キヴォトスに来て三週間、探索者が手掛けていたのは、ブラックマーケットでのカジノ設営だった。一から作る手間を省き、既存の土地と店を買い取っての居抜き工事。
だが、その目的は遊戯場の提供ではない。
カジノの名は「カイザーカジノ」反吐が出るほどダサい名前だが、カイザーと手を組むのは自然な流れであった。不当な金の流れをここに集約させ、いずれ調査に来る「先生」を確実に捕捉・説得する。さらにカイザーの情報網を利用し、
面倒な事務作業はすべてカイザーに丸投げし、摘発が来れば全責任を押し付けてトンズラする。そのための「経営方針に口は出すが出資者は責任を負わない」という脅迫じみた契約も、本社に乗り込んで済ませてあった。
ちなみにカイザーにはマネーロンダリングの件も匂わせオッケーだけを探索者はしていたため、勝手に自滅すると思われている。
…長々と語ったが、要は「面倒事はカイザーに丸投げして、自滅する時は一人で死んでもらう」という契約を済ませたわけである。
その中で、探索者が今直面している最大の問題は……
「人材育成」だ
「割と集まったなぁ……履歴書」
探索者の机の上には、百枚を優に超える紙束が積み上がっていた。ブラックマーケットの湿った空気の中で、それらはどれも「救い」を求める断末魔のようにも見える。
求人内容は、この街では信じがたいほどまともだった。
・三食賄い付き
・二交代制、実働九時間
・週休二日
・月収二十万+賞与
まともすぎて、逆に怪しい。
「……この街の基準だと、臓器売買の入り口に見えるよな」
案の定、集まったのは「人生のどん底」を這いずる者たちばかり。だが、面接を始めて一時間。探索者は自分の認識が甘かったことを痛感した。
「……次の方、どうぞ」
入ってきたのは、薄汚れたスーツを着た大柄なロボットである。椅子に座るなり、彼は机に足を投げ出した。
「おい、支配人。月収20万ってのは手取りか? それに賄いってのは高級オイルなんだろうな? 俺様を雇うなら、まず準備金として50万用意しろ」
「……不採用です。お出口はあちら」
続いて来た獣人の男は、敬語すら使わなかった。
「あぁ? 接客? そんなナヨナヨしたガキみたいな真似ができるかよ。俺は用心棒として雇え。酒と女も用意しろよ、あぁ?」
「……帰れ」
その後も、履歴書を紛失したと言い張る奴、面接中に煙草を吸い始める奴、「俺はかつてカイザーの幹部候補だった」と虚言を吐く奴……
場所が場所だけに、少々の荒っぽさは覚悟していた。していたが……それ以前の問題であり、面接者には「労働」という概念も、「礼節」という知性も欠落していた。
「ア――――――――――――――ッ!!!!!(高音)」
探索者の中で、何かが音を立てて切れた。
あまりの民度の低さに、探索者のSAN値がゴリゴリと削られていく音が聞こえる
(大人はどいつもこいつも終わってやがる。この街の「大人」という概念は、邪神の眷属よりも話が通じないのか?)
「ふーっ……ふーっ…………次、最後の方。入ってください」
最後に入ってきたのは、一人の少女だった。
制服はボロボロで、あちこちに綻びがある。前髪をぱっつんと切りそろえた黒髪の彼女は、壊れ物を扱うような手つきで椅子に座り、消え入るような声で頭を下げた。
「……し、失礼します。あ、あの……履歴書、持ってきました……」
差し出された紙には、慣れない手つきで書かれた少々拙いが丁寧な文字
放浪の末、学校も戸籍も失った「落ちこぼれ」の記録……だが、今日会った誰よりも、その紙は清潔だった。
(…まだマシか?)
「……君、名前は?」
「……名乗るほどの、名前なんて……今は、ただの放浪者です」
「そうか……一つ聞くが、無断欠勤はしないか?」
「えっ……? は、はい! 絶対にしません! お仕事、いただけるなら、なんでもしますっ!」
彼女の瞳には、飢えと、それ以上の切実な「希望」が宿っている…そんなような気がした。
探索者が気づけば、採用枠に残っていたのは彼女のような「居場所のない生徒」たちばかりだった。
──────────────────────────
翌日、カジノのホールに集まったのは、採用を勝ち取った十数名の生徒たちである。
皆、一様にガチガチに緊張している。中には、探索者がこれから彼女たちを「別の目的」で売り飛ばすのではないかと疑い、震えている子もいた。
「とりあえず楽にしてくれ。そこまで硬くなると、教える方もやりづらい……いいか、私は君たちと同じ『人間』だ。角もヘイローも、特別な力もない。ただの支配人だ」
少しだけ、場の空気が緩む。そこで、前髪ぱっつんの少女がおずおずと手を挙げた。
「あ……あのぅ……」
「おっ、なんだい?」
「き……求人に書かれていることって、本当ですか? 私たちみたいな『訳あり』が、本当にそんな、まともな生活を……」
その瞬間、他の生徒たちの視線が一斉に探索者に突き刺さった。
誰もが抱いていた、最大の懸念。
「あぁ、あれね?」
探索者はわざと軽く、しかしはっきりと答えた
「全部、本当だよ」
「えっ……? ほ、本当なんですか……?」
「当たり前じゃん。じゃなきゃあんな広告出さないよ。嘘をついて人を集めるのは、三流のやる事だ」
「だ……だって、カイザー系列は待遇が地獄だって……サビ残やパワハラが当たり前で、支配人も借金漬けの人ばかりだと……」
彼女が事細かに語るカイザーの労働実態は、控えめに言って「帝愛ファイナンス」も真っ青の暗黒企業だった。
人材を「部品」としか思わず、使い潰しては捨てる。そんな世界で生きてきた彼女たちにとって、探索者の提示した条件はあまりに眩しすぎたのだ。
(おーまいぐんねす……カイザー、あいつらマジか。人材を部品としか思わない教育方針で、まともなサービスが成立するわけないだろう)
「いいか、よく聞け?私は君たちを使い潰す気はさらさらない」
探索者は立ち上がり、生徒たち一人一人の目を真っ直ぐに見据えた。
「君たちには、この『カイザーカジノ』の顔になってもらう。暴力や脅しじゃない。最高級の接客と、付け入る隙のない微笑みで、客の財布を空にしてもらうんだ」
少女の瞳に、パッと光が灯る。
「カジノオープンは二週間後、それまでに、歩き方からカードの配り方、そして『プロの接客』を叩き込む。……やる気はあるか?」
「「「「「ハイ、支配人!!!」」」」」
腹の底から出たような、力強い返事。
それは、ブラックマーケットの澱んだ空気を切り裂く、彼女たちの決意の産声だった。
──────────────────────────
それから二ヶ月。キヴォトスに来て三ヶ月が経った頃、探索者は予期せぬ事態に直面していた。
場所は廃ビルの一室
「……」
「ククッ…そこまで嫌な顔をされると傷つきますねぇ」
テーブルを挟んで対峙しているのは、カイザーの代理人として現れた
(どうしてこんなめに♪に♪に♪)
「…私はカイザーとの契約内容の更新の為にここに来たはずなんだが?」
「彼は朝から体調不良で立ち上がることもままならない為代理人として私に白羽の矢が立ったというわけです」
(嘘こけ!アイツ報連相はちゃんとしてたぞ!急に体調不良なんてなったらアイツの性格的に絶対延期だろ!)
目の前の怪物の嘘を確信しながらも、探索者は溜息を吐いて椅子に深く腰掛けた。
「…分かった、それで名前は?」
「申し遅れました。私達の事は【ゲマトリア】とお呼びください、そして私の事は【黒服】とでも。この名前が気に入ってまして」
「達って事はまだいるのかよ……しは……いや…違うな…探索者だ」
「ほう?彼には支配人と呼ばせているのに、私には探索者と?」
「多分お前が欲しがっている情報は
「私個人で宜しくやってる店からのタレコミもあったよ「最近バカみたいに怪しい大人が君のことを探っている」…って」
「……流石の情報網ですね。2ヶ月でブラックマーケットの情報を牛耳っているだけのことはあります」
褒め言葉として受け取っておく、と短く返した探索者の目は笑っていない。
黒服は、ティーカップに残った澱みをスプーンですくいながら、唐突に本題を切り出した。
恐らく、狙いは魔石か、あるいはアーティファクト関連だろうと予測を立てた探索者は気合を入れなおす
すると目の前の「男」らしき輪郭は、ティーカップに大量の砂糖を投じると、銀のスプーンをくるくると回し、そのドロドロとした液体を喉の奥へ流し込んだ。
(……一体、それはどこへ吸い込まれているんだ?)
「それで?何の話をしに来たんだ?私としては今すぐにでも回れ右して帰りたいんだが」
「ククッ……では単刀直入に……
ゲマトリアに入りま「断る」」
探索者は黒服を一瞥もせず即答する。その回答に、黒服は面白そうに首を傾けた
「…ほう?」
「あんたらは崇高とやらを観測したいんだろ?私はそれに興味がない、私が興味を持つのは…
色彩と世界の滅亡だけだ」
「…」
静寂が訪れる
探索者はそれを誤魔化すために目の前の湯気が立たなくなり、すっかり冷めてしまった紅茶を口につけ一口飲む
「この世界はあと一年と持たずに滅亡する。色彩とやらのせいでな…迷惑な事この上ないぜ」
「……なるほど。それを、信じろと?確かに、色彩が世界を滅ぼす力であることは認めましょう。それが予言できているのはいささか不思議ですが」
「まぁな、神託っていうやつだ」
「ほう…神託ときますか……」
黒服は考え込むように顔面の顎らしき部分に手を当て、思考を巡らせているようだ
そこに少しの疑問を持った探索者は質問する
「……意外だな、あんたらはもっと研究者チックに動くもんだと思ってた…こんなオカルトなんて信じない、現実主義の、な」
「えぇそうです、私達は観察者であり、探究者であり、研究者です。正直に言いますと我々は貴方の宿しているその力、恐怖に酷似しているが何かが違うそれが欲しい、それが未来予知もできるものというなら、なおさらです」
「恐怖ねぇ…」
「ヘイローの持っている生徒達が纏っている力を我々は【神秘】と呼んでいます。そして『恐怖』とはその真逆に位置する力……私達はそう解釈しています」
黒服は自分の研究を語る時だけ、熱を帯びたように口が回る。
自分の専門分野に興味を持たれれば饒舌になる。そのあたりは、奴も「人間」の性に似ているらしい
「成程、あんたらの解釈は分かった…分かった、が」
だが、踏み越えてはいけない一線というものがこの世には確かに存在する
探索者は声を低くし、言葉を区切った。
「そんな生温いもんじゃないぜ?俺の中のバケモンは」
「…ほう?」
踏み越えてから気づいてももう遅い
「こっから先は有料記事だ、買うかい?」
「…非常に興味をそそられますねぇ」
「ただし
だから生半可な覚悟で来るのなら立ち去れ
覚悟を決めたのなら
正気と狂気が渦巻く、混沌の世界へ
「君にとって今の生活や積み上げてきた人生………全てを投げ売ってでも買う情報かい?」
俺は黒服に向けニヤリと笑顔で語りかける
すると、今まで全くと言っていいほどに崩さなかったポーカーフェイスが少しだけ崩れたように感じた。
「これは…生半可な覚悟では手痛いしっぺ返しを食らいそうですねぇ…」
「そりゃな、頻繁に
「…これは…
「やっぱ嫌わてれんだなぁ」
「えぇ、私の事も嫌っている筈の彼が珍しく忠告してくれたんですよ「貴方はヤバい、関わらない方が身のため」とね」
「ハハッ!恐怖してくれてんなら結構!次からの交渉はもっと強気でも良いかもなぁ」
「程々にしておいてくださいよ?私の大切なビジネスパートナーなんですから」
「微塵も思ってない癖によく言うぜ」
「聞きたいことは以上かい?」
「えぇ、有意義なお話が出来ました」
「んじゃ、カイザーとの契約更新書出して」
「それには及びません、貴方が契約続行の意思さえあれば契約続行を続けると彼から聞いています。契約更新書は…私が何とかしておきましょう。興味深い話の礼です」
「……そーですか」
「……そうだ、少し聞きたいことがあるんだが…
その言葉を聞いた探索者は呆れたような顔をしていたが、思いついたように黒服へと質問を投げかける
「えぇ、プレナパテスは分かりませんが……ベアトリーチェなら居ますねぇ…彼女が何か?」
「……そうか、ちなみにアンタからの評価は?」
「…冷酷で強欲、そして…外道でしょうか」
「手段を選ばなさそうなアンタが外道と言うとか、相当ゴミじゃねーか」
「ククッ…酷いですねぇ……私たちにも超えてはいけないラインという物がありますよ」
「成程ねぇ……ありがとう」
(よし、知りたい事は何となく知れた…後は変な契約掴まされる前にトンズラだ)
そんな事を思いながら探索者は席を立ち、ドアの前へと歩いていく、
(……少しだけ釘を刺しておこう)
「あぁそうだコッチも色々と面白い話をくれた礼だ、少し助言をしよう」
「私からすれば君ももっと生徒達に優しくしたほうが良い、でないと……生徒の事を命を懸けて守るこわーい虎の尾を踏むことになるからな」
「…ご忠告どうもありがとうございます」
ガチャ
「それじゃ、次会う時は
バタン
「クックック……楽しみですよ、あなたの存在が我々の計画をどう左右させるのか」
──────────────────────────
「ハァハァ!クソ…ったれ!走れ!もっと速く!!」
黒服との対談を終えた探索者は、指定された廃ビルから全速力で距離を取る
(あんな所に長くいちゃ何もなくとも心がすり減る!
本当は魔術を使いたいが、こんな所で使って黒服に見られでもしたら確実に拷問からの死だ!
急げ!!
もっともっともっと早く!!
「あ゛……あ゛あ゛!!まじ…死ぬかと思ったぁぁぁ!!!!!」
対談していたビルからそこそこ離れ、見られている感覚もなくなったその瞬間、緊張の糸が切れたのか思わず、息も絶え絶えの中心の声が出てしまう
(何が「平穏には二度と戻れなくなるだろう」だ!カッコつけたけど真面目に目をつけられたら死ぬ!
アイツら多分邪神とか神話生物とも違うヤベー科学持ってるって!!
それにしても…
「危なかった…心に……平成を……飼っていなければとっくの昔に死んでいた…」
(ありがとうン我が魔王、ありがとう時代を駆け抜けた平成ライダー、ありがとう
……やっぱお前はうるさすぎるから黙ってろ)
「ふーっ…………とりあえず…先生着任まで、できる限り武器を作り続けよう」
呼吸を整え、探索者は再び、愛する社員たちの待つカジノへと足を進めた。
先生が着任するその日まで、持てる手札を一枚でも増やさなければならない。
「ふーっ……ふーっ……よし、後で楽するために頑張るかぁ」
息を呼吸で無理やり整え、再出発の準備を終えた探索者は夕闇のブラックマーケットに溶けていった。