扉が開く。
数時間前に見た部室の光景が、そこにあった。
散らかったゲーム機材。無造作に積まれたソフト。点けっぱなしのモニター。床に転がる菓子袋。
「……」
だが。
探索者は、扉の前で一歩、足を止めた。
つい先ほどまで、自分は何をしていた?
引き金に指をかけ、撃つか否かの境界に立っていたはずだ。
世界がどうこうなどという、笑えない話のど真ん中にいたはずだ。
それが今は──
「……日常、か」
吐き捨てるように呟き、ゆっくりと室内へ踏み込む。
「ただいまー! いやー今回はマジでヤバかったね!」
「お姉ちゃん、声大きい……でも、うん……無事でよかった……」
騒がしく入っていく双子と、いつも通りの調子でそれを見守る先生
(……切り替えが、早すぎる…いや……それでいい、のか)
ほんの一瞬だけ、銃を向けていた記憶がよぎる。だが、それ以上は考えない
(……あの人がいる限り、この世界はこうなる)
その場違いの緊張をしていた自分に呆れのため息をつく探索者なのであった。
──────────────────────────
"それで、部員にするって言ったってどうするんだい?"
「うーん……ユウカにはただでさえ『友達のいない貴女達に、新しい部員の募集なんて出来るはずないでしょ』って言われてるし……」
「現状だと一発アウトですね。仮に誤魔化せたとしても、学生証の問題が残りますし、何より言語能力が低すぎます。通す設定はミレニアムの学生、日常会話もろくにできないようじゃあ不信感がぬぐえません」
「うーん……まぁ、やれるだけやってみるよ」
「……出来るんですか?」
「やってみる!」
そう言い残し、モモイは勢いよく部室を飛び出していった。
「……行きましたね」
「うーん……え、えっと……アリスちゃん?」
「肯定。本機の名称はアリスです」
「うん、じゃあアリスちゃんって呼ぶね。それにしても……話し方かぁ……」
ミドリは少し考え込み、視線を宙に泳がせる。
「よく考えたら、どうやって覚えるんだろう……普通は動画を見たり、周りの言葉を真似したりして、少しずつ覚えていくものだと思うけど……」
「そもそも、赤子を一週間やそこらで“ちゃんと喋れるようにする”って、無理がありませんか?そこの所ってどうですか?先生」
探索者が淡々と現実を突きつける。
"……一応、私は教師であって保育士ではないから…正直、地道にいくのが一番の近道だと思うよ"
「……まぁ、ですよね」
その時だった。
「……正体不明の物体を発見。確認を行います」
「……ん? あっ、それは──っ!?」
アリスの視線の先。
そこには、床に置かれたゲームソフトがあった。
"……ゲームソフト?"
「え、えっと……ちょっと恥ずかしいんだけど……それ、私たちが作ったゲームなの……」
ミドリは頬をかきながら、視線を逸らす。
「……まぁ、その……すごく酷評されたやつなんだけど……」
「“クソゲーランキング1位”のが抜けてますよ」
「言い方!!」
ミドリが小さく抗議する中、ふと何かを思いついたように顔を上げる。
「あ、そうだ! アリスちゃん、やってみない?」
「……?」
「会話しながら進められるし、ゲームをやるのも言葉の勉強になると思うんだ!」
探索者が即座に口を挟む。
「……その教材、教育上の悪影響が懸念されますが」
「いいの!実践あるのみだから!」
「論理が崩壊しています」
アリスは、二人のやり取りを静かに見つめ──
「……意図の完全な理解には至りません。しかし……肯定。本機はゲームをプレイします」
「よし、準備完了!」
数分後。
「アリス、ゲームを開始します……」
「さて……鬼が出るか蛇が出るか」
"クソゲーランキング1位……逆に興味が湧くね"
──そして。
「…………ころして…」
部室には、妙な静寂が満ちていた。
「お、おお……」
いつの間にか戻ってきていたモモイとミドリが、引きつった笑みを浮かべる。
遅い時間だったためか目的の人物に会えなくてすぐ帰って来たモモイとミドリという開発者2名のアドバイスを聞きつつアリスはエラーとリブートを繰り返しながら攻略していった
最初は理不尽なゲームオーバーに笑いながら見ていた探索者も段々と笑えなくなっていき、とうとうプレイしているアリスに同情するレベルまで行った
“…これが最近のゲームか、奥が深い…のか?”
「…先生、これを基準にするのはゲーム業界に失礼です」
(「一番足りてないのは正気」まさにその通りだが……そこまで酷いものでもないな)
「取り敢えず才羽姉は国語の勉強ですね」
“……そうだね、ユウカに頼んで徹底的にやってもらおう”
「え゛」
モモイは絶望したような顔をしているが正直言うとゲームの内容で正気を疑う部分の6割は文章だ
そこは先生も同意なのかモモイの勉強に関して乗り気である
「……まぁなんだかんだでアリスの喋るパターンが増えていってるからやって正解…なんですかね」
「と、ところでさ、こういうのを面と向かって聞くのは緊張するんだけど……」
「わ、私達のゲームどうだった?面白かった!?」
「……正気ですか?」
モモイが、期待と不安の混じった声で問いかける。
探索者は内心で(クリアしての第一声が『殺して』だった奴に聞くことか?)と毒づいた。
「……説明不可」
「え、えぇっ!?なんで!?」
「……類似表現を検索、ロード中…」
「も、もしかして悪口を探してる…?そんなことないよね?」
「……面白さ、それは明確に存在…」
「おぉっ!」
「プレイを進めれば進める程…まるで、別の世界を旅しているような…夢を見ているような、そんな気分…もう一度…」
「はい?」
「もう一度……」
アリスは一度言葉を切り、そして。
あろうことか、その頬を一筋の涙が伝った。
「ええっ!?」
「あ、アリスちゃん!?どうして泣いてるの!?」
「決まってるじゃん!それぐらい私達のゲームが感動的だったってことでしょ!!」
「い、いくらなんでもそれは……というかこのゲーム、ギャグ寄りのRPGの筈だし…」
探索者は呆れ果てて言葉を失った。アリスが流しているのは、感動の涙か。それとも、脳を焼かれた末のシステムエラーか
「ありがとうアリス!その辺の評論家の言葉なんかより、その涙の方が100倍嬉しいよ!あー、早くユズにも教えてあげたい!」
「……ちゃ、ちゃんと、見てた」
"え?ロッカーが勝手に開いて…"
ロッカーの方から声が聞こえた後、扉が開き女の子が出て来た
「ゆ、ユズ!?」
ミドリが驚きの声を上げる。
「あ、皆初めてだよね。この人が私達ゲーム開発部の部長、ユズだよ」
モモイが慌てて紹介し、ユズは、どこかぎこちない足取りでアリスへと近づいていく。
「……」
アリスは、じっとユズを見つめる。
「……?」
「えっと、その……あの……」
言葉が、うまく出てこないのか、ユズの口が、何度も開いては閉じる。
「あ……あ、あ……」
「……あ……?」
一瞬の沈黙。
そして──
「……ありがとう」
ようやく、絞り出すように言葉が出た。
「ゲーム、面白いって言ってくれて……もう一度やりたいって言ってくれて……泣いてくれて……本当に、ありがとう」
「面白いとか、もう一度とか……そういう言葉が、ずっと聞きたかったの」
「ユズちゃん……」
ミドリが、少しだけ目を伏せる。ユズは、再び少しだけ深呼吸をして──
「とにかく改めまして、ゲーム開発部の部長、ユズです……この部に来てくれて、有難う。アリスちゃん。これから宜しくね」
「よろ、しく……?」
アリスは、ほんの少しだけ考え込む。
「……理解しました。ユズが仲間になりました。パンパカパーン!……合ってますか?」
「あ、うん……大体そんな感じ、かな?」
「……どちらかといえば、アリスの方が仲間になってません?」
“細かい事は気にしないの”
探索者の正論に先生が柔らかく笑い、ユズの表情が、ほんの少しだけ明るくなる。
「仲間が増えるのは、RPGの醍醐味の一つだもんね……あ、もしRPGを面白いなって思ってくれたのなら……私が他にもおすすめのゲームを教えてあげる」
「ちょっと待ったぁ!!」
ユズの発言にモモイが勢いよく割り込む。
「アリスにオススメするのは私が先!良質なゲームをやればやるほど話し方も自然になって、私達の計画の成功率も上がるんだし!さぁ、まずは英雄神話とファイナルファンタジアとアイズ・エターナルと――」
「何言ってるの、アリスちゃんはゲーム初心者だよ!?ゼルナの伝説・夢見るアイランドから始めるのが一番だって!」
それを聞いたミドリも負けじと食い下がる。
「これだけは譲れない、次にやるべきはロマンシング物語だよ……あ、でも第3弾だけはちょっと、個人的には、やらなくても良いかなって……」
(…英雄伝説にFF、ゼルダにロマサガ……流石に他社の名前は出せないか)
「……期待」
ぽつりと、アリスが呟き、全員の動きが、一瞬だけ止まる。
「……再びゲームを始めます」
その宣言に──
「「よし来た!!」」
モモイとミドリが同時に叫んだ。
「いや待ってまずはジャンル選定から──!」
「だから初心者には順序が──!」
再び始まる論争、その中心で、アリスは静かに画面を見つめる。
(……懲りないねぇ…コイツラは……とはいえ)
「……一つ、いいですか」
「はいはいなに!?今忙しいんだけど!」
「重要なことなら三行でお願い!」
「……まだ一ミリもテイルズサガクロニクル2の開発進めてないですよね」
"……痛いところを突くね"
ぴたり、と空気が止まる。
「……うっ」
「そ、それは……その……」
「つまり現状、開発の“核”すら把握できていない状態で、その状態でゲームを量産的に消費しても、得られるのは断片的な知識だけです」
「無論、友人からのメッセージも未達ですが、ミレニアムプライズまでは2週間、もはや一刻の猶予もありません」
視線が、わずかに鋭くなる。
「いくら新規制作ではなく“続編”であるとはいえ、作業量が劇的に軽減されるわけではない…精々、誤差の範囲です」
「……じゃ、じゃあどうすればいいのさ」
「簡単です」
探索者は肩をすくめた。
「“構想”だけでも先に固めておきなさい」
「完成させる必要はない。ですが、何を作るのかすら曖昧なままでは──話にならない」
「うっ……」
「正論パンチが強い……」
「……わ、分かったよ!やるってば!」
モモイが勢いよく顔を上げる。
「ゲームやりながら考える!!」
「効率最悪では?」
「うるさい!!インスピレーションって大事なの!!」
「……論理が崩壊していますね」
探索者は呆れたようにため息をつき──
「……まぁ、いいでしょう。やらないよりマシです」
諦めたように視線をモニターへ向ける。
「よーしアリスちゃん!次いくよ次!!」
「今回はちゃんとアドバイスするからね!」
「……期待、更新」
画面が再び動き出す。
(……『期待』ねぇ…)
探索者は、その言葉を反芻する。
(さっきまで、捨てろと言ったばかりだが……まぁ、こういう期待なら、悪くない)
(無駄を重ねる前提の期待なら……それはノイズではなくむしろ──)
再び、騒がしくなった部室。先生もいつの間にか参加し、罠に引っかかっては騒ぎ、理不尽に悲鳴を上げ、そしてまた次へと進む。
その終わりの見えない騒ぎの中で──
探索者は、今日一番のため息をついた
──────────────────────────
アリスは、ゲーム開発部のおすすめしたゲームを夜通しで片っ端からクリアしていく、先生や他の子達は途中で力尽きて寝てしまったが、探索者は一人、起き続けてその様子を見守っていた。
(……処理速度が異常だな)
(初見で仕様を把握し、最適解を選び続けている……もはやプレイというより『解析』に近い)
画面が切り替わるたびに、アリスの動きは洗練されていく。
迷いはなく、躊躇もない。ただ淡々と、最短距離でクリアへと至る。
(……これが“学習”か)
小さく息を吐く。
(偏りはあるが……ゼロよりは遥かにマシ…だな)
──────────────────────────
──そして翌日
モモイは早めに目を覚まし、まだ朝靄の残る時間帯に、昨日空振りに終わった場所へと向かっていた。
部室に残されたのは、静かな空気と、寝息だけ。
やがて──
「うーーーん、えっ、もう朝!?しまった、準備しなきゃ……!」
ミドリが跳ねるように起き上がる。
寝ぼけ眼のまま周囲を見回し──
「……漸く気が付いたか。無事に目を覚ましたようで何よりだ、君は運が良いな」
静かに響く声。
そこには、既に“起動済み”と言わんばかりに佇むアリスの姿があった。
「え!?あ、アリスちゃんか……調子はどう?色々と覚えられた?」
アリスはわずかに首を傾げ、
「君の言葉を肯定しよう、必滅者よ」
「な、何か偏った台詞ばっかり覚えてない……!?」
“バリエーションが増えたのは良いけど微妙にズレてるね”
「おはようございます、先生」
“おはよう。何はともあれゲームで言葉を覚えさせる作戦は成功……で良いのかな?”
「ふぁ……皆、おはよう……」
ユズも目を擦りながら起き上がる。
その時──
「おはよう!はいアリス、これ!」
勢いよく扉が開き、モモイが戻ってきた。
「……?」
アリスは差し出されたそれを受け取り、
「……アリスは正体不明の書類を獲得しました」
「おっ、また更に口調が洗練されてるね。これは学生証だよ」
「洗練っていうか、レトロゲームの会話調そのものだけどね……」
「まさか本当に何とかなるとは思ってもみませんでしたけどね」
探索者が、呆れ半分に呟く
「この学生証は私達の学校の生徒だっていう証明書!生徒名簿にもヴェリタスがハッキ……いや、登録してくれたから、もうアリスも正式に私達の仲間だよ!」
「……一応ヴァルキューレ行きますか?」
“……私たちは何も聞かなかった、OK?”
「……へい」
小さく肩をすくめ、探索者はそれ以上の追及をやめた。アリスは、手にした学生証を見つめる。
「仲間……なるほど、理解しました」
少しだけ考えるような間。
「パンパカパーン!アリスが仲間として合流しました!」
「ねぇ、今ハッキングって言わなかった……?」
「大丈夫大丈夫!さて、服装と学生証、それに話し方!この辺は全部解決出来たから……後は武器、だね。よしアリス、折角だから案内するよ」
「案内……?」
「私達の学校、ミレニアムを!」
その自信満々な言葉に、探索者は小さく息を吐いた。
「……問題が“解決した”という認識には、いくつか異議がありますが」
「えぇー!?またそういうこと言うー!」
「まず言語。確かに会話は成立していますが、依然として口調が不安定」
「次に身分。手続きの正当性については……まぁ、今は触れないでおきましょう」
“触れないんだね”
「触れたところで改善しませんから」
淡々と返しながら、アリスへ視線を向ける。
「そして最後に……"武器"ですが」
ほんの僅かに、間。
「その単語を軽々しく扱うのは感心しませんね」
「え?」
「ここはゲームではない。リセットも、リトライも効かない現実です」
「無論この世界では銃弾1発程度は掠り傷ですが、それでも……扱いを誤れば、取り返しのつかない結果になります」
一瞬だけ、空気が引き締まる。
だが──
「だからこそ」
探索者は肩をすくめた。
「知識として触れておくこと自体は、否定しません」
「え、いいの?」
「無知のまま扱う方が、よほど危険ですから」
アリスは、その言葉に小さく頷く。
「……理解しました」
「リスク、認識。行動に反映します」
「それでいい」
短く答え、探索者は視線を外した。
(……とはいえ)
再び、小さくため息。
(『案内する』ねぇ……十中八九、碌なことにならないでしょうなぁ…)
「よーし行くよアリス!」
「次はフィールド探索だね!」
「……了解。新規エリアへの移行を確認」
「いや現実だからね!?」
再び騒がしくなる部室。
その中心で、アリスは一歩を踏み出す。ゲームのようで、ゲームではない世界へ
「……せめて、“LOST END”にならないことを祈りましょうか」
誰にも聞こえない声で、そう呟き、探索者は、その背を静かに見送った。
ゲームのようで、ゲームではない。けれど、ゲームをモチーフにした世界。その中へと踏み出していく、少女の背中を見る
そして──
今日もまた、騒がしい一日が始まるのだった。
合計AU数が10000を超えました!ここまで続けれているのも日々見てくださる皆様のおかげでございます。
これからも奢らず慎ましく書いていこうと思います。
でも感想とか評価はください。出来れば良い方のボロクソに書かれると凹んで何日か書けなくなるので