"……これ、タイトルからして嫌な予感しかしないんだけど"
「……開けるしかないでしょ」
カヨコが覚悟を決めたような、どこか諦めを含んだ声で静かに促す。
"うん……そうだね。ここまで来て引き返すわけにはいかないし"
先生は深く息を吐き出すと、重厚な革表紙に指をかけ、ゆっくりとページをめくった。
パサリ、と古びた紙の擦れる音が静寂な室内に響く。
そこに書かれていたのは、幾何学的な図面、そしてびっしりと書き込まれた観測データなどではなかった。
『まず初めに、これを読んでいるということは、私はすでに盤上から退場したということだろう……まぁ正確には「死んだ」か「もう戦えない」かのどちらだが……どっちにせよ、ここにいないことだけは確かだろう
とりあえず数々のクソ問題にもめげず、戦闘を行い正解を引き当てた貴方たちにまずは敬意を
そして危険にさらしたのを申し訳なく思う。いくらなんでもあの初めの問題は失敗前提で作りすぎた。
だが念のために答えられないレベルまで難易度を上げる必要があったんだ。それを理解してほしい。
さて、挨拶はほどほどに。多分そこにいるのは私が選んだ『こいつらなら何とかするやろ』のメンバーだと思う
……我ながら雑な選考基準なのはわかってるでも、私が最後まで生きていたら、たぶんこんな本を書くこともなかった
だからまあ、そういうことだ。お前たちなら、何とかしてくれ
そして、この日記が読まれているということは何か世界に危機が迫っているのだと思う。
この本には様々な私が知り得る世界が滅びかけた時の対処法が載っている。ただ、この本すべてを読み込むと確実に廃人となるだろう。
なので、私の知る世界の危機全てをこの目次に書き込む。そのページ数を参考に、答えを探してほしい。
また、この部屋にいる間は極端に時間の進みは遅くなるし、ある鍵がなければ部屋にはいることは不可能だ。そこは安心してほしい。食料や飲料もある。活用してくれ』
異星文明による侵略………………P.014
神格による顕現……………………P.037
時間災害……………………………P.081
世界線崩壊…………………………P.126
死者蘇生による因果律崩壊…………P.174
認識災害……………………………P.219
ミーム感染による世界終焉………P.263
魔女降臨……………………………P.317
ティンダロス大量発生……………P.364
ジア・エガ顕現……………………P.412
停止災害……………………………P.458
標識災害……………………………P.503
まだまだある目次に目を落とした瞬間、誰もが息を呑んだ。整然と並ぶ活字の列は、ただ読んでいるだけでも精神を削り取られるような、圧倒的な狂気と絶望の記録だった。
「……なになにこれ……『異星文明による侵略』……『時間災害』……『認識災害』……?」
ミドリが引きつった声を漏らし、指先を震わせながら目次をなぞる。
「『魔女降臨』に……『ティンダロス大量発生』……? ちょっと待ってよ、SFのゲームでもこんな節操のない目次見たことないよ……! あの人、一体どんな世界と戦ってきたの!?」
モモイが青ざめた顔でページを見つめ、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「これ……全部、世界の終わりに関する記録なんだ……。ここに書かれてる一つ一つが、本当に……対処法まで残されてるの?」
「……『ジア・エガ顕現』に『標識災害』か、予想もつかないね…」
カヨコが深く、重い息を吐き出しながら、冷や汗の浮かぶ額を拭った。
「ミレニアムの科学力や、キヴォトスの常識じゃ説明がつかない現象ばかり……まったく、呆れて開いた口が塞がらないわ」
目次には、まだ見ぬ絶望の分類がずらりと並んでいる。
だが、先生の目は、今このキヴォトスを苛んでいる「あの現象」——そして、この状況を打開するための「真のページ」を探して、まっすぐに目次をなぞっていった。
先生の指が、無数の項目を一つずつ追っていく。
異星文明。
時間災害。
認識災害。
世界線崩壊。
そのどれもが、今のキヴォトスより遠い場所にあるように思えた。
——その中に、一つだけ。
今、この瞬間にキヴォトスを蝕んでいるものと同じ名前があった。
先生の指が止まる。
『色彩の対処、プレナパテスの討伐………………P.8192』
「……『色彩』……?」
モモイの声から、さっきまでの軽さが吹き飛んでいた。部屋を満たす張り詰めた冷気の中で、その呟きだけが異質に響く。
「それに……『プレナパテス』……?」
ミドリも、カヨコも、リオも。誰一人として、その名前に覚えはなかった。
ただ一人、先生だけが食い入るようにそのページ番号を見つめていた。胸の奥で、正体のわからない静かな鼓動が跳ねる。
「……なんで、これが書いてあるの……?」
カヨコが絞り出すように呟いた。予知などという曖昧な言葉では片付けられない。あまりにも具体的で、あまりにもピンポイントな「現在」の記述。
先生自身にも答えはなかった。あの人間がどこまでを見通し、何を背負ってこの重厚な日記を残したのか、その真意のすべてを推し量ることなどできるはずもない。
それでも、今は迷っている暇などなかった。外では禍々しい赤空がキヴォトスを飲み込もうとしており、自分たちにはこの運命を覆すための「鍵」が必要なのだ。
"……分からない。でも"
先生は本を閉じることなく、指先で『P.8192』の数字を強く踏みしめるように、ゆっくりとなぞった。
"開いてみよう"
指先に力を込め、膨大な頁の束を一気に繰る。重厚な紙の擦れる音が地下空間に響き渡り、やがて、絶望を打ち破るための「8192ページ目」が静かに姿を現した。
『さて、このページを開いたということは、恐らく私が考えうる最悪が起こっている。
なぜなら、この色彩は『本来予定されたシナリオ』だからだ。その中で自分が死ぬのは考えづらいし、何らかのイレギュラーが起こっていることは間違いない。
この話は酷かも知れないが、そういう運命ということと納得してもらうしかない。だが私はこの対処法を知らない。
私が知っているのはあくまで起こることだけ。それがいつ、どこでどんな形でどんな色をしているかなどは何も知らない
だから書ける対処法が無いんだ。
もし私が色彩から何らかの影響を受けて死亡、もしくは戦闘不能になっていた場合――この世界には、私が想定していなかった重大なバグが発生していると考えてほしい
そして私は、そのバグに敗北した。ならば、色彩だけを退けても意味がない
原因が残ったままなら、この世界はいずれ別の形で破綻する。だから、この手段は最終手段だ
上手くいったとしても、世界が完全に救われる保証はない。反動で世界そのものが壊れてしまう可能性だってある
だけど
探索者の意思を継ぐものとして、少しでもマシな結果を求めて
足掻くんだ
絶望でも
狂気でも
全てを受け止め、未来へと進め
こんな事を押し付けるのは良くないと分かっている。俺も押し付けられてきた側だ。面倒くさいことこの上ない。
だが、僕が出来なかった仕事を、変わりにお願いしたい
無責任なのは分かってる。でも、誰かがやらなきゃ世界は死ぬ。
仲間と笑いあえる明日も、好きな人と過ごす時間も、美味しいものを食べる時間も無い。
まあ、ここまで書けば十分だろう。
本当はもう少し書くつもりだった。
あいつらのこととか、昔の仲間のこととか、師匠たちのクソムカつくし、たくさん吐くけど、効果的なトレーニング法とか
でも、長くなる
それに、こういうのは生きている奴が書くものじゃねぇ
だから最後に一つだけ。
生きろ、なんて偉そうなことは言わないし、言えない
死にたくなければ、死ぬな。
逃げられるなら逃げろ。
戦えるなら戦え。
誰かを助けられるなら助けろ。
そして、もし私より先まで行けたなら。
その先で、ちゃんと笑ってくれ。
私には、それぐらいしか言えない。
そういう生き方しかしてきてねぇからな
でも、もしそう思って、私の意思を継いでくれるのなら。その先で私の分まで、アイツらの分まで笑ってくれるのなら
それは、嬉しいことだから
最後は私の友人が言ったように、この言葉で締めようと思う。
幸運を、死にゆく者より敬礼を』
読み終えた瞬間、室内に長い沈黙が訪れた。
誰も、すぐには口を開かなかった。
机の上に残されたのは、最後のページ。
そして、そのページの先に置かれていた一枚のカードだった。
赤と黒。
その中央には、見たこともない怪しげな真っ黒い石が埋め込まれている。
それが何なのか、誰にも分からない。
ただ一つだけ分かることがある。
これは、探索者が最後に残した「賭け」だ。
成功すれば、世界を救えるかもしれない。
失敗すれば——世界の理そのものを歪める。
「……ホント、どこまでも身勝手で……最高に面倒くさい大人だね。探索者ちゃんは。私と変わらないじゃん」
ホシノがぽつりと呟く、その瞳には、恐怖も迷いも一切なかった。
「自分で散々抱え込んでおいて、最後の最後に『任せた』なんてさ……断れるわけないじゃん」
"…"
先生は静かに日記を閉じ、胸に抱きしめた。
あの男が破れ、残してしまった世界の「バグ」。そして、押し付けられた途方もない「仕事」。
だが、そこには未来を諦めないための泥臭い「足掻き方」が、確かに記されていた。
"……任されたよ"
先生はそう呟いて、静かに立ち上がった。
手の中には、探索者が残した日記と、最後の一枚のカード。
世界を救える保証なんてない。
成功する保証もない。
そもそも、ここに書かれている方法が正しいのかすら分からない。
それでも
"……行こう"
先生は、生徒たちを見た。
"この人が最後まで足掻いたんだ"
"だったら、私たちも足掻こう"
先生は決意を込めて呟き、生徒たちへと振り返った。
──────────────────────────
黒い石を退けると、その下から一枚の紙切れが滑り落ちた。
そこに踊っていたのは、重厚な日記や禍々しい石の存在感とはあまりに乖離した、どこか投げやりで身も蓋もないタイトルの書面だった。
【取扱説明書】
1. この石を地面に叩きつけ、黒い粒子が自分に巻き付くことを確認する。
2. そしたらこのカードを持って強く硬くケツイを持つ。
3. 上手く行けばあるクソったれが来てくれる。そしたら「探索者からの伝言。借りを返せ」「一応スーパーヒーローだろ」と言え。
4. もし、人型ではなく、褐色の美少年、美少女が現れたら、「探索者は失敗した」「彼が残しているクリア報酬を使ってこの窮地を打開したい」と片膝を付きながら丁寧に話してくれ。運が良ければ打開してくれる。
5.この動作を行うのは開けた場所が好ましく、強い精神を持った人間でないと狂気に陥る可能性がある。狂気に陥ったらショック療法で叩き起こせ。
「…凄いね…ここまで良い雰囲気だったのに台無しにするんだもん」
モモイが脱力したように肩を落とし、呆れ果てた溜め息をついた。
「…そうね、あの人らしいけど」
リオも深く息を吐き出し、呆れと諦めが混ざった苦笑いを浮かべる。感動的な遺言や決意の余韻を、最後の最後で完璧にぶち壊していくその手腕には、もはや感心するしかなかった。
「ショック療法が推奨されるってってだけであの人がやってるって分かる…」
カヨコも額を押さえ、大袈裟に首を振り、ホシノも呆れたように溜め息をつきつつも、どこか頼もしそうに口元を緩めた。
「でもさ、先生。相手が誰であれ、やることは決まったんじゃない?」
全員の視線が、再び先生の手元へと集まる。
先生は説明書をしっかりと読み込むと、手の中にある脈動する石と、赤と黒のカードを強く握り締め直した。
覚悟を決める。相手が「クソったれのヒーロー」であれ、言葉を一つ誤れば終わる「人ならざる存在」であれ、引き下がる選択肢はない。
"……みんな、少し下がっていて"
先生が静かに告げると、全員が息を呑んで数歩退いた。
先生は腕を振り上げ、黒く不気味な光を放つ石を、コンクリートへと勢いよく叩きつける。
パキィン——!!
甲高い破砕音が響き渡ると同時に、砕け散った石から爆発的な黒い粒子が噴出し、竜巻のように先生の身体へ巻き付いていく。
激しい黒炎のような粒子に包まれながら、先生は胸の前で赤と黒のカードを強く握り締め、胸の奥で決して揺らぐことのない『ケツイ』を硬く、強く抱いた。
黒い粒子の渦が静まり返り、収束した次元の裂け目から、床へと豪快に転がり出てきた人物。
赤と黒の派手なスーツに身を包み、背中に刀を背負ったその男は、床に寝そべった体勢のまま頭を掻き、面倒くさそうにマスクの目元を小さくした。
「……は?なんだこの世界。またマーベルの仕業か?」
場違いすぎる異質な存在の登場に、地下空間の全員が一瞬にして凍りつく。
「な、なになになにー!? 誰この変なコスプレの人!?」
床に寝転がっていた男はゆっくりと体を起こすと、銃を突きつけてくる少女たちと先生を交互に見回した。
「おいおい、なんだよ。俺ちゃん今いいところで寝てたんだけど? 急に真っ黒な煙に巻かれたと思ったら、アニメ顔の女子高生たちに囲まれてるってどういう状況? ここどこ? 日本? それとも同人誌の中?」
カチリ、と刀の柄に手をかける男の軽薄な態度。
"えっと…始めまして、"
「おう!挨拶は大切だな!で、礼儀正しいセンセイ、状況を3行……いや、アニメの尺的に2分で説明してくれる? テンポ悪いと視聴者がブラウザ閉じちゃうからさ!」
"と、とりあえず名前を"
先生が毒気を抜かれながらも尋ねると、男は大袈裟に胸を張り、両腕を広げてポーズを決めた。
「俺ちゃんの名はデッドプール! 親愛なる隣人……の偽物じゃなくて、世界一口の悪い不老不死のマーセナリーさ!X-メンでもあるけどな!! デッドちゃんって呼んでくれてもいいぞ!」
「で…デットちゃん…?」
先生は疑問に満ち溢れたホシノたちの肩を優しく叩いて制すると、赤と黒のスーツの男へ向かって真っ直ぐに一歩を踏み出し、堂々と口を開いた。
"……探索者からの伝言です。『借りを返せ』"
男がぴくりとマスクの眉間(と思われる部分)を寄せた。
先生は畳みかけるように、はっきりと告げる。
"『一応スーパーヒーローだろ』"
その言葉を聞いた瞬間、男は大袈裟に両手を広げて立ち上がり、肩をすくめた。
「ゲッ……あのクソ野郎の伝言かよ! ったく、死んでまで俺ちゃんにツケを回してくるとかマジで最悪だな!」
"えっと…どういう関係で?"
先生の疑問に、デッドプールは大袈裟に両手を広げ、天井を見上げながら深く溜め息をついた。
「どういう関係も何も、最悪の腐れ縁だよ! あの野郎、俺ちゃんが別の次元で仕事してる最中に急に割り込んできてさぁ! 『怪異のサンプルが欲しい』だの『世界の危機』だの言って、俺ちゃんの邪魔ばっかりしてくれたんだよ!」
「えぇ……完全に被害者じゃん……」
モモイが思わず同情の目を向ける。
「まあ、色々あってパシリにされてるんだけどな!!」
堂々と胸を張って言い放つデッドプールに、全員のズッコケる音が響き渡った。
「威張って言うことじゃないでしょそれぇぇぇ!!?」
「しょーがねーだろ。アイツから「嘘ついたらマーベル出禁な」って言われちまってるんだぜ?大人の事情ってやつだよ、大人の事情!」
デッドプールは両手を大きく広げ、いかにも理不尽だと言わんばかりに肩をすくめた。
「出禁って……どんな脅し使われてるの…ってか、マーベルって何?」
「あーまぁ知らなくていい事だ。R13でする話じゃない」
デッドプールはしっしっと手を払いながら、いかにも「大人の秘密」といった風に人差し指を口元に当ててウインクしてみせた。
「アール、じゅうさん……? 対象年齢の話……?」
モモイがますます狐につままれたような顔で首を傾げる。
「さてさて、そろそろふざけすぎて視聴者の皆がブラウザバック寸前だから進めるか。アイツが一番嫌がるこの対処法は…そうだな」
デッドプールはマスクの額を指でトントンと叩き、芝居がかった仕草で小さくため息をついた。
「なにしろあのクソ野郎、自分で全部解決して『俺ちゃんカッコいいだろ?』ってドヤ顔したかった癖に、不確定要素のせいでゲームオーバーになっちまったんだろ? で、そのプライドの高いアイツが一番やりたくなかった最終手段は…多分これだろ」
そういうと、デットプールは背中からあるカードを取り出す
「…それどっから出したの?」
「キニシナイヨーオトナノジジョウダヨー」
デッドプールは棒読みで聞き流すと、マスクの目元をニヤリと吊り上げた。手元にあるカードが、不気味で禍々しい漆黒と深紅の光を放ち始める。
「…さぁ、アイツが絶対にやりたくない
そう言うと、デッドプールは逃げ場のないその禍々しい空を見上げ、堂々と一歩を踏み出すと、手に持ったカードを天高く強く掲げた。
「俺ちゃんのカードを使用するってね」