巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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本気であれ

 

 

 

 

 

夜のビル群を、探索者は駆ける。

 

 

 

足音は抑えている。だが、完全には消えない。

呼吸も同じだ。浅く、細く整えてはいるが、酷使した肺は確実に軋んでいた。

 

――人間の限界の内側。

その狭い範囲で、冷徹に最適解を拾い続ける。

 

本来であれば、『門の創造』を使って一足飛びに撤退することも可能だった。

しかし、あの美甘ネルの目の前でそれを使えば、確実にその「不可解さ」を問い詰められる。それに、セミナーの会長が監視を強めている今、そんなキヴォトスの理を逸脱した力を見せれば、待っているのは執拗なまでの追及だ。

 

 

「……直感型は、本当に、勘弁してくれよ……」

 

呪いのような独白を吐きながら、角を曲がる

線は取らない。必ず視線を切る

わざと、一度だけ大きく足音を鳴らし――そのまま逆方向へ

“追われている前提”で、最短ではなく「最も紛らわしい」経路を組む。

 

跳躍

 

壁に手をかけるが、生徒たちのように一息で屋上に届くような真似はできない。二歩、三歩と無様に壁を蹴り、指先をコンクリートに食い込ませて、ようやく高さを稼ぐ

 

 

 

着地

 

 

 

「……ッ、」

 

わずかに音が鳴る

消しきれない。重力という物理法則に、ただの人間は逆らえない

それでも止まらない。姿勢を落とし、影の色に自らを寄せる

 

完全に消えることはできない

だが、獲物の動きを予測する「狩人の視線」を、一瞬だけ――“見落とさせる”ことはできる

 

それでいい。それが、今の自分の全力だ。それを見誤ったものから死んでいく

 

数秒、静止

思考を止め、ただ“聞き耳”に集中する

 

 

 

――来ない

 

「……まだ、あいつの射程圏内か」

 

再び、移動

 

速すぎず、遅すぎない“自分にできる最大の忍び歩き”で、身体の軸をぶらさず滑るように、着実に距離を離す。

 

 

 

上下動を極限まで削り、音の発生源そのものを抑え込む動き

 

 

 

やがて、暗い路地裏へと滑り込む。

 

 

限界まで張り詰めていた何かが、切れた

 

 

「……はぁぁぁ…………ッ!!」

 

 

 

ビル数個分を挟んだ暗い路地裏で、探索者は壁に背を預け、そのまま崩れるように座り込んだ。

 

自分の心臓が、耳元でうるさいほど警鐘を鳴らし続けている。

 

「……寿命が3年、いや、5年は縮んだな……やっぱり戦闘狂との接待は精神がすり減る」

 

震える手でネクタイを緩め、冷や汗を拭う。

あの赤い結界の中で演じていた「余裕のある怪物」の仮面は、もうどこにもない。

 

「…………あ」

 

ふと、最後に残したメモの内容を思い出し、探索者は血の気が引くのを感じた。

 

「……最後、ちょっと煽りすぎたか? さすがにあの状況で、あの場面『GG(ゴミゲーム)』はやりすぎだったかな……」

 

彼にとって、あの10分間は最悪のクソゲーだった。

 

一歩間違えれば即死

ハッタリがバレれば即死

ダイスの女神(クソビッチ)の気まぐれ一つで、即死

 

そんな、攻略サイトなしでは一秒も持たないような理不尽なゲームへの、精一杯の毒吐きだったのだが――

 

 

「…………」

 

ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

もし、あの「最強の猛獣」が、あのメモを「Good Game」という爽やかなスポーツマンシップと受け取っていたとしたら。

そして、その「再戦」を心待ちにしているのだとしたら。

 

「……次に会った時」

 

探索者は小さく呟く。その声は、夜の湿り気に消えそうなほど細い。

 

「今の本音がバレたら、今度こそ物理的に消されるな」

 

夜空を仰ぐ。

ビルの隙間から覗く空は、冷たく、そして妙に遠い。

キヴォトスの理の外側で綱渡りをし続ける者の孤独を嘲笑うかのように、星が瞬いている。

 

深く、重い溜息がひとつ落ちた。

そして。

 

「……はは」

 

乾いた笑いが、喉の奥から漏れる。

もはや恐怖を通り越して、自分の先の見えなさで可笑しくなっていた。

 

「帰ったら、まず胃薬を飲もう」

「……話は、それからだ」

 

静かな夜。

だが、閉じた瞼の裏には、あの獰猛な笑みが焼き付いている。

“まだ終わっていない”という確信だけが、胃の痛みと共に、妙に鮮明だった。

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

扉が開いた音は、まるで古い墓場が暴かれたような、重苦しく乾いたもので、そこに入ってきたのは、英雄の凱旋とは程遠い、「魂の抜け殻」を引きずった一人の事務員だった。

 

「……なんとか……戻りました」

 

「うぇぇ!? 探索者さん!? 何で無傷なの!?」

 

部室のソファでくつろいでいたモモイが、弾かれたように立ち上がって叫ぶ。その表情は「幽霊でも見た」と言わんばかりの驚愕に染まっていた。

 

「酷いですね。無事帰還できたことを喜ぶ所ですよ、そこは……ってか全然、無傷じゃないですし」

 

探索者は力なく壁に手をつき、肺に残った最後の空気を吐き出すように答える。

 

「……傷は見当たらないけど?」

 

「目に見える傷だけじゃないです。心に負った傷は死ぬほど深いですよ……もう暫くは戦闘狂との戦いは御免ですね。胃に穴が空くか、脳が焼けるかの二択だ」

 

探索者は近くのパイプ椅子に、崩れるように座り込む。その指先は、まだ微かに震えていた。

 

"一体何があったの?"

 

探索者は深く、深くため息をつき、全てを諦めたように肩を落とした。

 

「嘘八丁流して、格ゲーしてきました」

 

「はぁ!?」

 

部室内の空気が一瞬で凍りつき、直後にモモイの絶叫が響き渡る。

 

「格ゲー!? あのネル先輩相手に、何言ってんの!?」

 

「……それはそれとして。変わりましたね、とくに才羽姉妹(貴方達2人)

 

「話をそらすな! 今は格ゲー(?)でどうやって生き残ったかの話をしてるんでしょ!」

 

「そらしてませんよ。私が授けた『Lesson』……正しく守っているようで大いに結構」

 

「まだ、ちゃんと理解できているわけじゃ……ないけどね」

 

「そう! それでアスナ先輩に押し勝てたんだよ!! あの『幸運の塊』みたいな先輩にだよ!? つまり、今のあたしたちは最強ってこと!」

 

「――そこで慢心しているようでは、悪魔に足元をすくわれますよ」

 

探索者の声が、一段階温度を落として部室に響く。

その言葉の重みに、浮かれていたモモイの肩がびくりと跳ねた。

 

「いいですか。貴方たちが勝てたのは、盤上のルールを一時的に歪めたに過ぎません……運を実力だと勘違いした瞬間、次に現れる『理不尽』は、貴方たちのゲーム機ごと、その指を叩き折りに来ます」

 

「う、……相変わらず、言うことが物騒なんだから」

 

探索者(事務員)の忠告です。勝利の美酒より先に、次の戦闘の準備をしなさい。生死を分ける戦闘というものは理不尽に訪れるものですから」

 

部室の空気が、わずかに凍りつく。

その言葉は冗談ではなく、ただの“業務連絡”のように冷徹に響いていた。

 

「なるほどです!」

 

沈黙を破ったのは、アリスだった。

 

「つまりこれは“クエストクリア直後にセーブしろ”というチュートリアルですね!」

 

「…」

 

数秒の沈黙

 

「……ふっ……はは」

 

探索者の喉の奥から、乾いた、しかし少しだけ毒気の抜けた笑いが漏れる。

 

「言い得て妙ですね。全くその通りです」

 

「次のイベントが始まる前に、ステータスを確認し、装備を整え、記録を残す……それを怠ったプレイヤーから順に、この理不尽な世界というゲームは『詰む』ようにできていますから」

 

「やっぱりチュートリアルでした! 探索者さんは親切なNPCですね!」

 

「NPCですか……まあ、あながち間違いでもないですねぇ」

 

 

 

「お話はその辺に! はーい、ゲーム開発部のチビッ子達! マキちゃんからプレゼントのお届けだよ!」

 

「遂に……!」

 

「ジャジャーン!」

 

マキが誇らしげに掲げた端末には、“G.Bible.exe”がいつでも起動可能な状態で表示されていた。

 

「遅れてごめんねー。鏡をセミナーに返す事になって、その件でちょっとバタバタしちゃってさ」

 

「えぇ!? 鏡、返しちゃったの!?」

 

「実はヒマリ先輩、最初から全部知ってたみたい。『それくらいあげても良いから、これからはあんまり無理しないで』って。えへへっ」

 

「それでね?」

 

マキが端末の画面を軽く叩く。

 

「G.Bibleを展開してた時に、この『Key』っていうフォルダを見つけたの」

 

「何これ……ケイ……って読むのかな?」

 

「ケイ……?」

 

「キーでしょ! お姉ちゃん、本当に高校受験合格したの!?」

 

「ちょ、ちょっと待って、それ今関係ないから!」

 

騒がしい姉妹のやり取りの中で、画面に表示されたその文字列だけが、妙に静かに、そして異質に浮き上がっていた。

 

「それで、実はこっちについては何一つ分からなくって。ファイルは壊れてないんだけど……私達の知ってる機械語じゃ解読できない。ちょっと信じられないような構成をしてるんだ」

 

マキの表情から、いつもの茶目っ気がわずかに消える。ハッカーとしての矜持が、その「理解不能なデータ」に警鐘を鳴らしているようだった。

 

「G.Bibleの方はきちんと開けたけど、こっちはちょっと見ただけじゃお手上げ……この『Key』のこと、何か知ってたりする?」

 

「さぁ?」

 

探索者は即答する。

間を置かない、体温の感じられない“事務的な否定”

 

「……そ。まぁいいや、このKeyについてはまた今度、時間があったら分析してみるよ。じゃ、間違いなく渡したからね!」

 

「マキちゃん、ありがとね!」

 

「今度会う時は秘書を通して連絡してね! なにせ私達は『TSC2』で大ヒットする予定ですから!」

 

「あははっ、楽しみにしてるよ! それじゃ!」

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

「皆、集まって。……改めて、G.Bibleを見よう。皆も知っての通り、この中に何が入っているのか、知る人はほとんどいない」

 

モモイの声が、これまでにないほど真剣に響く。

 

「ただ、最後にこれを見たと噂されるあるカリスマ開発者はこう言ったわ。……ゲーム開発における秘儀、皆が知っているようで誰も知らなかった『奇跡』が記されているって。私は、それが知りたい」

 

「うん。……最高のゲームを作るために」

 

ミドリが静かに頷く。その視線は、未来への希望と、決して失いたくない今への執着が混ざり合っていた。

 

「そう、それが出来れば、これからも皆でこの場所にいられる。もし失敗したら、ユズは寮に戻って、会いたくもない奴らに会わなきゃいけなくなる。それにアリスは……」

 

言葉が詰まる。その先にある「居場所を失う」という現実を、モモイは口にできなかった。

 

「もしもの事は考えたくないけど……その時は、きっと先生が、シャーレが助けてくれるよ」

 

「シャーレ……? 先生と一緒なのはとても嬉しいのですが……アリスはもうここに、皆と一緒にはいられないのですか?」

 

不安げに首を傾げるアリス。その無垢な問いが、部室の空気を切なく締め付ける。

 

「そんな事は無い! 私達は絶対に最高のゲームを作るんだから! 大丈夫、TSC2も、アリスにとっての神ゲーになるよ」

 

モモイが努めて明るい声で宣言し、アリスの肩を叩く。

 

「さて、それじゃあ……始めよう、アリス!」

 

「はい、G.Bible……起動!」

 

アリスの指がキーを叩く

暗転した画面に、古びた、けれど確かな意志を感じさせる文字列がスクロールしていく

膨大な技術論、哲学、そして情熱。そのすべてを読み解いた先に待っていた、最高のゲームを作るための「唯一の秘訣」

 

そこに記されていたのは、たった一行。

 

『ゲームを愛しなさい』

 

それだけだった。

キヴォトスの理を覆すようなプログラムコードでも、不可能を可能にするアルゴリズムでもない。

世界で最もシンプルで、最も困難な、ただ一つの祈り

 

 

 

――しばらく、誰も言葉を発さなかった。

 

その静寂の中で、

 

 

(ま、だろうな)

 

 

画面に並ぶ「愛」という二文字を眺めながら、探索者は内心で短く吐き捨てた。

答えを確かめるまでもなかった。それは彼にとって予想の範疇であり、一種の真理であり――そして何より、残酷なまでに納得のいく「仕様」

 

ゲームが好きで、作りたくてたまらない人間が魂を削り出した作品と

ただ「業務」として工程をなぞり、形だけを整えただけの工業製品

 

その差は、いつだって残酷なまでに明確だ。

技術だけなら模倣はできる。だが、“遊ぶ側”の心理を理解していない者が作ったゲームは、どれほど精巧でも、どこかで必ず救いようのない綻びを見せる。

 

期待を裏切り、炎上し、砂上の楼閣のように消えていった作品を、彼は嫌というほど見てきた。

結局のところ――ゲームを愛さない者が作ったゲームは、碌なものにならない。

ただ、それだけの話だ。

 

(……それに)

 

探索者は目を細める

 

(ここで『いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!』なんて書かれていなかっただけ、まだマシか)

 

もし聖書のページの裏側に、名状しがたい冒涜的な数式や、理解不能な暗号が並んでいたとしたら。それはもう“ゲーム開発の秘儀”ではなく、人間の正気を削り取る“扱ってはいけない何か”だ

少なくとも今目の前にあるこれは、まだ血の通った人間の言葉で綴られている。

 

(……とはいえ)

 

探索者は、期待に満ちていた少女たちの背中に静かに視線を落とす。

 

(今のこの子たちが、そんな“綺麗事”だけで納得できるほど、状況は甘くないか)

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