巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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敗者にふさわしいエンディング

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、離せ……! この私を誰だと思っている!」

 

砂の上にうつ伏せで転がされ、芋虫のように身悶えるカイザー理事。そのすぐ隣に、一対の砂だらけの革靴が静かに止まった。

 

「おい! そこの変な被り物をした奴! 私の縄を解けばカイザーの幹部の席を用意してやる!! だから私の縄を解け!!」

 

 

 

探索者はカボチャの面の奥で、喉を鳴らして低く笑った。

 

「……へぇ、そいつは良いな?」

 

「そうだろ!? 貴様のような力のある者が、ブラックマーケットの端っこで野良犬のように燻っているのは勿体ない! 私が引き上げてやる。金も、女も、権力も思いのままだ! だから早くしろ、この忌々しい縄を解け!」

 

「カイザーの幹部、か……福利厚生はしっかりしてるのか? 有給は取れるか? 職場の人間関係は?」

 

その問いに理事は交渉の余地があると思ったのか食い気味で答える。

 

「望むがままだ! ヴァルキューレもアビドスも、私の地位があれば一捻りだ!!貴様もあんな連中の味方をするより、私と組んだ方が利口だとは思わないか!?」

 

探索者は、ホシノ…引いてはアビドスメンバーと会話している「キヴォトスの先生」の方へ視線を向けた。

 

「あぁ、全くだ。あっちの先生様なんてのは、自分じゃ何もできないくせに、生徒一人を救うために世界を敵に回そうとする大バカ野郎だ……全く、放っておけねぇよな?」

 

 

「そうだ、その通りだ! やはり貴様は話がわかる!!……さあ、早くその面を脱いで私を助けろ!!新しい『パートナー』として歓迎してやろうじゃないか!」

 

「パートナー、ねぇ……」

 

探索者はゆっくりと腰を下ろした。理事の顔がすぐ目の前に来る。

 

「……だが困ったな。俺は、一度『不義理』を働いた奴とは心から入れ替えない限り二度と組まない主義なんだ……特に、俺に無断で、俺のシマを荒らすような『クソ生意気な共犯者』とはな」

 

「……何……? 何を言って……」

 

困惑する理事の目の前で、探索者はカボチャの面を、ゆっくりと、剥ぎ取るように外した。

 

「ひっ……!? き、貴様……っ!!」

 

「よう、随分と景気随分と景気の良い勧誘だねぇ?久しぶり、理事」

 

そこにいたのは、さっきまで概念を殴り飛ばしていた不条理な怪人ではない、約半年前、手を組んだ「協力者」の姿その物であった。

 

「見下していた相手に反撃され、感情的になり、飼い犬に手を噛まれ、支配出来る思っていたヴァルキューレに捕まる…ザマァねぇな?」

 

「なっ、貴様……まさか、最初から……!」

 

「大正解、でもそれが普通だろ?「利用するものはなんでも使う」アンタの口癖だぜ?」

 

探索者の声から温度が消える。

 

 

「……俺はアンタをビジネスパートナーとして尊重してたつもりだ。アンタが裏で何をしようが、俺の関知するところじゃなねー、だがな、理事。アンタ、カジノの名前を使って、無断でマネーロンダリングに励んでたらしいじゃねぇか」

 

「それは……カイザーの利益が、ひいては貴様の利益にもな「だったらなぜ俺に連絡しなかったんだ?あ?」」

 

凄むような探索者の問いに、理事は「ぐぅ……」と言葉を詰まらせ、砂を噛む。

 

 

探索者は冷めた目で、芋虫のように蠢くかつての相棒を見下ろした。

だが、次の瞬間。彼はふっと表情を和らげ、カボチャの面を指先で弄びながら、わざとらしいほど「優しい」声を作った。

 

「……まぁ、でも。あんまり苛めるのも寝覚めが悪い。許してやらんこともないぜ? 『罪を憎んで人を憎まず』なんて言葉もあるしな」

 

「ほ……本当か!?」

 

理事の瞳に、醜い、泥濘のような希望の光が宿る。

 

 

「ああ、ただ、俺は疑り深い性分でね。師匠たちからも『信じるな、確かめろ』と叩き込まれてる……だから、アンタが本当に心を入れ替えたかどうかを測る、簡単な『テスト』を受けてもらいたい……ま、簡単なことさ。アンタの『誠意』を、形にして見せてくれればいい」

 

 

「ああ、勿論だとも! 金か? 権力か? こんなクソったれな連中に捕まったままで終えられるか!! 何でも言ってくれ!!」

 

必死に縋り付いてくる理事。その姿は、カジノで全財産をスった後に「次こそは勝てる」と喚く中毒者そのものだ。

 

「…そーかい、物分かりが良くて助かるよ。なら……」

 

探索者は理事の胸元を指差し、子供に秘密を打ち明けるような声音で、けれどその瞳は狂気すら孕んだ無機質な輝きを湛えて囁いた。

 

 

「アンタの『心』をくれ」

 

「……は?」

 

 

 

「聞こえなかったのか? 帳簿を汚したその腐った性根が、本当に白紙に入れ替わったのかどうか……その証拠に、心臓()を寄越せと言ったんだよ。文字通り、な」

 

 

 

探索者は、理事が「冗談だろ?」と笑い出そうとするのを待たず、ただ無言でじっとその目を見つめ続けた

希望がゆっくりと、氷点下の絶望へと凍りついていくその瞬間を、一秒たりとも逃さないように。

 

「……あ、あ……」

 

「どうした? 幹部の席だの、金だの、何でもくれるんじゃなかったのか? 命より大事な『誠意』なんて、この世にあるのかよ」

 

探索者は立ち上がり、腰のポーチから古びたナイフをゆっくりと引き抜いた。

 

「さあ、清算を始めようぜ、パートナー……あんたのその『心』が、いくらで売れるか楽しみだ」

 

 

「ひ、ひぃぃぃっ……!!」

 

ナイフの切っ先が自分の胸元に向けられた瞬間、理事は人生で最も醜い悲鳴を上げ、目を剥き、恐怖で全身を激しく痙攣させた

 

 

探索者の瞳には、最強ではない人間が、その知恵と悪意だけを使って権力者を完膚なきまでに磨り潰す……その瞬間の、底抜けた愉悦が宿っていた。

 

 

「そこまでだ」

 

 

その時、探索者の手首が、力強い手によって掴まれた。

 

探索者が視線を向けると、そこにはヴァルキューレの『狂犬』尾刃カンナが真剣な表情で立っていた。彼女は探索者の腕をそしっかりと固定した。

 

 

「……カンナちゃん。ウチのVIP顧客の対応を邪魔するとは、良い度胸じゃねぇか。あァ?」

 

探索者はわざと声を低くし、カンナを睨みつけた。彼は、カンナがその気になれば自分の手首など簡単に折れることを知っている。だが、今は「カジノオーナー」として、威圧を保たねばならない。

 

「……VIP顧客、か…私には、拘束された容疑者が『不審者』に脅迫されているようにしか見えないが?」

 

 

カンナは冷ややかに言い返した。彼女の瞳には、探索者の「怪人」としての威圧など通用しない。彼女が重んじるのは、ただ一つ、『法』だ。

 

「……この男は、ウチの看板に泥を塗った。その落とし前をつけさせる」

 

「キヴォトスの『法』は、民間人の私刑を認めていない……それに」

 

カンナは掴んでいた探索者の手首を離し、彼が持っていたナイフのブレードを、指先で軽く叩く

 

 

 

コンコン

 

 

 

その辺りには安っぽいプラスチックのような音が響いた。

 

「……これ、おもちゃのナイフでしょう? それも、かなり古い安物」

 

 

 

「……バレた?」

 

つい先ほどまで、世界を呪うような冷徹な響きを湛えていた探索者の声が、一変した

まるで、隠していた赤点のテスト用紙を母親に見つかった子供のような、あるいは悪戯が露見した悪友のような、抜けた響き

 

探索者は掴まれていた手首を軽く振り払い、プラスチック製のナイフを指先で器用にくるくると回した。

 

「……酷いなぁ、局長、今、最ッ高に良いところだったのに」

 

「……公共の面前で、しかも拘束されている相手にやる遊びでないだろう。心臓を寄越せだの何だの…目の前でそんな事が起こってれば私も職務として動かざるを得えん」

 

 

カンナは呆れたように溜息をつき、眉間を押さえた。

 

探索者はそんな彼女を余所に、地面で震えきっている理事の顔を、おもちゃのナイフの先端でペシペシと軽く叩いた。

 

「ほら、聞いたか? 理事……命拾いしたな。あんたの心臓は、このプラスチックの刃も通らないほどガチガチに腐ってたみたいだ」

 

 

「あ、あ……う……」

 

 

自分が人生の終わりを確信し、尊厳をすべて投げ打ってまで命乞いをした相手が、ただの「安物のおもちゃ」だったという事実。

それは肉体を切り刻まれるよりも、今の理事にとっては遥かに残酷な、「徹底的な侮辱」だった。

 

「ひっ、ひぃ……あ、あはは……お、おもちゃ……あははは……っ!」

 

理事が、壊れた玩具のように力なく笑い始める。

恐怖のあまり振り切れた精神が、現実を拒絶しているようだった。探索者はそれを見て、満足そうに鼻を鳴らす。

 

「あーあ、壊れちまった……ま、元から倫理というプログラムは壊れてたようなもんだけどな」

 

「……それ、お前が言うか?」

 

カンナの至極真っ当で呆れ果てたツッコミに、探索者は苦笑いで応えた。

 

 

「……さて、お遊びはここまで、そのゴミの処理は任せた!!」

 

「…それは任せておけ……といいたいが…後で署まで来てもらいますよ、支配人?」

 

手錠を取り出しながら、カンナが呼び止める。だが、その声にはどこか「どうせ証拠は出ないようにしてるだろう」という呆れと、隠しきれない信頼が混じっていた。

 

「勘弁してくれ、アンタが見れば私が関与してないことぐらいわかるはずさ、しかも…先約が入ってるんでね」

 

 

 

探索者はそう言って、壊れた玩具のように笑い続ける理事から興味を完全に失ったように背を向けた。

 

 

西日が砂漠をオレンジ色に染め、陽炎が揺れる午後の砂丘。探索者は、壊れかけのカボチャの面を小脇に抱えながら、砂にまみれた理事を後にした。右手のアザがまだズキズキと疼く。師匠(彼ら)のような最強ではない現実を、痛みが教えてくる──それでも、足取りは軽かった。

 

 

砂丘の向こう、遠くで手を大きく振る姿。怒鳴り声と呆れた声が、風に乗って届く。

 

 

「探索者! 遅いわよ!!」

 

 

 

「……ハッ、本当に元気なこった」

 

探索者は小さく鼻で笑い、砂を払いつつ、仲間たちのもとへゆっくりと歩を進める。背後には、わずかに西日を反射するカボチャの面。ホシノとの再会の余韻はすでに心に残り、彼の歩みを静かに支えていた。

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

砂丘を越えて歩み寄る探索者を、真っ先に迎えたのは怒鳴り声と、呆れたような、けれど温かい視線の群れだった。

 

「ちょっと! なんで一人で勝手にあんな調査してたのよ! 危険すぎるでしょ!」

 

セリカが詰め寄り、探索者の鼻先に指を突きつける。その後ろでは、シロコがじっと探索者の全身を観察し、アヤネが心配そうに救急キットを抱えていた。

 

「1人の方が身軽で動きやすいんですよ。常に4〜5人の徒党を組んでるようじゃあ相手に気取られて狙いがバレちゃいますから」

 

「それでも一報入れてください!! 連携っていう言葉、知らないんですか!?」

 

「『敵を騙すには、まず味方から』って言うでしょう? 演技じゃあ、あのタヌキ理事は騙せませんよ」

 

「ん、また簀巻きにされて、砂漠に埋められたいの?」

 

シロコが静かに、けれど逃げ場のない視線でナイフのような言葉を向けてくる。探索者はその視線に耐えきれず、わずかに頬を引きつらせた。

 

「……あ、いや……それは勘弁……さーせんした」

 

「……全く。無事で良かったですが、後でお説教ですからね!」

 

ノノミの溜息を聞き流しながら、探索者はふと思い出したように先生の方を向いた。

 

「あぁ、そうそう、先生ちょっとお話が」

 

"どうしたの?"

 

探索者が懐から取り出したのは、一枚の古びた、けれど丁寧に扱われた紙だった。それはアビドス対策委員会と探索者の協力関係を証明するために、最初に交わした契約書だ。

 

 

「いや、ウチのカジノ協力元であったカイザー理事が捕まっちゃったでしょう?だからウチのカジノ潰れちゃうんですよぉ…なので、『再就職の手伝い』の条項を履行してもらわないといけないな、と思って」

 

 

その場にいた6人全員の頭に、同時に「?」が浮かんだ。彼女たちが目を通した契約書には、カイザー関連の制裁や協力についてしか書かれていなかったはずだ。

 

"それって、カイザーを倒すために結んだ契約書だよね?"

 

「いいえ? 裏面をよーく見てください」

 

"裏面?"

 

探索者は先生へその契約書原本を手渡し、裏を向けるように促す。先生がその紙をひっくり返すと、そこには極小の、けれど法的に有効な書式で記された条項が姿を現した。

 

 

 

第6条:カイザーの不正に伴い一方が失業した際には、もう一方はその職場への就職が認められるものとする。

 

 

 

「ね? 書いてあったでしょう?」

 

"な……"

 

「ちょっと、なによこれ! 卑怯じゃない!! こんなの、後出しジャンケンよ!」

 

セリカが顔を真っ赤にして叫ぶが、探索者は平然とした顔で肩をすくめる。

 

「卑怯? 私は契約書に書いてあることを正しく履行しているだけですよ? いつも言ってるでしょう『探索者は嘘つき』って」

 

「…おじさん、初めて聞いた気がするんだけど?」

 

「まぁ、そこはコラテラルダメージということで」

 

「何がコラテラルダメージよ!!」

 

ホシノの呆れ顔とセリカの怒声をいなしていると、先生が契約書を指先で弾き、真っ直ぐに探索者を見つめた。

 

 

"……一つ条件がある。君が育てていたあのバニーやディーラーたちの就職先が決まってから。それだったら、私もその契約書を飲もう"

 

 

 

探索者は一瞬だけ目を見開き、それから今日一番の、悪だくみが成功した時のような笑みを浮かべた。

 

 

 

「それならご心配なく。既に全員分決まってます。ちゃーんとまともな労働環境で働く所をね? 俺が路頭に迷うのはいいですが、あの子たちに泥を啜らせる趣味はありませんから」

 

 

その答えに、ホシノが少しだけ真剣な、探るような視線を投げかける。

 

「……ねぇ、探索者ちゃん。君はどこまでを知ってて、こんなことが出来たんだい?」

 

まるで最初から、カジノが潰れ、自分がシャーレに転がり込む未来を予見していたかのような手際の良さ。その問いに、探索者は西日に目を細めながら、小脇に抱えたカボチャの面をぽんと叩いた。

 

「……さぁ?私が知ってるのは、手を伸ばしても誰も救えない1秒先の未来ぐらいですよ」

 

 

その声には、先ほどまでの狡猾な響きとは違う、どこか遠くを見つめるような寂しさが混じっていた。

 

 

「……ちなみに、どんな所を就職先に選んだんですか?」

 

アヤネが恐る恐る尋ねる。探索者はカボチャの面を被り直し、その奥から楽しげな声を響かせた。

 

「まぁ、同種の職業とだけ言おうかな……詳しいことは、2週間後にここへ来ればわかりますよ」

 

探索者が指し示したのは、今まさに探索者が潰れるといったばかりの、カイザーカジノであった。

 

"2週間後、ここに?"

 

「ええ。最高の『夢』の続きが見られるはずです……じゃあ、私はこれでお暇させてもらいますよ。シャーレ就職の前に、片付けなきゃいけないガラクタが山ほどあるんでね」

 

 

 

探索者は一度だけ手をひらひらと振り、砂丘の向こうへ歩みを進める。その背中を見つめる仲間たち。怒声、呆れ声、安堵の笑い──それぞれの表情が夕陽に照らされ、砂の色と同じオレンジに染まっていた。

 

 

ホシノは小さく息をつき、砂に足を取られながらも、彼の背中を見送る。

セリカは手を振り上げ、叱りながらも微笑み、ノノミは小さく口角を上げ、シロコは冷静に、でも確かに仲間の安否を噛み締めている。アヤネは、救急キットを抱えながらも、微かな安堵の息を吐いた。

 

 

探索者の足取りは軽くも重くもなく、砂丘の不安定な地面にしっかりと足を踏み込む。その背中には、1人の少女を救えたことと、歪みが見つからずとりあえずの安息に安堵しているようだった。

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