巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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ハラキリDRIVE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「触る時は、細心の注意を払ってください。マジで切れます……冗談抜きで、触れただけで指が飛びますよ」

 

 

 

探索者は、まるで猛獣を扱うような慎重な手つきで、その子太刀をウタハへと差し出した。

 

 

「なっ……」

「……」

 

受け取ったウタハの腕が、一瞬、予想外の「重み」に沈んだ。

 

「重い……? このサイズで、この重量バランス……ヒビキ、コトリ、見てくれ。このシースの精度、0.01ミリの狂いもなく刀身を保持している。引き抜く際の抵抗が、計算され尽くした『無』だ」

 

「……鋼材……高炭素鋼の積層じゃない。これ、超硬合金と何かの……分子接合?」

 

ヒビキが、これまでにないほど目を剥いて刀身の根元を凝視する。

 

「ひええええ! 刃先を見てください! 研磨の目が肉眼では一切見えません! まるで分子レベルで整列させられたような、狂気的なまでの鋭利さ……! これ、空気中の塵すら触れただけで両断されるんじゃないですか!?」

 

コトリがバインダーを投げ出し、ルーペを取り出して震える手で観察を始める。探索者はその熱狂を冷めた目で見つめ、静かに口を開いた。

 

「……さっき話に出てきた旦那の太刀です。切腹用として預けてくださいました」

 

「切腹!?」

 

「えぇ、旦那曰く『お前さんはどうせまた何かやらかすだろう?そん時にゃあコイツで責任をとれ』とのことです」

 

「えぇ…」

 

「ご安心をまだコイツ…"ハラキリDRIVE丸"の出番は来てませんので」

 

「ダサ!」

 

「切腹を発動すること自体が稀でしてね。大抵は何も起きないまま終わるんですが──」

「いざ発動した時には、色々と“取り返しがつかなくなる”ので、この名前にしました」

 

「なんか嫌なリアルさがあるんだけど!?」

 

「ちなみに、これの兄弟に“ハラキリDOUBLE丸”というものも存在します」

 

「増やすな!?」

 

「えぇ。あちらは更に発動率が低い代わりに、発動時の被害が倍になります」

 

「誰が使うのそれ!?ってか切腹を前提にするな!」

 

「さぁ?……物好きでしょうね」

 

一呼吸置いて、探索者は淡々と付け加えた。

「……まぁ、他にいい名前が思いつかなかっただけですが」

 

「絶対それが一番の問題でしょ!!」

 

「自覚はあります」

 

「開き直るな!!」

 

「これが…あの『独裁者』の」

 

「……研ぎの角度が一定じゃない。切っ先から根元まで、用途に合わせて微妙に曲率を変えている……手作業でこれを……?」

 

ヒビキが陶酔したような溜め息を漏らす。

 

「探索者、それは『伝説の短剣』なのですか? 装備するとクリティカル率が100%になるのですか?」

 

アリスが目を輝かせて覗き込むが、探索者は疲れたように首を振った。

 

「そんなアーティファクトみたいな物ではありませんよ……さて、満足しましたか? それが私の見せられる限界です。もう、デザートイーグルの話はしないでくださいね」

 

 

 

 

エンジニア部が陶酔し、探索者が呆れるその異様な空気の中、モモイが不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

「……ねえ、さっきから『指が飛ぶ』とか『塵も切れる』とか言ってるけど、流石に盛りすぎじゃない? 見た目は普通の、ちょっと地味なナイフだしさ」

 

「お姉ちゃん、疑うのは良くないよ……でも、確かにそこまで言われると、実力が見てみたいかも」

 

ミドリも便乗して、期待の眼差しを向ける。探索者は本日何度目か数えるのも止めた溜め息を吐き、周囲を見渡した。

 

「……誰か、果物か何か持っていませんか? 食べ残しでも構いません」

 

「お昼ご飯用のリンゴがありますよ! はい、どうぞ!」

 

コトリがリュックから、まだ皮の付いた丸ごとのリンゴを取り出した。探索者はそれを無造作に受け取り、高台の平らな作業台の上に置く。

 

「……一瞬ですよ」

 

瞬間、それまで饒舌だったウタハとコトリが、反射的に息を呑んで一歩下がった。本能が「それ」を、ただの金属塊ではなく、致死性の牙だと認識したのだ。

 

探索者が動く。

……否、動いたようには見えなかった。

ただ、リンゴの横をナイフの先端が、そよ風のように撫でただけ。

 

「……え? 今、何かした?」

 

モモイが拍子抜けしたように笑う。リンゴは、先程と変わらずそこに鎮座している。傷一つついたようには見えない。

 

「……斬れてないじゃん。やっぱり大袈裟だ──」

「モモイ……喋るな。空気が、動く」

 

ヒビキが、かつてないほど鋭い声で制した。

探索者は短刀を無言で鞘に納めると、指先でリンゴの横腹を、ほんの僅かに、羽毛で触れるような力加減で押した。

 

「──っ!?」

 

 

次の瞬間。

吸い付くように一つだったはずのリンゴが、音もなく、滑り落ちるように二つに分かれた。

 

 

「なっ……ななな、何これ!? 断面が……鏡みたいになってる!?」

 

モモイが絶叫する。

リンゴの断面は、通常の刃物で切った時に見られる「繊維の潰れ」が一切存在しなかった。細胞のひとつひとつを、分子の隙間に滑り込ませたかのような、恐ろしいまでの平滑さ。あまりに滑らかすぎて、表面張力だけで密着していたのだ。

 

「……見ていてください」

 

探索者が、分かれたリンゴを再び元の位置にそっと重ねる。

すると、どうだろう。

切り口の境界線が消失し、まるで最初から一つの果実だったかのように「くっついて」見えたのだ。

 

「……細胞を、壊さずに断ち切った……だから、組織同士が再び密着して、分子間力で繋がってる」

 

ヒビキが震える指で断面を凝視する。

 

「ひ、ひえぇぇ……これ、切腹用レベルじゃないですよ! 旦那さん、一体何者なんですか!?」

 

コトリが腰を抜かし、ウタハはもはや言葉を失い、ただただそのリンゴを、宗教画でも見るような目で見つめていた。

 

「……さて…もう満足しましたか? 帰りましょう、お腹も空きましたし」

 

探索者は、まるで鉛筆でも削った後のような平然とした態度で、リンゴを一つにまとめたままコトリに返した。

 

「あ、アリスは今、伝説の"次元斬り"を目撃しました……! 探索者、あなたはやはり、隠しボスだったのですね……!」

 

「……次元斬りは使えませんが……『風を断つ斬撃』なら使えますよ」

 

さらりと、まるで「明日の天気は晴れですよ」とでも言うような温度で、探索者は付け加えた。

 

 

 

 

「……ぷっ、あははは!」

 

沈黙を破ったのは、我慢できなくなった様子のモモイだった。

 

「ちょっと探索者さん! 今の何!? 『風を断つ斬撃なら使えます』って!」

 

モモイは腹を抱え、涙を滲ませながら笑い転げる。

 

「格好良すぎでしょそれ! 完全に中二病キャラのセリフだよ! どこのラスボスだよもう!」

 

「……事実を言っただけですが」

 

探索者は、眉一つ動かさずに返す。その指先が、無意識にレッグバッグに収まった「旦那の太刀」の感触を確かめたことに、隣のウタハだけが気づき、目を細めた。

 

「いやいやいや、その“事実”がもうアウトなんだって!」

 

「お姉ちゃん……笑いすぎ……」

 

ミドリが呆れながらも、小さく口元を押さえる。

 

「でも……ちょっと分かるかも。言い方が、なんか……それっぽいというか、説得力がありすぎて逆に面白いっていうか」

 

「でしょ!? 絶対わざとだって! 私たちの反応を楽しんでるでしょ!」

 

「……冗談ですよ」

 

探索者が、ぽつりと付け加える。

 

「さすがに“風を斬る”なんて芸当、現実的ではありません」

 

淡々と、理屈まで添える。

 

「物理的に考えても非効率ですし、再現性もありませんから」

 

「……なんか急にそれっぽい説明きた」

 

モモイが胡乱な目を向ける。

 

「さっきまでのノリどこ行ったのさ」

 

「最初から冗談です」

 

一切の迷いなく言い切る。

 

「探索者さんって……そういうジョーク、言うんだ……」

 

「失礼ですねぇ」

 

探索者はわずかに肩をすくめた。

 

「私はジョークが──」

「人が愚かにも私の掌で踊っている所を見ることの、次に好きでしてね」

 

「どっちにしろ性格悪っ!!」

 

間髪入れずにモモイが叫ぶ。

 

「今それ言う!? 本人目の前だよ!? 」

 

「安心してください。今のは一般論です」

 

「絶対違うでしょ! 今の流れでそれ通ると思ってる!?」

 

「通らなかったようですね……残念です」

 

エンジニア部が陶酔し、探索者が呆れるその異様な空気の中、ようやくリンゴの「再密着」という怪奇現象から立ち直った一行が、撤収の準備を始めた。

 

「さて、そろそろ帰りましょうか。確かにここでの目的はもう完了しましたし」

 

"うん、みんなお疲れ様。アリスのレールガンも無事にゲットできたしね"

 

 

「あっ…忘れてた。おいで、アリス。その武器の使い方を教えてあげる、それと取っ手の部分をもう少し補強しようか」

 

 

「分かりました!」

 

 

「それじゃあアリスちゃんの用事が終わったら戻ろうか!」

 

ミドリが微笑ましく二人を見送る。――その時だった。

場の空気を切り裂くように、不意のバイブ音が鳴る。探索者のジャケットの内で、スマートフォンが執拗に震えていた。

 

「おっと、失礼……」

 

何気ない仕草で画面を確認し

 

「……はぁ」

 

露骨に、深いため息。ほんの一瞬だけ、表情が曇った。

 

「うわ、何その顔……絶対ロクでもないやつじゃん」

 

モモイが露骨に引く。

 

探索者は一度だけ周囲を見渡し、

 

「……少し外します。たぶん長くなるので先帰っといて下さい」

 

「えっ?」

 

「どうせろくでもないことなので」

 

それだけ告げて、その場を離れた。

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

人気のない廊下

 

 

 

 

機械音だけが遠くに響く静かな空間を、探索者は足早に進む。 

やがて、無機質な扉の前で立ち止まり──トイレの中へと入る

 

個室に入り、扉を閉める。鍵のかかる音が、やけに大きく響いた。

 

探索者は、大きな…それはまた大きなため息をついて、ようやく通話ボタンを押した。

 

「…どちら様で?」

 

短い沈黙

『……ミレニアムサイエンススクールセミナー会長。調月リオよ』

 

「……」

 

探索者の視線が、わずかに、しかし鋭く細まる。

鏡に映る自分の顔を見るまでもない。今、自分は最高に「嫌な顔」をしているはずだ。

 

(……厄介なのが来たな)

 

「これはこれは」

 

感情の乗らない声。

 

「“失踪しているはずの会長様”が、どういったご用件で?」

 

わずかな皮肉。だが、先程までとは違う――明確な“警戒”が滲む。

 

『単刀直入に言うわ』

 

間を置かず、リオは続けた。

 

『あなたと一緒にいるAL-1S……通称“アリス”について話があるの』

 

「……」

 

ほんの僅かに。探索者の空気が、変わる。

 

「……なるほど」

 

低く、押し殺した声。

 

「その話が、“穏やかな類”であることを期待しても?」

『……保証はできないわね』

 

即答だった。

 

「……でしょうね」

 

探索者は小さく息を吐く。

 

『詳細は、ここでは話せないわ』

 

一拍

『データセンター……時計台の裏手で待っているわ』

 

「……」

 

『直接会って話したいの…貴方になら、この話の価値が分かるはずよ』

 

無駄のない、静かな圧。

探索者は数秒、何も言わずに思考を巡らせ――

 

(……通信越しに話せない内容。位置指定。対面要求……面倒だな)

 

「……随分と手間をかけさせてくれますね」

 

『…申し訳ないのだけれど、一般回線で話せるような内容じゃないの。その事を貴方も理解しているのではなくって?』

 

「……なるほど」

 

一拍

 

探索者は視線を落とし、静かに結論を出した。

 

「分かりました。向かいます」

「ただし――無駄足だった場合、その場で帰りますので」

 

『構わないわ』

 

間髪入れない肯定。

 

「……では、後ほど」

 

通話を切る。

冷たい電子音が消え、再び個室の中には機械的な空調の音だけが残された。

 

探索者は、もう一度だけ、本日最も深く重いため息をついた。

 

「……やっぱ面倒事かよ…」

 

「帰りたいけど…知りたい事もあるし…しゃーないか」

 

本音を吐き捨て、探索者は個室の壁に背中を預けた。

窓のない個室では時間の感覚が狂いそうになるが、外はまだ、眩しいほどの昼の光に包まれているはずだ。

 

 

探索者は、覚悟を決め、カチャリと個室の鍵を開けた。

 

音もなく開いた扉の先、明るい廊下。

ミレニアムの合理的な光が溢れるその中心で、探索者は一人、時計台の裏という「影」へと足を踏み出した。

 

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