漏れたミヤコの言葉に、探索者は歩みを止めず、振り返りもせずに片手をひらひらと振った。
「大嫌いから昇格しただけマシですかねぇ」
日差しが揺れる公園に、紙袋から漂う温かい弁当の匂いと、大人たちの汚い現実が混ざり合う。去っていく探索者の後ろ姿を、RABBIT小隊の面々はただ固黙に見つめていた。