「あああああっ!? わ、私たちの部室の天井がぁっ!? 予算! 修理費! セミナーへの言い訳はどうすればいいんですかぁーっ!!」
あまりの衝撃に思考停止していたコトリたちの意識がようやく浮上し、我に返った絶叫が工房中に響き渡る。
もうもうと立ち込める粉塵の中、彼女たちは慌てて上を見上げ、ぽっかりと空いた「青空が見える大穴」に絶望の色を浮かべた。
「いやぁ…今日もいいペンキですねぇ…」
探索者は、遠くを見つめて現実逃避を決め込んでいる。一方で――
「……」
アリスは、台風の目の中にいるような静けさで、満足げに一つ頷いた
「アリス、この武器を装備します」
「いやいやいや待って待って待って!?」
「それはちょっと、いやかなり問題が――!」
「構わない」
ウタハの一言。
場の空気が、ぴたりと止まる。
「この子以外には扱えないだろう」
ウタハは、迷いなく言い切った。
「だったら、使ってもらった方がいい」
「ヒビキ」
ウタハは振り返ることなく、短く呼んだ。
「後で、アリスが持ち運びやすいように肩紐と取っ手を追加してくれ。それと、反動を逃がすための慣性制御ソケットもだ」
「……了解。すぐにやる」
即答だった。
エンジニアとしての「最適解」を見つけた彼女たちの瞳に、もはや迷いはない。
「え、えっと……あ、ありがとうございます!」
アリスは嬉しそうに、重さ140kgの鉄塊を軽々と抱えたまま、ぺこりと頭を下げた。
だが。
「いや?」
ウタハは、わずかに口元を歪めた。
それは、純粋な善意だけではない、エンジニア特有の「実験欲」が混じった笑みだった。
「お礼を言うのは、まだ早いよ」
「……え?」
嫌な予感が、工房の冷えた空気を走る。探索者は、その笑みに強烈な既視感を覚える
かつて自分を「届く範囲の地獄」に放り込んだ、あの師匠と同じ色だ。
「さてと」
ウタハが軽く手を叩くと、工房の各所でスリープ状態だった機械たちが一斉に駆動音を上げ始めた。
「ヒビキ。処分申請を受けたドローンとロボット、全機出してくれるかい? ちょうど『実戦データ』が欲しかったところなんだ」
「……勿論。準備はできてる」
ヒビキが静かに頷き、手元の端末をスライドさせる。
「え、ちょっと待ってください」
モモイが引きつった声を上げる中、探索者は小さく、諦念混じりの溜め息を吐いた。
「……試射の続き、という訳ですか。それも、止まっている的ではなく」
ウタハは、最高に楽しげに笑った。
「当然だろう? 武器の真の評価は、戦いの中でしか生まれない。……さあ、アリス。君がその『スーパーノヴァ』に相応しい使い手かどうか、ここで証明して見せたまえ」
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現在――
レールガンのテスト運用も兼ねた、ゲーム開発部 vs ドローン&エンジニア部による模擬戦闘を探索者とウタハは高台から眺めている。
眼下では、最新鋭のドローンが描く幾何学的な軌道と、それを力尽くで塗りつぶす閃光が激突していた。
「うおおおおおお!! 勇者の必殺技、受けてみてください!」
ドカァァァン! という腹に響く轟音。
アリスが満面の笑みで『スーパーノヴァ』をぶっ放し、演習場の一角を真っ白な光で包み込む。
「テンション高っ!? アリス、ノリノリすぎでしょ!」
「完全にイベント戦だねこれ……! 」
モモイとミドリが遮蔽物の陰で呆気にとられる中、アリスのテンションは最高潮に達していた。彼女にとって、この過酷な試射は「伝説の武器を手に入れるためのクエスト」そのものなのだ。
その様子を、探索者はどこか遠い目をして眺める。
「……楽しそうですねぇ。あんな巨大な鉄塊を振り回して、よく息が切れないものです」
探索者の言葉は、熱狂に包まれた演習場の中で唯一、温度が数度低い。その視線は戦況を冷静に分析しながらも、どこか事務的な冷ややかさを保っていた。
「そういえば」
視線は戦場のまま、口だけを動かす。
「条件が二つあると言っていましたよね。一つは模擬戦だとして……もう一つは?」
その問いに、隣に立つウタハはわずかに口元を歪めた。それは技術者としての満足感と、一人のマイスターとしての「獲物」を見つけた時のような、鋭い笑みだった。
「それは――この戦闘が終わってから説明するさ」
「……なるほど。お預け、というわけですか」
砂塵が舞い、アリスの放った熱線が空気を焦がす匂いがここまで届く。
「まぁ、強いて言うなら」
ウタハの視線が、わずかにこちらへ向く。彼女の瞳は、探索者の立ち姿、そして無意識に指先を動かして状況を整理するその「手」をじっと見つめていた。
「君に、お願いしたいことがあるんだ」
「……私に?」
探索者が、僅かに眉を動かした。
エンジニアでもなければ、ミレニアムの生徒でもない。ただの「事務員」を自称する自分に、この天才技術者が何を求めるのか。
「……嫌な予感しかしないのですが。私に、このレールガンの修理でもさせるつもりですか?」
「はは、まさか。もっと『君にしかできない事』だよ」
演習場では、アリスの最後の一撃がドローンの大群を飲み込んでいく。
勝利の歓声が上がる中、探索者は胃のあたりに走る奇妙な胸騒ぎを、小さいため息で押し殺した。
──────────────────────────
砂塵が収まり、遠くでアリスたちの勝利の喚声が上がる中。
高台の空気は、それとは全く別のベクトルで「加熱」していた。
「お断りです。別のにしてください」
一切の揺らぎがない、氷点下の拒絶。
探索者は視線すら合わせず、演習場の片付けを始めるコトリたちを見下ろしたままだ。
「そこを何とか! 一生のお願いだ、頼むよ!」
あの大胆不敵なエンジニア部部長、白石ウタハが、あろうことか探索者の足元で深々と頭を下げていた。端的に言えば、土下座である。
「……やめてください。絵面が酷すぎます。事情を知らない連中に見られたら今度こそ私の胃に穴が開く」
「構わない! 穴なら私が最新の合金で塞いでやる! だから……君のその、懐に隠している『デザートイーグル』を、一度だけでいい、分解させてくれ!」
ウタハの瞳には、先ほどまでの余裕など微塵もない。そこにあるのは、未知のオーパーツを目の当たりにした狂信者のようなギラついた輝きだった。
「……再三言っているようですが、私はまだ半人前です。人様に見せられるような代物じゃありませんよ」
探索者は溜め息をつき、無意識に懐へと手を触れる。
ホルスターの位置を、指先だけでミリ単位で微調整する。
――呼吸と同じ、無意識の所作。
「それだよ! その所作だ!」
ウタハが弾かれたように顔を上げた。
「衣服との摩擦を計算したストローク、重心補正……あの一瞬で分かる! あんな完成度の個体、ミレニアムの規格には存在しない!一体何をしたらそんな形になるんだ!!」
「……ただのメンテナンスですよ。ガタがこないように締めているだけです」
「嘘だ! 事務員がただネジを締めるだけで、あんな吸い付くような抜き心地を実現できるものか! 一体どこの工房で何を削れば、あんな滑らかなスライドの引きが実現するんだい!? 頼む、中のバネ一つ、ネジ一本でいいんだ……! 」
なりふり構わぬウタハの猛攻。
探索者は空を仰ぎ、粉塵の舞うミレニアムの空を見つめた。
(……これだから『物語』に深入りするのは嫌なんだ。特に、こういう鼻の利く『職人』が相手の時は)
旦那という名の「独裁者」に叩き込まれた、一切の無駄を削ぎ落とす狂気的なまでの調整。それは自分にとっては「日常」だが、この学園の技術者にとっては「禁断の果実」に映るらしい。
「……一つ、確認しても?」
「なんだい! 何でも聞いてくれ!」
「分解を許可した場合……『元通り』になりますよね?」
「……努力は、する。だが、もっと良くなる可能性が――」
「絶対にお断りです」
探索者が氷点下の即答を突きつけた、その時だった。
「お待たせしました! 勇者アリス、試練を乗り越えて帰還しました!」
巨大な『スーパーノヴァ』を軽々と肩に担いだアリスを先頭に、戦いを終えたゲーム開発部の面々と、淡々と端末を片付けるコトリとヒビキが合流した。
「……? 部長、何をしているの……その体勢、新しい筋力トレーニング……?」
「わわわ! 部長!? なぜ事務員さんに土下座なんてしているんですか! !」
ヒビキが小首を傾げ、コトリがパニックになりながらバインダーを振り回す。その異様な光景の中心にいた先生が、苦笑いを浮かべながら一歩前に出た。
"あはは……そこまで熱心に頼み込むなんて…彼女たちがそこまで言うんだったら、少しだけ見せてあげても良いんじゃないかな?"
先生の、いつものお気楽で、それでいて断りにくい柔らかな提案。だが、探索者は眉ひとつ動かさず、即座に、かつ断固として首を振った。
「先生。それだけは、死んでも嫌です」
"ええっ、死んでも!? そんなに大袈裟な……"
「大袈裟ではありません。これは私の『一部』であり、同時に未完成の『恥』でもあります。半人前の調整を技術者に見せるなど、師匠に対する最大の裏切りですよ」
探索者の声には、いつもの事務的な淡々とした響きの中に、決して譲れない「職人の矜持」が混じっていた。
しかし、その「職人」という言葉が、逆に火をつけた。
「……調整? 今、調整と言ったのかい?」
ヒビキの耳が、ぴくりと跳ねた。
彼女の鋭い視線が、探索者が無意識にホルスターの位置を直したその「指先」と、ジャケットの隙間からわずかに覗くデザートイーグルの「リアサイトの削り込み」に固定される。
「……待って。その表面処理。……反射防止のためのサンドブラストじゃない。手作業での……微細な、鏡面研磨の直後の打ち込み?」
「えっ? どれですかヒビキさん……あ、あああああーっ!!」
コトリが身を乗り出し、眼鏡の奥の瞳を限界まで見開いた。
「な、なんですかあのスライドの噛み合わせ! ミリ単位どころかミクロン単位のガタすら見受けられません! まるで一つの金属塊から削り出されたような一体感……! しかも、あのハンマーの角度! 撃発の瞬間までのストロークを極限まで短縮しつつ、暴発を完璧に防ぐ絶妙なテンション設定……!」
「……変態的……ミレニアムのどの工房にもない、狂った美学を感じる」
ヒビキがボソリと呟き、次の瞬間。
「「お願いします!! 分解させてください!!」」
「なっ……!?」
コトリがバインダーを投げ出し、ヒビキが端末を地面に置いて、ウタハの両隣で一糸乱れぬトリプル土下座を敢行した。
「説明しましょう! あの銃には、私たちがまだ到達していない『古き良き、しかし過激なまでのアナログの極致』が詰まっています! それを解析できれば、ミレニアムの火器体系に革命が起きます!!」
「……バネの巻き方……それだけでいい。見せて」
「君たちまで……! さあ、見たまえ探索者くん! エンジニア部の三役がここまで揃うのは、予算会議でユウカに詰め寄られる時以来だぞ!」
「……地獄か?ここは」
「先生、説得してください! 彼なら先生の言うことなら聞くでしょう!?」
"いやぁ、流石に私でも、土下座してる時の止め方は習ってないかな……"
先生が困ったように頬を掻く。
アリスが不思議そうに、レールガンをガシャンと地面に置き、探索者の顔を覗き込んだ。
「探索者、それは『呪われた装備』なのですか? 触れるとエンジニア部が全員、状態異常『平伏』になってしまうのですか?」
「……いえ。単に、私の『性分』に合わないだけですよ」
エンジニア部三役による「トリプル土下座」という、ミレニアムの歴史に刻まれかねない異常事態。
探索者は天を仰ぎ、喉の奥から絞り出すような、本日最も深く重いため息を吐いた。
「……分かりました。分かりましたから、顔を上げてください。絵面が悪すぎる」
「おおっ! ということは……!」
「解析、許可……?」
「説明しましょう! ミレニアムの光学技術とアナログの極致が今――」
「先に言っておきますが、デザートイーグルは絶対に嫌です」
ぴしゃりと言い放つ。三人の期待に満ちた表情が一瞬で凍りついたが、探索者はそのまま、太ももに固定されたタクティカル・レッグバッグへと手を伸ばした。
「……これなら、良いですよ。ただし、条件があります。改造は厳禁。あくまで見るだけ。それと――」
バッグのジッパーを開け、一本の刀を取り出す。それは過度な装飾を一切廃した、漆黒の鞘に収まった小ぶりな太刀だった。
「触る時は、細心の注意を払ってください。マジで切れます……冗談抜きで、触れただけで指が飛びますよ」
探索者は、まるで猛獣を扱うような慎重な手つきで、その子太刀をウタハへと差し出した。