デッドプールがカードをかざすと、一瞬だけ世界が透明感のある澄んだ青空へと塗り替えられ——次の瞬間、再び何事もなかったかのように元の禍々しい赤へと引き戻された。
「えっ? 何も変わってないけど……」
モモイが呆然と空を見上げ、肩をすくめる。
「まーまー、焦りなさんな。アイツが一番嫌がる解決方法をしてやった所だ」
デッドプールは二丁拳銃を腰のホルダーにカチリと収めると、満足そうに鼻を鳴らした。
「一番嫌がる……解決方法……?」
カヨコが呟いた、その瞬間
ドゴォォォォ——ッ!!!!
世界の底が抜けたかのような、とてつもない衝撃音と地鳴りがキヴォトス全域を激震させる。
「えっ!? なに!? 敵の攻撃!? 地震!?」
モモイが足をすくわれてミドリにしがみつき、ホシノとカヨコが即座に先生を庇うように陣を組む。
「おっ、始まったか。んじゃ俺ちゃん帰るねーバイビー」
デッドプールは呑気な声を上げると、背後の空間をまるで薄い紙でも破るかのように指先でビリィッと引き裂いた。
「は、はいぃぃ!? 帰るってどこに!? この凄まじい衝撃音はなんなのよ!?」
取り乱すモモイに向かって、デッドプールは次元の裂け目に片足を突っ込みながら、おどけた様子で二本指を額に当ててみせた。
「アイツが一番嫌がる解決方法。それはアイツの師匠を頼る事だ……だってあいつ、自分一人で全部片付けて『俺ちゃんスゲーだろ?』って顔したいタイプだもん。だから今回は特別に、そのプライドを粉々にしてやるってことだ!」
「いやぁ、俺ちゃんって本当に友情に厚いなぁ!」
「あの人が『敗北した場合の保険』として残した一番巨大なカード……それは自分以上の規格外な存在を、この盤面に直接乱入させることだったのね」
「えぇぇぇ!? じゃあ今外で鳴ってるドッカンドッカン大爆発の音って、その『師匠』たちがサンクトゥムのボスをボコボコにしてる音なの!?」
モモイが頭を抱えて叫ぶ。
「そういうこと! つまりセンセイたちの出番は特にないぞ!アイツがいつもしてるように酒でも飲みながら優雅に観覧してていいぜ!」
デッドプールは二本指を額からピッと離し、最後のお別れのポーズを取った。
「じゃ、俺ちゃんはマジで帰るから! これ以上いるとディズニーとヨースターの弁護士に怒られちゃうしね! センセイ、あとは自分たちの手で最高のハッピーエンドを掴み取れよー!」
パチンッ!
空間の亀裂が弾けるように消え去り、破天荒な赤いマーセナリーは影も形もなくなった。
「…なんだったんだあの人…」
"本当に意味が分からない…カオスだ……"
「え、えっと?じ、状況を整理しましょうか」
引きつった笑顔のミドリが、恐る恐る挙手しながら言葉を紡いだ。
「えーっと……まず、あの『探索者』さんが残した取扱説明書通りにカードを使ったら、赤と黒の変な人が召喚されて……」
「その変な人が自分のカードを使って……『探索者の師匠』っていう規格外の助っ人を守護者にぶつけてる」
カヨコが淡々と、しかし整理するように言葉を継ぐ。
「結果として今、偽りのサンクトゥムの守護者はその『師匠』たちにボコボコにされていて、私たちはやることが無い…ということかしら」
リオも心底頭を悩ませた様子で眉間を押さえていた。冷静沈着な彼女ですら、あまりの論理飛躍とカオスすぎる現状に、素で困惑を隠しきれていない。
「いや…どゆこと?」
「……まさかね」
ぽつりと呟いたホシノの言葉に、先生は首を傾げて問いかけた。
"ホシノ何か知ってるの?"
「…過去におじさん、探索者ちゃんから、その『師匠』の事を聞いたことがあるんだ。どの人もめちゃくちゃクセが強いというか…」
「ほう?懐かしい名前が聞こえたとと思たらそう言うことか。あの小僧」
先生たちが一斉に振り返ったその先に立っていたのは——大柄で屈強な体型と、目元に刻まれた凄みの走る傷跡が特徴的な、一頭の巨大な二足歩行の『兎』だった。
少女たちが持つ愛くるしい兎のような愛嬌は一切ない。そこに漂っているのは、数々の修羅場をくぐり抜けてきた本物の「戦士」だけが纏う、圧倒的な威圧感と覇気だった。
「う…ウサギ!?」
モモイが思わず悲鳴のような声を上げ、跳ね起きるように銃口を向ける。
「よぉ、その話、詳しく聞かせちゃあくれねぇか。お嬢さん方」
重低音の効いた声とともに、太い腕を組みながら悠然と一歩を踏み出した。その巨体から溢れ出る圧迫感に皆が圧倒される。
"えっと…お知り合いで?"
「まぁそんな所だなぁ、うちの弟子だ。アイツからはぁ『旦那』なんて呼ばれてたよ」
兎は重々しく吐き捨てると、極太の指で目元の傷跡をゴリと掻いた。
「だ、旦那ぁ……!? 探索者さん、そんな裏社会みたいな修業受けてたの!?」
モモイが声のトーンをひっくり返してひそひそと叫ぶ。
「お姉ちゃん、しっ……! 言葉遣い! 消されるよ……!」
ミドリが必死にモモイの口を抑え込み、滝のような冷や汗を流す。
"えっと、簡単な説明をすると…今、貴方を呼び出したのは探索者さんが死亡、もしくは意識不明になった時に頼れと言われていた方が呼び出したらしく……私たちも何が何だか……"
「…ほう?あの半端モンまだそんなヴォーパル魂ねぇことやってんのかぁ?こりゃ叩き直しだなぁ」
兎はドスの利いた声を低く鳴らすと、太い腕を組んだまま呆れたように鼻を鳴らした。
「……死んだか意識を飛ばしたか知らねぇが、おいらを呼ぶってことはそういうことだろ。土壇場で肚もくくれねぇで、おいらたちの名前に縋りやがったってわけだ」
兎はドスの利いた声で吐き捨てると、どこか呆れたように鼻を鳴らした。だが、すぐに太い腕を組み直し、目元の傷を歪めながら低く呟く。
「……その場に案内ちゃあくれんか? あの半端モンがそんな事するようなバカにゃあ思えなくてなぁ」
弟子の生き様を誰よりも知るからこその、疑念と確信。先生は静かに頷き、差し示そうとした——その瞬間だった。
"良いですけど……後ろ!! 危ない!!"
先生の叫びが大気を切り裂く。
空間の歪みから突如として現れたのは、赤い『色彩』に侵食された不気味な守護者。長く弛む血のような布地を翻し、ユスティナ聖徒会の外套を模した禍々しい姿——ヒエロニムスが、殺意の塊となって先生たちの背後から襲いかかってきたのだ
異形の手骨が迫り、モモイとミドリが悲鳴を上げかけた、まさにその刹那。
「あぁ、木偶の坊が」
"……は?"
先生の素っ頓狂な声が漏れるのと、完全な同時だった。
兎の男が背負っていた杖を無造作に引き抜き、ただ一閃——真空を叩き割るような猛烈な一振りを繰り出した。
爆音すら置き去りにする衝撃波。
直撃を受けたヒエロニムスの巨躯は、反撃の隙どころか叫びを上げる間すら与えられず、一瞬にしてチリ一つ残さず空中へと散り散りに破砕された。
「ひ、ヒエロニムスが……一撃で……!?」
カヨコが戦慄し、モモイとミドリは開いた口が塞がらない。
「ふん、手応えもねぇな。おいらたちの面前に立ち塞がるにゃあもう少し時間が欲しかったろうさ」
"あ…貴方は一体……"
「そうだなぁ…この名前は嫌いなんだがなぁ」
重厚な圧迫感を漂わせたまま、男は不敵に目を細めて名乗りを上げた。
「おいらはヴァイスアッシュ。まぁ巷で言うにゃあ『不滅』と大層な名を付けられた、ただの兎だ」
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ヴァイスアッシュの背を追いかけながら、一同は赤く染まった空の下を整然と進んでいく。目指すは、探索者が横たわっている病室だ。
その道中、通路の角を曲がるたびに「それら」は姿を現した。
造形自体は、キヴォトスで幾度となく目にしてきた見慣れたドローンやオートマタの群れ。しかし、それらを包み込む質感と色合いは異軌そのものだった。まるで、深淵なる夜空の切り抜きを無理やり金属の骨格へ貼り付けたかのような——見つめているだけで精神が狂い立ちそうになる、名状し難い色彩。
「敵機、接近——っ!?」
ミドリが警戒の叫びを上げ、銃口を向けようとした瞬間。
「邪魔だなぁ」
ドス効いた低い声とともに、ヴァイスアッシュのシルエットがブレた。
重圧な杖が一閃。空気を爆砕する鋭い暴風が空を駆け抜ける。
異形のオートマタたちは、反撃の演算を行う間すら与えられず、一瞬で不可視の衝撃波によって装甲ごと粉砕された。壁や天井に散らばる金属片すら残さず、存在そのものが叩き潰されて消滅していく。
「ヒッ……!? ま、また一撃……」
モモイが引きつった顔で固まり、銃を構えた姿勢のまま硬直する。
歩みを止めることすらなく、何事もなかったかのように欠伸混じりで杖を肩に担ぎ直す兎の背中を見つめながら、ミドリがポツリと呟いた。
「……私達、要らないんじゃない? これ」
「……言わないで、薄々分かってても口に出したら本当になっちゃうから……」
カヨコがハラハラと落ちてくる破片を避けながら、遠い目をして深く溜め息をつく
そんな時だった。
「止まりなぁ……なんの用だ?」
ヴァイスアッシュはピタリと歩みを止め、太い腕で全員を制す
見上げるように背後へと鋭い目線を向ける。一見すると静まり返ったこの道には誰もいないように見えたが、ヴァイスアッシュの双眸は確信を持って空間の一点を射抜いていた。
圧倒的な緊張感がその場を支配し、生徒たちが息を呑む。
「待て、私も色々探り探りだ」
静寂を破って聞こえたのは、透明感がありつつも落ち着いた女性の声だった。
空気が揺らぎ、姿を現したのは——鮮やかな真っ赤な髪をなびかせ、自身の身長ほどもある巨大な大剣を背に背負った一人の女性。その立ち姿には一切の無駄がなかった。大剣に手をかけることすらせず、ただそこに立っているだけなのに、周囲の空気だけが妙に重い。
「な、なに……!? また誰か出てきたんだけど!?」
モモイが驚愕で目を見開き、ミドリもとっさに銃口を向け、ホシノもセーフティーを解除する。
カヨコとリオもハンドガンを構えたまま、冷や汗を流して女性の立ち姿を凝視し、彼女に心当たりがないかを探る。
ヴァイスアッシュは肩に担いだ杖のグリップを握り直し、目元の傷を深めるようにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……ウェザかと思ったら、別のお客さんかぁ? 赤い髪にその大剣……うちのバカ弟子とどういう繋がりだ、あんた」
「…そのバカ弟子が誰を指すかは知らんが、私は気づいたらここにいた。アンタも同じじゃないのか?」
赤髪の女性は背の大剣に手をかけることもなく、呆れたように肩をすくめて見せた。その立ち振る舞いには一切の隙がなく、ただ佇んでいるだけで周囲の空気が重くピンと張り詰める。
「……気づいたらいたってどういうこと!?」
「オイラと同じか…お前さん『探索者』っう単語に心当たりはぁあるか?」
ヴァイスアッシュのドスの利いた問いかけに、赤髪の女性は一瞬だけ琥珀の瞳を細めた。
「探索者、ね……聞き覚えのない名だな」
そう呟いて彼女はフッと息を吐き、どこか懐かしむような、あるいは呆れたような笑みを浮かべる。
「だが、自分の為だといいながら結局仲間に優しく、身の丈に合わないと分かっていても都市の星へ立ち向かい、ボロボロになりながらも泥臭く足掻くバカなら……一人、よく知っている」
「……けっ、なら間違いねぇや」
ヴァイスアッシュは苦々しそうに鼻を鳴らし、担いだ杖の端をトントンと自分の肩に叩きつけた。
「オイラはヴァイスアッシュ。一人の馬鹿者の『旦那』だ」
「私はゲブ──いや、カーリーだ。大馬鹿の『姉御』でもある。よろしく頼む」