……僕は望む、七つの祝福を
我々は覚えているジェリコの法則を
僕は知っているバベルが造られた事を
僕たちは見ている神が造られたのを
手の中の『シッテムの箱』が、僕の声に呼応して目も眩むような黄金と蒼の濁流となって輝き出す。本来なら奇跡を起こすための
でも
アーティファクトにおいては誰よりも知っている自負がある!!
「"■■■■■■■■"!」
その言葉を言った瞬間、少しだけ、ほんの僅かだけプレナパテスが笑った気がした。
……やっぱりか
確信なんてなかった。
けれど、言葉を知っていた。
奇跡を騙る術を知っていた。
人を信じることを知っていた。
「先生返す!!」
"えっ!?"
恐らくあの人が笑ったのは、そういう事だ。自分の命を賭してでも、生徒たちの未来を護り抜こうとした、もう一人の「大人」
彼が最後に残した意地と、僕が泥をすすってまで手繰り寄せた不条理な執念が、あの刹那に確かに重なり合ったのなら。
…感謝するよ。プレナパテス。
だから、君がそうしたように——僕も君の事を助けるよ。
君がその身体をボロボロにしながら守り抜いた彼女を、そして君自身が果たしたかった願いを、僕の最後の命を使って完成させてやる。
黒いシロコを背中に庇うようにして仁王立ちするその巨躯へ向けて、生徒たちの総攻撃が容赦なく浴びせられる。
そりゃ、そうだ。自らの命がかかってるなら尚更。
脱出のカウントダウンが刻まれる中、目の前の脅威を排除しなければ自分たちの未来もないのだから。
プレナパテスの真上で、崩壊する箱舟の主砲エネルギーと生徒たちの火力が混じり合い、絶望的なまでに膨大な破壊のエネルギーが蓄積されていく。
目の前で起きているその光景も、命がけで一心不乱に銃を撃ち続ける少女たちの姿も——
…そして、そのすべてをどこか高みの特等席から静かに傍観している気配も。
『…どうした。何故放たん』
頭上の虚空から、不快極まる耳障りな声が脳髄に直接響く。目を凝らし、プレナパテスをよく見てみれば、その巨躯の周囲を白く禍々しい概念の集団——無数の無機質な異形の神々が取り囲んでいるのが見えた。
『……馬鹿な』
『まだ自我を残しているというのか…?』
『……何故今になって…』
プレナパテスの身動きが止まり、生徒たちの総攻撃を受け止めながらも、背後の黒いシロコを護る姿勢を一切崩さないことに対し、白い影たちは嘲笑と狼狽の入り混じった声を上げる。
『っ! 巫山戯るな! あれはお前の生徒ではない!!』
『お前は色彩の嚮導者!!
『オマエの生徒はお前のせいで皆死んだ!!』
『お前が殺した!! お前が無能だから死んだ!!』
『今になって先生気取りか!! お前は何もなせなかった!!!』
絶望をなぞり、傷口を抉り、残されたわずかなプライドすらも土足で踏みにじるような汚口。
『お前の物語は終わったのだ!!!』
他人の命と選択を嘲笑い、神の気取りで高配から吐き捨てられる暴言。
——黙れ。
『っ!? 何故我々を…お前が……』
人の人生に土足で踏み込んでんじゃねぇよ。
『我々は──』
知らねぇよ。お前らの崇高な理念なんざ
だがな、俺の長い人生でよーく体験したことがある。
一歩、踏み込む。
それはな。
漢の決断に、人生を賭けた決断にチャチを入れる奴は神以下のゴミだってことだ
プレナパテスの巨躯が、ほんの僅かにこちらを向く。
そこに言葉はなかった。
『我々は名も無き神──』
ソレを切ったのと同時、先生が主砲を発射した。
──────────────────────────
先生の指先が素早く『シッテムの箱』の画面を滑り、光の粒子とともに生徒たちが一人、また一人と安全な地上へ転送されていく。
ゲーム開発部の四人、美食研究会の四人。
一人脱出するたびに、空間に揺らめく光の残光が静かに消えていく。残りは、6回。そして、今度は対策委員会の番だ。
"セリカ"
「ちょっと、先生!? 待ちなさいよ、先生は——」
言い切る前に眩い光がセリカを包み込み、その姿を空虚な闇の中へと浚っていった。
"ノノミ"
「先生……! 絶対に、みんなで帰りましょうね……!」
涙を浮かべたノノミが手を伸ばしながら光の中へ消える。
"アヤネ"
通信越しに叫び続けていたアヤネのデバイスが光り、彼女の叫び声とともに転送が完了する。
"シロコ"
「……先生。待ってるから」
短く、けれど強い信頼を込めた言葉を残し、こちらのシロコも光の中へ溶けていった。
"ホシノ"
「うへ~……まったく、頑固な大人が二人もいると……おじさん、安心しすぎて眠くなっちゃうよ」
ホシノは掠れた声で笑い、僕と先生、そして背後に佇む黒いシロコを交互に見つめた。
「……任せたよ、二人とも」
最後の光が弾け、ホシノの姿が完全に消え去る。転送の残数は、あと2回。
崩壊の加速度を増す『アトラ・ハシースの箱舟』の真っ只中には、崩れかけた僕と、先生、そしてプレナパテスの3人の「大人」が護り抜いた最後の生徒だけが残されていた。
先生は導かれるようにプレナパテスに向けて歩いていく。
"……プレナパテスが、何かを伝えたいみたい"
「……」
「貴方のせいじゃないよ。シロコ」
その声は驚くほど透き通っていた。
それが大人のやるべきことだから
幸せになりたい気持を否定しないで生きることを諦めて、苦しみから解き放たれただなんて悲しい事を言わないで
苦しむために生まれてきたなんて、思わないでそんな事は絶対にないのだから
どんな子どももそう思う必要なんて無いのだから
子どもの「世界」が、苦しみで溢れているのなら…
子どもが、絶望と悲しみの淵でその生を終わらせたいと願うのならそんな願いがまだこの世界にあるのだとしたら
それは……
その「世界」の責任者のせいであって、子どもが抱えるものじゃない
「世界の責任を負う者」が抱えるものだよ
たとえ罪を犯したとしても、赦されないことをしたとしても生徒が責任を負う世界なんて、あってはならないんだよ
いついかなる時でも、それは……子供と共に生きていく大人が背負うものだからね
「……」
「生徒たちをよろしくお願いします」
……どの世界でも教師ってやつは馬鹿ばっかだな
無言で頷いた先生は、手元のシッテムの箱を再び操作する。対象は…
泣いていたシロコ。
ま、だろうな。
「さあ……行けよ、シロコ。託された者としてな」
そう声をかけると、シロコは溢れる涙を拭う間もなく光となり、上空へ向かって転送されていった。
…残る脱出ポットは1つ。
崩壊を続ける船内で、僕と先生は静かに見つめ合う。
「…んで、俺が最後ですかぁ」
"そうなるね"
「一応聞きますが…俺の脱出ポットをかわりに使う気は?」
"ないね"
「でしょうなぁ……一周回って安心感を覚えるわ」
先生は困ったような、けれどすべてを悟ったような笑みを浮かべる。
"だって私の大切な人だからね"
「……つーか犠牲からなる平和なんてクソ喰らえじゃあないんですか?」
"それはそれこれはこれだよ。何度でも言うけど君は私の大切な生徒で、先生は生徒を守る為なら命を懸ける"
「botかな? でも生徒は俺よりもあなたを求めていますよ」
"君のほうが私よりもうまく先生やれると思うんだけどなぁ"
「……何言っても無駄ですかねぇ…ここまで頑固なのは昭和生まれだからかな?」
"生まれは平成だよ!"
「ふーん? でも髪の毛は昭和っぽいですよ?」
"な…ちょっとデコが広いだけだよ!"
「私はハゲてるなんてひと言も言ってませんが?」
"ぐっ!"
「"クハハッ!"」
最後の最後に繰り広げられる、いつも通りのくだらない軽口。
僕たちは互いに吹き出し、しばしの笑い声が崩壊する箱舟の静寂に溶けていく。
「んじゃ転送お願いします」
"まかせて! 安心安全に地上まで届けるよ"
先生はシッテムの箱のキーを強く押し込む。光の粒子が、私の傷ついた全身を優しく包み込み始めた。
"…それじゃあ……さよなら、探索者"
「…あぁさようならだ。先生」
その瞬間、瞬きとともに意識が一瞬にして刈り取られ——
──────────────────────────
——ハッと息を呑んで目を開けたとき、足元に違和感を覚えた。
ふと下を覗くと、先程まで立っていた箱舟の冷たく硬い未知の物質ではなく、荒涼とした砂地の地面であった。
「……な…なんで!!」
最悪の想像が頭をよぎる。
慌てて上空を見上げると、自分自身が船から脱出させられており、はるか雲の向こうに、さっきまで乗っていた『アトラ・ハシースの箱舟』のシルエットが小さく霞んで見えた。
「あ…アロナ! 何で彼じゃなくて私が転送しているんだ!!」
自分の胸元にあるシッテムの箱にしがみつき、アロナに向かって声を荒げて質問する。
しかし、アロナは困惑と悲しみの混ざった声でその問いに応じた。
『だって転送を選んだのは先生じゃないですか! 私は何度も忠告しましたよ!?』
「な…私が…?」
言葉が出ない。アロナの声なんて聞こえなかった……一体、なぜ……
その時、脳裏を稲妻が駆け抜けた。
なぜかは分からない。だが、記憶の引き出しから手繰り寄せられるように、彼との出会いが、そして彼が使っていたあの大規模な「欠陥品」と称する魔術——
自分の右手のひらに、いつの間にか一枚の紙片が固く握りしめられていることに気づき、震える指先でそれを開く。
カサッ
そこに殴り書きされていたのは、あまりにも彼らしい、不格好で歪なメッセージだった。
探索者は嘘つきで詐欺師。出会った時に学ばなかったのか?
「クソったれぇ!!!!」
次回:最終回