日当たりの良い表通りとは対照的に、時計塔の影に入ると空気の温度が一段下がったように感じられた。
待ち合わせ場所であるその場所に、金髪の人物は立っていた。
「……正確な歩幅、無駄のない重心移動……貴方が探索者様ですね?」
声のした方を向いた探索者は、わずかに眉を寄せた。
そこにいたのは、一人の少女。それも、この無機質な時計塔の裏手にはおよそ不釣り合いな、完璧に着こなされたメイド服を纏っていた。
(……メイド服? 確かミレニアムでこの格好をしてるのは、あの『C&C』だったか?だが……)
探索者は脳内の名簿を高速でめくる。
ミレニアムの仕事を請け負う掃除屋。リーダーのコールサイン
その中に、これほどまでに感情の欠落した、"冷たい機械"のような少女がいただろうか。
(……いや、いないな。C&Cにこんな奴がいたか? 少なくとも、表の記録には載っていなかったはずだが)
「私の主人……セミナーの会長がお呼びです。ご同行をお願い致します」
「……随分と丁寧なメイドさんですね。美甘ネル…C&Cと知り合いかと思いましたが、どうやらそちらの『主人』は、随分と秘密主義らしい」
探索者が探るような視線を向けると、少女――トキは表情一つ変えずに答えた。
「現在の私のタスクは、貴方を確実に目的地までお連れすることです。余計な情報の開示は、計算に含まれておりません」
「『確実』に、ねぇ……もし私が今ここでやっぱり帰ると言い出したら、力ずくでも連れて行く、と?」
「その必要がないことを、マスターの計算と貴方の合理性が保証しています……こちらへ」
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「リオ様、例のお客様をお連れ致しました」
トキが静かに一礼し、入室を促す。
高層ビルの最上階。ミレニアムの学園都市を一望できるその部屋は、静謐でありながら、どこか世界の終わりを見届けるための観測所のような、独特の圧迫感に満ちていた。
「入って頂戴」
許可が出た。
探索者が足を踏み入れた瞬間に感じたのは、奇妙なほどの「極端な二色」だった。
室内には、二人の人物がいた。
色、スタイル、纏っている雰囲気……ぱっと見だが、そのすべてが対照的だというのが第一印象だった。
「初めまして。このミレニアムサイエンススクールでセミナーの会長をしている、調月リオよ」
部屋の奥、巨大な窓を背にしたデスクに座る黒髪の少女が、感情を排した声で告げる。
夜の静寂をそのまま形にしたような、冷徹な管理者の顔だ。
「そして彼女が──」
隣に控えていた車椅子の少女が、まるで舞台女優のような優雅な所作で髪を払い、花の咲くような笑みを浮かべる。
「澄み切った純正のミネラルウォーターとも形容される超天才清楚系病弱美少女ハッカー、明星ヒマリと申します。以後、お見知りおきを」
「……」
あまりに情報の渋滞した自己紹介に、探索者は一瞬だけ言葉を失った。
(……黒と白。冷徹な管理者と、自信過剰な自称天才……対照的だな…ついでに言うなら、どっちも別の方向で癖が強いというか…"おもしれー女"なのが一番厄介だな)
探索者は小さく息を吐くと、二人の視線が交差する中心へと歩み寄った。
「お招きにあずかり光栄ですよ、会長さん……それと、ミネラルウオーターで…ええと……超天才で清楚な、ハッカーさん」
「おや、あえて『病弱美少女』の部分を省きましたね? 照れなくてもいいんですよ、私の輝きが眩しすぎるのは理解していますから」
「……ヒマリ、ふざけている時間は無いの……座って頂戴、探索者」
リオの低い声が室内の温度を数度下げた
ヒマリは「相変わらず余裕がありませんね」と肩をすくめ、探索者は改めて二人の少女を見据えた。
「さて。わざわざメイドを使いに出してまで、私をここへ呼んだ理由を伺いましょうか……アリスの件、でしたね?」
探索者は促されるまま、高価そうな椅子に腰を下ろす。
「……計算通りの反応ね。貴方のその『合理的で、かつ少しばかり質の悪い性格』は、こちらでも把握しているわ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「……今日貴方に来て貰ったのは、私達の計画に協力して貰うためよ」
「……内容は?」
「…私達は今、とある一つの目的の為に一時的に協力関係を結んでいるんです……はぁ」
「……はぁ、って。溜め息をつきたいのはこちらですよ」
探索者のぼやきを無視して、ヒマリは優雅に髪を払い、さも心外だと言いたげに続けた。
「部外者の貴方には何でもない様に聞こえるかもしれないですけど、私達の相性は最悪の一言に尽きるのですよ。云わば水と油。リオが泥にまみれて地を這う虫なら、私は清らかな空を美しく舞う白鳥……本来なら、同じ地平で語ることすらおこがましいレベルなのです」
(……虫でも蝶みたいに飛べる個体もいるくね?)
探索者は反射的にそう思ったが、それを口に出せばこの「自称白鳥」の饒舌な自分語りがさらに加速するであろうことを察し、賢明にも飲み込んだ。
(……自分で自分を『美しく舞う白鳥』、相手を『地を這う虫』よくもまあ、本人の目の前でそこまで言い切れるもんだな)
「……ヒマリの話は無視して大丈夫よ。とにかく、学内でも私達の相性の悪さは有名なのだけど」
どれだけボロクソに比喩されても、リオは眉一つ動かさない。その異様なまでの「目的優先」の姿勢が、かえって探索者の警戒心を煽った。
「……なるほど。そんな二人が手を組むレベルの事態、と」
「理解が早くて助かるわ。それで、その内容なのだけれど……貴方達が、あの廃墟から連れて来た者の正体を判明させたいの」
「……あのアリスの?」
「えぇ。貴方達が廃墟にある謎の施設から連れて来た、AL-1Sという名の少女の姿をしたナニカ……私達はその正体を明かすために、現在手を組んで動いているの」
(…一応目的としては俺と同じ…か…なら)
「……仮に協力するとして……私に何をさせるつもりですか? 現場の調査か、あるいはアリスの監視か」
探索者は、最悪のパターンをいくつか想定しながら問いかけた。
だが、リオから返ってきたのは、想定のどれとも違う言葉だった。
「出来る事なら、何もしないで欲しいのよ」
「……は?」
探索者の口から、間の抜けた声が漏れた。
「協力してほしい」と呼び出しておきながら、「何もしないでほしい」
間の抜けた声を漏らした探索者に、リオは表情一つ変えず、授業を進める教師のような冷徹さで告げた。
「一から説明するわ」
そこから語られた内容は、この学園の頭脳たちが束になって仕掛けた、巨大な"誘導尋問"のような計画だった。
「まず、これからゲーム開発部が廃墟で手に入れるであろう『G.Bible』……残念ながら、いくら優秀なヴェリタスのメンバーであっても、あのデータのパスワードを解析することは不可能よ」
「不可能……? あのヴェリタスが、ですか」
「ええ。何故言い切れるかと言えば、そこにいるヒマリが、ヴェリタスの元部長だからよ……今は私の要請で特異現象捜査部の部長をしているけれど、彼女以上にミレニアムのシステムを知る者はいない」
「ふふっ。私の知性は全知を超越していますから。その私が『無理』と言うのですから、それは宇宙の真理と同義なのです」
ヒマリは誇らしげに胸を張る。だが、話はそこからが本題だった。
「G.Bibleの解析には、『鏡』という名のヒマリ特製ツールが不可欠なの。けれど、それは少し前にセミナーガサ入れで没収させてもらったわ」
「……」
「そんな訳で、パスワードを知りたいゲーム開発部。没収されたことがヒマリにバレる前に、こっそり『鏡』を取り返したいヴェリタス。それから……面白い技術には目が無いエンジニア部。その三者が手を組んで、近いうちにセミナーを襲撃するだろう、と予測しているわ」
リオは淡々と、まるで明日の天気予報でも話すかのような口調で続けた。
「……というより、私達で、そうなるように仕組みました」
「……お前らが黒幕かよ」
絞り出すような探索者の言葉。それは、もはや驚きを通り越した、深い呆れだった。
「人聞きの悪いことを言わないで頂戴。私はただ、"純粋な観測結果"を得るための舞台を用意しただけよ」
「その舞台の裏方として、貴方の"何もしないという協力"が必要なのですよ」
「…私が下手に動いて折角の観測が台無しになるぐらいなら先に話して取り込んでしまおう、ということですか」
探索者が射抜くような視線を向けると、リオは否定も肯定もせず、ただ淡々と事実を上書きする。
「正確には、貴方を『制御可能な変数』へと置き換えたのよ。何も知らずに貴方がアリスの味方をして、私たちの計算を狂わせる……その不確定要素を排除するには、情報を共有して『沈黙を選択させる』のが最も合理的だわ」
「ふふっ、流石は私の見込んだお人。察しが良くて助かります。無知な善意ほど、精緻なプログラムを壊すバグはありませんからね」
ヒマリが車椅子の肘置きに頬杖をつき、楽しげに目を細める。
「そして彼女達の襲撃に対して此方はC&Cを警備に付けることでAL-1Sの言動や実力を観測する事で正体を明かそうとしているの」
「……ですが、あのアリスの仲間……モモイは考えなしのアホですが、状況判断能力に関してはピカイチだ。あの子は、C&Cが警備しているという情報がある時点で、部員の安全を優先して作戦を中止するか、あるいは別の手を考える。その辺りはどう考えているんです?」
「そこは問題ないわ……判断材料となる『変数』を、こちらで操作しているから」
リオが淡々と答えると、隣でヒマリが楽しげに指先を躍らせました。
「ええ。一つは貴方の存在、そしてもう一つがC&Cのリーダー、美甘ネルの不在ですわ」
「ダブルオーがいない?」
「現在、彼女には別の重要任務を与えて遠方に派遣しているわ。ミレニアム最強のネルがいない……その一点だけで、防衛戦力の“核”が消える」
「……」
「統率、突破力、そして何より“抑止力”。彼女一人で担っている比重は、他とは比較にならない」
ヒマリが補足するように言葉を継ぎます。
「ええ。要するに――“絶対に勝てない理由”が一つ消える、ということです♪」
「貴方という戦力が味方にいて、さらにネルさんが不在……この条件が揃えば、私の可愛い後輩たちは『勝機あり』と見て、実に良い具合の作戦を立てるでしょう。恐らくモモイちゃんも、その誘惑には抗えないはずですよ」
「……」
「だけど、そうなると別の問題が発生するわ」
リオが探索者を真っ直ぐに見据える。
「貴方が作戦に参加してしまえば、貴方一人で何もかもが終わってしまう可能性が出てくる。そうなればAL-1Sの実力を観測するまでもなく、私たちの警備部隊は壊滅してしまうでしょう……それは、私たちの望む結果ではない」
「買い被りすぎですよ。私はただの事務員です」
「そうかしら」
「風紀委員長不在とはいえ、334人規模の風紀委員会を単独で制圧寸前まで追い込み、カイザー社を実質的に崩壊させた人物が“ただの事務員”……?」
「言い換えるなら、“危険な冗談”ね」
「……運が良かった。それだけです」
「再現性のない成功例を、実力としてカウントするのは非合理的でしょう?」
探索者の短い返答に、隣で車椅子に座るヒマリが、くすりと喉を鳴らして笑う。
「ふふっ……その“再現性のなさ”を、意図的に作り出している人物が何を仰いますやら」
「まぁいいでしょう。その仮定を受け入れたとしても――」
「“運の良い人間”が、同じ状況で何度も生き残る確率は、限りなくゼロに近い」
「……」
「それでも貴方は、生き残っている」
「だから私は、“運”ではなく“能力”と判断しているの」
「理屈は分かりましたよ……分かりましたけどね」
探索者は後頭部を掻きながら、呆れたような、しかし鋭い視線を二人に向ける。
「あら。何か問題でも?」
「大アリですよ、会長様……いいですか、今シャーレはゲーム開発部側だ。そんな私が、部活動の存続がかかった一大事の作戦に不参加……それだと例えどんな理由があっても、あの子たちからすれば違和感しかないね。不自然すぎて、逆にこちらの『裏』を疑われる」
「ええ、分かっているわ……一応、それに関しても対策は立てているわ」
「……ほう。どんな対策で?」
はい、長くなるのでここで分けます。ぶち切りになってしまって申し訳ないです。
…描写が思いつかなかったんや