よく噛んでご賞味ください
その人物は、この世の誰よりも「人間」らしく見えた。
しかし、その瞳には、この世の誰もが「人間」として抱くはずのない、底知れない「全知」の光が宿っていた。
「……なんで貴方が来てるんですか?」
探索者はその男に向けてわずかに眉をひそめる。その瞳には、恐怖よりも先に、純粋な「不可解」への苛立ちが浮かんでいる。
「てっきり、“あのクソ神”が来るものだと思っていましたが」
一拍
「……あれは、自分で動きたがる性分でしょう。いつも通り、気が付いたら机の上に置かれているか……あるいは、“宅配業者気取り”で現れて無駄に混乱を撒き散らすかのどちらかだと」
探索者は吐き捨てるように言い、目の前の「男」を冷徹に観察する。
「わざわざ貴方が、仕事を奪ってまで動く理由が見当たらないのですが?」
男は、しばらく黙っていた。
考えている、というより――その問いに“答えるだけの価値”がこの宇宙に残っているのかを確かめているような、永劫とも思える沈黙。
やがて、男はどうでもよさそうに首を傾げた。
「うーん……」
「気分、かな」
「…………は?」
あまりにも軽い返答。
キヴォトスの理すら書き換えかねない存在の口から出た「気分」という不確かな言葉に、探索者の思考が一瞬だけ空白になる。
男は戸惑う探索者を気にした様子もなく、独り言のように続けた。
「ほら、たまには自分でやりたくなることもあるでしょ?」
「……貴方に“たまに”なんて概念があったとは驚きですね」
「あるよぉ一応」
男はほんの僅かに、春の陽光のような穏やかさで笑う。
「全部知ってるとさ、逆に“選ぶ理由”なんてどうでもよくなるんだよね。結果が同じなら、どのプロセスを通っても、それは等価だ……少なくとも、僕にとってはね」
その言葉は、綿毛のように軽い。
だが、そこに含まれる意味は、全宇宙の質量を束ねたよりも重い。全知であるがゆえに、動機を失った神の退屈。
「だからまあ……」
男は実体化した三通の手紙を差し出した。
「今回は、“直接渡した方が面白い”気がした。ただ、それだけさ」
「…そーですか」
「後もう一つ」
男が軽く指を鳴らすと現れたのは――
羊皮紙に包まれ、エルダーサインの蝋印が押された、古びた封筒。
「あのクソからの手紙もあるよー」
「…遅くないですか?」
「それはねー、わかんない。アイツはこのタイミングで渡せってさ」
男はあっさりと言い切る。
「開けるの、やめとく?おすすめはしないけど」
男が楽しげに、探索者の顔を覗き込む。
その瞳の奥には、数多の銀河が崩壊し、新生する光景が万華鏡のように渦巻いている。
「まさか」
探索者は躊躇なく手を伸ばし、そ手紙をひったくるように受け取った。
「知らずに死ぬより、知って死ぬ方が」
一拍
「死に方を選べる分、幾分かマシです」
男――ヨグ=ソトースは、春の微風のように穏やかに笑った。
その瞳は、まるでお気に入りの映像作品のクライマックスを眺める観客のように、純粋な愉悦に細められる。
「そういう所が、僕を含めた神という連中に好かれる理由かな? 君のその傲慢さ、大好きだよ」
「……光栄すぎて反吐が出ますね。呪いとしては、これ以上なく上等なファンレターだ」
「絶望を飼い慣らし、運命に唾を吐く……そんな面白い動きをする生き物は、この広大な時空というチャンネルのどこを探しても君くらいなものだ」
男の姿が、陽炎の中に溶け込むように透けていく。
「それじゃあ――せいぜい抗ってごらん」
「盤面を覆す“神回”を作る猛毒になるのを、僕は特等席で祈っているよ」
「……まだ断りを入れるだけマシですね。普段の貴方たちなら無断で見るでしょう」
探索者が吐き捨てるように言った、その瞬間。男の姿は、最初からそこに存在しなかったかのように消え失せた。
その事を確認し探索者は手元の封筒へと視線を落とした。
エルダーサインの蝋印。触れているだけで、神経の奥がざわつく。
「……相変わらず、趣味が悪ぃな」
エルダーサインの蝋印を、指先で引き剥がす
その瞬間――視界が爆ぜた。
「――ッ!」
文字として読む余裕など与えられない。
情報は順序を無視し、因果を飛び越え、直接、脳の深淵へと叩き込まれる。
キヴォトスに初めて降り立ったあの時と同じ、吐き気を催すような狂気の奔流。
「ッ……ぐ……!」
『ゲーム開発部』
『廃墟』
『AL-1S――アリス』
断片が、強制的に接続されていく。
そして――
このミレニアムで今まさに進行している、“花のパヴァーヌ”と呼ばれるシナリオ、その全容が、残酷なまでの解像度で脳裏に焼き付いていく。
リオの冷徹な決断
ネルの拳
アリスの奥底で蠢く、「名もなき神」の呼び声
積み上げられた計算式が導き出すのは――“破滅”
「ッ……は……!」
思考が焼き切れる寸前で、それでも理解だけは止まらない。
やがて。
その濁流の中で、ひときわ強く、熱を持って焼き付く条件があった。
『先生』の成長
『AL-1S』の変化
それは、単なる時間の経過では成し得ない。
(……このタイミングじゃなきゃダメか)
確信に近い理解。遅れてもダメ。早すぎても意味がない
特定の「事象」と「感情」が交差する――針の穴を通すような
“今、この瞬間”
それでなければ、勝利のフラグは成立しない。
(ここで踏み外したら、そのままエンドか)
コンティニューも、ロードも存在しない。一度きりの「現実」
「ッ……はぁ……」
全てが流れ終えた。
――静寂
探索者は膝をつきかけながらも、どうにか踏みとどまる。
呼吸は荒く、冷や汗が背中を伝う
だが
その意識は――かつてないほどに研ぎ澄まされていた。
「……なるほどな」
低く、乾いた声。こめかみを押さえ、吐き捨てるように笑う。
「“今ここで育てないと詰み”ってわけか」
足元に落ちていたはずの紙片は、すでに灰のように崩れ、風に溶けて消えている。
「……相変わらず」
小さく、吐き捨てる。
「やり方が雑だな……あのクソ神は」
情報の濁流が去り、風に溶けた手紙の灰の中から、重苦しい音を立てて「それ」が転がり落ちた。
探索者が拾い上げたのは、この世の造形物とは思えぬ歪な「塊」だった。
隕石のように禍々しい鉱石と、未知の合金装甲。
それらが強引に融解・凝縮されたかのような、不自然な質感。
その表面からは、千切れた神経にも似た黒いコードが這い出し、
生き物のように――微かに脈動している。
「…これは」
触れた瞬間、脳裏に、過去の“記憶”が蘇る。
「……使わないに越したことはないが…同封されてるってことは、使うんだろうな」
「悪いが…」
脳裏に過るのは、かつて見た“在りし姿”
どこかへ行こうとしていた――その願いだけが、千切れたコードの先で、微かな脈動として残っている。
「…また一緒に戦ってもらうぞ」
──────────────────────────
さて――探索者が裏でいくつかの“仕込み”を終えた翌日。
無事に『G.Bible』は本物と証明された。
だが同時に、ヴェリタスの総力をもってしても、そのパスワードの解析は不可能であることも判明する。
そして解析に必要不可欠なツール『鏡』は、セミナーによってすでに押収済み。
――結果
ゲーム開発部とヴェリタスは、『鏡』奪還のためセミナーへの襲撃を決断した。
ちなみに。
原作通り、モモイのゲームデータは見事に吹き飛んだ。
その件について探索者は、「業務を怠らせる物は不要です」と、情け容赦なく切り捨てたという。
その後、作戦成功率を引き上げるため、エンジニア部にも協力を要請。彼女たちはこれを快諾した。
理由は――「面白そうだから」と「探索者ともっと仲良くなるため」*1
こうして構図は完成する。
ゲーム開発部・ヴェリタス・エンジニア部・シャーレ
VS
セミナー・C&C
――全面衝突は、もはや避けられない。
そして、作戦会議。
「正面からは無理」
誰が言うまでもなく、全員の共通認識だった。
探索者を除けば――いや、その探索者でさえ勝ち切れる保証はない。C&Cとの正面衝突は“敗北確定イベント”に等しい。
ゆえに取るべきは正攻法ではなく、
陽動
攪乱
工作
囮
ありとあらゆる“小細工”を積み重ねることで、唯一の勝ち筋を通す。
最終目標はただ一つ。セミナー本棟最上階――押収品管理室。
そこに保管された『鏡』の奪還。
作戦はこうだ。
まず、アリスが初手で火力を叩き込む。
ビルのセキュリティを“破壊”する。
その後、修復を装ってヴェリタスとエンジニア部が裏から細工を施す。その日の夜に潜入
C&Cのブレインであるアカネは細工したセキュリティを駆使してマキとコトリが足止め
スナイパーのカリン。
こちらはウタハとヒビキで対応するが、長期戦は不利
――だが。
そこまでは、まだ“戦いになる”
問題は、その先だ。
「……一ノ瀬アスナと美甘ネル、ですね」
空気が僅かに重くなる。
「一ノ瀬アスナ」あの“勘”はもはや予知に近いものであり接敵しないことを祈るしかないが――
(ほぼ確実に当たるな)
潜入したゲーム開発部と遭遇する未来が、探索者には嫌でも見える。そこは、彼女たちに賭けるしかない。
幸いなことにLessonを意識している彼女たちは原作よりも強くなっているが………それでも、薄紙が紙束になった程度だ。勝ち筋が生まれたとは言い難い
――だが、ゼロではない。
わずかに残された“誤差”と原作と違う"動き"それが、唯一の可能性。
そして…問題は、その先だ。
ミレニアム最強――美甘ネル。
「……問題は、こっちです」
ここで空気が完全に変わる。
「時間を掛ければ、ネルは戻ってくる――いや、間に合わせてくる…だから、それまでに終わらせる……のが理想ですが」
探索者は、わずかに肩をすくめる。
「現実的じゃない」
「なら、やることは一つです」
淡々と、そう告げる
「私が足止めします」
「……!」
「大丈夫なの探索者さん!? C&Cのネル先輩だよ!? ミレニアム最強の人だよ!?」
「探索者さんが強いのは知ってるけど……流石にネル先輩の足止めを一人でするのは、危険すぎませんか……?」
ゲーム開発部の面々から制止の声が上がる。だが、探索者は気にした様子もなく、軽く手を振った。
「勘違いしないでください。私は“勝つ”必要はない」
「ダブルオーは私との戦闘に“勝利”しなければならない」
次に、自分を指す。
「ですが私は――“時間を稼げばいい”」勝利条件が違う以上、ゲームは成立する」
静かに言い切り、一拍。
その瞳に、わずかな狂気が灯る。
「……それなら、勝機はありますよ」
──────────────────────────
ミレニアムタワーを一望できる、周辺ビルの屋上。
探索者は、下見に訪れたその場所で、無機質な腕時計へと視線を落としていた。
――その時、背後の空気がわずかに“軋む”
「いい腕時計じゃねーか」
振り返るまでもない。
小柄な体躯。
メイド服の上に羽織られたスカジャン。
獲物を値踏みするような鋭い眼光。
ミレニアム最強――美甘ネル。
(……早いな。台本よりも、数分は前倒しだ)
「でしょう?ツンデレな赤い姉御からのプレゼントでしてね。初めてもらった記念品です」
軽口を叩きながらも、視線だけは外さない。互いに一歩も動かないまま、距離だけが測られていく。
「さて……金なら倍払います。コッチに鞍替えしませんか?」
一切の躊躇もなく、淡々とした勧誘、だが。
「ハッ!」
短く、吐き捨てるような笑い。
「悪いがな――C&Cの看板に泥を塗るわけにゃいかねぇんだ」
「……では」
探索者は、わずかに首を傾げる。
「同額でお帰りいただく、というのは?」
「……テメェ、本気で言ってんのか?」
「ええ。本気と書いてマジです」
探索者は、まるで書類の確認でもするかのような口調で続ける。
「こちらで適当に“負傷”しておきますので」
さらりと。
「貴方は看板に泥を塗らず、私は無駄な消耗を避けられる――合理的でしょう?」
「……ハッ」
次の瞬間、ネルの口元が獰猛に歪んだ。
「気に入った。だが却下だ。そういうのはな――正面からブッ壊すのが、性に合ってんだよ!」
空気が爆ぜる。拳が僅かに構えられ、ネルの全身から「最強」のオーラが溢れ出す。
「……最近、交渉することが多いんですが…悉く振られてましてね」
探索者は、小さく、重い溜め息をついた。
「一応、向こうに有利な条件を提示しているつもりなんですが……なかなか、上手くいかないものです」
沈黙。
殺気立っていたネルの表情が、ほんの一瞬だけ、困惑に崩れた。
「……お、おう。まぁ……気にすんな」
「ありがとうございます。正直、少し堪えていたので」
「……って、何言わせてんだテメェ!! 仕事中だぞコラァ!!」
ノリツッコミに近い怒号が響く。だが、その直後。
「…それもそうですね――そろそろ、やりましょうか」
空気が切り替わる。探索者は、わずかに姿勢を正した。
「……シャーレ所属。先生の右腕――探索者」
「…?」
「決闘とえば、名乗りでしょう?形式は大事にしたいんですよ」
ネルの口元が歪む。
「面白ぇじゃねぇか」
拳を鳴らしながら――
「C&C――美甘ネルだ」
一拍。
探索者は、ポケットから小さなコインを取り出した。
「では――開始の合図を」
親指で、軽く弾くと金属音が、乾いた空気に響く。
くるくると回転しながら、青空へと舞い上がる銀色。
「これが地面に落ちたら、でいいですね」
視線は、ネルから外さない。
落下
回転
わずかな静寂
――その一瞬が、やけに長く感じられる
カラン、と
硬質な音が屋上に響いた。
人物紹介
ヨグ=ソトース
『一にして全、全にして一』のフレーズでお馴染みの外なる神の副王。
時空のあらゆる場所に同時に存在しており、過去・現在・未来を問わず、宇宙に存在するほぼ全ての情報を認識している。
その性質上、基本的に全ての事象の結末を把握しているが、だからといって積極的に介入することは少ない。
この作品においては探索者の強火なファン枠
ちょくちょく連絡を寄越してきたり、気分で手助けをしてきたりと妙にフットワークが軽いが、その“好意”は人間的な意味とはズレている。
なお、未来を知っていても決定的なことは絶対に教えない。
ヒントを出す場合も、意味深な一言や妙な例えに留まり、核心に触れることはない。
また、直接的な干渉も不可能ではないが、本人のスタンスとしてほとんど行わない。「全部教えたらつまらないでしょ?それに、変な方向に逸れて収束しなくなったら面倒くさいじゃん」とのこと
なお、探索者が追い詰められた状況では、彼が“正解の一つ”として選択肢に浮上することが多いが、それは偶然ではなく、ヨグ=ソトース自身がそうした盤面になりやすい位置にいるためである。
探索者からの評価は
「便利そうに見えて絶対ロクなことにならないタイプ。頼めば動くけど、その分だけ後でツケが回ってきそうだから出来れば関わりたくない……のに、毎回“僕を頼ってもいいよ?”みたいな顔で選択肢に居座ってるのが一番タチ悪い」
とのこと