巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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主人公の定義

 

 

 

翌朝、アビドス高等学校の対策委員会室。

窓から差し込む朝日は無情なほどに明るく、それがかえって室内の重苦しい沈黙を際立たせていた。

 

昨日までそこにあったはずの「日常」は、机の上に置かれた2枚の紙によって、粉々に打ち砕かれていた。

 

 

 

 

 

「……ホシノ先輩が、いない」

 

 

 

 

 

セリカの震える声が、静まり返った部屋に響いた

シロコは無言で、机の上に置かれた1枚目の紙『退部届』を凝視している。丁寧な字で書かれたその紙は、まるで最初から決まっていた結末のように、そこに冷たく鎮座していた。

 

だが、その隣にあるもう1枚の紙は、それとは対照的に酷く殴り書きの、場違いな生活感を漂わせていた。

 

「……先生。これ、探索者さんの……」

 

アヤネが拾い上げたそのメモ書きには、短くこう記されていた。

 

 

 

朝起きたらこれが置いてあった。

私でも独自に調査をする。何かあればそちらに連絡する。

追伸:マヨネーズは使い切った。買い足しておけ。

 

 

 

 

"……"

 

先生はメモを手に取り、その筆跡を指でなぞった。

一見すれば無責任な書き置きだが、付き合いが短いながらも先生とアビドスメンバーには分かっていた。探索者が「朝起きたら」などという偶然に頼る女ではないことを。彼女は間違いなく、ホシノが去る瞬間を、その冷徹な観測者の瞳で見ていたはずだ。

 

「……探索者さんも、ホシノ先輩を追って行ったってことでしょうか」

 

ノノミが不安げに眉を下げて問いかける。

 

「独自に調査、か……あの人らしいわね。結局、私たちと一緒に動く気はないってこと?」

 

セリカが憤りを含んだ声を出すが、シロコは首を振った。

 

「……違うと思う。探索者は、私が……私たちが見ることができない『裏側』を歩いてる。ホシノ先輩が、誰にも見られたくなかった道を」

 

「ええ、それにこのメモ……よく見てください」

 

アヤネが指摘したメモの裏側には、座標が記された余白には、さらに小さな文字でこう付け加えられていた。

 

 

追伸:カイザーの狙いはホシノだけじゃない。お前たちが動き出す瞬間、奴らはアビドス本校を…土地を『空き巣』するつもりだ。

恐らく、このメモを見終わったすぐに襲撃が来る筈、戦力を分けるな。守りを固めつつ、攻めに転じるタイミングを見極めろ。

 

 

 

         死ぬなよ、先生

 

 

「……」

 

先生は窓の外、地平線の彼方にある砂漠を見つめた。

そこには、「大人」がまだ踏み込めていない、泥沼のような権謀術数と不条理が渦巻いている。

 

"……彼女は彼女なりのやり方で、ホシノを、アビドスを守ろうとしているんだ"

 

 

先生の声は静かだが、確かな信頼が籠もっていた。

 

"私たちは私たちの仕事をしよう。対策委員会として、ホシノを連れ戻すための準備を……探索者が『道』を切り拓いてくれると信じて"

 

「……ん、ホシノ先輩を、絶対に連れ戻さないと」

 

シロコが強く頷く。

机の上には、探索者が飲み干したのか、小さなサイダーの空き瓶が一つだけ残されていた。その底には、まだ少しだけ、夜の砂漠の冷たさが残っているようだった。

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「……さて。あのメモを見て、先生がどう動くか」

 

探索者はモニターの映像を、カイザーの拠点からアビドス高等学校の周辺警戒カメラへと切り替えた。

案の定、砂嵐に紛れてカイザーの無人機や工作部隊及びヘルメット団が、じわじわと学校を包囲するように展開を始めている。

 

「奴ら、ホシノを餌に本校まで一気に飲み込むつもりか…狡いやり方だが、効率的ではある……」

 

探索者は黄金の酒を最後の一口まで飲み干すと、カチカチと指先でテーブルを叩いた。

 

彼はホシノと別れた砂漠で、彼女の覚悟を尊重しつつも、その裏でカイザーが描いている「盤面」のすべてを読み切っていた。先生たちを座標へ誘導したのは、単なる情報提供ではない。敵の襲撃プランを攪乱し、先生という「指揮官」が最も効果的に戦える戦場を用意するための布石だった。

 

 

 

「…」

 

 

(……襲撃までには少しだけ時間がある…少し頭を整理しよう)

 

 

探索者はベッドへと身を投げ出し、天井を見上げる。

 

 

(…先生、あいつは一体何なんだ?いやまぁ俺も反省すべき点はいくつかあるが…)

 

 

(まず一番反省すべき点は天秤を使っちまったことだな…気分が乗ってたとはいえ、もう少し抑えるべきではあった。いくら異世界由来の反動で威力が減っているとはいえ、あの『圧』は、この世界じゃあ相性が良すぎる)

 

探索者が自己分析を始める

 

(あれは『差分』を叩きつける代物だ)

(積み重ねた総量の差を、そのまま『圧』として現実に出力する)

 

(想いも、行動も、覚悟も、経験も――それら全てを『確定した過去』として数値化し、天秤は残酷なまでの公平さを強いる)

 

 

(だからこそ、普通は覆らない)

 

 

(軽い側は、ただ押し潰されるだけだ)

 

(あの時も、針は振り切れていた)

 

 

 

(風紀委員の『規律』は確かに重かったが……)

 

(俺の側に乗っている『総量』は、それを上回っていた)

 

(だから、成立していたはずだ)

 

(……なのに)

 

(あの瞬間)

 

(天秤は"働かなかった”)

 

 

 

(止められたんじゃない)

 

(成立しなくなった)

 

 

(……何をされた?)

 

(干渉か?上書きか?……いや、違う)

 

(あれはもっと単純で、もっと性質が悪い)

 

 

探索者は、先生が天秤の『支点』に指をかけた光景を思い出す。

 

 

 

(……あいつ、“支点に触れた”だけだ)

 

 

(なのに……比較そのものが崩れた)

 

 

(……いや、待て)

 

 

(天秤が測るのはあくまでも“過去の総量”だ)

 

(積み重ねたものの重さ…確定しているものだけを量る)

 

 

(なら──)

 

 「確定していないものは、量れない」

 

 

ポツリと呟く

 

 

 

 

「……チッ」

 

 

 

 

(あいつは、逃がしたんだ)

 

(過去でも現在でもなく)

 

(まだ何も決まっていない“未来”へ。差分が『圧』として固定される前に)

 

(可能性の領域へと押し出したんだ。だから天秤は測る対象がなくなり効力を失った)

 

 

 

重さ(罪状)が確定していない以上、裁判は成立しない)

 

 

(だが、それはつまり──)

 

 

「……当然、誰かが、その責任を引き受ける」

 

 

 

(普通の人間は、あの天秤に触れた時点で終わりだ)

 

 

(俺の罪は、そんな軽いもんじゃない…なのにあいつは、理解した上で、立ってやがった)

 

 

 

 

 

 

探索者は、わずかに目を細めた。

 

 

(あいつが『支点』に触れた瞬間)

 

 

 

(あの場の全部を、自分の側に引き寄せた。罪も、意思も、その差分も)

 

 

(逃がしたんじゃない…先送りにして──自分の背中に乗せた)

 

 

「……あいつが、背負うつもりかよ」

 

 

(過去の精算でもない。今の解決でもない)

 

 

(未来に回して、その責任ごと抱え込む)

 

 

(……それが)

 

 

「……“大人のやり方”ってわけか」

 

 

 

(……理屈としては通る。だが、それが出来る理由にはならねぇ)

 

 

(普通なら、あの時点で壊れる。理解した上で立つなんて、あり得ねぇ)

 

 

 

(もしかして……都市の人間か?……いや、違う)

 

(あの手の連中は“理解できないもの”に対して、もっと露骨に距離を取る。あいつにはそれが無かった)

 

(財団職員……これも違う。異常に対する“慣れ”がない、あれは訓練された反応じゃねぇし、何よりあのスピーカーに嫌悪感を抱かなかった)

 

(魔術師……論外だ。魔力も痕跡も無い、あれは技術(テクニック)じゃない)

 

 

(なら……なんだ?あの天秤に触れて、壊れない存在……俺の罪を“理解した上で”立っていられる存在)

 

(んなもん、人間の枠に収まるわけがねぇ)

 

 

 

しばしの沈黙が部屋を支配する。

 

 

「……神、か?」

 

 

(……いや)

 

 

(違うな)

 

 

(神なら、もっと“楽に終わらせる”あいつは、“終わらせない”側だ)

 

 

そして、探索者は思い出す。

 

"彼女たちの『未来』を、君の『過去』で縛らせるわけにはいかないからね"

 

 

 

 

(ああ……)

 

(生徒たちの道を守るために、文字通り自分の体で未来を舗装したんだ)

 

(未来の責任を背負い、過去に縛られず立ち続ける。無謀としか思えないけど……あいつは、立った)

 

ゆっくりと、肺に溜まった熱い息を吐き出す。

 

 

(……あいつは“何者か”じゃない)

 

 

(……“そういう役割の存在”だ)

 

 

 

(最初から)

 

 

(ああいう風にしか在れない)

 

 

(そういう前提で、出来上がってやがる)

 

 

(……俺程度の思考じゃ、そうとしか結論が出ねぇ)

 

 

「……ふざけた話だ」

 

 

探索者は、吐き捨てるように笑った。

 

 

(運命に従って、わざわざ苦しい道を選ぶだと?そんなもん、美談でもなんでもねぇ…ただの自傷だ)

 

 

 

 

 

 

(運命なんざ、徹底的に踏み躙る。道が決まってるなら、ぶっ壊してでも逸れる)

 

(それでも駄目なら──)

 

 

(後は神に祈るだけ)

 

 

「……そっちの方が、まだ幾分マシだ」

 

 

 

 

(……だが)

 

 

探索者は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

(結果は重要だ。世界がどうなったか、それが全てを決める)

 

 

 

 

(だが──)

 

(そこに至る“過程”も、同じだけの価値がある)

 

 

(どれだけ綺麗な結末でも過程が歪んでいれば、それは敗北だ)

 

 

(どれだけ無様な結末でも過程が正しければ、それは間違いじゃない)

 

 

 

(……だが、そんなもんは、理想論だ)

 

 

(現実は違う。どこかで必ず──)

 

(どっちかが崩れる)

 

 

(救えば、歪む 守れば、取りこぼす。両方なんて、成立しねぇ)

 

 

「……だから切り捨てるしかねぇんだよ」

 

 

(何を切り捨てる どこまでを求める)

 

 

(それを決めるのが)

 

 

 

 

「探索者という生き方」

 

 

 

 

 

 

 

 

(……俺は何度もやってきた)

 

 

(守るために、捨てた。救うために、壊した)

 

 

 

(正しいはずのものを、自分の手で歪めてきた)

 

 

「……だから分かるんだよ」

 

 

(天秤は、正しい。過去の重さは、嘘をつかねぇ)

 

 

(だが、それでも──)

 

 

 

(未来を背負うことで、測定から外れた)

 

 

「……ふざけた存在だな」

 

 

(そんなやり方、続くはずがない)

 

 

 

(いずれ必ず、破綻する。大いなる力には大いなる責任が伴う)

 

 

 

(俺が"そうなってしまった"ように)

 

 

(……背負いきれなかったものが、どれだけあったと思ってる。なのに、あいつは)

 

 

 

(過程も、結果も)

 

 

 

「……出来るわけねぇだろ、そんなこと…人の身で」

 

 

 

 

探索者の脳裏に、ある一人の男が浮かぶ。

最善でも、最高でもなく──いや、正確には両方を兼ね備えた存在。

過去も未来も、結果も過程も、すべて自分の手の中で回すように整える。“最高最善の魔王”だ。

 

「…デタラメな魔王様以外には」

 

 

(…あの人はこれを王と自覚する前から言っていたのだから末恐ろしい)

 

 

だから探索者は、思わず苦笑する。

 

「……やってらんねー」

 

 

 

 

(だが、それを先生は人の身でやろうとしている)

 

 

 

 

 

「……愚かだ…愚かとしか言いようがねぇ……救いようがねぇほどに」

 

 

 

 

(だが)

 

 

 

(あの場で、誰も潰れなかったのは事実だ。俺の天秤も、風紀委員の規律も)

 

(全部、あいつ一人で受け止めやがった)

 

 

「……結果だけ見れば」

 

 

「“正解”かよ」

 

 

(続かない、続くわけない)

 

(あいつの立っている場所は、あまりにも脆い薄氷の上)

 

(一歩踏み外せば、そこにあるのは冷たい海なんてぬるいもんじゃない。あいつが先送りにしてきた、すべての『確定した絶望』の奔流だ)

 

(未来への先送りってのは、根本的な解決にはならない。ただの利息が鬼ほどキツイ『負債の積み上げ』になる)

 

(背負いきれないほどの質量になれば、その破綻は、三日天下よりも早く、あいつという存在を内側から食い破る)

 

 

 

 

 

 

(しかも……そのやり方は、相手が『救われる意思のある人間』だから通用する)

 

(ただ純粋に世界を滅ぼすためだけに存在する『終わり』を前にしても同じことをすれば…その瞬間に、論理は砂の城よりも脆く瓦解する。だから続かない)

 

 

(……そう考えるとあいつが歩いているのは、ただの薄氷じゃねぇ)

 

(自分の足元に爆弾を敷き詰め、その信管を相手に預けて『信じている』と笑ってやがる……いや、正確には、未来の重さごと先に背負っている)

 

 

 

(それを理解して初めて、あの行動の意味がわかる……それは教育じゃねぇ世界を道連れにした、あまりにも無謀な心中だ)

 

 

 

(一度崩れれば、立て直す暇も、後悔する時間も世界は与えてくれない…それを理解しながら先生は生徒の為に力を使う…)

 

 

 

 

「……何回も言ってる気がするが…狂ってるとしか言いようがねぇな」

 

 

 

 

「……しばらく天秤含め、都市とか恐怖由来のブツは出禁だな。生徒相手に使っても先生に止められて終わり。効果がないのに振り回すほど、安い代物でもねぇ」

 

 

 

静かな部屋に、乾いた舌打ちが響いた。

 

 

(気に食わねぇ 理屈に合わねぇ)

 

(だが──)

 

 

(否定も出来ない)

 

 

 

(……分かってるさ、あいつのやり方が、最適解の一つだってことくらいはな)

 

(だが──)

 

(真似はしねぇ…というか出来ねぇ)

 

(人のやり方をなぞったところで、その人間にはなれない)

 

(同じ選択をしたところで、同じ結果になる保証もないし、過程が違えば、意味も変わる)

 

(……中身のない模倣に価値なんざ無い……そもそも──)

 

(俺とあいつじゃ、“中身”が違いすぎる)

 

「……だから厄介なんだよ」

 

 

探索者は、天井を見上げたまま呟いた。

 

 

「……“主人公”ってやつは」

 

 

 

 

 

 




長々と探索者くんに語っていただきましたが、簡潔に今回の出来事を某カードゲーム風に言うと「対象を取る効果に対して、サクリファイス・エスケープを決めた」みたいな感じでしょうか。

この『罪の天秤』は、「過去」と「現在」の積み重ねをすべて見て、逃れようのない判決を下すアーティファクトです。
しかし先生は、判決を下す『裁判』を無理やり「未来(まだ確定していない事柄)」へと放り投げることで、「今、この瞬間に裁く対象」を消失させ、裁判そのものを空振りさせた……というカラクリです。

ちなみに、先生はその「未来」へと放り投げた代償は支払っています。
ただ本来ならその判決は未来で支払われる予定ではあったものの、探索者が途中で天秤の効力を切ったので、それ以上の代償は来なかった、という処理順になっています。


えっ?「 なんでそんな無茶苦茶なことができるのか」って?


それ、『大人のカード』がなぜ生徒を呼び出せるのかと同じこと聞いてますよ。

理屈はあるけど、説明できる類のものじゃないんです。

ちなみに、探索者にはまず無理です。

あいつは“結果”と“過程”を天秤にかけて、どこかで切り捨てる側の人間なので「全部を未来に押し付けて、自分が背負い続ける」なんて選択は、しないし、出来ない。


最善の手を打つ者と、最高の手を打つ者

探索者は前者で、先生は後者です

最善は、失敗しない
だが最高は──失敗する未来ごと、引き受ける。


だからこそ、先生は“主人公”で、探索者くんは“探索者”なんでしょうね。


そして、あの魔王様は全てを取り切ってしまうから探索者は「やってらんねー」と思ってしまうのでしょう。
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