「……帰っていいですか?」
「我々がそれを許すとでも?」
「…聞くまで分からないじゃないですか。シュレディンガーの猫です」
減らず口を叩く探索者に、マスタングは心底呆れたように肩をすくめた。
「……ってか…なんで貴方達が居るんですか…?」
床に倒れ伏したまま、心底解せないといった様子で顔を上げる弟子に、今度はカーリーがニヤニヤと凶悪な笑みを深める。
「あ? お前が呼び寄せたんだろ?」
「んなわけないでしょう。いくら自分が死にそうだからって、貴方達を呼び寄せるほど狂気に落ちてませんよ。世界の整合性取れなくなるし」
カーリーの言葉に、探索者は心底不思議そうに首をひねり、即座に身も蓋もない返答を叩き返した。
「……どういう事だ?」
ヴァイスアッシュが腕を組み、怪訝そうに眉をひそめた。
「…ちょっと待ってくださいね? 先生。色々聞きたいことがあります」
"……うん"
探索者は床に転がったまま、切羽詰まった表情で先生を見上げた。
「えっと…私の最終手段は使ったんですよね?」
"そうだね。あの勾玉に入ってた通りの事をしたよ。色彩の対処法ってやつ"
「……んでどっち出てきたんですか?」
"デッドプールって人が出てきて……『アイツが最も嫌がる解決策』を〜とか…"
「……あんの腐れ梅干し……っ!!」
探索者は床を思い切り殴りつけ、悲痛な怒号を上げた。全てを悟ったその顔は、師匠たちに囲まれた時以上の絶望に染まっている。
「おい、どういうことだ。説明しやがれ」
エドワードが腕を組んでジト目を向けると、探索者は頭を抱えて床でのたうち回った。
「その『最終手段』っていうのはですね……! もし自分が意識不明かつ世界が滅びそうな時、あのクソ赤黒い第四の壁破壊魔に助けを求めるための緊急非常ボタンだったんですよ!」
「んで!! アイツは私の仕事の事をよく知ってるので…アイツ自身が超パワーで私が死んだ理由であるバグをボコボコにして解決するルートを取ってくれるだろうと予測してたんです!!! 実際に釘刺しましたし!! 刺してますよね!!」
探索者の鬼気迫る言葉に若干気押されながらも、先生は頷いた。
"う、うん。刺したよ。『スーパーヒーローだろ』『借りを返せ』って"
「なのにアイツ!! クソ梅干しがぁ!!」
"じ、じゃあなんであの人に?"
先生からの至極当然の疑問。それに探索者はさらに顔を歪ませる。
「そもそも世界を渡るのはかなり難しいんです!! それで私の仕事に理解があって、非常事態で急に呼び出せるとくればあの馬鹿ぐらいしか居ないんですよ!!」
叫び散らかしながら頭を抱える弟子を、四人の師匠たちは冷ややかな、あるいは最高に楽しそうな眼差しで見下ろしている。
「あれだけ借りを作っておいてまだ借りを作る気かよ…っ!! 今度会ったらホルマリン漬けにしてサメ映画の刑にしてやる……!!」
血涙を流さんばかりの勢いで床を叩く探索者に、マスタングが静かに一歩を踏み出し、冷徹な声音で問いかけた。
「……つまり君は、自分が倒れた場合に備えて別の男を呼び出し、その男が君の想定通りに動くことまで計算していた、と」
「……はい」
「それを『最終手段』と呼ぶのは、少々楽観的すぎないかね」
「んなもん分かってますよ!! 対処法が無いから私死んでるわけですし!!一縷の望みをかけた最終手段ですからね!!!」
「最終手段にしては随分と他人任せだな」
「姉御!! 私ただの人間!! 一般人!!! 姉御のモノサシで私を測らないでください!! 貴方みたいに化物一瞬で霧に出来る化物なわけじゃないんです!!」
必死の死に物狂いで叫ぶ探索者の言い分に、カーリーは微動だにせず、ただ静かに琥珀の瞳を細めた。
「……ほう。私を化物扱いか。昏睡から覚めて開口一番、随分と度胸がついたんじゃないか?」
「ひっ……! 違っ、褒め言葉! 概念的な意味での最強って意味です!! 赤い霧は最強!! 都市の常識でしょう!!」
必死の死に物狂いで叫びながら床を後ずさる弟子に、カーリーは呆れたように大きな溜め息を吐き出した。
「…閑話休題と行きましょう。どれだけ騒いでも状況が変わる訳じゃない」
"それ君が言うんだね"
先生が思わずといった様子で苦笑交じりに突っ込むと、隣に立つヴァイスアッシュが腕を組み直し、肩をすくめて鼻を鳴らす。
「諦めろぉ。そういうヤツだ」
絶体絶命の空間で容赦なく包囲網が狭まっていく中、床に這いつくばったままの探索者は、死んだような目でそっと師匠たちを見上げた。
「……やっぱり帰ってもいいですか? 私いらないでしょ…ザコ過ぎてオワコン罪喰らいたくないんですけど」
「おいおい……散々騒ぎ散らかした挙句に自分から『ザコ』扱いして逃げようたぁ、相変わらず情けない奴だな!」
エドワードが腕をぶんぶんと振り回しながらジト目で叫び、マスタングも呆れ果てたように首を振る。
「どこぞの身長伸びなくて一縷の希望を託し牛乳飲みまくって腹下した人には言われたくないですね」
「……あ?」
エドワードの顔からすべての感情が消え去り、額にピキピキと恐ろしい勢いで青筋が浮かび上がっていく。右腕の機械鎧が、ギチ……と不穏な金属音を立てた。
「だーれーがっ!! 牛乳飲んで腹下した挙げ句に身長も伸びなかったチビだこらあぁぁぁッッ!!!!」
「誰もチビなんて言ってねぇよ!! 勝手に被害妄想を膨らませてんじゃねぇ!!自意識過剰だわボケナス!!!理解してるなら現実を受け止めろ!!」
「言って同義だろーがッ! ぶっ殺す!! ボロ炭にしてやるッ!!」
「落ち着きなさい鋼の! 病院で錬成陣を出すな! 爆破するぞ!」
「大佐それ止めてねぇから! 火に油注いでるから!!死にますよ!!」
ブチ切れたエドワードが両手を打ち合わせようとするのをマスタングが力ずくで押さえつけ、探索者は悲鳴を上げながら床をのたうち回る。
「……閑話休題!!とりあえず次どーするか考えましょう!!先生!!現在の状況は!!」
命の危機を察知した探索者が、必死の形相で話題を力ずくで逸らそうと先生へ叫び渡した。
"えっ!? あ、うん! ええと……"
突然振られた先生は一瞬呆気にとられたものの、急いで手元の端末に目を落とし、咳払いを一つ挟んで現状を整理し始める。
"現在、サンクトゥムタワーが機能不全に陥り、偽りのサンクトゥムというものが六本立った。それで、それを2週間で破壊しなければ、キヴォトス全域に錯乱状態を発生させるエネルギーが広がってしまう事。その六本を破壊するには『守護者』と呼ばれる敵を倒さなければならない事…こんな感じかな"
「了解です。現在の破壊状況は?」
"えっと…六本中一本の守護者の討伐に成功…というか、そこの旦那さんが片手間にサクッと…"
「……」
探索者は、まるで檸檬を丸ごと一噛みしたかのように、これ以上ないほど苦く渋い顔を凝固させた。
そのままノロノロと首だけを動かし、視線を「そこの旦那さん」へと向ける。
そこには、腕を組み、歯を見せてニヤニヤと凶悪な笑みを浮かべるヴァイスアッシュの姿があった。
「あ? なんだその面は。おいらがチャチャッと片付けちゃ悪いってのかぁ?」
「……いえ。大変助かりましたし、感謝の念に堪えません……ただ、世界をかけた絶望の決戦のはずなのに、
「誰がバケモノだ、誰が」
「化物でしょう…誰がギャグ漫画しろって言いましたよ……」
床にのたうち回ったまま、心底げんなりした顔で吐き捨てる探索者。そのままハッと何かを思い出したように表情を引き締めると、視線をカーリーへと向けた。
「………一応念のため聞いときますよ? 姉御。そういう守護者らしきヤツ殺してないですよね?」
「記憶に無いな。どいつもこいつも弱すぎて話にならん。ただ、1体だけ歯ごたえのある蛇見たいな奴は居たな」
カーリーは何でもないことのように言い放ち、大剣の柄に置いた手で軽くだけ肩をすくめた。その言葉を聞いた探索者は、ノロノロと首だけを動かして先生を仰ぎ見る。
「……先生。心当たりは?」
"…デカグラマトン第3の預言者『ビナー』…守護者の一角だね"
「……サスガデス。アカイキリ……」
探索者は感情の消えた死んだ目になり、棒読みで呟くしかなかった。
「……えっ!? 私達何もしてないのに守護者2体も倒しちゃったの!?」
病室のドアにもたれかかっていたモモイが、素で素頓狂な声を上げる。
「………恐らく、先生今すぐに残りの守護者の確認を!! 急いで!!」
何事かを察知した探索者の顔色が突如として変わり、血相を変えて叫んだ。
"う、うん。今リンちゃんに…"
先生は急いでスマホを操作し、リンに通話をかけて現状の把握を試みる。コール音もそこそこに、スピーカー越しに聞こえてきたのは、普段の冷静さを完全にかなぐり捨てたリンの悲鳴に近い声だった。
『先生! まさかこの短時間に守護者を3体も沈めてしまうとは…!』
「「「「……3体!?」」」」
病室にいた生徒たちの叫びが、見事なまでにハモった。
「おい、冗談だろ……!? 姉御の蛇と旦那の暴れ回った分で2体のはずだぞ!?」
「あのぉ…その守護者って…まさかネズミとカラスみたいな人型じゃあねーよな?」
エドワードが冷や汗を流しながら、おそるおそる指を一本立てて尋ねた。
「先生……まさかそんな事ないですよね!! ね!!! お願いします!!」
探索者は死刑宣告を待つ囚人のような顔で、すがりつくように先生を見上げた。
"シロ&クロ…"
先生が気まずそうにスマホの画面から目を逸らし、ぽつりと呟いた。
「「「「…………」」」」
病室に絶望的な静寂が訪れる。
「……やっぱりお前かーーーッッ!!!!」
探索者の悲鳴が病室に響き渡った。
「言い訳させろ!! 俺たちがこの世界に叩き落とされた時、目の前にでけぇテーマパークみたいな場所があってな! そこに妙にでかい着ぐるみのネズミとカラスが暴れてたから、邪魔だと思って錬成陣で叩き潰しただけだ!!ってかトドメ刺したのは大佐だ!!!」
エドワードが腕をぶんぶんと振り回しながら必死に叫び、隣に立つ男を激しく指差し指弾した。
「おいコラ大佐! 知らん顔してんじゃねぇぞ! お前だってノリノリで『公園で遊具が暴れているな、危険だから処分しよう』とか言って指鳴らしまくってただろうが!!」
「……コホン」
急に矛先を向けられたマスタングは、わざとらしく咳払いをひとつ挟むと、優雅に手袋の仕立てを整え直した。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ給え、鋼の。私はただ、市民の安全を守る軍人として、害獣駆除の最後の一押しを手伝っただけに過ぎない」
「害獣駆除って言ったぞこの炎のバカ!! 守護者!! ボス相手に害獣駆除!!」
探索者は血を吐くような思いで頭を抱え、病床のシーツをグシャグシャに掴んでのたうち回った。
「世界が…崩壊していく……」
世界の整合性も、シリアスな決戦の空気も、すべてが規格外の物理(パワー)で粉砕されていく現実に、キヴォトスを救ったはずの英雄は限界を迎えていた。
そんなボロボロの探索者を覗き込むように、アホ毛を揺らしながら気の抜けた声が降ってくる。
「ね、ねぇ探索者ちゃん。この前話してくれた世界線が〜とかの話の続きだけどさ…今の状況マズイんじゃないの?」
ホシノが、少しだけ引きつった苦笑いを浮かべて首を傾げた。
「マズイどころの話じゃないっす。俳句で表すなら『オワオワリ。私の人生。オワオワリ』です」
焦点の合わない虚無の瞳で天井を見つめ、探索者は一切の抑揚がない声で一句詠み上げた。そのあまりに投げやりな絶望の表現に、先生は思わず冷静なツッコミを入れてしまう。
"……俳句って季語無いと駄目じゃない?"
「私の人生は全ての季語を含む万能素材なので俳句です。異論は認めません」
食い気味に放たれた謎理論による完全論破。有無を言わさぬその圧に、先生は返す言葉を失って口をパクパクとさせる。
「…プラスに考えましょう。恐らくクソ強化されてる守護者を倒せてるんです……そう思いましょう」
「…声震えてるけど」
「こんな事になるなんて予想つきませんからね!!」
カヨコの声に泣きそうになりながら、探索者は絶望の淵で虚空を見上げた。
『あの……探索者さん?』
スピーカー越しに聞こえてきたリンの声は、困惑と諦念が入り混じり、どこか引きつっている。
「はいなんですか行政官、私は三途の川渡りかけてたら急に戻されて、また三途の川に二度漬けされそうな探索者ですけど!!」
『いえ…今報告すべきか迷いましたが…貴方なら状況を理解していそうなので…』
「したくもないですけどね!! んでなんですか!!」
『…守護者、残り1体となりました』
「「「「…………」」」」
病室内に、今度こそ誰も言葉を発せない沈黙が落ちた。
「……は?」
探索者の口から、間抜けな声が漏れ出る。
"ちょっと待てリンちゃん! 今『残り1体』って言った!? 3体沈んだ時点でまだ4体目倒した報告なんて誰もしてないよね!?"
先生が慌ててスマホに向かって叫ぶと、リンの深々とした溜め息がマイクを拾った。
『ええ。私達も耳を疑いましたが…何やら『黄色いタコのような生物』と『刀を携えた褐色肌の男』がそれぞれ『ホド』と『ケセド』の2体の守護者を討伐したという情報が……』
「…………」
「おう。やっぱりアイツもいやがるのかぁ」
「冗談じゃない……勘弁してください…本当に……」
探索者は両手で顔を覆い、今度こそ完全に魂が抜け出たような声で呟いた。もはや涙すら出てこない。
「で、でもまだ後一体残ってるんですよね!!」
『え、ええ。遺された第六サンクトゥム、ペロロジラは…』
「……どうしました!? 行政官!!」
『……何かロボがいます。しかも2体』
「はぁ!?」
探索者は急いで病室の窓へ駆け寄り、第六サンクトゥムが存在する方角へと目を向けた。
そこには、今まで見たこともないような巨大なペロロジラが佇んでいた。そして目をよく凝らすと、その巨体の周りを恐ろしい速度で縦横無尽に飛び交う、白の機体と真っ黒い機体の姿があった。
「………」
「ね、ねぇ…あれって…勘違いだったらあれだけど……リホの機体に似てない?」
モモイが引きつった顔で窓の外を指さす。
「りほの機体のもとですぅ…みまちがえるわけがないぃ……」
青ざめた顔で窓にへばりつき、声すら震わせながら首をブンブンと横に振った。
「なんでイレギュラーとc変異パルスが居るんだよ……!!ルビコンに帰れや…!!」
探索者は血吐く勢いで窓枠を叩きながら叫ぶと、そのまま力尽きたようにズルズルと床へ崩れ落ちた。
「もうむりいぃ……おうちかえりたいぃ……」