「探究心を忘れない事こそ、科学が発展する第一歩ですから」
「ふふ、全く……君は本当に掴みどころがないね」
ウタハは愉快そうに肩を揺らし、それからアリスへと視線を移す。
そんな中で…
「部長、これの計算方法って……」
少し離れた作業台の方から、オイルの匂いと共に控えめな声が飛んでくる。
端末を片手に、工具袋を肩にかけた少女──猫塚ヒビキが、計算画面を睨みながらこちらへと歩み寄ってきた。
「……あ」
途中で足を止め、探索者たちの存在に気づく。
「お客さん、でしたか……すみません、作業の途中で」
「いや、構わないよヒビキ、ちょうどいい。今、新しい被験……じゃなかった、新しい仲間に装備を選んでもらっていたところだ」
「言い直したよね今!? 絶対に実験台にする気満々だったよね!?」
モモイが即座にツッコむが、ヒビキは淡々とアリスを見据えた。
「装備選定……なるほど……その子が?」
「あぁ、彼女の直感に適う一振りを探している最中だ」
ウタハがそう応じた、その時だった。
「説明しましょう!!」
鼓膜を震わせるほどの勢いで、別の声が割り込んできた。
「うわっ!?」
モモイが飛び上がり、ミドリが目を丸くする。
ひょい、とどこからともなく──まるで「生えてきた」かのような唐突さで現れた少女が、アリスの隣に滑り込んだ。
「エンジニア部が誇る最先端技術の粋を結集した武装群について! この豊見コトリが、その構造から歴史、そしてネジ一本に込められた情念まで、余すことなくレクチャーさせていただきます!」
バインダーを抱え、眼鏡を鋭く光らせる少女──豊見コトリは、アリスの戸惑いなどお構いなしに息を吸い込む。
「例えばそこにある試作小型地雷! 従来の信管を改良し、感知精度を0.01秒単位で……」
「コトリ、そのあたりにしておきたまえ。彼女たちは今、まさに『運命の出会い』の直前なんだ」
「はっ──失礼しました!」
コトリは即座に口を閉じるが、その目だけはまだ語り足りないと主張していた。
「……」
一瞬だけ、空気が静まる。
先程までの喧騒が嘘のように引き、全員の視線が自然と一箇所に集まっていく。
無数の試作兵器が眠る鉄の密林。その最深部で――
アリスが、確信に満ちた動作でゆっくりと手を伸ばした。
「アリスは、この武器が気になります!」
その指先が、防塵シートを滑り落ちさせた先にあった「巨体」を鮮烈に示した。
「……ほう。そこに辿り着くか」
「……確かに。出力重量比だけなら、それが最大」
「流石です!! アリスさん、お目が高い!!」
ウタハ、ヒビキ、コトリの三人が、それぞれ納得と感嘆の声を漏らす。
「……大砲?」
「説明しましょう!!」
間髪入れず、コトリの声が工房の空気を叩き割った。
「これはエンジニア部の下半期の予算、その内の約70%近くを使い作られた…エンジニア部の野心作、「宇宙戦艦搭載用レールガン」です!」
「エンジニア部は現在、ヘリコプターや汎用作業ロボットに続き――宇宙戦艦の開発を最終目標としているのです!」
コトリは勢いよく腕を振り上げ、自らのバインダーを指揮棒のように振るう。
「このレールガンはその第一歩! 大気圏外での戦闘を目的として開発された実弾兵器! ミレニアム史上、明らかに類を見ない試みと言えるでしょう!!」
「宇宙戦艦の主砲……かっこいい……聞いただけでワクワクしてくる!流石ミレニアムのエンジニア部! 今回は上手く行ってるんだね!?」
「成功率が“今回”に限定されている時点で、お察しですね」
探索者が呆れの評価を下す
「ふっふっふっ、勿論です! ……と言いたい所なんですが」
コトリが、ほんの僅かに視線を逸らす。先程までの勢いが、急激にシュルシュルと萎んでいく。
「現在は、開発を中断してまして」
「えええっ!? なんで!? 今めっちゃいい流れだったじゃん!!」
「理由は単純です」
一拍
「予算です」
空気が、すん、と冷える。
「いつの世も技術者達の足を引っ張るのは、想像力や情熱の欠如ではありません…資金です」
「このレールガン一基を試作しただけで、下半期予算の七割を消費。宇宙戦艦本体となれば……その何千倍のコストになるか、計算するのも恐ろしい……」
「夢、デカすぎない……? っていうか、無計画すぎない?」
「愚問だね、モモイ」
「…ビーム砲はロマンだからだよ」
ヒビキも肯定するように首を縦に振る
「そのとおりです!ビーム砲の魅力がわからないなんて…全くこれだからモモイは」
「バカだ!頭いいのにバカの集団がいる!!」
絶叫するモモイを余所に、コトリは勢いよく顔を上げた。
「その全てを踏まえた上で! 赤字を垂れ流し、セミナーの追及から逃げ回り、それでもエンジニア部の情熱の全てが注ぎ込まれた、この武器の正式名称は――!」
一拍
「光の剣:スーパーノヴァ!!」
それは単なる武器ではない。一校の予算を食い潰してでも形にしたかった、技術者たちの「狂気」という名の結晶だった。
「また無駄に大袈裟な名前を……」
「……!ひ、光の剣……!?」
探索者が呆れる最中、アリスの瞳が、はっきりと輝いた。
「え、ちょっ……」
「アリスちゃんの目、めっちゃキラキラしてるんだけど!?」
「わぁ……うわぁ……!」
「こんなに興奮してるの、初めて見たかも……」
「……これ、欲しいです」
「……え」
空気が、わずかに止まる。
「偉大なる鋼鉄の職人よ。あの“龍の息吹”を、アリスに」
「うーん……そう言ってくれるのは、とても嬉しいのだけれど……」
「――申し訳ありませんがそれは、ちょっと出来ないご相談です!」
「何で!?この部屋にある物なら何でも持って行っていいって言ったじゃん!」
"もしかして…お金の問題?"
「いや、お金の問題ではなくて、もっと単純な理由さ」
「お金より単純……?」
「この武器は、個人の火器として扱うには――大きすぎて、重すぎるのさ」
「基本重量だけでも140kg以上!さらに光学照準器とバッテリーを装着した上で砲撃を行えば、瞬間的な反動は200kgを優に超えます!」
「……」
「まぁ、流石に普段使いするには重すぎますね」
「これをカッコいいと言ってくれただけで、私達としては十分に嬉しいよ。ありがとう持って行けるのなら、本当は喜んで渡したいところなんだけど……」
「…………」
アリスは、武器を見つめたまま動かない。
そして──
「…………!」
ゆっくりと、顔を上げた。
「汝、その言葉に一点の曇りも無いと誓えるか?」
「ん?」
「この子また喋り方が……」
「た、多分ですが……“本当なのか”って聞いてるんだと思います」
ミドリが、少し困ったように補足する。
「……」
「勿論、嘘は言っていないが……それはつまり――あれを“持ち上げる”つもり、ということかい?」
アリスは自信満々に首を振り無造作に、レールガンへと手を伸ばす。
「この武器を抜く者――」
一拍。
「北の地の覇者になるであろう!」
「何その伝説!?」
「ふふふっ、なるほど。意気込みは素晴らしいですね」
「……無理は、しない方がいい」
静かな制止。
「クレーンでも使わないと持ち上がらな――」
「んんんんっっ………………!」
「ちょっ――!?」
「………………まさか」
「えええっ!?」
「うせやろ?」
――持ち上がった。
「………………も、持ち上がりました!」
「…………信じられない」
「いやいやいやいや!?」
きょろきょろと、武器を見回す。
「えっと、ボタンは……これがBボタンでしょうか……?」
「ま、待って……!」
「やめ――」
「つ、光よ!!!」
ドカアアァァァァン!
轟音
空気が潰れ、次の瞬間――裂けた衝撃が工房全体を揺らす。
白い閃光が一直線に走り抜け――
天井に、大穴が開いた。
「…………」
粉塵が、ぱらぱらと降り注ぐ。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
「……」
静寂の中、ただ一人。
「……案の定ですね」
探索者は今日一番のため息をついた。