「ミレニアム……ううん、キヴォトスの生徒は皆、それぞれ自分の武器を持ってるの。だからアリスも、武器を見繕ってもらわないとね」
ミドリがそう言いながら、廊下を歩き出す。朝のミレニアムは既に稼働していた。
ガラス張りの通路の向こうでは、ドローンが規則正しく空を切り、別棟では試作機が火花を散らしている。
「武器を調達する方法は色々あるけど……ミレニアムで一番手っ取り早く、ちゃんとした武器が手に入る場所といえば……やっぱりエンジニア部かな」
「エンジニア、部……?」
アリスがわずかに首を傾げる。
「機械を作ったり、修理したりする専門家達のことを、ミレニアムでは“マイスター”って呼んでるんだけど……エンジニア部は、そのマイスターが沢山集まってる、ハードウェア特化の部活なの」
ミドリは慣れた様子で説明を続ける。
「機械全般に精通してるのはもちろん、武器の修理とか改造なんかも担当してるから……多分、使ってない武器とか色々残ってるんじゃないかなって」
「……装備更新の拠点、という認識で問題ありませんか」
「うん、大体そんな感じ!」
軽く頷きながら、ミドリは先へ進む。
「ミレニアムの工房は興味がありますねぇ」
"私も見てみたい!きっと面白いものが沢山あるよ"
探索者が呟き、先生の声が、少し楽しげに弾む。
「……期待、更新」
アリスが小さく呟く、その声音には、わずかな高揚が混じっている。
やがて、通路の先に重厚な扉が見えてくる。他の教室とは明らかに違う、工業的な造り。
扉の脇には、注意書きと共に貼られた無数の警告ラベル。
――高温注意
――感電注意
――爆発物取扱区域
「…うわぁ…嫌な予感しかしませんね」
探索者が即座に呟く。
「大丈夫大丈夫!いつものことだから!」
「それで大丈夫だった試しが無いんですが?」
探索者が一抹の不安を抱える中、一行は、エンジニア部へと足を踏み入れたのであった。
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「……なるほど。大体把握できたよ」
落ち着いた声と共に、工具を置く音が響く。
振り返ったのは、作業用のゴーグルを額に上げた少女──白石ウタハだった。
「新しい仲間に、より良い武器をプレゼントしたい……と」
視線が、アリスへと向けられる。その瞳は、観察するように鋭く、それでいてどこか楽しげだった。
「そうなんです」
「そういうことであれば……エンジニア部に来たのは素晴らしい選択だね」
ウタハはわずかに口元を緩めた。
「“勝敗”というのは、優れた技術者の有無に大きく左右されるものだ」
ゆっくりと歩きながら、周囲の機材へと手を触れていく。
「どれだけ優秀な戦闘員でも、装備が三流なら結果は知れている」
「逆に、装備が一流なら……多少の技量差など、簡単に覆る」
その言葉には、確かな自負が滲んでいた。
「……合理的ですね」
探索者が短く返す。
「だろう?」
ウタハは小さく笑い、顎で奥を指し示した。
「そっちの区画に、私達がこれまで作ってきた試作品が色々と置いてある」
視線の先には、無造作に並べられた武器の群れ。
整然としているようで、どこか雑多なその光景は、まさに“試作の墓場”といった様相だった。
「そこにあるものであれば、どれを持って行っても構わないよ」
「え、いいの!?」
「構わないとも」
ウタハはあっさりと頷いた。
「言っただろう?“試作品”だ」
「完成品に至らなかったもの、あるいは別の設計に置き換えられたもの……いずれにせよ、ここに置かれている時点で“余り物”だよ」
そう言いながらも、その視線はどこか愛おしげに武器の群れを見ていた。
「とはいえ」
一拍、間を置く。
「性能自体は保証しよう。少なくとも、“そこらの量産品”よりは遥かにマシだ」
探索者は、その言葉とともにゆっくりと一歩踏み出し、視線が、銃身、機構、接合部――細部へと滑る。
(……へぇ)
手に取ることすらせず、外観だけで判断する。
重量配分
設計思想
加工精度
(無論『粗』はある)
(試作ゆえの詰めの甘さ、最適化不足……それでも──)
ほんの僅かに、目を細めた。
(市販品とは比較にならない)
量産前提の妥協がない。
一つ一つに、“性能を引き出すこと”だけを目的とした設計が見える。
(……旦那の物と比べれば、流石に劣る)
脳裏に浮かぶのは、あの男の極限まで研ぎ澄まされた、『道具』と呼ぶのも躊躇する程に完成された武器
(あれと同列に語るのは酷だが……)
それでも
(方向性としては、確かに“近い”)
“どうすればより良くなるか”を突き詰めた痕跡。
それが、この場の全てに共通している。
「……興味深い」
「おや、気に入ったかい?」
「ええ。少なくとも……『余り物』と評するには惜しい代物です」
「はは、嬉しいことを言ってくれるね」
「ですが…」
探索者は視線を武器群へ戻す。
「最終的な評価は、"使い手次第"でしょう」
「違いない」
ウタハは満足げに頷いた。
「だからこそ」
その視線が、アリスへと向く。
「彼女が何を選ぶか、だね」
「……選定、開始します」
アリスが一歩前に出る。その瞳は、無数の武器を“情報”として捉えていた。
探索者は、その背を静かに見守る。
「……ふむ…今の目つき……君も“制作する側”かい?」
ウタハからのその問いは、確信に近いものだった。
「え?な、なんで分かるの!?」
「分かるさ」
ウタハは当然のように言い切った。
「“見る場所”が違う」
「普通は形や見た目、せいぜい大きさくらいしか見ない…だが彼は違った」
視線が、探索者へ向く。
「構造、重心、設計思想……“作る側の視点”で見ていた」
「……へぇー」
「……いえ」
だが、探索者は即座に首を横に振った。
「作れませんよ」
「えぇ!?でも今の、完全にそれっぽかったじゃん!」
「触れていたことがある、という程度です」
淡々と続ける。
「所詮は“弟子”でしたから」
「弟子、ね」
ウタハの目がわずかに細まる。
「誰の?」
ほんの一瞬だけ、間。
「……旦那ですよ」
「ヤクザみたいなキセルをくわえた、ウサギの」
「……ウサギ?」
ウタハの眉がわずかに動く。
「情報量が多いね」
「ええ…私も、最初はそう思いました」
「いや普通そう思うでしょ!?」
モモイのツッコミをスルーし、探索者は遠くを見るような目で、かつて地獄を見た工房の記憶を掘り返した。
「……で、その“ウサギ”が師匠、と」
ウタハが腕を組み、興味深そうに続ける。
「ええ」
探索者はあっさりと肯定した。
「観察眼と勝つ為の戦闘方法は……大体あの人から」
「なるほどね…それであの“見方”か」
「ですが」
探索者は小さく肩をすくめる。
「私には向いていなかった」
「どれだけ理屈を理解しても、最後の精度が足りない」
「結局、“作る側”にはなれなかった人間です」
「……厳しい自己評価だね」
「事実ですので」
「……ただ」
ほんの僅かに、間。
「一度だけ、“やらされた”ことがあります」
「やらされた?」
「ええ」
視線が、わずかに遠くを見る。
「まだ年端も行かないくせに私よりも才能のある兄弟子の試作品であるナイフを渡されて」
「『これを仕上げろ』と」
「仕上げるって……普通の仕事じゃないの?」
「ええ、普通なら」
「ですが、条件が一つだけありましてね」
一拍
「“一度で完成させろ。やり直しは存在しない”」
「うわぁ……で、どうなったの?」
「失敗しました」
探索者は、何でもないことのように答えた
「焼き入れのタイミングを、ほんの僅かに外した…その瞬間、後ろから杖でド突かれましたね。危うく三途の川を渡る所でした」
「は!?」
「もちろん急所は外していましたが」
"いやそういう問題じゃないよね!?"
「『迷ったな』『二発目を考えたな』『だから温度を外した』……だそうです」
「いやいやいや意味分かんないって!!」
「ええ、本当に理不尽でしたよ」
「ですが」
視線が、武器の群れへ戻る。
「……たちが悪いのは」
視線が、わずかに落ちる。
「あの人が“本当に乗り越えられる試練”しか与えてこないところです」
「え……?」
ミドリが思わず聞き返す。
「無茶を言っているようでいて、決して“無理”は押し付けない」
「必ず、届く範囲に置いてくる」
「ただし――」
一拍
「気付いたところで、安心は出来ない」
"……どういうこと?"
「それを凌駕する力で、叩き潰しに来る」
「は!?」
「こちらが“理解した”瞬間を見計らって」
「その上から、さらに上位の理不尽を重ねてくる。“出来るようになったな”では終わらない」
「“なら次はこれだ”と」
「いや地獄じゃん!!」
モモイが頭を抱える。
「えぇ、そして……あの人は」
探索者は、静かに口を開く。
「性能だけで武器を語るような人間ではありません」
「え?」
「持ち主がどう生きるか」
「その武器が、どんな戦いを経て、どこに辿り着くのか」
一拍
「──そういう“物語”を、やたらと重視する」
「……物語?」
ミドリが小さく繰り返す。
「ええ」
探索者は頷いた。
「だからこそ、あの人の作るものは…ただの道具にはならない」
「“どう使われるべきか”まで、既に組み込まれている」
「うわ……」
モモイが引いた声を漏らす。
「それってもう、使う側が武器に合わせるやつじゃん……」
「ええ」
探索者はあっさりと肯定した。
「むしろ、それが前提です。使い手が武器に合わせ、武器が使い手を選び」
「その結果として、“一つの完成した物語”になる」
「──それが出来て初めて、“完成”だと」
「……ロマンチストだねぇ」
「ええ」
ウタハがわずかに笑い、探索者も小さく息を吐いた。
「だからこそ」
「“美しくない結末”を、極端に嫌う」
「負けるくらいなら、最初から使うな」
「中途半端に終わるくらいなら、振るうな」
「格上に挑む覚悟、逆境を覆す一撃」
「そういった“物語の山場”を、やたらと好む…そして、それを“再現しろ”と言ってくる」
「いや無茶でしょそれ!!」
モモイが即座に叫ぶ。
「本当に同感です」
探索者は迷いなく肯定した。
「“奇跡のような勝ち方”を“再現性のある技術”として要求してくる」
「……地獄だ」
ミドリが小さく呟く。
「ええ」
探索者は静かに頷いた。
「だからこそ――独裁者なんですよ」
ほんの僅かに、間。
「理想を語るだけでは終わらない、出来るまで、叩き込む」
「気付いたところで終わりではない、そこから更に上を、力で捻じ伏せてくる」
視線が、わずかに落ちる。
「しかも、与えてくるのは“必ず届く試練”で逃げ場がない」
「……うわぁ」
モモイが本気で引く。
「そして…」
探索者は、小さく息を吐いた。
「そんな経験を積み、完成されたものは……人格が宿っているようにすら見える」
「ですが、実際は違う。完成され過ぎているだけです」
「無駄がない」
「迷いがない」
「ブレがない」
「その結果、“意思があるように錯覚する”」
「……」
一瞬、場が静まる。
「……無理でしょ、それ」
モモイがぽつりと呟く。
「ええ」
探索者は、あっさりと答えた。
「形は真似できる」
「理屈も理解できる」
「ですが…彼の様な人物を、そこに落とし込むことが出来ない」
「…だから私には向いていなかった…それこそが、彼が『神の匠』と呼ばれる由縁でしょうね」
探索者が静かに語り終えると、工房を包んでいた熱気が、一瞬だけ冷え込んだような錯覚に陥る。
「……ふむ」
沈黙を破ったのは、ウタハの短く、しかし深い感嘆を含んだ声だった。
彼女は額のゴーグルをゆっくりと下ろし、改めて目の前の「事務員」を、一人の「鑑定眼を持つ者」として見据える。
「『神の匠』か……」
ウタハは不敵に、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「とても光栄だね」
「君のような、その『地獄』を生き延びた人間に……いや、そんな規格外の匠の弟子に、自分の作品が正当に評価されているという事実に、私は今、少なからず高揚しているよ」
彼女は背後の試作品たちを、誇らしげに、そして挑戦的に手で示す。
「その『独裁者』に比べれば、私の設計はまだ甘いのかもしれない。だが、君の語る伝説にどこまで食らいつけるか……マイスター、そして1人の作り手として、これほど血が騒ぐ試練はない」
「……それはいい」
探索者は、一切の虚飾を排した声で応じた。その視線はウタハの熱量に呑まれることなく、どこまでも平坦で、かつ冷静だ。
「探究心を忘れない事こそ、科学が発展する第一歩ですから」
「ふふ、全く……君は本当に掴みどころがないね」
ウタハは愉快そうに肩を揺らし、それからアリスへと視線を移す。その姿を見た探索者は、いつかに見た旦那の影をウタハに重ねていた
……だからこそなのだろう
この場で“何が選ばれるのか”に、ほんの僅かだけ興味を持っていた。