本船に着くと、オペレーターを担当する生徒たちの衣装が一新されていた。間に合ったのか、エンジニア部……
全体的に白を基調とし、先生の要望にもあった制帽がオマケについている。発案者であるハナコはノリノリだが、案の定と言うべきか、大半の生徒は恥ずかしそうに不満を口にしていた。
「因みに、この衣装は着用者の脳波や脈拍など、身体のコンディションを記録し——更には、任務遂行に支障が出ないよう、サポートする機能も搭載しております」
「他にも、防炎・防爆・防水などなど——様々な機能が盛り達山の、『オペレーター専用装備』だと思ってください♪」
胸を張って胸元のデザインをアピールするヒマリの説明に、探索者は感心したように顎を擦った。
「機能性は抜群なんだな……私の着てるスーツみてぇだ」
「ちなみに、この衣服は貴方のスーツから着想を得て作られたものですよ?」
「……は? いや、許可出した覚えないけど?」
探索者は困惑の声を上げる。だが、こんな芸当をしでかす元凶には、当然ながら心当たりがある。視線を向ければ、案の定の光景が広がっていた。
「……エンジニア部かよ。窃盗罪で後で訴えるか」
探索者がすさんだ目でぼやいている間にも、ブリッジの空気は徐々に緊迫したものへと変わっていく。
「今から私達は『ウトナピシュテムの本船』に乗り、キヴォトスの上空75,000mにある『アトラ・ハシースの箱舟』に突入……」
リンが毅然とした立ち姿で、画面と生徒たち交互に見据えながら宣言する。
「箱舟を占領し、機能を無力化——そして、無事地上に戻らなくてはなりません」
「それでは、点呼を取ります——」
「オペレーター、浦和ハナコ、天雨アコ」
「オペレーター、奥空アヤネ、早瀬ユウカ」
「オペレーター、鬼方カヨコ、明星ヒマリ」
「オペレーター、由良木モモカ、岩櫃アユム」
「……そして私、『ウトナピシュテムの本船』の統括責任者——七神リンです」
"宜しくね、皆"
先生の温かな声がブリッジに響く。
「『ウトナピシュテムの本船』の発進後、地上で航空管制及び技術支援を担当するのは——」
「ミレニアムサイエンススクールのヴェリタス、音瀬コタマ、小鈎ハレ」
「小塗マキ、各務チヒロ、そして——」
「エンジニア部、猫塚ヒビキ、白石ウタハ、豊見コトリ」
「箱舟の突入後、襲撃に備え占領戦のサポートをするのは——」
「アビドス対策委員会の小鳥遊ホシノ、黒見セリカ、十六夜ノノミ、それと、シャーレ所属探索者」
「よ、宜しくお願いします…!」
「おっけ〜任せなって」
「よし、準備は完璧!」
「うんうん! 皆でシロコちゃんを見つけ出しに行きますよ!」
「私は全体の補佐ですけどね」
探索者は死んだ魚のような目のまま、あくびを噛み殺して手だけを適当にひらひらと振った。
「……そして」
リンが次のモニターに視線を移す。
「現在、この船唯一の武装であるレールガンの所有者、ゲーム開発部の天童アリス——」
「そして、才羽モモイ、才羽ミドリ、花岡ユズ……こちらの4名が、占領戦のサポート及び力を貸してくれるとの事です」
「よ、宜しくお願いします……」
恐縮しきりといった様子でペコペコと頭を下げるゲーム開発部。
「はぁ……しょうがない、私が面倒を見ればいいのね」
リオが頭を悩ませながら、心配そうにに言い放つ。
「……絶対に無茶は禁物よ。安全が最優先だからね、いい?」
まさかのゲーム開発部参戦。だが彼女たちはこれまで、メイド部やリオ、数々の規格外な強敵に立ち向かってきた実績がある。侮るわけにはいかない戦力だ。
「そして最後に——」
リンが最後に読み上げた名簿に、ブリッジの一角から威勢のいい声が上がった。
「皆さんの食事を担当する、ゲヘナ給食部の愛清フウカと……美食研究会」
「……ちょっとマテ茶」
「何でテロリストが乗ってんだよ……」
探索者の顔から一切の感情が消え去り、大気圏外へ向けた最終作戦の直前、彼は心底胃が痛そうに額を押さえるのだった。
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「……ラーメンフウカ。巻き込まれた君のことは明日の晩飯までは忘れない」
"めっちゃすぐに忘れてるね"
先生の素早いツッコミが飛ぶ。
探索者が聞いた話によると、何でも美食研究会が宇宙食に興味を示し、いつも通りフウカが巻き添えで拉致されてきたとのことだった。宇宙空間で爆破テロを起こされないことを祈るばかりである。
「……ま、戦力は多いに越したことはないのでね。後、皆手出してください」
探索者は呆れ交じりに息を吐くと、ポケットから小さく折りたたまれたシートを取り出した。
疑問を浮かべながら素直に手を差し出す一同に対し、彼は一人ずつその手の甲へと何やらシールのようなものを貼っていく。
そこに描かれていたのは、歪んだ星型の中に不気味な瞳が刻まれた、奇妙な意匠だった。
"これは?"
首を傾げる先生に、探索者は死んだ魚のような目を向けたまま平然と答える。
「古い印。エルダーサインって奴です。おまじない程度ですが」
「おまじない……?」
胡散臭そうに自分の手元を見つめる生徒たちを余所に、探索者は自分の手の甲にも同じ印を手慣れた動作で貼り付けた。
「本当に気休め程度ですが、邪の付くものから護ってくれます。後、運も向上して、なんとなく全てが上手くいく気がしてならなくなりますよ」
「絶対うそだぁ……」
モモイが自分の手の甲に貼られた怪しげな目をじーっと見つめながら、引きつった声を漏らす。
「ていうか先生! 『なんとなく全てが上手くいく気がする』って、ギャンブラーが負けが込んでる時に言う一番危ないセリフだよ! 大丈夫なのこれ!?」
"まあまあ……探索者なりの壮行の儀式みたいなものだから"
苦笑いしながらフォローを入れる先生だったが、当の探索者は死んだ魚のような目のまま、どこまでも飄々と肩をすくめてみせた。
「なんだよ、せっかくの好意を疑うのかね。神頼みもプラシーボ効果も、信じたもん勝ちだぞ」
そう言って自分の手の甲の印をぽんぽんと叩くと、探索者は懐からある液体を取り出す。
"それは?"
「私専用のお守りです。名前はフェリックスフェリシス。幸運薬だなんて呼び方が一般的ですかね」
"そんなのがあるんだ…"
「ま、ほぼプラシーボの産廃ですけどね」
小瓶の中でゆらゆらと揺れる黄金色の液体を、探索者は見つめたまま、躊躇なく一気に喉へと流し込んだ。
「あぁ、後もう1つ。全員分の墓場は準備しといたので問題ないですよ。葬儀もうちの支配人が進めてくれるので安心です」
「ちょっと!? 縁起でもないこと言わないでよ!?」
ユウカの絶叫に近い批判がブリッジに響き渡る。しかし、探索者はどこ吹く風といった様子であっけらかんとした表情を浮かべていた。
「何かあったときは基本死ぬ時ですから、墓場ぐらい用意しといたほうが良いですよ。死ぬ前に墓石決めてなかったじゃあ未練が残るので」
「そういう問題じゃないでしょ! 今から死地に飛び込むのに、なんで手配完了みたいな顔で報告してくるのよ!」
額に青筋を立てて怒り狂うユウカを余所に、探索者はポケットの手応えを確かめるように軽く肩をすくめた。
「意図的に退路を切ることで目の前の事象に集中する…まぁ私達なりの『背水の陣』って奴です」
「言い方! それに背水陣の張り方が極端すぎるのよ!」
なおも頭を抱えて抗議するユウカを後目に、探索者はフッと口角を歪めた。
「死んだ後の心配が要らねぇなら、あとは生きて帰ることに全脳みそを使えるだろ。死んだ後のことまで考えながら戦うなんて、二度手間もいいところです」
「……相変わらず、理屈が物騒なんですよ」
呆れ果てたように呟くリンだったが、その口元にはかすかに緊張の解けた笑みが浮かんでいた。
「それじゃ、最後にこれですね」
そういうと、手元に持っていた大きめのバックから皿を取り出していく。それは何も飾られていない素焼きの碗であり、どこか古風で無骨な雰囲気を醸し出していた。
「な、なんです? 今度は……」
警戒心を隠さないユウカに、探索者は素焼きの碗を1つずつ手渡していく。
「ただの土器ですよ。盃の代わりです。水でもジュースでもいい、そこに各自飲み物を注いでください」
「……盃?」
首を傾げるハナコやアコたちを余所に、探索者自身も手元の碗に水の残りをなみなみと注ぎ込んだ。
「これから飛び込むのは高度7万5千メートル。失敗すれば宇宙の塵、成功しても敵の本陣で殺し合いです。文字通り、生き死にの境目を越えることになる」
「だからこそ——水杯ですよ。生きて戻れりゃ笑い話、死に晒したらこれが最後の杯です」
「だから不吉なんだって!!」
「不吉?神聖な儀式ですよ。一度口をつけた盃は、それだけで穢れる。だから最後に土器を割って、ここから先は後戻りしないと決めるんです」
モモイの必死の抗議に対しても、探索者はまるで「今日の昼飯は何にする?」とでも尋ねられたかのように、どこまでも平然とした顔で首を傾げてみせた。
「……え、何かおかしいこと言いました?」
「もういいよ…」
モモイはがっくりと肩を落とし、これ以上ツッコむ気力すら失ったように顔を覆う。
「全員盃を掲げて」
探索者が淡々と促すと、呆れ果てていた生徒たちも、諦めたような、どこか覚悟を決めたような苦笑いを浮かべながら、手元の素焼きの土器を静かに掲げた。
「我ら死地にて生を拾う者。目標は全員生還!乾杯!」
各々の飲み物を一気に飲み干すと、誰からともなく、空になった盃を床へと強く叩きつけた。
ガシャァン!! パリン、ガシャガシャァン!!
ブリッジ内に乾いた破砕音が力強く鳴り響く。飛び散る素焼きの破片が、退路を失わせる。
「んじゃ片付けしましょうねーさすがにこのままってわけにもいかんし」
あまりにも感動的な決意表明の直後、探索者はどこからか取り出した箒とちりとりをカサカサと鳴らしながら、何事もなかったかのように腰をかがめた。
「……雰囲気を!! ぶち壊すんじゃないよッ!!」
「いいじゃないっすか。あっ!そうだ。忘れてた。あと私男なんでよろしくお願いしますね。顔はこんな感じですよ〜」
探索者はそう言いながら、己の顔面へ手をかけると、ペリペリと音を立てて皮を捲り上げた。
「ひぇっ!?」
セリカが短い悲鳴を上げて跳びのく。
捲り取られた「顔面だと思っていた皮」は、みるみるうちに意匠を変え、禍々しくもどこか愛嬌のある青鬼の面へと変貌を遂げた。そしてその面の陰から現れたのは——引き締まった口元と鋭い目つきを持つ、間違いなく人間の男の顔だった。
「……は?」
ブリッジ内が一瞬で静まり返る。
素焼きの盃を割った余韻も、宇宙へ飛び立つシリアスな空気も、すべてがその「顔面剥ぎ取り」によって完全に崩壊した。
「……ちょっと待ちなさい」
ユウカが引きつった笑顔のまま、こめかみに太い青筋を浮かべて一歩踏み出す。
「男だとかそういう以前に……何なのその怪奇現象!? 顔皮を剥いだら青鬼の仮面になって、その下から別の顔が出てくるってどういう構造!? ていうか、なんで今の今までそれ隠してたのよ!!」
「色々あったので。そっちの方が親しみやすかったでしょう?声も変えるの面倒くさいんですよね」
男は悪びれる様子もなくケロリと言い放ち、手際よくちりとりのゴミをポリ袋へと放り込んだ。
「『いろいろあったので』で片付けられる規模の変装術じゃないでしょうが!!」
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"…ねぇ、探索者"
「はい、なんでしょう」
空になった小瓶を指先で弄びながら、探索者は淡々と応じる。先生はどこか遠くを見つめるような瞳で、静かに問いを投げかけた。
"君は『2つ目の古則』についてどう思う?"
「……『理解できないものを通じて、理解を得ることが出来るのか』……でしたっけ」
「……そうですねぇ……」
探索者は視線を天井のモニターへ向け、すさんだ溜息をひとつ吐き出した。
「……個人的な意見ですが、得られるとは思います。ただ、その後の生活が、精神がどうなるかは別としてね」
「私の経験則ですが…人間、理解できないものに直面して、死にそうになった時、頭はめちゃめちゃ回転して、それを理解した気になります。それで窮地を脱することが出来ることもあれば、全部理解できてなくて死ぬこともある」
「でもね。窮地を脱することが出来たとしても、それを完全に理解した訳じゃない…そう思ってますね」
「例えある事件の全ての情報を見れていても、その物語の登場人物にはなれない。当事者じゃないんです。当たり前のことですが、皆このことを忘れがちなのでね」
「……でも、完全に理解できなくても、理解へ近づくことはできる」
「だから私はアラを探し続ける。生き残るために」
「……こんな感じですかね」
どこか他人に語り聞かせるような気怠げな口調で締めくくると、探索者は鼻で小さく笑い、肩をすくめてみせた。
"うん、ありがとう"
先生は探索者の言葉を静かに受け止め、温かな笑みを返した。
その直後、ブリッジの照明が明滅し、船全体が重低音とともに震え始める。それまで沈黙を貫いてきた船のシステムが、まるでこの時を待っていたかのように次々と目を覚ましていく。
「メインパワーの起動を確認しました!」
「メインコントロールシステムの稼働、完了……!」
「各エリアの通信システム、演算システムのチェック、オールクリア……ここまではマニュアル通り、ばっちりだね」
オペレーターたちのハキハキとした声が怒涛の勢いでブリッジに交錯する。
「エンジンシステム、クリア」
「多次元解釈システムのチェック、クリア。オールクリアです」
「管制システムチェック、オールクリア。よし! これで全部使えるわよ!」
モニターに並ぶ無数のシステムメーターが緑色の正常値で埋め尽くされていく。高度7万5千メートル、狂気と死が渦巻く次元の狭間へ殴り込むための翼が、ついに完成を迎えた。
「発進準備、完了! 命令待機中です!」
「先生、発進の号令をお願いします……!」
リンの真摯な眼差しを受け、先生は力強く前を見据えた。
「これより『ウトナピシュテムの本船』——離陸します!!」
"宇宙戦艦『ウトナピシュテム』、発進!!"
先生の叫びに応えるように、船全体が激しい咆哮を上げた。窓から見える外の照明が目も眩むほどの輝きを放ち、圧倒的な推進力が乗員全員の身体をシートへと押し付ける。
地上の砂を吹き飛ばしながら船は浮かび上がる。轟音が聴覚を満たす。
「高度上昇…現在、780m!」
「多次元解釈システムの起動は今でいいのよね?」
「計算は終わりました。ハナコさん、お願いします」
「計算完了…多次元解釈システム、起動します!」
"……ッ……"
(……マズイな……負荷かかりまくってる)
探索者かろうじて直立を保っている先生の異変を鋭く察知した。
先生に負担が掛かっている。体が震え、冷や汗を流し、あからさまに正常ではない状態。
"ちょっと乗り物酔いがね…"
「…申し訳ありません。もう少しの辛抱です」
「しゃーないっすねぇ…『罪の天秤』」
探索者はその様子を見かねて芯火から天秤を取り出す。それは過去に風紀委員会を圧で圧倒したアーティファクト
「…『天秤は均衡を保つ、重りは罪、皿は魂、己が正義を誇るなら、その身の潔白を以て証明せよ。長き鳥はその秤を見物するだろう』」
ブリッジの空間に響いた瞬間、目に見えぬ歪みが天秤の皿へと収束していく。先生の身体を蝕んでいた超常的な負荷と歪みが一時的に秤へと肩代わりされ、ゆらりと傾いた。
「ふう…これ結構キツイな…」
"…っ!?"
荒かった先生の呼吸が、ふっと軽くなる。
「私と先生。5:5で、負荷を分けました。だいぶ楽にはなったでしょう?」
自らの肩を軽く回しながら、探索者は平然と言い放った。その額にはうっすらと汗が滲み、呼吸も僅かに乱れているものの、立ち姿には一切のブレがない。
"……負荷を分けたって……君、大丈夫なのかい……!?"
驚愕と心配の混じった視線を向ける先生に対し、探索者は肩をすくめて息を吐き出した。
「大丈夫に見えないなら、そっちの目が霞んでる証拠ですよ。ドリームランドに行った時に比べたらだいぶマシです。トイレでワルツが踊れますよ」
「システムの正常動作を確認!」
「現在、私達のウトナピシュテムの本船は、箱舟と同じ『確率的な存在』となりました」
「えっと、どういう事?」
モモイの素朴な疑問に、ミドリが画面を凝視しながら補足する。
「多分だけど…確率的に存在可能なあらゆる宇宙に、私達が同時に存在する…って事だと思う」
「並行宇宙というものがあれば、ですが」
「あはは…次元パラドックスが発生しないといいのですが…」
「大丈夫。もしそうなったとしても、衛星の一つとしか認知されない筈よ」
「雑談はそこまでに——航路の目標設定をお願いします」
「目標高度75,000mにある箱舟までの航路を計算…設定、完了」
リンの指示にアヤネの手が素早く動き、モニターに巨大なベクトルが表示された。
「うおっ…」
「わ〜、めっちゃ揺れる…」
「も、もう少しだけ耐えてください、先生。探索者」
「これより、『アトラ・ハシースの箱舟』に向かって加速します」
「うわっ、皆しっかり捕まってね! マニュアル通りなら、尋常じゃない速度が出る筈だから!」
「最大出力…加速します!!」
アヤネがレバーを前に向け全力で引いた瞬間——
「ヤッベ───」
探索者の意識は暗闇へと引きずり込まれた。