巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

21 / 32
Vol.2 時計仕掛けの花のパヴァーヌ編:レトロチックロマン
救援要請


 

 

 

 

 

 

 

 

シャーレでの「新米事務員」としての日常が始まって数週間

窓から差し込む柔らかな朝陽と、部屋中に満ちる場違いなほど芳醇なコーヒーの香り。そんな、奇妙に落ち着いた朝のオフィス。

 

 

 

カタ、と静かな音を立てて、完璧な温度のカップがデスクに置かれた。

先生が少し重い瞼を擦りながら顔を上げると、仕立ての良い緑色のスーツを隙なく着こなした探索者が立っていた

 

 

 

 

「おはようございます、先生……相変わらず、あまり眠れていないようですね。昨夜の当番校の書類、そんなに難解でしたか?」

 

"……おはよう。いや、内容はそれほどでもなかったんだけど……数が多いのと、何というか、独特の『圧』があってね"

 

「はは、少女たちの情熱は時にどんな恋愛小説より重いものですもんね?……さあ、どうぞ。今朝の一杯は、少し深煎りにしておきました」

 

促されて一口啜れば、脳を直接叩き起こすような鮮烈な苦味と、後味に残る繊細な甘みが広がっていく。

 

"……美味しい。本当に、君が来てからコーヒーの質だけは世界一だよ……でも、これ。また例の『福利厚生』なんだよね?"

 

「ええ。カジノの地下在庫を『整理』していたら、奥の金庫に眠っていたのを見つけまして。賞味期限も近かったですし、カイザーの理事たちが腐らせるよりは、先生の血肉になった方が世のためでしょう?」

 

"……カジノの金庫にコーヒー豆を隠す理事もどうかと思うけど、それを『福利厚生』として適切に処理しちゃう君も、相当だと思うな……"

 

「お褒めに預かり光栄です。……いいですか先生? 『バレなきゃ、犯罪じゃあないんですよ』」

 

探索者は口元を隠すようにして不敵に笑う。その右手が、陽炎のような魔力の揺らぎによって「健康な肌」を演じていることに、先生はまだ気づかない

 

「さてと……雑談はこれくらいにして、今日の『仕事』の話をしましょう。事務員としては、先生をあまりデスクに縛り付けておくわけにもいきませんから」

 

探索者は手際よくタブレットを操作し、一通の要請書を画面に表示させた。

 

「ミレニアムサイエンススクールからの依頼です……もっとも、送り主はセミナーのような中枢ではなく、廃部寸前の弱小コミュニティ『ゲーム開発部』とかいう部活動ですが」

 

"……ゲーム開発部。ああ、聞いてるよ。廃部を免れるために協力してほしいってね"

 

「ええ、そのための資料探しに協力してほしい、と……平和な話じゃあありませんか………廃部寸前という情報さえなければ厄ネタではないんですけど……」

 

探索者はそこで一度言葉を切り、窓の外、地平線の彼方にそびえるミレニアムの巨大な学園都市へと視線を向けた。

 

「…この文章的に……その資料とやらが眠っている場所が、通称『廃墟』と呼ばれる未踏区域なんですよね……経験上、古びた場所には、『ろくでもない物』が潜んでいるものですから、警戒はしないとですね」

 

"……君のその予感は、すごく当たりそうで怖いな…でも、助けを求めている生徒がいるなら、行かないわけにはいかないだろう?"

 

「ま、そうですよね。それでこそ先生だ」

 

空になった先生のカップを回収し、彼女は満足げに目を細めた。その死んだ魚のような瞳の奥に、一瞬だけ鋭い「探索者」の光が宿る。

 

「じゃあ、早速向かいましょうか……『伝説』の正体が、ただのガラクタであることを祈りつつ」

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「──んで? なんでゲーム機の残骸が、私の眉間をかすめて飛んでくるんですかねぇ……?」

 

場所は、ミレニアムサイエンススクールの一角。廃部寸前という噂に違わぬ、お世辞にも片付いているとは言えない「ゲーム開発部」の部室だ。

 

探索者の目の前には、冷たい床の上に正座をさせられている少女が二人。

ゲーム開発部所属、才羽モモイとミドリが、怒髪天を突いた探索者の威圧感に縮こまっていた。

 

「ひっ、ひぃぃ……ご、ごめんなさい……!」

「わ、わざとじゃないんですぅ……ドアが開いた瞬間に、つい……!」

 

「ふざけてゲーム機を投げるのは勝手だが、少なくとも来客が踏み込む可能性のある導線にブツを投げ出すのはいかんだろう!」

 

探索者は、床に転がった無惨な姿のゲーム機…プレイステーションならぬプライステーションを指差し、ドスの利いた声で説教を続ける。

 

「せめてゴミ箱に入れろ! ゴミ箱に! ……いいか、ここは部室だろう? 『空間の整理は思考の整理』だ。足の踏み場もないような場所で、まともなクリエイティブができると思っているのか、あんたたちは!」

 

「うぅ……正論すぎて言い返せないよぉ、ミドリ……」

「お姉ちゃんがショックで投げ出したからだよぉ……」

 

先生は、背後で「まあまあ、二人とも反省してるし」と宥めようとするタイミングを完全に失っていた。

事務員として同行したはずの探索者が、部室のドアを開けてわずか数秒で、早くも「鬼の生活指導員」のような顔で生徒を震え上がらせている。

 

「……はぁ。とりあえず、自己紹介でもしますか」

 

「説教おわり!?」

 

モモイが地獄の淵から生還したような顔で顔を上げたが、探索者の冷徹な視線がそれを許さない。

 

「ピンク、お前は三十分正座追加……動くなよ。動いたら一時間だ」

 

「そんなぁ……!?」

 

「……すみません、自業自得です。改めまして、ゲーム開発部所属1年の才羽ミドリです……それと、コッチは才羽モモイ…うちの姉です…」

 

探索者は、悶絶しながら膝をさするピンク色の騒がしい少女と、落ち着いて頭を下げる緑色の少女を交互に見比べ、無表情に呟いた。

 

「……逆じゃないんだ」

「よく言われます」

 

ミドリが食い気味に、どこか遠い目をして答える。その一言に込められた苦労の重さを察したのか、探索者の刺すような視線が、わずかばかり和らいだ気がした。

 

「あと今はここにいないけど、プロログラミングを担当している部長のユズって子がいるよ!」

 

"……改めて、シャーレの先生だよ。よろしくね"

 

「先生の補佐をやっています。シャーレ事務員です。探索者と呼んでください」

 

「宜しく!それじゃあ先生達も来たことだし廃墟に行くとしよっか!」

 

“えーっと……もうちょっと詳しい説明が欲しいんだけど…?”

 

「…簡潔に説明しますと……セミナーのユウカさんから、“最後通牒”を受けまして」

 

"最終通牒…?"

 

「それに関しては……私からご説明しましょうか?」

 

 

 

すっと、部室の入口に影が差した。

 

いつの間にかそこに立っていたのは、タブレットを手にした一人の少女。

隙のない姿勢、冷静な視線。無駄のない佇まいが、そのまま性格を表している。セミナーの会計、早瀬ユウカだった。

彼女は勢いよく扉を開け放ち──そして、固まる。

 

 

目の前に広がっていたのは、いつもの散らかった部室ではない。

スーツ姿で異様な威圧感を放つ人物と、その足元で魂を抜かれたように正座する双子。

そして、なぜか申し訳なさそうに立つ先生。

 

 

「……何をしているの、これは」

 

「あら、セミナーの方ですか。お噂はかねがね……ちょうどいいところに来ましたね……先生、この方が例の『ミレニアムの冷徹な計算機』こと、早瀬ユウカさんですね?」

 

「だ、誰が計算機ですか! ……いえ、それより先生、この方は……?」

 

「シャーレの事務員です。探索者と呼んでください。先生のスケジュール管理と、雑用を担当しています……早瀬ユウカさんですね? 貴方の苦労、お察ししますよ」

 

「あ、はい……ご丁寧にどうも。セミナーの早瀬ユウカです。……それで、先生。この子たちが何か……いえ、それより」

 

ユウカが困惑気味に先生へ視線を送る。

先生は苦笑いしながら、「新しくシャーレに来てくれた事務員さんだよ」と紹介するが、ユウカの視線はすぐに床で震えるモモイとミドリに向けられた。

 

「……何をしてるのよ、この子たちは」

 

「教育ですよ、早瀬さん」

 

探索者が冷ややかに言葉を継ぐ。

 

「ドアを開けた瞬間に、精密機械を私の眉間に向けて射出しましてね」

 

「射出って言い方!?」

 

モモイが思わず顔を上げるが、

 

「動くな」

 

一言で押し潰され、再び正座に戻る。

 

 

「…幸い、私の反射神経が並み以上だったから良かったものの、これが先生に当たっていたら今頃この部は解体していたところです」

 

「なっ……! 貴方たち、先生に怪我をさせようとしたの!?」

 

ユウカの鋭い視線が加わり、双子の絶望が二倍になった。

 

「ち、ちがうのユウカ! これは、新作ゲームがガラクタだったショックで、つい手が滑っただけで……!」

「そ、そうなんです! 悪意はこれっぽっちも……!」

 

「──手が滑ってゲーム機をフリスビーのように投げる道理がどこにある」

 

「うぐっ……」

 

"まぁまぁこの子達も悪気があったわけじゃないしさ"

 

「『悪気があったわけじゃない』で全てが片付くのならヴァルキューレは必要ありません」

 

探索者の凍りつくような正論に、先生は「……ごめん」と、なぜか自分まで謝ってしまう。

 

「先生!? 押し負けないでよ!!」

 

モモイが涙目で叫ぶが、探索者はその声を一瞥もせず、隣に立つユウカへ向き直った。

 

 

「……はぁ、まさかこんな形で会うなんて、先生とは色々と話したい事もありますがそれはまた後にするとして…モモイ」

 

ユウカは深く溜息をつき、手元の端末で「廃部勧告」の最終通知を表示させた。

 

「本当に諦めが悪いわね、廃部を食い止める為にわざわざシャーレまで巻き込むだなんて、けどそんな事をしても無駄よ」

 

「例え連邦生徒会のシャーレだとしても…いえ、あの連邦生徒会長が戻ってきたとしても!部活の運営については概ね各学校の生徒会に委ねられてるんだから」

 

「……それはその通りですけど、そもそもどうして急に廃部通告を出したんですか?別に前々から言ってたって訳じゃ無いんでしょう?」

 

「……ゲーム開発部はそもそも部員数4人という規定も守れて無い上に部活としての成果を証明出来るようなものも無いまま何か月も経っているのよ」

 

「…もしかしてゲーム開発部なんて名前しといてただゲームしてただけか?」

 

「そ、それは……」

 

「異議あり!凄くあり!私達だって全力で部活動してる!だからあの、何だっけ……上場閣僚?とかいうのがあっても良い筈!」

 

“それを言うなら情状酌量だね”

 

「それでいいのかシナリオライター」

 

「全力で活動している…?笑わせないで!」

 

「あ、あう…」

 

「校内に変な建物を建てたと思ったらまるでカジノみたいに装飾してギャンブル大会を始めるし、レトロゲームを探すとか言いながら古代史研究会を襲撃するし……」 

 

「おかしいでしょう!?全力かもしれないけど部活動としては間違ってるわよ!それにこれだけ各所に迷惑を掛けておいてよく毎度のように部費なんか請求出来るわね!」

 

 

ユウカの断固とした意見。それは管理職として極めて「誠実」な職務遂行だった。

そして、その横で探索者が静かに、だが深く同意するように頷いた。

 

「……至極、真っ当な意見ですね。早瀬さん、貴方の判断は組織運営として正しい」

 

「ええっ!? 探索者さんまでそんな……!」

 

モモイが悲鳴を上げるが、探索者は死んだ魚のような目のまま、冷徹に言い放った。

 

「感情論でリソースを浪費するのは、他の必死に活動している生徒たちの権利を侵害していることと同義……成果を出せない部署は潰れる。それが社会というものです」

 

「そういう事。セミナーとしても、これ以上、ただ遊んでいるだけの部活に予算を割く合理的理由は見当たらないわ。真っ当な言い訳くらいしてみたらどうなの!」

 

「と、時には結果よりも心意気を評価してあげる事も必要…」

 

「負け犬の言い訳なんて聞きたくないわ!」

 

「聞きたいのか聞きたくないのかどっちなのさ!」

 

「真っ当な言い訳のカウントに入らなかっただけでは?」

 

「うぐっ」

 

「そういう事よ、ミレニアムでは結果が全て」

 

 

「け、結果だってあるもん!私達もゲームを開発してるんだから!」

 

「そ、そうですよ!テイルズ・サガ・クロニクルはちゃんとあのコンテストで受賞、も…」

 

「そうね、確かに受賞してたわ……その反応を見るにお二人はご存じないようですね、テイルズ・サガ・クロニクル…このゲーム開発部における唯一の成果です」

 

「へぇ…ちゃんと活動してるんですね」

 

「…えぇまぁ、あれはゲームそのものもさることながらレビューが大変印象的でした――

 

私がやってきたゲーム史上、ダントツで「絶望的」なRPG。いやシナリオの内容とかじゃなくてゲームとしての完成度が

 

このゲームに何が足りないかを数えだしたらキリが無いけど……まぁ、一番足りてないのは「正気」だろうね

 

このゲームをプレイした後だと「デッドクリームゾーン」はもしかして名作の部類に入るんじゃ……って思っちゃうわ

 

 

 

等々の感想が」

 

「わ、私達のゲームはインターネットの悪意なんかには屈しない…」

「例えユーザー数が無限にいたとしても沢山の評価が収束すればそれは真実に一番近い結果よ、それに貴女達の持っている結果はそのクソゲーランキング1位だけでしょう?もし自分達の活動にも意義があるのだと主張したいのなら、証明してみせなさい」

 

「証明って…?」

 

「何度も言ったでしょう?きちんとした功績や成果を証明すれば廃部を撤回するって、例えばスポーツでのインターハイやエンジニア部の発明品の公表とかね」

「…とはいえ出せば何とかなるとも思えないわ。貴女達の能力はあのクソゲーランキングが証明済み」

 

「うぐっ…」

 

 

「どうせならお互い楽な形で済ませましょう?今すぐ部室を空けてこの辺のガラクタも捨てて……」

 

「が、ガラクタとか言わないで!」

 

「……じゃあ何なの?」

 

「そ…それは……」

 

「…っ!」

 

(うわぁ…嫌な予感)

 

モモイの目に覚悟を見た瞬間、探索者は眉に皺を寄せる。それはいつかの世界に見た考えなしにとてつもなく大きな事を言うようなそんなケツイを宿らせた目であった。

 

「わかった。全部結果で示す。その為の準備だってもう出来てるんだから!」

 

「え?」

 

「そうなの!?」

 

「何でミドリが驚くのさ!?……とにかく私達には切り札がある、その切り札を使って今回のミレニアムプライスに私達のゲーム…」

 

 

 

「TSC2…テイルズ・サガ・クロニクル2を出すんだから!」

 

自信満々に胸を張るモモイ。

その豪語を聞いた瞬間、探索者は無言で天を仰いだ。

 

(……あぁ。終わったな)

 

“ミレニアムプライス……って、何?”

 

「ミレニアム中の部活が各々の成果物を競い合うミレニアムでも最大級のコンテスト!ここで受賞さえすればいくら何でも文句は言えないでしょ!」

 

 

「……まぁそうね、受賞出来たならの話だけど。けどねモモイ、今貴女が言っているのは運動部がインターハイに出場するとかそういうレベルじゃなくて高校球児がいきなりメジャーリーグに出るみたいな雲を掴むような話よ」

 

"……それはまた大きく出たね"

 

「……まぁ、いいわ。何でだろう。私も、少しだけ楽しみになってきたし」

 

(……へぇ?なら…)

 

「…一つ、よろしいですか。早瀬さん」

 

「……何かしら」

 

振り返らずに応じるユウカに、探索者は淡々と続ける。

 

「形式上で構わないので、プライズへのエントリーが完了するまでの二週間…廃部の最終判断を、保留していただきたい」

 

「……」

 

ユウカの足が止まる。

 

「合理的な判断を下すのであれば、“結果が出る可能性”がある期間に結論を急ぐのですか?」

 

「それとも……この二人に、その“可能性”すら認めないと?」

 

「……言うじゃない」

 

くるりと探索者に振り返るユウカ。その目は、先程までよりもわずかに鋭い。

 

「確かに理屈としては通ってるわね。評価対象があるなら、それを見てから判断するのが筋……」

 

腕を組み、少しだけ考える素振り

 

「……いいわ。その提案、乗る」

 

(……へぇ…こいつ、意外と甘いな)

 

セミナーの会計。 冷徹な計算機とまで呼ばれる人物。本来なら、ここで切り捨てても何一つ問題はないはずだ。

それでもなお、「可能性」に時間を与える選択をした。

 

(合理性に見せかけた、情け…それとも…)

 

 

「今日からミレニアムプライスまで二週間その間だけ、最終判断は保留にするわ」

 

「この短い時間で、あなたたちがどんな“結果”を出せるのか……この目で見届けてあげる」

 

「……っ!」

 

モモイとミドリの表情が、わずかに強張る。

 

「それにしても……」

ユウカはふと、先生へと視線を向けた。

 

「まさか先生の前で、こんな“可愛くないところ”を見せることになるなんてね……」

 

ほんの少しだけ、苦笑を浮かべる。

 

「……とはいえ、これもセミナーの仕事よ」

 

「次は……もう少し落ち着いた状況でお会いしましょう」

「それでは、また」

 

そういったユウカはバタンと扉を閉めて部室から立ち去った

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。