巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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この探索者が最も好きなことの一つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という流れで行けば、問題無いはずよ」

 

リオからの作戦説明を聞き終えた探索者は、溜め息混じりに肩をすくめた。その内容は、あまりにも“探索者という個体”の消耗を前提としたものだったからだ。

 

「問題しかないです。下手したら死にますよ、私?」

 

「あら? あの無敵の『天秤』を使えば、ネルさん相手でも楽勝なのではなくって?」

 

ヒマリの涼やかな皮肉に、探索者は首を横に振った。

 

「……アイツは今、絶賛謹慎中です。機嫌を損ねている時に下手に使えば、敵を裁く前に私が爆発四散する」

 

「なるほど。“切り札にも使用制限がある”と……これはこれは、全知の私にとっても興味深い情報ですわ」

 

ヒマリがくすりと笑い、リオがその瞳に冷徹な光を宿して確認するように問いかける。

 

「……理屈は通したはずよ。では、協力してくれるわね?」

 

数秒の沈黙…室内を支配する、世界の命運すら動かしかねない重圧。

探索者はゆっくりと目を閉じ、肺の中の毒をすべて吐き出すように、長く、静かに息を吐いた。

 

 

「…」

 

 

息を吐ききった探索者はゆっくりと目を開く、その目にはケツイが漲っていた。

 

「筋は通ってる。合理的だ。リスク管理としても悪くない……ミレニアムの頭脳が揃って導き出した答えなら、それが正解なんでしょうよ」

 

ヒマリが勝利を確信したように、花の咲くような笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、でしょう? ならばサインを――「その話」」

 

一拍。

ゆっくりと目を開く。そこには、事務員の退屈な眼差しではなく、数々の死線を潜り抜けてきた「探索者」としての、鋭利な光が宿っていた。

 

「だが断る」

 

「……」

空気が止まった。

リオの無機質な瞳がわずかに見開かれ、ヒマリの笑みが凍りつく。

誰もが「YES」と言うはずの完璧な理論武装を、たった一言の拒絶が切り裂いた。

 

「この探索者が最も好きなことの一つは──」

 

わずかに口角を上げ、目の前の「黒」と「白」の少女たちを真っ向から見据えた。

 

「自分に主導権があると思っている奴に、“NO”を突きつけてやることだ」

 

探索者はゆっくりと立ち上がると、事務員としての退屈な仮面を剥ぎ取り、鋭利な「探索者」の眼差しを二人へ向けた。

 

「勘違いするな。あんたたちの言う『観測』の重要性は否定しない。だから、ゲーム開発部が仕掛ける潜入任務……その現場には同行しないでおいてやるよ。俺が横に居れば、あの子たちも俺に甘えて『本来の姿』を見せないだろうからな。そこまでは、あんたたちの描いたシナリオに乗ってやる」

「それに…折角の"Lesson"が台無しだ」

 

リオがわずかに眉を動かす。だが、探索者の言葉はそこで終わらなかった。

 

「だが、その先のやり方はこっちで決めさせてもらう」

 

「……どういう意味かしら?」

 

「俺は“ただ観測される側”に回る気はない。駒にするなら、せめて動かし方くらいは自分で決めさせてもらうと言ったんだ」

 

探索者は出口へと一歩踏み出し、振り返ることなく言い放った。リオはわずかに目を細める。計算外の反応に対する、隠しきれない興味がその瞳に宿っていた。

 

「……随分と、主体性の強い駒ね」

 

「おや……」

 

隣でヒマリが小さく首を傾げる。

 

「その物言い。まるでこの状況を、一つの『ゲーム』とでも捉えているように聞こえますが?」

 

探索者は肩をすくめ、鼻で小さく笑った。

 

「似たようなもんだろ。ルールがあって、勝ち負けがあって、最悪の場合は『死ぬ』……ただそれだけの話だ」

 

「……」

ヒマリの瞳が、わずかに鋭さを増す。

 

「なるほど。では、そのゲームにおける貴方の行動原理は?」

 

探索者は足を止めず、背中越しに淡々と答えた。

 

「主導権を渡した時点で詰みだな。そういう『シナリオ』は、一つや二つじゃない。嫌というほど見てきたんでね」

 

室内の空気が、僅かに張り詰める。それは誇張でも虚勢でもない、数多の修羅場を越えてきた者だけが持つ“経験則”の重みだった。

 

「だから俺は、誰の盤にも乗らない」

「乗るとしても――せいぜい“対等なプレイヤー”までだ」

 

わずかに視線だけを後ろへ向ける。

 

「……例外があるとすれば」

 

わずかに口角が上がる。

 

コロン――

 

乾いた音が、どこからともなく響く、2人はそれが“サイコロの転がる音”だと認識するまでに、一瞬の遅れがあった。

 

「邪神のコマになるときだけさ」

 

――その瞬間。どこからともなく、短く、掠れた猫の鳴き声が響いた。

 

「……?」

 

ヒマリがわずかに眉を寄せる。だが、部屋のどこにもそれらしい気配はない。

 

空調の音も、機械の駆動音も変わらない。それでも確かに“今のは猫の鳴き声だった”と理解できてしまう。

リオは何も言わない。ただ一瞬だけ、視線を窓の外へと向ける

そしてすぐに、何事もなかったかのように探索者へと視線を戻す。

 

「観測でも、計画でも、好きにやればいいさ。ただし、俺がその『正解』を書き換えたくなった時は――遠慮なく盤面ごとひっくり返させてもらう」

 

扉の前に立つトキの威圧を悠然と受け流し、探索者は重厚な扉を押し開けた

 

 

が開かない。

 

 

もう一度、押す。やはり開かない。

 

 

「……引き戸かよ」

 

何事もなかったかのように横に引く。

 

 

 

 

ドンッ

 

 

 

扉が閉まった瞬間、外で、何かが盛大にぶつかる音がした。

 

空気だけが、完全に死んだ背後で、ミレニアムの頂点に立つ二人の少女が、初めて“制御不能な変数”を前に沈黙する。

 

 

その沈黙は――

 

さっきまでとは、少しだけ種類が違っていた。

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「……上手く行ったんですか……?」

 

「うん!バッチシだよ!!」

 

部室に入り、驚愕する探索者。それもそのはず、あの“冷酷な計算機”とも呼ばれる早瀬ユウカが、あまりにも不自然な少女を部員として認めたのだ。

 

「……あの太ももは気でも狂ったのか?」

 

「まぁ……でも今学期でこの部室から出ていかないとって言われちゃったけど……」

 

ミドリの言葉に、場の空気がわずかに沈む。

話によれば現在、部の存続条件として“成果の証明”が課されているらしい。

 

――では何故、それをゲーム開発部が今まで知らなかったのか。

理由は、反吐が出るほど単純だった。

 

モモイが期間限定のゲームイベントを優先して部長会議をサボり、決定事項を一切聞いていなかった。ただそれだけである。

 

「……話を聞く限り、九割はこのバカが悪いですね」

 

探索者は冷徹な指先でモモイを指差した。

 

「多くない!? 九割は盛りすぎだよ!」

 

「の、残りの一割は……?」

 

おずおずと尋ねるミドリに、探索者は容赦なく追撃を浴びせる。

 

「……コイツを部長会議に参加させるというファンブル(致命的な判断ミス)を犯した、君たち」

 

「し、辛辣……」

 

一瞬の沈黙

だが、正論で殴ったところで状況が変わるわけでではない

 

「……ともかく」

 

ミドリが小さく拳を握り、決意を固めるように顔を上げた。

 

「やるべきことは、一つです……」

 

「ミレニアムプライズで受賞できるような、最高のゲームを作ること」

 

「最近変わった要件だから猶予期間はあるけれど……」

 

視線が落ちる。その先に広がるのは、散らかった部室と、あまりに短いカレンダーの余白。

 

「その期限が、今月末までで……今月中に結果を出せなければ、私たちの部は――」

 

一拍。

 

「たとえ4人でも、400人でも……廃部になるって」

 

先程まで笑っていたモモイも、この時ばかりは唇を噛んで黙り込んだ。

 

「って事は結局G.Bibleが必要じゃん!またあの廃墟に行くの!?やだぁ!」

 

「……取れてなかったんですか?初耳なのですが」

 

「えっ?知らなかったの」

 

「……報連相って言葉聞いたことありますか?」

 

「知ってるよ!おひたしとかにすると美味しいよね!」

 

ぴくり、と探索者のこめかみが跳ね、握りかけた右手を、左手で押さえつける

 

「……ふーっ……」

 

ゆっくりと息を吐く。

 

「アンガーマネジメントです。落ち着くのです私」

 

わずかに震える拳。

 

「このアホ面に右ストレートをぶちかましたい自分を、抑えるのです」

 

 

「…………責任、取らないと」

 

部室の隅で、ユズが小さく震えながら立ち上がった。

 

「G.Bibleを探しに、また廃墟に行くなら……私も、一緒に行く」

 

「え、えぇ!? 嘘!?」

 

ミドリが絶句するのも無理はない。ユズはもう半年近く、校舎どころか――“建物の外”にすら出ていないのだから。

 

「……元々は、私のせいだから。それに、この部室は……もう私だけのものじゃない……一緒に守りたいの」

 

顔を上げたユズの瞳には、かつてない決意が宿っていた。

その一歩は、小さく――けれど確かに。誰かの描いた“正解”を踏み越えるためのものだった。

 

「ユズちゃん……!」

 

「パンパカパーン! ユズがパーティーに参加しました!」

 

「よし! やるしかない、行こう! アリスちゃんも武器とか装備持って!」

 

「アリス、了解しました。アイテムを選択……『光の剣:スーパーノヴァ』を装備しました!」

 

「よし、行こっか! 今度こそG.Bibleを手に入れるために!」

 

「……うん、皆で部室を守ろう!」

 

高まる空気。少女たちが手を取り合い、逆転の物語へと駆け出そうとした――その時。

 

「――話の腰を折るようで悪いですけど」

 

「私は行けません」

 

探索者の、どこか他人事のような声が、場の熱を冷やした。

 

「えっ!? なんで!」

 

「リン行政官……私と先生の直属の上司から、緊急の呼び出しを食らってましてね」

「『書類をほっぽりだしてどこほっつき歩いてるんだ、仕事せんかいゴルァ』……とのことです」

 

"リンちゃんそんな口調じゃないよね!?"

 

 

「意訳ですがね。……ただ、相当お怒りなのは間違いないでしょう」

「それとも……先生が変わって"よし!皆行こうか!"それでいいのかよ…」

 

高まる空気。少女たちが手を取り合い、逆転の物語へと駆け出そうとした――その時。探索者は、ふと何かを思い出したように口を開いた。

 

 

「……あぁ、そうだ。才羽姉、妹。それと先生」

 

名指しされた三人が、弾かれたように振り返る。

 

「“Lesson”を忘れないこと。私からは以上です」

 

一拍。探索者の瞳から温度が消え、数多の怪異や死線、あるいは「名状しがたき何か」を潜り抜けてきた者特有の、冷徹な光が宿る。

 

「お…覚えてるよ!」

 

「私もです…!」

 

「……れっすん?」

 

ユズが小さく首を傾げ、アリスもまた不思議そうに、そのクリスタルな瞳を瞬かせた。探索者はそれを見て、ふっと肩をすくめる。

 

「そっちの二人は、まぁ、今は気にしなくていいですよ」

 

軽く流すような口調。だがその目だけは、獲物を射抜くような鋭さを失っていない。

 

「ただ――」

 

一拍。その場の空気が、物理的な質量を伴って重くなる。

 

「理解できなければ、そこで終わるだけですから」

 

「…………」

 

室内の温度が、ほんの僅かに冷えた。冗談のようでいて、決して冗談には聞こえない声色。

 

「それでは、今度こそ武運を祈ってますよ」

 

 

そう言い残し、探索者は部室を後にした。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

(さて…アイツと戦うのなら…準備をしなきゃな)

 

 

賑やかな部室を後にした探索者は、独り、正午の眩い日差しが照りつける街へと歩み出した。

向かった先は、リオが決戦会場になるでであろうと予測した、ミレニアムタワーを一望できる周辺ビルの屋上だ。

 

いわゆる、決戦会場の下見である。

 

屋上を吹き抜ける風は暖かく、遠くからは学生たちの賑やかな声が風に乗って聞こえてくる。だが、探索者がその場所の中央へ足を踏み入れた瞬間、世界から一切の音が消え失せた。

 

「……」

 

 

青空を切り裂くように、底知れない「闇」が空間の裂け目から溢れ出す。

 

 

 

だが、それはただの黒い霧ではない。生理的な嫌悪感を呼び起こすような、虹色にギラつく不定形の泡の奔流が虚空に集い、急速に「形」を成していく

 

泡の一つ一つには異形の都市や数えきれない瞳が映り込み、絶えず蠢きながら凝固していく 

 

溢れ出した泡が密度を増し、せり出してきたのは、高さ2メートル程の、重厚かつ禍々しい「黒鋼の門」だった。

 

白日の下に曝け出されたその門は、光を吸い込むような絶対的な黒を湛え、音もなく、ゆっくりと開かれた。

内側から死のような冷気が漏れ出し、そこから一人の人物が姿を現する。

 

その人物は、この世の誰よりも「人間」らしく見えた。

しかし、その瞳には、この世の誰もが「人間」として抱くはずのない、底知れない「全知」の光が宿っていた。

 

 

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