「『冥符「紅色の冥界」』!!」
「『天罰「スターオブダビデ」』!!」
「『幻世「ザ・ワールド」』!!」
「『紅符「スカーレットシュート」』!!」
「『火水木金土符「賢者の石」』!!」
「『魔符「スターダストレヴァリエ」』!!」
変身をしたところでやることは変わらない。ただ切って断って、殴ってスペルカードを使用するだけ。
縁ももう残っていない。それでも食らいつく。
漆黒と赤銅の装甲を纏いながら、なおも吐き出される無数の弾幕と不条理な概念の暴風。ナイフを投げ、空間を歪め、元素の理を叩きつけるその様は、ヒーローの戦い方なんて美しい代物からは程遠い。
ただの悪あがき。システムを汚す泥臭いバグの、惨めなまでの執着だ。
けれど、その支離滅裂なスペルカードの輝きの一つ一つに、僕がかつて誰かと笑い合い、怒り、泣き、命を懸けて駆け抜けた「世界の記憶」が、最後の一滴まで絞り出されていた。
「縁が消えても……僕が消えても……!! この爪痕だけは、お前の中に残してやる!!」
「『呪詛「ブラド・ツェペシュの呪い」』!!」
「『紅符「スカーレットシュート」』!!」
「『禁忌「クランベリートラップ」』!!」
「『禁忌「レーヴァテイン」』!!」
……もう縁はほぼ残ってない。次で決めなきゃチャンスは無い
『…次で最後だね。決着をつけよう』
「あぁ!! そうだなぁ!!」
縛り変更!! 奈落だ!!!
僕の生命維持を5分に設定!!
そのかわりに全ての正義を集約!!
それは、僕自身の正義なんかじゃない!!
僕がこれまで見てきた、数え切れないほどの人間たち!!
仲間も。敵も彼らには、彼らなりの『正義』があった!
誰かを守るために剣を取った奴がいた!
誰かを救うために悪を選んだ奴がいた!
世界を守るために、誰かを切り捨てた奴もいた!
正しかったかなんて、僕には分からない!
でも――
あいつらが、それぞれの信じるもののために戦ったことだけは知っている!!
だから!!
今の僕には追い風が吹いている!!
その覚悟に答えよう!!
伸ばし損ねたあの日の手を!!!
凡人でも!!
誰にも覚えていられなくても!!
世界を救うことは出来ると!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
命のカウントダウンが、脳裏で無情に刻まれ始める。
5分。いや、この一瞬にすべてを賭けるなら、数秒あれば十分だ!
自らの命の芽を自ら摘み取る「奈落」の制約。その代償として覚醒する、絶大なる概念の収束。
かつて手のひらから零れ落ちていった無数の「あの日」の記憶——救えなかった誰か、届かなかった指先、届かなかった叫び。
それらの後悔と無念のすべてが、純粋な「正義」の輝きとなって、僕の全身から溢れ出る蒼白い芯火と、ゼロノスの黒き装甲へと雪崩れ込んでいく。
天才じゃない。特別でもない。
ただの
だけど——そんな僕だって、この命の最後の5分間を燃やし尽くせば、世界を救うヒーローになれるんだってことを、お前に刻み込んでやる!!
「失うものは生憎と!!地上の墓に置いてきたんでなぁ!!!」
相手に何もやらせない。
反撃の隙どころか、息を吸う猶予すら与えない。
切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る、切る!!
『奈落』の制約が命を削り落とす5分間のカウントダウンの中、六花月の白き刃が残像すら置き去りにして神の装甲を何度も、何度も、何度も叩き切る!
「『魔砲!!ファイナルマスタースパーク』!!!」
先端から放たれる、全てを解体する極大の極彩光線。世界の理すら焼き尽くす圧倒的な熱量が、神の視界の全てを塗りつぶす。
当然、避けられる。
でも——それでいい!!
「『夢想天生』!!」
回避したその着地地点、神の身体が次の動作に移るほんのわずかな「軸」のブレ。そこへあらかじめ置き去りにしていた八つよ陰陽玉が、逃げ場を完全に塞ぐ絶対の檻となって全方位から襲いかかる!
『なっ……!?』
神の口から、ついに余裕の消えた驚愕の声が漏れた。
光弾が爆発し、神の体勢が大きく崩れる。
行ける!!勝てる!!
後は六花月で!!!
『…惜しいな。もう二手だ』
ズドン、と世界そのものが落ちてくるような重力が僕の全身を襲った。
「ぐっ……ぁぁぁッ!?」
行くはずだった六花月の刃が、寸前で途絶える。
『…後二手…足りなかったようだな』
二手…二手……
「んなもん知ってるよぉ!!!『スカーレットディスティニー』!!!」
世界が、空が、血のような紅に染まる
『なっ…!?』
そりゃ驚くよなぁ!!あの2つが最後だって思うよなぁ!!!
実際ラストワードだ!!かなり無茶してる!!縁だけじゃ足りなかった!!
右腕の感覚がない。左足も、もうまともに動かせない。
でも、残っている。
意識だけは、まだ俺のものだ。
残念ながらこちとらひねくれ者の探索者!!!
神の意志に従うことはあっても、意識までは取られたりしねぇ!!!
「『秘弾「そして誰もいなくなるか?」』!!」
『くっ…!』
そうだよなぁ!! 誰だってギョッとしたら逃げるよなぁ!! 誰だってそうだ!!
画面の向こう側の神様だって、予測不能な最悪の手札を叩きつけられりゃ、反射的に身体が退避行動を取っちまう!
存在そのものを全方位から消し飛ばす理不尽極まりない弾幕の暴風が、紅い世界の虚空を完全に埋め尽くす。
『しまっ……!?』
「遅ぇんだよ、神様ァッ!!」
回避した先、後退したその軌道すらも、最初から僕の仕掛けた手札の「前振り」だ。
「晴天大征」
綺麗な詰み筋なんて最初から考えてねぇ。
相手の驚きを誘い、嫌がり、逃げたその一瞬の足跡に、泥臭く罠を張り巡らせる。悪あがきで幾重もの死線をくぐり抜けてきた、最悪なプレイヤーの立ち回り!
「流転と、手向けを、以って終極と至る」
「
「我が窮極の一太刀」
「我、盲目の正義を翳す……!!!!」
「【
『舐めるなよ!!小童!!!』
咆哮。
絶対なる「システム」の理を脱ぎ捨て、一人の愚直な剣士として覚醒した神が、デンガッシャーを咆哮とともに振り下ろす。
紅く染まった世界の中央で、二つの意匠が、二本の刃が、世界の全てを灼き尽くす閃光となって正面衝突した。
空間が歪む。次元が爆ぜる。
完全に防がれた
でも
「あぁ、よく知ってるよ『QED「495年の波紋」』」
防がれることなんて、百も承知だ。
神様が全力で振り下ろしたその力、その衝撃、その防御の運動そのものが、このスペルカードの
これだけの縛りを背負って、ようやく――本物に届く。
…これで本当に、誰からも忘れ去られ何者でもなくなる。
でも後悔はなかった。
『…見事!!!』
波紋が神の躯を内側から穿ち、赤い装甲が激しく炸裂する光の中で、神の絶叫に近い賛辞が響き渡る。
その声にはもう、世界を管理するシステムとしての冷厳さも、絶対者としての驕りもなかった。
「ハ……ハハ……お粗末様……」
崩壊していく視界の中、ゼロノスの赤銅色の仮面が粉々に割れて散っていく。
残りは3分ほど、二分にも満たない激闘。
トドメを刺さなくては
息の根を止めなければ、僕の「誇り」は戻ってこない。
「……ハ……ぁ……」
………
『どうした?トドメを刺せ』
「……生憎と」
「俺は不必要な殺しは……やらない主義でね」
『…』
「どーせ僕はもうじき死ぬ……ならば……俺が死んだらお前は狙う理由が無くなる……お前を殺す必要はない」
『…なぜ……それならばこの戦闘も…しなくては良かったではないか!!!』
神の声が激昂に震えた。
命を削り、存在を燃やし、
神の頭脳には、その選択が完全なバグにしか見えないのだ。
「…あったさ」
割れた仮面の隙間から、血の混じった吐息が漏れる。
「お前を殺すためじゃない……僕に『俺という人間の答え』を示すために、この戦いは必要だったんだよ」
理不尽なシステムに与えられた運命じゃない。誰かの書いたシナリオでもない。
自分の命の使い道を、自分の意思で決め集約させる。
たとえその先で命が尽きようとも、神の言いなりになって消えるのではなく、自分の足で立ち、己の誇りのために抗い切ってみせる。
「
『奈落』のカウントダウンが静かに刻まれる中、僕はボロボロの身体のまま、神を見据えて穏やかに笑った。
…先生達に加勢しなくては……
出口どこ…?
一気に脱力した頭の隅で、ふと我に返る。
神をねじ伏せ、カッコよく命の使い道を語り、誇り高く散っていく……はずだった。
なのに、残された『奈落』の3分間が、虚しくも残酷に刻まれ続けている。
死ぬ覚悟は完了している。
なのに、僕の身体はまだ動いていて、脳の片隅に残った「先生たちのピンチ」という情報が、遅れて警告音を鳴らし始めたのだ。
「待って……僕、あと3分しか命がないんだけど……!?」
さっきまで世界を燃やし尽くす勢いだった『スカーレットディスティニー』の真紅の霧は、戦いが終わったことで虚しく晴れていき、そこにはただ、ビル街ではなく何もない無の空間が広がっているだけ。
ドアもない。光もない。出口の『で』の字も見当たらない。
『……君という奴は……どこまで計算外なんだ……』
「ヤバイッピ!!死んじゃうッピ!!流石にダサすぎるッピ!!」
さっきまで「俺の誇り」だの「盲目の正義」だのカッコよく語っていた男の姿は、そこにはもう無かった。
『奈落』のカウントダウンは容赦なく「2分15秒」を刻んでいる。
格好良く刃を引いて神様を改心させた(?)はいいものの、このまま出口も分からず虚空で独り寂しく消滅するのは、あまりにも、あまりにもダサすぎる!
「神様!! おい神様!! 落ち込んでないで出口作ってッピ!! 先生たちのところに送って!!」
『……君は、僕をねじ伏せた英雄として静かに消え去る気は無いのか……?』
「あるわけないだろ!! 最後の数分で先生たちの背中を押して『じゃあな!』って消えるのが一番映えるんだよ!! 絵を考えろ!!!! 早くして、命がッ!! 命が溶けてる!! 命が勿体無い!!!」
『はぁ……らしいねえ…君は』
そう言うと神様は僕に何かの術をかける。
『報酬だ。君が自分で時間を動かすと決めるまでは君の体の時間を止めてあげる』
言葉と同時に、全身を駆け巡っていたあの凄まじい熱量と、脳裏で鳴り響いていた死のカウントダウンがピタリと止まった。
血を吐き出しそうだった呼吸が穏やかになり、サラサラと崩れかけていたゼロノスの赤銅色の装甲が、まるで時が凍りついたかのようにその形状を留める。
「……折角なら復活でもいいのよ?」
『君、望んでないでしょ』
『それに』と神様は、呆れたように苦笑交じりの声を添える。
『奇跡の生還なんて綺麗なハッピーエンド、君の性分に合わないだろう? 命を削り切って、残された数分で怒涛の足掻きを見せて、見事に散っていく……それこそが君の言う「一番映える絵」なんじゃないのかな』
「ぐっ……!!」
図星を突かれて、言葉が詰まる。
確かにそうだ。死ぬのが嫌で騒いだわけじゃない。
『奈落』の代償を踏み倒して都合よく生き残るなんて、ここまで自分の泥臭い意思で紡いできた物語の「美学」が台無しになる。
欲しかったのは生き延びるだけの未来じゃない。
最後まで自分の意思で選び取り、一番カッコよく舞台を降りるための「最高の引き際」だ。
「はぁ…まぁそうなんだけどさ…」
『それじゃあ頑張って。勇敢な探索者』
「うるせー!やっぱどの世界でも神はクソだ!!」
憎まれ口を叩きながら、僕は光の亀裂へと飛び込んだ。
背後で神様が『フッ……』と満足そうに鼻で笑った気配がして、虚空の空間が静かに閉じていく。
次元の歪みを通り抜けた瞬間、全身の皮膚を灼くような気配と、耳を裂く激しい戦闘音が鼓膜を打った。
重厚な硝煙の匂い。そして——
プレナパテスの前で膝をつく黒いシロコの姿があった。