巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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LOSES

 

 

 

 

 

 

 

 

二週間後

 

もはや、部室に「少しだけ」などという余裕は微塵も残っていなかった。

床には空のエナジードリンクが幾重にも積み上がり、サーバーの排気音は限界を超えた悲鳴のように室内に鳴り響いている。

 

 

 

「お姉ちゃん!まだ!?」

 

「ま、待って、急かさないで!あとこれだけ入力すれば終わりだから……!」

 

「あと二分だよ!?急かさずにはいられないって!」

 

「正確には96秒です――残り92秒」

 

「動作テスト終わってます!急いで!」

 

探索者の、数日前よりも一段と低く、鋭い声が響く。その目は深い隈に縁取られている。

 

「……よし、できた!」

 

「こっちは簡単なテストだけやって……うん、エラーは出てない。モモイ!」

 

「オッケー!ファイルをアップロード……完了までの予想時間、15秒!」

 

「アリス、残りは!?」

 

「……19秒です」

 

「お、お願い……!」

 

 

その場にいる全員が、固唾を飲んでモニターを見つめる。

数秒が、やけに長い。

 

「……転送、完了」

 

静かな、誰かの呟き

 

【ミレニアムプライズへの参加受付が完了しました】

 

 

その一文が、画面に表示される。

 

 

 

「間に合ったあああああ!!」

 

モモイが椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がり、両手を突き上げる。

 

「ギリギリ……本当に心臓止まるかと思った……」

 

ミドリが机に突っ伏し、ユズはただ、震える手で顔を覆って安堵の涙をこらえていた。

 

「……成功、です。勇者は、ついに最後の関門を突破しました!」

 

「……後は、三日後の発表を待つだけ、だね」

 

ミドリが呟く。その声には、安堵と、それ以上に重い「審判」への不安が混ざっていた。

 

「とりあえず間に合ったけど、まだ結果が出たわけじゃない。三日後には……このままこの部室に居られるのか、そうじゃないのかが決まる」

 

ユズの言葉に、部室に一瞬の重苦しい沈黙が降りる。

だが、その静寂を、モモイの快活な声が弾き飛ばした。

 

「でもさ、三日って結構長いじゃん? そこで提案なんだけど……先にWEB版の『テイルズ・サガ・クロニクル2』を公開しちゃうのはどう?」

 

「どうして……?」

 

「三日も待てないよ! それに審査員の評価より先に、ユーザーの反応を見たくない!?」

 

「うーん、でもちょっと怖いかも……。また、低評価コメントがついたりしたら……」

 

「何言ってるのさ! そもそも、ミレニアムプライズに出品するためだけに作ったゲームじゃないでしょ! 胸を張って見てもらおうよ。あたしたちは、ベストを尽くしたんだから!」

 

モモイの真っ直ぐな言葉が、迷うユズの背中を叩く。

ユズは一度目を閉じ、そして、今までになく静かで力強い声で頷いた。

 

「……うん。アップロード、しよう」

 

「えっ、ユズちゃん?」

 

「作品っていうのは……見てくれる人、遊んでくれる人がいて、初めて『完成』するものだと思うから。私は……私たちのゲームを、きちんと完成させたいんです」

 

ユズの視線は、もはや恐怖ではなく、未来を見つめていた。

 

「大丈夫。もし前みたいに低評価のオンパレードになったとしても……みんなが一緒なら、きっと受け止められる。私はもう、大丈夫ですから」

 

「……決まりだね。それじゃあ、今すぐアップロード――ポチッとな!」

 

「ああっ!? ま、待ってモモイちゃん! 心の準備がっ……!」

 

「あはは! 冒険者に待機時間は必要ありません!」

 

「ま、とりあえずは、お疲れ様です……それでは祝勝会と行きましょうか」

 

探索者がさらりと告げたその言葉に、部室の空気が一気に跳ね上がった。

 

「えっ!? 探索者さんの奢り!?」

 

「ええ。店も予約してあります。準備はできているので、すぐに行きましょうか」

 

"準備が良いね"

 

「とりあえず予約だけしといたんですよ」

 

モモイが、疲れも忘れて飛び跳ねる。ユズもミドリも、ようやく訪れた「平和な時間」に頬を緩ませる。

だが、探索者がカバンから取り出し、机に並べた「備品」を見て、全員の動きが止まった。

 

「……じゃあ、これをつけてください」

 

「……何これ。アイマスク、鼻栓、耳栓?」

 

モモイが、不審な物体を指先でつまみ上げる。

 

「店への移動中、これを装着していただきます」

 

「……どうして? サプライズとか?」

 

「…ま、そんな物です」

 

「……え、あの、探索者さん? 目が笑ってないんですけど……」

 

「さあ、装着を……拒否権はありませんよ」

 

「……待って! 鼻栓は嫌だ! 鼻栓だけは勘弁してぇえええ!!」

 

モモイの悲鳴が響く中、探索者は無慈悲にアイマスクを手に取り、彼女たちの視界を奪い始めた。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

視覚、聴覚、嗅覚を奪われ、探索者の手、あるいはアリスの誘導に引かれて歩く少女たち。

 

不安と期待が入り混じる闇の中。

数十分後、ようやく全ての拘束が解かれた時、彼女たちの目の前に広がっていたのは――

 

「……あ、開けてもいい、かな?」

 

ユズの震える声。

アイマスク、鼻栓、耳栓。すべての遮断を解く許可が出た。

期待と不安、そしてわずかな恐怖。期待していたのは、香ばしい肉の焼ける匂いや、隠れ家的なレストランの灯り。

 

だが、彼女たちが目を開けた先に広がっていたのは――

 

 

あまりにも無機質な、清潔すぎるほどに真っ白な天井だった。

鼻を突くのは高級食材の香りではなく、消毒液と湿布の入り混じった、独特の清涼感

 

「……え、ここ、どこ? レストラン……?」

 

「ミレニアム中央総合病院です」

 

「えっ?病院?なんで…?」

 

探索者は、手元のタブレットに表示された、おぞましい量の「カフェイン」「砂糖」「合成着色料」の摂取グラフを彼女たちに見せつけた。

 

「摂取カロリーは基準値の約三倍。運動量は、ほぼゼロ」

 

唐突に告げられる、無機質な統計データ。

 

「特にエナジードリンクによる糖分の過剰摂取は、若年性の糖代謝異常――いわゆる糖尿病の引き金になりかねません」

 

「……は?」

 

理解が追いつかないまま、モモイが間の抜けた声を漏らす。

 

「現状の生活習慣から、ヘモグロビンA1cの値を予測したところ――看過できない数値が出ました」

 

「と、糖尿病……!? あたしたち、まだ女子高生だよ!?」

 

「病気に年齢は関係ありません。条件が揃えば、誰でもなります」

「……もっとも」

 

探索者は、わずかに肩をすくめる。

 

「普通に誘えば、貴方はこう言うでしょう『明日からやる』『今はゲームが大事』――そして、逃げる」

 

「ぐっ……」

 

モモイが露骨に目を逸らした。思考の癖まで完全に見透かした、射貫くような視線。

 

「ですから。感覚を遮断し、目的地を誤認させた上で――外堀から埋めさせていただきました」

「……いや、怖いって!! やってること完全に誘拐じゃん!!」

 

「適切な健康管理です」

 

「どこがだよ!!」

 

「……ま、待ってください」

 

ユズが、おそるおそる、しかし切実な希望を込めて口を開く。

 

「祝勝会は……?」

 

「この後の血液検査の結果次第ですね」

 

即答。そこに慈悲はない。

 

「もし数値に異常が認められた場合、本日の夕食は――病院食に切り替わります」

 

わずかな「間」。探索者の唇が、残酷な事実を淡々と紡ぐ。

 

「玄米と、減塩仕様の煮物。味付けは極めて薄く、油分は最低限……満足度は保証しません」

 

「やめて!! 追い打ちやめて!!」

 

モモイが泣き叫び、部員たちが絶望に沈む中、探索者は隣で「それは災難だね……」と遠い目をしていた人物へ、冷徹な視線を向けた。

 

「そして、先生もですよ」

 

"えっ!?私も!?"

 

「当たり前ですよ。定期的な健康診断を受けていない人間が、他者の健康を語る資格はありません。生徒にあれこれ言う前に、まずはご自分の不摂生を清算してください。一緒にバリウム飲みましょう」

 

"…ワタシアレキライ"

 

あからさまに嫌悪感を露わにし、子供のように顔をしかめて後ずさりする先生。

 

「いい大人が好き嫌いしないでください」

 

"いやでもアレ、飲み物じゃないでしょ!? なんかこう……概念的に無理っていうか!"

 

「安心してください」

 

探索者は、淡々と続ける。

  

「今回は発泡剤もセットです」

 

"ワタシ、ソレ、モットキライ"

 

「より正確な検査が可能になりますので」

 

"いや、あの膨らむ感じが……! ゲップしたらもう一回とか、拷問でしょ!?"

 

先生の必死な訴えを、探索者は冷徹な眼差しで受け流す。そして、死刑宣告を重ねるように、さらりと付け加えた。

 

「――あと、胃カメラもありますから。覚悟の準備、しといてくださいね」

 

沈黙。

先生の顔から、すうっと血の気が引いていく。

バリウムという「概念的な無理」の先に待っていたのは、内視鏡という「物理的な無理」だった。

 

"い、胃カメラ……あの、鼻から……? それとも口から……?"

 

「どちらにせよ、貴方の不摂生な内面を隅々まで確認してもらいましょう……さあ、行きましょうか」

 

探索者が指し示した先には、無機質な照明に照らされた、逃げ場のない検査室のドア。

 

「やだぁあああああああ!!」

 

先生の魂の叫びが、少女たちの悲鳴を飲み込むほどの音量で、真っ白な廊下に響き渡った。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

3日後

 

ゲーム開発部の部室はいつにもなく静かだった。

いつもなら聞こえてくるキーボードの音も、コントローラーを動かす音も雑談も…今日は一切聞こえなかった。

 

 

「……ミレニアムプライス、始まったね」

 

ミドリが画面を見つめながら呟く

 

「もし受賞したらクラッカー鳴らそっか、持ってきてないけど」

 

いつもなら笑いが訪れるモモイのボケも皆の余裕がないのか誰も笑わない

「……でも…もし、ダメだったら――」

 

「……すぐに、荷造りしないとね。私達はさておき、ユズちゃんとアリスちゃんは…」

 

最後まで言い切らない言葉にした瞬間、それが“確定”してしまう気がしたから。

部室の空気が、さらに重く沈む。

 

 

 

「「……」」

 

「…はぁ…ここは葬式会場ですか?」

 

「な、何急に!?」

 

「だってそうでしょう?まだ結果すら見てないのに、ここまで雰囲気が落ち込んでれば誰だって葬式会場に思えますよ」

 

「…胸を張りなさい、貴方たちが作ったゲームはネットでも大好評だったじゃないですか」

 

「まだ何も決まっていない段階で、わざわざ自分から“終わったこと”にしたいんですか?」

 

「そうです!」

 

その言葉を聞いたアリスがパッと顔を上げ、3人を見据えて宣言する。

 

「アリスは思います。勇者は、どんな時でも諦めないものです!」

「だから――まだ終わってません!」

 

「…うん。アリスちゃんの言う通りだね。私達、完全に諦めムードだった」

 

「せめて絶望するのなら全て終わった後にしなさい。今は絶望している暇なんてありませんから」

 

「よし…見よう。ミレニアムプライズ」

 

 

 

そうして――とうとう、ミレニアムプライスの幕が上がった。

 

部室のモニターに映し出される中継の光景を、全員が息を呑んで見つめる。

 

『――本日の司会進行を務めさせていただきます、エンジニア部のコトリです』

 

画面の中で、コトリが丁寧な動作で一礼した。

 

(……エンジニアとしての工数管理だけでなく、広報・進行までこなすか。あの子も、多才だな)

 

「……コトリちゃん達の方も、無事だったみたいだね」

 

「エンジニア部は元々、ミレニアムでもかなり実績あるし……あの子も、本当に多才だよね」

 

ミドリが静かに頷く。制作期間中、何度も機材トラブルで助けてもらった恩人の晴れ舞台だ。だが、その安堵は直後のアナウンスで霧散した。

 

『史上最多の応募総数を記録した、今大会!』

 

「……史上、最多?」

 

モモイの顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

「それはちょっと……困るなぁ……」

 

全員の本音だった。母数が増えれば、それだけ「バケモノ」に遭遇する確率も跳ね上がる。

 

『昨年の優勝作品である、ノアさんの思い出の詩集は――本来の意図とは少し異なったようですが……その形而上な言葉の羅列が、“ミレニアム最高の不眠症治療法”として評価されました』

 

「……学園最高峰の賞レースの大賞が、それですか」

 

「ま、まぁ……実際に効果があったらしいし……?」

 

ユズが苦し紛れにフォローするが、探索者の目は笑っていない。

 

画面の中では、今年のノミネート作品が次々と紹介されていく。

 

 

『歯磨き粉と見せかけてモッツァレラチーズが出る、持ち歩きチーズ入れ』

『ミサイルが内蔵された護身用の傘』

『ネクタイ型モバイルバッテリー』

『光学迷彩下着セット』

『ちょうど缶一個なら入る、筆箱型個人用冷蔵庫』

 

 

「……勉強のできるバカしかいないっぽいですね」

 

探索者の、乾いた一言。

 

「ほ、ほら! 馬鹿と天才は紙一重って言いますし!」

「それに! ちゃんと使えそうなのも一応混じってるじゃん!」

 

「……どこが?」

 

『そして! 現在キヴォトスのインターネット上でセンセーショナルを巻き起こしている――スマホでマルチプレイが楽しめるレトロ風ゲーム、“テイルズ・サガ・クロニクル2”などなど!』

 

その名前が出た瞬間。

部室の空気が、真空になったかのように凍りついた。

 

『今回出品された4桁の応募作品のうち――栄光の座を手にするのは、たったの7作品!』

 

誰も、もう喋らない。

 

『それでは第7位から、受賞作品を発表します! 第7位は…』

 

 

──────────────────────────

 

 

そして

6位、5位、4位……と、非情なカウントダウンは続いていく。

だが、そのどこにも、“テイルズ・サガ・クロニクル2”の名前はなかった。

 

(……まだだ)

 

誰もが、そう思っていた。

 

(上位に残っているはずだ)

 

『さあ! それでは――いよいよ、1位の発表です!』

 

『待望の第1位は』

 

一瞬の、静寂。

 

『新素材開発部――』

 

 

ダンッ!!

 

乾いた破裂音が、部室に響いた。

 

 

次の瞬間。テレビの画面が、弾け飛ぶ。

 

 

 

「――っ!」

 

「モモイ!?」

 

ミドリの悲鳴。

モモイは、震える手で銃を握ったまま――画面を睨みつけていた。

 

「もう関係ないよ……!」

 

「どうせ……どうせ全部、持っていかれちゃうんだし……!」

 

「今度こそ……終わりだぁぁぁぁ!!」

 

 

部室に、嗚咽が響いた。

 

 

 




健康診断結果

 

・才羽モモイ診断結果: 【糖尿病予備軍】

探索者の所見

「本当にギリギリで踏みとどまったな。まだ本格的な食事制限には至らないが、今後のエナジードリンク摂取や砂糖、菓子類には制限が必要だな」

 

・才羽ミドリ診断結果: 【糖尿病の疑いなし。ただし、運動不足傾向あり】

探索者の所見

「数値は正常、ただ座りすぎ。このままでは腰を壊すな。一時間に一度は一度立ってラジオ体操をしたほうが良さげ。立って作業するのも良いかも」

 

・花岡ユズ診断結果:【 極めて高い糖尿病の可能性】

探索者の所見

「インスリン注射こそ免れたが、マージて猶予がない。今日から徹底した食事制限、段階的な運動プログラムを始めないと即注射漬けのシャブ中生活まっしぐら。それが嫌なら今すぐトレーニング部行ってこい」

 

・先生診断結果【軽い高血圧、慢性疲労】

探索者の所見

「カップ麺生活が響いてるな。しかもスープ完飲が多い人だから割と納得ではある。カップ麺の頻度減らしてスープ完飲は厳禁。後尿酸値も若干高いからよく水飲んで、アルコールは控えたほうが良さげ」

 

・探索者診断結果【異常なし(ただし一点のみ特異点あり)】

診断項目: 血液中のドーパミン・エンドルフィン濃度

結果: 基準値の5倍以上(測定限界付近)

 

探索者の所見

「……まぁ、これを確認するために三ヶ月ごとに検査してるんだがな。毎回同じ結果だ。身体は健康そのもの、数値だけが狂ってる。医者は問題ないと言うし、精密検査でも異常なし。正直、一番気味が悪いのはそこなんだが…」
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