誰も、結論に辿り着けていなかった。
それでも足は止まらない。瓦礫を踏みしめる音だけが、静かに響く。
崩れかけた通路。焼け焦げた壁。機能を失った機械の残骸が、無造作に転がっている。
探索者を先頭に、一行はゆっくりと廃墟を進んでいた。
「……ね、ねえ。前から思ってたんだけどさ」
重くなりかけた空気を振り払うようにモモイが、わざとらしく明るい声を出す。ひしゃげたドローンの残骸を避けながら、探索者の左手を指差した。
「右手のデカいのはわかるよ! デザートイーグルでしょ?いかにもって感じだし! でも、左手のその……すっごい古臭い鉄砲は何? 骨董品? 博物館から盗んできたの?」
ミドリも不思議そうに、その無骨で、どこか寂しげな造形の銃を見つめる。
「失礼ですね。ちゃんとした拾い物ですよ」
「やっぱり盗ってるんじゃん!」
モモイのツッコミを、探索者は一切気に留めず…左手の銃――古びた鉄の塊を、わずかに持ち上げる。
「……これは、二十六年式拳銃。とある遺物の一つです」
「…遺物ってレベルじゃなくないですか? 完全に骨董品でしょう」
ミドリの言葉に、探索者は小さく息を吐いた。
「ええ。性能だけで言えば、現代火器に遠く及ばない……装弾数、威力、信頼性、どれも中途半端だ」
"じゃあなんでそんな銃を?"
「音ですよ。音」
三人が頭に疑問符を浮かべる中、探索者は誰もいない暗闇に一発26年式拳銃を撃ち込む
パァン!
現代兵器には似ても似つかない乾いた音が鳴り響く
「こいつがあった所は皆この音で狂気を紛らわせてたんですよ」
「そ…そんな場所が…」
「ま、その狂気に向かってコイツをぶっ放したりもしましたけど」
「えっ?き…狂気って身体がある感じなの?どんな場所?」
「ええ……説明する価値もない事ですけど…」
吐き捨てるように言いながらも、僅かに間を置く。
「ただ――」
「鈴の音を響かせながら回る頭のおかしな奴」
「クソみたいな煙を出してくるカタツムリ」
「雨に当たり続けると発狂して死んでしまう空」
「邪悪な水まんじゅう」
「泣きながら下半身が虫みたいに蠢く女」
「音もなく地面から生えてくるヘビ」
「顔が蓄音機になっている女」
「……まあ、そんなものが“普通にいる”程度の場所です」
「普通じゃないよね!? 一個も普通じゃないよ!?」
「あとは…顔が赤ん坊の芋虫」
"気持ちわる!"
「祭殿に居る耳がぶっ壊れた機械人形なんかもいましたね。ひとりでに動いて補足したら殺しに来ましたけど」
「そんな場所で……どうやって生き延びてたの?」
モモイが震える声で尋ねると、探索者は淡々と答える。
「基本逃げてましたね」
「逃げるって……ただ走るだけ?」
「違います」
「走ってる最中に体力が切れそうになったらそこら辺にあるおにぎりを食いまくります」
「…それってしんどくない?喉に詰まるよね?」
「いいえ?体力が回復してもっと走れるようになりますよ」
「なんでだよ!?おにぎり、そんな万能薬じゃないでしょ!?」
「あとは…タックルも有効でしたね」
"た…タックル…?"
「ええ、無鉄砲ですけど、その怪異達に体を当てに行くと大体半分で生き残れますよ」
「半分死んでるんじゃん!?ギャンブルすぎるよ!」
「あとはコイツとか爆竹なんかも有効でしたね。寄ってくる個体と、離れる個体の反応が分かれます」
「なにその最悪のガチャ!?」
「当たりを引けば、生存率は多少上がる」
「外れたら!?」
「増えます」
「最悪!!」
「あとは…星のかけらが入った砂時計を見つけたり、骸骨に会ったり、顔が半分仮面の男に会えるとむせび泣いて喜んだりもしました」
"えっ!? そこは喜ぶの!?"
「まともに会話が成立する相手だったので」
「基準が壊れてるよ!!」
「まぁ…総評すると……『花が腐るような』難易度でした」
「何その表現方法!?」
「……妙ですね」
「昔話をしていたら、カプチーノが飲みたくなってきました」
"なんでその流れでコーヒー!?"
「あそこで飲んだコーヒーは……本当においしかった」
探索者の脳裏に浮かぶはあの落ち着いたカフェでの一幕
「さ、思い出話はここまで、ペースを上げますよ」
──────────────────────────
ロボット兵を殲滅し、一同が足を踏み入れたのは、天井の見えない巨大な工場空間だった。かつては何らかの精密機器を製造していたのであろう、無数のアームが停止したまま、墓標のように並んでいる。
探索者が警戒を強め、デザートイーグルのスライドを引いて装填を確認した、その時だった。
【接近を確認】
「っ!?構えろ!」
無機質な電子音声が、壁や天井のスピーカーから同時に鳴り響く。探索者は瞬時に先生の前に立ち、銃口を音の主へと向けた。
「えっ!?」
「部屋全体に…音が響いてる…?」
【対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません】
「えっ!?なんで私のこと知ってるの?」
【対象の身元を確認します。才羽ミドリ、資格がありません】
「私のことも…一体どういう……」
【対象の身元を確認します。……『先生』……】
「あれ?」
【資格を確認しました。入出権限を付与します】
「は?先生どういう事ですか?」
"私も知らないよ!?"
【才羽モモイ、才羽ミドリの両者を先生の『生徒』として認定、同行者である『生徒』にも資格を与えます。承認しました】
【警告.個体識別:『探索者』──学籍番号未登録。所属不明……『生徒』ではないと判定。資格がありません。これ以上の進行、および部屋への接近を禁じます】
「……」
(……異物は寄せ付けないってことかよ)
「……だそうですよ。どうやらこの場所のシステムは、私よりも賢明なようだ。私には、この先へ進む『資格』すらないらしい」
「えっ、ちょ、ちょっと待って! 探索者は!? 私たちだけ行けってこと!?」
「ええ。システムに『排除』と言われてまで、先生の命を危険に晒して無理押しするのは、事務員の仕事ではありません……それに」
探索者は、二十六年式拳銃のシリンダーを軽く回し、メンテナンスを始める。
「……長年の勘が言っているんですよ。この先に眠っているのは、ただのモノじゃない。キヴォトスそのものを失くしかねない、特大の『バグ』だ。……正直……これ以上近づきたくはないという個人的な感情もあります」
「ええええっ!? そんな言い方……!」
"……探索者さん、本当にいいのかい?"
先生の問いに、探索者は瓦礫の上に腰を下ろし、デザートイーグルを膝に置いて予備のマガジンを点検し始めた。
「……いいですよ。私はここで、貴方たちの退路を安全にしておきましょう。システムに嫌われている私が行くよりも、資格のある貴方たちが処理する方が確実だ……万が一、後ろからゴミが来ても、ここから先へは一歩も通しませんよ」
"……わかった。無理をさせてごめんね。後ろは任せるよ"
「……礼には及びません……ただ、先生……もしその『厄ネタ』が目覚めて、会話の通じないバケモノだった場合は、躊躇わずに叫んでください……システムに嫌われようが何だろうが、鉛玉をぶち込みにいきますから」
「……わ、わかったよ! 行こう、ミドリ!」
【下部の扉を開放します】
(……そーゆー感じね)
探索者が、意図的に数歩下がった瞬間、下部の床が勢いよく開き、モモイとミドリ、そして先生が落下していく
「死ぬなよー」
探索者は旅立つ者達に声をかけたが、返答はなく、床はすぐに閉じ、空間には再び静寂が訪れた。
「さてと…なんか拍子抜けだな。神話生物の一匹も出てこないなんて」
「…ダメだな。ホントは良いことのはずがキヴォトスに来てからあのクソ野郎共に会ってねーからすっごい違和感にしか感じない…」
「…とりあえず待機かなぁ…」
探索者は静かに瓦礫に腰を下ろし、目の前の暗闇を警戒しつつも、帰還する3人の安全をただ待つ。
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探索者が床に腰を下ろしてから、30分ほどが過ぎた。工場内の無数のアームは静かに並び、停止したままの世界が広がる。呼吸の音、瓦礫の微かな軋み、遠くで金属が触れ合う音──それ以外、何も動かない。
「…来ないな」
自分の声がやけに大きく響く。過去の経験則からの緊張が、胸に残っている。
そんなとき、暗闇の奥から、かすかな足音が響いた。
「……?」
最初は単なる残響かと思った。だが、歩みは確かにこちらへ向かってくる。探索者は音もなく立ち上がり、二十六年式をホルスターへ。代わりに、右手のデザートイーグルを抜き放ち、視線を暗闇の最奥へと固定した。
目を凝らすと、ゆらりと三つの人影。モモイ、ミドリ、先生──間違いない。そして、その後ろに、探索者の知る者ではない、ひとつの小さな人影が続いていた。
「……」
一目でわかった。
それは、キヴォトスという「青春の世界」には、およそ似つかわしくない異物。
感情の欠落した、無機質な瞳。
ミドリのジャージから覗く手足は、人とは思えぬほど白く、血の通った赤みが存在しない体
肺の膨らみも、脈動による微かな皮膚の震えもない。
それらの要素が含まれているのにも関わらず、ヘイローが存在する。
それは、彼が数多の「終わった物語」で見てきた、世界を破滅へと導く「厄ネタ」そのものの香りを放っていた。
探索者は、即座にデザートイーグルを両手でしっかりと構え直す。反動を制御するための完璧な無駄のない構え。銃口は、迷いなく厄ネタ少女の頭部を捉えていた。
エイムは微塵もブレない。
カチリ、と
「そいつから離れろ!!」
探索者の怒号が、工場の天井に反響した。
「……警告は一度だけだ。先生、才羽姉、妹。今すぐその『化け物』から離れなさい……一秒だ。離れろ」
探索者の声に宿る「本気」を、三人は瞬時に悟った。
それは事務的な忠告ではない。かつて地獄を生き延びた者が、死を回避するために下す冷徹な生存戦略だ。
だが──
パァン!
乾いた硝煙の臭いと共に、大気が弾ける。
衝撃波が脇腹を掠め、背後の瓦礫を粉砕した。
「……先生、言いましたよね。撃ち抜くと」
銃口から立ち昇る煙の向こう側。探索者の射線上には、あろうことか、あの少女を庇うように立ち塞がった先生の姿があった。