約束の2週間後…
先生とアビドス対策委員会の面々がブラックマーケットのその場所に辿り着いた時、彼女たちは思わず足を止めて絶句した。
かつてそこにあった、成金趣味を絵に描いたような悪趣味な「カイザーカジノ」の巨大な看板は、跡形もなく消え去っていた。
代わりにそびえ立っていたのは、落ち着いた深いネイビーとゴールドを基調とした、息を呑むほど高級感のあふれる外装。エントランスには、洗練されたフォントで新しい劇場の名が刻まれている。
Loaded Oasis
「……ちょっと、嘘でしょ……あの趣味の悪いカジノが、たった2週間でこんな……まるでお城じゃない」
「ん、あのアザラシの紋章も、なんだか光ってる」
エントランスの左右には、以前はなかった目の中に星があるアザラシの繊細なレリーフが、守護の証のように刻まれていた。
"……本当に、夢の世界に迷い込んだみたいだ"
「いらっしゃいませ……アビドスの皆さん、そして、先生」
凛とした声に導かれ、6人の視線が入り口のドアへと向かう。そこに立っていたのは、いつも緑色のスーツを着崩していたあの探索者……ではなく、前髪を綺麗に切りそろえ、身体に馴染んだ紺色のスーツを端正に着こなした一人の少女だった。かつての面接で探索者に怯えていた面影はない。
「わたくし、当カジノで支配人を務めております……どうぞ、お見知りおきを」
少女が完璧な角度で一礼する…が、セリカが思わず声を上げた。
「誰!? 支配人って、アイツじゃないの!?」
セリカの問いに答えるかのように、少女の背後から、ひょっこりと見覚えのある「少女の姿という仮面」を被った探索者が姿を現した。
「私は今日からシャーレに就職する身ですからね。今の肩書きは……そう、ただの『オーナー』ですよ」
探索者は手をひらひらとさせ、相変わらずの調子で笑った。だが、その手にはもうアザはなく、酷かった腫れも嘘のように完治している。
「…もう手は大丈夫なの?おじさん心配なんだけど」
「大丈夫大丈夫、何とかしたので」
「何とかって…変な薬品とか使ってない…よね?」
ホシノの鋭い追及と声にに、探索者は「おっと」とばかりに視線を逸らした
「まぁま、そんなことよりもどうですか?ウチのカジノ」
"外の印象はすごい変わってるけど中はそこまで変わってないんだね"
先生がメインホールを見渡し、少し意外そうに呟く。内装は確かに以前の面影を残していた。ただし、かつての刺々しい欲望の空気は消え、どこか懐かしく、そして格式高い賑やかさが満ちている。
「まぁそうですね。基本私がよく行っていたカジノを元にしてるので…派手さよりも、居心地の良さと『勝負の味』を優先させてもらったんですよ。幸運の女神に打ち勝つには、まず背筋を伸ばせる環境が必要でしょう?」
探索者はそう言うと、かつての教え子……今は立派な支配人となった少女の肩をポンと叩いた。
「今日はグランドオープン前、最後の仕上げ…テストプレイヤーとしてあなた達をご招待させていただきました」
探索者が指を鳴らすと、支配人の少女が恭しく、銀のトレイに乗った大量のチップを運んできた。
「さぁ、遠慮はいりません。今夜の『ゲーム』はただ一つ。『チップが尽きるまで、あるいは眠気が限界に来るまで、この夢を楽しむこと』……
「ちょっと、そんなに貰っちゃっていいの……?」
セリカが山盛りのチップを見てたじろぐが、探索者は不敵に笑ってダイスを宙に放った。
「いいんですよ。今日くらいは『1秒先の未来』なんて考えず、ただ目の前の出目に一喜一憂してください……さぁ、アビドス対策委員会の皆さん。勝利の味を、存分に分かち合いましょうか!」
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よーし! 見てなさい、私がこの店のチップを全部吐き出させてやるんだから!
ちょっと! なんで隣のノノミ先輩は『7』が揃い続けてるのに、私はスイカばっかりなのよ!?
あらあら、セリカちゃん♪欲張らずに、この流れるような『ツキ』に身を任せるのがコツですよ~?
ん、次は……32番に
えっ、シロコちゃん!? それ全部賭けちゃうんですか!?
嘘でしょ…吸い込まれるように
……よし、銀行強盗のプランを練るより、こっちの方が効率がいい
効率とか言わないの!
バカラはトランプを折り曲げて足を確認するとバカおもろいですよ
…1枚目は
なっ…ディーラーさん
こらこらホシノ先輩?ディーラーさんに当たったらダメですよ〜♥
いやこれはやってるよぉ!!
よし!!19!強いわよ!
あら〜17です☆
16ですか…
ん、20。強い
うへ〜シロコちゃん一緒だね〜
18…強いね皆!!
すいませんw
ハァァァァァァァッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
ははは! だから言ったでしょう? 女神様は気まぐれだって!!
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昼の熱気はどこかへ消え、砂漠はすっかり月夜
カジノ内にある食事処。さっきまでの絶叫が嘘みたいに静かであり、空気はすっかりお通夜状態。テーブルの上には、見事にチップを吸い尽くされて「すっからかん」になったアビドス対策委員会の面々が、魂が抜けたような顔で座り込んでいた。
「いやぁ……見事に負けたねぇ……おじさん、あそこまで綺麗に捲くられるとは思わなかったよ」
ホシノが脱力したように背もたれに身を預け、空になったグラスを眺めている。
「ん、おかしい。明らかに勝ててたのに、大きな勝負になった途端に負けてる。絶対、何かやってる……先生、このカジノ、ガサ入れしたほうがいい」
「なんにもやってないですよぉ……それに、やってたとしても『バレなきゃ犯罪じゃあないんですよ』?」
「それ、言ったら自白しているようなものじゃないですか!」
アヤネの鋭いツッコミ。だが探索者は、あっけらかんとしており、全員分のソフトドリンクを持ってきていた。
「まぁ、イカサマはしてないのでね?
探索者はそう言うと、カウンターに置かれたマイクを手に取り、スイッチを入れた。その声がホール全体、そして裏方のスタッフルームまで響き渡る。
「全員集合! 裏方でやってた子も全員だ!」
号令から1分も経たないうちに、ホールのディーラー、バニー、掃除担当、そして厨房のスタッフたちが続々と探索者の前へ集まってくる。かつて怯えていた面影はなく、皆がオーナーへの信頼をその瞳に宿していた。
「さて、今日は私の奢りだから好きなものを作って好きなものを食え!!原価なんて気にしなくていいぞ!!キッチンも忙しくなると思うが、大体終わったら自分の分を作れ!!」
「オオオオオオオオッ!!!!!」
その言葉に、スタッフたちから地鳴りのような歓声が上がる。探索者はニヤリと笑い、座り込んでいるアビドスの面々を親指で指した。
「勿論、対策委員会の方達もね? 今日はテストプレイヤーとしての報酬……いや、守るべき場所を勝ち取った『戦友』としての祝勝会だぁ!……さぁ、私達が腕によりをかけて作った料理!遠慮なく胃袋に叩き込め!」
その宣言とともに、厨房の重厚な扉から、暴力的なまでの「美味そうな香り」が溢れ出した。
「な、なによこれ……! 豪華すぎて、逆にどこから手をつけていいか分からないじゃない!」
セリカが目を見開いた先には、テーブルを埋め尽くさんばかりの美食が並んでいた。
まず目を引くのは、探索者が「これだけは譲れない」と自ら仕込んだ、黄金色に輝く自家製ベーコンの燻製。そして、その隣には宝石のように透き通る鯛の薄造りが、氷の器に美しく並べられている。
だが、驚きはそれだけでは終わらない。
「お熱いですよ……『 Loaded Oasis 』特製、フカヒレの極上炒飯。それに、Tボーンステーキ・ガーリックバターソース添えです」
探索者がクロッシュを外すと、そこには立ち上る湯気とともに圧倒的な存在感を放つ料理たちが鎮座していた。さらに彼は、手際よく大きな皿をもう一つ置く。
「それから、これは私からのサービス『自家製燻製ベーコンと地鶏の濃厚カルボナーラ』……パスタの茹で加減には、コンマ一秒の妥協もしていませんよ」
「ん、……このパスタ、ソースが麺に吸い付いてる……濃厚。さっきのステーキと一緒に食べると、脳が溶けそう」
「ちょっとシロコ先輩、独り占め禁止! ……あ、でもこのカルボナーラ、燻製の香りがソースに溶け込んでて……もう、このまま一生食べていたいわね!」
セリカとシロコが競い合うように皿を埋め、ノノミは高級ステーキを贅沢に頬張りながら、冷えたシャンパングラス*1を傾けている。
「うへ~、おじさん、この鯛の刺身をステーキで巻いて、さらにパスタのソースにディップするという『背徳の極み』に手を出してしまったよ……。探索者ちゃん、君、人間をダメにする才能がありすぎるねぇ」
「はは、ここでは欲望に忠実なのが正解ですから……アヤネさんも、そんなに遠慮しないで。このエビチリ、辛さは控えめにしてありますから」
探索者はそう言いながら、汗を拭うスタッフたちを労い、自らも次々と料理をテーブルへ運び続ける。
「和食、中華、イタリアン、そして最高級の肉……女神のダイスに勝った後の祝杯に、妥協なんて言葉は似合わない。そうでしょ、先生?」
"……参ったな。これは明日からのシャーレの食生活が、別の意味で『破産』しそうだよ"
先生が苦笑しながら、絶妙な茹で加減のパスタをフォークで巻き取る。
口内でとろける肉の旨み、鼻を抜ける燻製の芳醇な香り、そして中華の力強いスパイスとパスタの濃厚なソース。
月明かりの下、砂漠のオアシスで繰り広げられる「清算」の宴。
それは、かつて孤独だった探索者と、居場所を求めていた少女たちが、初めて手に入れた「最高の戦利品」だった。
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あらかたの食事が進み、スタッフたちも満足げに自分の分を作り始めた頃。
ふと不安になったのか、支配人の少女が探索者の傍に寄り、小声で耳打ちしました。
「……あの、オーナー…お言葉ですが……いくらなんでも、初日からこんなにお金を使って大丈夫なんですか? 食材費だけでも相当なものですし、軍資金のチップだって……」
すると、探索者はパスタのソースを拭った手で、懐から一冊の、見覚えのある銀行通帳を取り出した。
「 心配いらんよ?これはあのカイザー理事が、個人的にコツコツと貯め込んでいた『隠し口座』の通帳から出してるから」
「えっ……? それって、まさか……」
絶句する支配人の少女に、探索者は悪戯っぽく、けれど冷徹な光を瞳に宿して笑いました。
「彼らが今まで裏で行ってきたマネーロンダリングの証拠、そして、その過程で不当に搾取された利益……それを少しばかり『正当な形』で引き出させてもらっただけ……いわば、彼らに地獄を見せられた人々への、遅すぎた
探索者は通帳を指先で弾き、そのまま再び懐へと仕舞い込んだ。
「悪い奴らから奪った金で、善良な少女たち*2が腹一杯食べて、笑顔になる。……これほど効率的なマネーロンダリングも他にないでしょう? むしろ、これは正義の執行ですよ、支配人」
「……あ、相変わらずですね、オーナーは」
呆れ顔の少女でしたが、その口元にはどこか安心したような笑みが浮かんでいた。
探索者はそのまま先生の方を向き、残りのカルボナーラを口に運びながら、さらりと付け加える
「というわけで先生?このカジノの運営資金は、向こう数年は『カイザーの遺産』が肩代わりしてくれます……安心して、私はシャーレでニート……おっと、事務員生活を満喫させてもらいますよ」
"……最後まで徹底してるなぁ。本当に、君を敵に回さなくてよかったよ"
先生が苦笑しながらグラスを傾けると、探索者は右手を口元に当て、静かに、そして不敵に微笑むのでした。
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宴の喧騒が遠のき、アビドスの面々が満足げに帰路についた後、
カジノにあるテラスには、夜風に吹かれる探索者だけが残っていた。
探索者は少しの間、無言で遠くにある夜の砂漠を見つめていた。その「仮面」の奥にある瞳が、月光を反射して怪しく揺らめく
「…騙せはしたが…なーんか見透かされてる気がするなぁ…」
探索者は月光の下で、何も身につけていない右手をひらひらと振ってみせる。手袋すらしていないその掌には、かつてあったはずの痛々しいアザの跡は無くただの、少し指の長い男の手があるだけ
「……」
探索者は、その右手に左手をそっと重ねる
──その瞬間
先ほどまで“正常”に見えていた肌が、陽炎のように揺らぎ始める
そして、その下から現れたのは──隠されていた現実
二週間前よりは幾分かマシになっているとはいえ、右手は今なお赤く腫れ上がり、熱を帯びたままだった
……魔力には、術者の「性格」や「精神」が宿る
心優しき者の魔力は、他者を癒やし、分け与える
血気盛んな者の魔力は、他者を傷つけることに特化し、まるでヤスリのように荒れている。
では──探索者の魔力は、どうか
「……反転、いや……天邪鬼、ってところか」
ぽつりと零す
探索者の魔力は、『反転』と『嘘』を併せ持つ
本来の結果を裏返しながら、
その歪みすら“自然なもの”として成立させる力
だからこそ
魔力を帯びたこの「腫れた右手」は――
“健康な手”として、他人の目には映る。
「……見た目だけは、な」
軽く指を握る
その瞬間、鈍い痛みが走った。
「握るとやっぱ痛ってぇな……」
「『薄っぺらい嘘』とは、よく言ったもんだ」
「……便利だけど、笑えないよなぁ」
自嘲気味に呟き、探索者は再び手を重ね姿を隠した。
月光の下、誰にも知られないまま──その痛みだけが、確かにそこに残り続けていた。
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翌朝、シャーレのオフィス
先生が少し眠い目を擦りながら出勤すると、そこには既に見慣れない「事務員」の姿があった。
「おはようございます、先生?」
窓際でコーヒーを淹れる彼は、新品のような、仕立ての良い緑色のスーツに身を包んでいた。パリッとした生地の質感が、彼のどこか浮世離れした雰囲気を、有能な事務員としてのそれへと塗り替えている。
"……おはよう。昨日あれだけ騒いで、君の方は随分と元気そうじゃないか"
「ええ、新天地での初仕事ですからね。背筋を伸ばしておくのが礼儀でしょう?」
探索者は適切な温度のコーヒーを先生のデスクへと置いた。一口啜れば、深いコクと甘みが身体の芯まで染み渡るような、最高の一杯。
"……美味しい。でも、この豆……あのアビドス近くの店でも見たことがないような、すごい香りがするんだけど"
「さっすが先生、お目が高いですね?昨日、カジノの地下倉庫を整理していたら『偶然』見つけまして。カイザーが接待用に秘蔵していた逸品です……ついでに、シャーレの備品として十数キロほど、カジノの経費で『適切に』処理しておきました」
"…………それ、実質的には横領に近いんじゃ……"
「人聞きが悪い。これは正当な『福利厚生』ですよ、先生。……いいですか? 『バレなきゃ、犯罪じゃあないんですよ』」
"……初日からそれかい。先が思いやられるな"
先生は苦笑いしながら、差し出されたカップを受け取った。
アビドス編完結!応援ありがとう御座いました!
取り敢えず2話ほど閑話を挟んでミレニアム編に行くと思いますが、気分によって変わります。
あと少し聞きたいんですが…掲示板回みたいなのって需要あるんですかね?
無かったらやらないつもりですが…あったらやるかもなのでアンケートよろしければ答えていただくと幸いです。
そして、ストックがあまりなくなってきたので投稿のペースが少し落ちます。ご了承ください。
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