巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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祝勝会と酒、時折不穏

 

 

 

 

 

 

「……おい。ちょっと待て。これが『祝勝パーティー』のメインディッシュか?」

 

探索者は、テーブルの上に鎮座する巨大なホットプレートと、そこでジュージューと音を立てる大量の焼きそばを指差した。

 

「せめてこう、もっとあるだろう! 高級じゃなくても牛肉とか!あるいは寿司とか! 風紀委員との戦闘を抜けた後のメシがキャベツ多めのソース焼きそばって!」

 

「贅沢言わないの! これでも奮発して、お肉は多めに入れてもらったんだから!」

 

 

「そうですよ~教室で食べる焼きそばは格別ですよ~♥」

 

 

セリカに怒鳴られ、ノノミにふんわりと微笑まれ、探索者はヘルメットの中でガックリと項垂れた。

 

「……いいでしょう。100億歩譲ってメシの質には目をつむる。学生の身だそこまでお金がかからないままにしたいでしょう!だが、これだけは譲れない。酒だ。酒を持ってこい。 キヴォトスじゃ味醂一瓶手に入れるのにも苦労するってのは分かってるが、この際、度数の高い消毒用アルコールでも構わん!」

 

「あらあら、探索者さん。お酒なら用意してありますよ~? はい、どうぞ♧」

 

ノノミがうやうやしく差し出してきたのは、いかにも高そうなラベルの貼られたボトル。探索者のテンションが一気に跳ね上がる。

 

「おおっ! さすがはお嬢様、話が分かり……って、おい。これノンアルシャンパンじゃねぇか!! 炭酸入りのただの高級ぶどうジュースだろ!」

 

 

「ふふ、雰囲気はバッチリですよ~☆」

 

「さっきの話聞いてたか!?雰囲気で酔えるほど安っぽい人生送ってねぇんだよ! 頼む、一滴でいい、合法的に記憶を飛ばせる液体を喉に叩き込んでくれ! 」

 

 

「あら、探索者さん? 学校ですから、お酒はダメですよ~」

 

「そう。未成年の前で飲酒、教育に悪い。不健全」

 

 

「未成年!? いいか!?酒は15から飲める!オセアニアの常識!ドューユーアンダースタン!?」

 

「えっ、オセアニア……? どこですかそれ」

 

「そんな法律、キヴォトスにはないわよ! あんた、さっきから何言ってるのよ!」

 

セリカの真っ当すぎるツッコミが飛ぶ。隣でアヤネも「キヴォトスのどの行政区画にも、そんなデタラメな法律はありません」と冷たく言い放った。

 

「ダメですよ、探索者さん。先生の前でそんなデタラメ言っちゃ。ね、先生?」

 

"……そうだね。この場所はやっぱり学校だからね。ここはキヴォトスの常識に従ってもらおうかな"

 

「デタラメでもねーよ!マジだよ!」

 

先生が困ったように笑いながら宥める姿に、探索者「普段から嘘しか吐かない自分」を初めて呪い、絶望したように顔を覆った

 

 

なのでちょっとした嫌がらせ(ルーニー行為)をし始めた。

 

 

「ちょっと、探索者さん! 焼きそばの紅生姜、勝手にセリカちゃんの皿にポイポイ投げないでください!」

 

「元いた施設じゃ赤い食い物は『警告』か『爆発物』か『内臓』って相場が決まってて、本能が拒否するんです」

 

「ここは学校! 焼きそば! ただの野菜よ! 好き嫌い言わないの!」

 

アヤネにトングでビシッと指を指され、探索者は縮み上がった。そんな彼の横から、ノノミが「あ~ん」と言わんばかりに山盛りのキャベツを差し出してくる。

 

「はい、探索者さん。食物繊維が足りてませんよ~☆」

 

「待て、ノノミお嬢様。私の胃袋はもっとこう、硝煙と鉄の味に慣れてるんだ。そんなシャキシャキした健康の塊をぶち――ぐふっ!?」

 

拒絶も虚しく、口内に無理やりキャベツが放り込まれる。

 

「……ん、探索者、マヨネーズ。これ、かけると全部マヨネーズの味になる。便利」

 

「シロコさん!? 追い打ちをかけるようにボトルごと絞り出すな! 焼きそばが見えねぇ! 白い丘になっちまっただろうが!」

 

「ふふっ、真っ白な『白状』の代わりですね☆」

 

ノノミの冷たいジョークが飛び、探索者は「助けてくれ先生!」と視線で訴えるが、肝心の先生はホシノに「ねぇ先生、この焼きそばパンにして食べると美味しいんだよ~」と、炭水化物に炭水化物を重ねる暴挙に巻き込まれていて使い物にならない。

 

 

「……いいでしょう。そちらもふざけるのなら、こちらにも考えがありますよ!お嬢様方、そして先生……後悔しないでください。私がいた場所は、あの鳥たちの森だけじゃないんだ」

 

探索者は、右薬指の芯火をコートで隠しながら複雑な手順で回転させた。

カチ、カチ、カチ……と、乾燥した、機械的な音が響く。

 

「出ろ! 秘蔵のジョークグッズ『絶対に空気を読まないBGMスピーカー(自律型)』だ!!」

 

探索者が指輪から引き抜いたのは、手のひらサイズの、古めかしい蓄音機の形をしたミニチュアだった。彼がそれをテーブルの端に置いた瞬間、部室の空気が物理的に「変質」した。

 

「スピーカー……? 音楽を流すだけなら、別に困りませんけど……」

 

アヤネが不審げに首を傾げた、その直後。

祝勝会の賑やかな雰囲気を切り裂くように、「お葬式の葬送行進曲」が爆音で流れ始めた。

 

「なっ、何よこれ!? 縁起でもないわね!!」

 

セリカが叫ぶが、BGMは止まらない

 

それどころか、シロコが焼きそばを一口啜るたびに、「テレレテッテッテー♪」というどこぞのドラゴンなクエストのレベルアップが鳴り響き、ノノミが微笑むと「ドゴォォォォン!」というイチローのレーザービーム(大爆発)のSEが轟く。

 

「ハーッハッハ! これぞ、かつて三馬鹿どもが作り出して、重要会議中に『排泄音』を流し全員終了処分(解体)寸前まで追い込んだ、J(ジョーク)の試作品! 空間の文脈を完全に無視して、あらゆる行動を滑稽に変質させる不条理の音響兵器だ!」

 

「探索者さん! 焼きそばを食べるたびに『敗北のテーマ』を流すのはやめてください! 美味しいのに、なんだかすごく情けない気分になりますぅ!!」

 

アヤネが耳を塞ぎながら抗議する。

探索者は涼しい顔で、一口、また一口と、完璧な手つきで自分の前の皿を無視し、ホットプレートから焼きそばを食べる。

そのたびにスピーカーからは、正解なのか不正解なのかも分からない「越後製菓(ピンポーン)」というブザーが響きいていた。

 

「止められませんよ! こいつは理詰めで『場の雰囲気』を殺しに来る代物だ! さあ先生、あんたのその教育的指導も、この『ピコピコハンマーの音』で台無しにして――」

 

"……あ、これ。底のネジを回すと、再生速度が変わるね"

 

「…………はい?」

 

先生は、背後で鳴り響く「強制終了(ドリフのオチ)」のようなBGMを無視して、驚異的な精神耐性で蓄音機を手に取った。

 

"……こうやって、一番左まで回すと。……あ、止まった"

 

パチッ、と小さな音がして、部室に平和な静寂(と、ホットプレートの焼ける音)が戻った。

 

「先生、あんた。なんでそんなもん、初見で無力化してやがる……上司たちはそれ止めるのに5時間ぐらいかかってたんだぜ?」

 

「あはは~……先生、流石だねぇ。探索者ちゃん、これも施設のお土産?」

 

ホシノが床に寝そべったまま、面白そうに問いかける。探索者は、盛大に舌打ちをした。

 

 

「ま、そんな所ですね。ですけどやってることは、こんな悪趣味な『嫌がらせ』を大真面目に研究する、理詰めの不条理集団ですよ。メシの味を汚さないのが、三馬鹿(奴ら)唯一のプライドでしたね」

 

探索者はそう吐き捨てると手慣れた所作で「白い丘」と化した焼きそばの山を崩しにかかった。

 

三馬鹿(ろくでなし)が作った不協和音の残滓が耳元で小さく鳴っている気がしたが、彼はそれを無視して、大量のマヨネーズごと麺を豪快に巻き取る。

 

元料理人としてのプライドが「こんな食べ方は邪道だ」と囁くが、今はそれ以上に、戦い抜いた後の空腹が勝っていた。

 

 

「…………」

 

 

一口、口に運ぶ。

ソースの焦げた香ばしさと、紅生姜の刺激、そしてシロコがこれでもかと絞り出したマヨネーズの過剰なコク、それらがジャンクな暴力となって、乾ききった探索者の胃袋に叩きつけられた。

 

 

「……身体に悪い味しかしねぇ」

 

 

文句を言いながら噛みしめるたびに、さっきまで指輪から引き出していた「不条理」が、急速に「ただの食事」という現実の上書きを受けて薄れていく

 

 

「……あー、美味い。チクショウ、腹減ってたから余計に美味いのが腹立つぜ……」

 

 

ボソリと漏れたその言葉は、本心だった。

これほどまでに洗練されていない、ただの学生たちが作った焼きそばが、かつて施設で口にしたどんな「最高級の配給品」よりも喉を通る。

 

(美味い…美味い……が)

 

目の前に積まれた山盛りの焼きそばを啜りきり、探索者は不満げに喉を鳴らした。口の中に残るジャンクな後味を流し込もうと手を伸ばすが、そこにあるのはノンアルコール・シャンパンの甘ったるい炭酸だけだ。

 

 

(こんな甘ったるい飲み物で……酒なしで、やってられっか!)

 

 

探索者は脱いだヘルメットの影で、音もなく指先を動かした。

芯火がカチリと一目盛り分だけ回転し、暗黒の隙間から、ラベルの剥げ落ちた小さな銀色のスキットルが滑り出す

それは魔術でもなければ、洗練された技術でもない。長年の修羅場で培われた、卑屈なまでのただの「隠し芸」だ。

 

 

「……ん。探索者、何してるの?」

 

シロコの鋭い視線が飛ぶ。探索者は平然とした顔で、いつの間にかどこからか取り出した、ラベルの剥げ落ちた小さな銀色のスキットルを口元へ運ぼうとした。

 

「おっと。ちょっとした『気付け薬』ですよ。最近、低血圧でしてね……」

 

 

 

 

"探索者、それは没収だよ。"

 

先生の言葉と同時に、その手首が先生にガシッと掴まれた。

 

 

 

"生徒たちの前だって言っただろう? どこに隠してたのかは知らないけれど、今日はダメ。はい、預かっておくね"

 

 

「待て! 返せ! それはキヴォトス全土を探し回って、ようやくブラックマーケットの奥底で見つけた、味醂を五回蒸留したっていう伝説の『火酒』なんだぞ! 先生、あんた大人ならわかるだろ、この一滴の重みがぁ!」

 

「あはは~、探索者ちゃん、先生に怒られちゃったねぇ」

 

ホシノが楽しそうに笑いながら、追い打ちをかけるようにコーラを注いでくる。結局、探索者は「火酒」を先生に奪われ、涙ぐみながら焼きそばをノンアルシャンパンで流し込む羽目になった。

 

「……覚えてろよ、クソ大人。いつかあんたのカップに、スピリタスをコーヒー代わりに入れてやるからな……」

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「おい、先生! 私は帰るって言ったんです! さっきから言ってますよね!? デカい独り言だと思いましたか!?」

 

探索者の悲痛な叫びが、夜の校舎に虚しく響き渡った。

 

「……ん、夜の砂漠、危ない。遭難する。ここで寝るのが一番合理的」

 

「遭難も何も、私はこれでも砂漠の真ん中で一晩中『死体のふり』をして敵の偵察をやり過ごしたこともあるプロだぞ!? シロコさん、その腕を放せ! 私はカジノのふかふかのベッドが恋しいんだ!」

 

シロコの無機質なホールド力は、探索者の必死の抵抗を「無」へと帰していく

背後では、ノノミが「まぁまぁ」と楽しげに、どこから持ってきたのかアビドス高校の予備のジャージと、これまた「お泊まりセット」と書かれたポーチを抱えて控えていた。

 

「探索者さんの分も、ちゃんと用意してありますよ~☆ ちょうどサイズが合いそうなのがあったんです♪」

 

「いらない! その親切心が今は一番怖い! 私はジャージなんて着ない主義なんだ!いつもこのスーツで十分だよ!」

 

「はいはい、わがまま言わない。ほら、アヤネちゃんがもう寝床の準備終わらせたわよ。あんた、あそこで大人しく寝なさい!」

 

セリカに背中をドカッと叩かれ、探索者は絶望に染まった目で先生を振り返った。

 

「先生! あんたからも何か言ってやってくださいよ! 」

 

"……いいじゃないか。たまにはみんなで、修学旅行気分でさ"

 

先生の、すべてを許容するような柔らかな微笑

それを見た瞬間、探索者は「あ、これ詰んだわ」と理解し、盛大に天を仰いだ。

 

「…………チクショウ、この学校はどうなってやがる! 外部の不審者を簀巻きにした挙句、無理やりパジャマパーティーに拉致監禁か!? 人権団体が聞いたら泡吹いて倒れるぞ!!」

 

文句を垂れ流しながらも、結局探索者は、アヤネから渡された「柔軟剤の香りが漂うタオル」を首にかけ、渋々といった足取りで部室の隅に敷かれた布団へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

深夜、対策委員会室は静寂に包まれていた。

角の敷布団で丸まって寝ていた探索者は、わずかな気配の揺らぎで、意識を覚醒させた。

 

(…………ホシノ、やっぱり動いたか)

 

酒がないせいか、意識は呪わしいほどにクリアだった。ホシノが音もなく部屋を抜け出した瞬間、探索者は、冷徹な「観測者」の瞳を静かに開く。

 

(焼きそばパーティーの後に夜逃げなんて、締まらねぇ真似してくれるじゃないか)

 

探索者は音もなく起き上がると、首の骨をバキバキと鳴らし、スマホの画面をタップする。

すると、画面にアビドス校舎が映り、ホシノがどの方向へ向かったのかを確認する。

 

向かう方向には

 

 

 

 

 

探索者が黒服と会ったあの廃ビル

 

 

(やっぱりか)

 

 

 

「……さて、一人で突っ走るおじさんの道にショートカットといこうか」

 

探索者は指先を空間に走らせ、おぞましい魔力の色を、空中に流れるように描き出す。

 

 

 

「『門の創造』」

 

 

探索者が指先を空間に走らせると、そこから「闇」が溢れ出した

 

 

だが、それはただの黒い霧ではない。生理的な嫌悪感を呼び起こすような、虹色にギラつく不定形の泡の奔流が虚空に集い、急速に「形」を成していく

 

泡の一つ一つには異形の都市や数えきれない瞳が映り込み、絶えず蠢きながら凝固していく

 

溢れ出した泡が密度を増し、せり出してきたのは、高さ2メートル程の、重厚かつ禍々しい「黒鋼の門」だった。

 

 

左右の扉には狂気を孕んだ複雑な幾何学模様と、血のような赤色で刻まれたラテン語の羅列が浮かび上がっている

物理法則を傲慢に無視し、時間と空間の概念を嘲笑うかのように鎮座したその門は、かつて彼がいた「施設」にあれば決して触れてはならない、倫理を欠いた近道そのものだった

 

鋼鉄の門扉は、左右に開くのではない。逆向きのギロチンのように、一切の音を立てず、凄まじい質量を伴って下から上へと跳ね上がる。

 

ゆっくりと開かれた門の向こう側は、星空のない、ただ純粋な「無」と「狂気」が支配する廊下。あらゆる因果をショートカットするための異空間だ。

 

探索者は、その蠢く深淵へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

彼が通り抜けると同時に、跳ね上がっていた門扉が音もなく断頭台の如き速度で叩きつけられ、虹色の泡と共にパチンと霧散した

 

 

 

後に残されたのは、窓から差し込む静かな月光と、主を失った敷布団、そしてシロコがかけたマヨネーズの匂いだけだった。

 

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