巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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2章前の閑話
やっぱりのお礼参り


 

 

 

 

 

 

 

 

ミレニアムプライズ特別大賞受賞から数日。

探索者と先生は、再びゲーム開発部に呼び出され、部室を訪れていた

 

 

――のだが

 

 

 

部屋の中央

 

ゲーム開発部の四人の姿が、ない 

 

 

いつもなら、扉を開けた瞬間に騒がしさが押し寄せてくるはずの空間。笑い声も、雑なツッコミも、何かが倒れる音もない。

 

 

それがない

 

ただ、それだけ

 

なのに、探索者の中でだけは、それが妙に“異常”として認識された

 

 

(あ、これ死ぬやつだ)

 

 

探索者は一瞬で理解する。

お礼参りとして――あのバケモノが、この部屋にいるということを。

 

一拍も置かず、懐に手を差し入れる。

 

取り出したのは、金属光沢を放つ小型の円筒。

 

――次の瞬間。

 

 

パンッ!!

 

乾いた破裂音とともに、濃密な白煙が一気に部室を塗り潰す。

視界がゼロになる。生存本能が「逃げろ」と脳内で絶叫している

 

――今だ。

 

探索者は迷わず踵を返し、出口へと全速力で駆ける。

だが、その瞬間。閉じていたはずのそこから、ひらりと“布”が滑り込む

 

(は?)

 

「チッ――」

 

 

絡みつく影。咄嗟に身を捻るが、体勢が悪い。

避けきれないと悟った瞬間、探索者は足を引っ掛け、強引に相手の軸を崩した。相打ち。そのまま二人同時に床へ。

 

 

(まだだ)

 

倒れ込みながら即座に身体を捻り、脱出を試みる。指先が解けかけた布を捉え、距離を作る――はずだった。

 

だが。

信じられないことに、指先がわずかに滑った。

一度は緩んだはずの布が、物理法則を無視したような角度で再び絡み直す。

 

「――あれ?」

 

女性の間の抜けた声。なのに、その“偶然”は致命的だった。再び、完全に拘束される。

 

(…クソったれ…ここでファンブるのかよ…!クソビッチめ…!)

 

白煙の奥から、心臓を握りつぶすような気配が近づいてくる。

 

「よぉ」

 

低く、地を這うような声。

 

「アタシに二度同じ手が通用しねぇって――痛いほど学んでるはずだろ、あぁ?」

 

靴音が、一歩。

 

「さぁ……お礼参りといこうじゃねぇか」

 

煙を裂いて現れたのは、ミレニアム最強の「約束された勝利の象徴」C&Cのリーダー、美甘ネルだった。

 

「…………」

 

床に組み伏せられ、スカジャンの匂いと殺気に当てられながら、探索者は虚空を見つめて呟いた。

 

「……そのお礼参り。クーリングオフで」

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

探索者はぐるぐるに巻かれたまま、床に転がされる。

 

「ほら、大人しくしてろっての。暴れるだけ体力の無駄だってことが、まだ分かんねぇのか?」

 

ネルの、呆れと苛立ちの混じった声が頭上から降る。

 

「ふふっ、逃げようとするからだよ〜探索者ちゃん、往復ビンタよりはこっちの方がまだマシでしょ?」

 

アスナの軽い声が、絶望的な状況にさらなる彩りを添える。

 

(……まぁ、そうなるか)

 

探索者は、埃の舞う床に頬を押し付けたまま、小さく息を吐いた。

 

きつく締められた縄の感触。

抵抗を試みるたびに、容赦なく関節に食い込むこの感覚。

 

(……あー…アビドスでも、こんな感じだったな)

 

砂にまみれて、同じように転がされて。

あの時も、抗いようのない「圧と暴力」を前に、ただ天井を見つめることしかできなかった。

 

(……進歩ねぇな、俺)

 

自嘲ともつかない呟きが、乾いた床板に吸い込まれていく。

 

「……で?」

 

ぐるぐる巻きのまま、探索者が至近距離から問いかける。

 

「なんでこんなことに?」

 

「テメェが、アタシらが呼び出しても一向に来ねぇからだろうが!!」

 

至近距離から叩きつけられる怒号。だが探索者の表情は、水面のように凪いでいた。

 

「嫌ですよぉ。絶対ぶっ飛ばされるのが確定してる場所に、自ら行って、死を選ぶほどバカじゃないんで」

 

「あ? 逃げ回ってりゃ済むと思ってんのか、テメェ……!」

 

ネルが低い唸り声を上げ、その殺気に気圧された先生が「ヒッ」と短く悲鳴を上げる。

だが、簀巻きにされた探索者は、床に転がったまま平然と言い放った。

 

「逃げる? いえ、リスク回避を選択したまでです。凶暴な野生動物の檻に、わざわざ素手で入る飼育員はいませんから」

 

「……テッメ、誰が野生動物だコラァ!!」

 

怒鳴り散らすネル。だが、その怒声の裏にある「苛立ち」を、探索者は冷静に観察していた。

 

「あぁ……なるほど」

 

探索者が、得心がいったというように小さく頷く。

 

「C&Cの部長様は、これが『客人の迎え方』だと本気で思ってるらしい。いや、勉強になりますよ」

 

「次からは参考にします。まず拘束して、抵抗できなくしてから会話に入る――そうでもしないと喋れないぐらい、実はシャイなんですね」

 

「上等だコラ……その余裕、どこまで保てるか試してやるよ」

 

ネルが、ミシミシと拳を鳴らしながら一歩踏み出す。

部屋の温度が数度下がったかのような殺気。だが、探索者はその矛先を、言葉一つで受け流した。

 

「いいですけど、もし人殺しになりたくないのでしたら、やめておいた方がいいかと」

 

「あぁ?」

 

「私、ヘイローないんで」

 

「……は?」

 

その一言で、ネルの動きが、機械が緊急停止したかのように静止した。

 

「ここ、キヴォトスですよ? ヘイローのない存在を、あなたのその拳で叩けばどうなるか……殺人――このキヴォトスで何より重い罪です」

 

一拍。

 

「たとえC&Cでも、その責任は消えない……それに、あなた、手加減できるタイプには見えませんし」

 

(……やはり止まった)

 

「つまり……殴る=終わり、ですね。非常にシンプルな演算です」

 

沈黙。部室内の酸素が希薄になったかのような、ひりつく静寂。

 

「……テメェ」

 

ネルの声が、火山の底で煮えるマグマのように低く沈む。

 

「いや、別に止めているわけではないですよ。殴るのは自由ですし、私にそれを物理的に止める力もありません」

 

(あと、少し……)

 

「ただ、その一発で“全部終わる”可能性がある。それだけです……勝利条件であるあなたが、一瞬で『殺人犯』という名の敗北者に転落する」

 

さらに、重苦しい間。

 

「覚悟、出来ているならどうぞ?私を壊してみてください」

 

ネルの瞳が、怒りと戸惑いの狭間で一瞬だけ揺れた。

圧倒的な暴力を持つ者が、最も脆弱な存在を前にして、その力を封じられる不条理。

 

「まぁ」

 

探索者は、肺に溜まった空気をわずかに吐き出した。

 

「迷うくらいなら、やめた方がいいですよ……中途半端が一番危ないんで。加減を誤れば死にますし、加減しすぎれば私に逃げられる」

 

縄の繊維が、床板に擦れる音。

 

「それとも――」

 

ほんの僅か、挑発の色を濃くする。

 

「計算して動くのは苦手でしたっけ? 何も考えずに暴れる方が、あなたの『仕様』に合っていたのでしたら……どうぞ、お好きなように」

 

(乗った……条件は、すべて揃っている)

 

薬指。

そこに宿る、微かな熱——“芯火”。

 

普段であれば、ライターの火種にも満たない、指先を少し熱くするだけの現象。

だが、その程度の「異常」があれば、この絶望的な状況を解体するには十分だった。

 

(——通る)

 

確信とともに、指先が縄に触れた。

 

じゅっ。

 

音は、衣類が擦れる音に紛れるほどに小さい。

炎も煙も上がらず、視覚的な変化は皆無。

 

一点に留まる熱ではない。

先ほど放った煙幕——あれは単なる目くらましではない。滞留する微細な粒子が酸素と結びつき、布や皮膚に付着して「不可視の導火線」を形成していたのだ。

 

(俺も学習するんだよ。アビドスの一件でな)

 

熱は、張力が最もかかっている部分へ。そして、複雑に絡み合った結び目の心臓部へと。

 

“焼け”が、滑るように、音もなく広がっていく。

 

(……今だ)

 

パンッ!!

 

 

限界まで張られた縄が、焼け切れた繊維を撒き散らして弾けた。

その音を合図に、探索者は床を蹴り、弾かれたように強引に体勢を起こす。

 

「――ッ!?」

 

ネルの反応よりもコンマ数秒早い。

探索者は文字通り一直線に窓へと突っ込み、その勢いのままサッシを蹴り開けた。

 

吹き込む風と共に、突き抜けるような青空の下へと飛び出

す。

 

「ヴァァーカァ! 私も学習するんだよ!捕らえようとするなんざ 百億年速ぇ!!!」

 

 

空中で捨て台詞だけを叩きつけ、陽光の中へ。

 

 

 

トッ、と。

 

 

衝撃を逃がしながら、中庭に着地。

 

(……よし、抜けた。これだけ視界が開けていれば、遮蔽物を利用して――)

 

勝利の演算が完了しかけた、その瞬間だった。

 

「――予測通りです」

 

静かな、あまりにも穏やかで事務的な声。

 

「逃走経路、確保済み」

 

左右。

真昼の光の下、隠れることもなく堂々とそこに立っていたのは――。

 

「……は?」

 

既に展開を終え、一寸の狂いもなく退路を塞いだ二人のメイドだった。

 

「お待ちしていました、探索者さん?……日差しが強いですから、あまり走り回るのはお勧めしませんよ?」

 

「…メイドに迎えられてるのに嬉しくねーとかマージで泣けるぜ」

 

アカネが眩しそうに目を細めながら優雅に一礼し、カリンが銃を低く構えたまま、逃げ場を潰すように距離を詰める。

 

(……アスナもいると考えると…チェックメイトか)

 

完全に、包囲されていた。

 

背後――窓の中からは、今にも飛び出してきそうな猛獣の猛る気配。前方――白日の下に逃げ場をなくした、二人のスペシャリスト

 

「さて、続きといきましょうか……次は、もう少し『丈夫な』縄を用意しておりますので。お部屋に戻りましょう?」

 

「…クーリングオフって受け付けてますか?」

 

「そんな物はありません♪」

 

「はい、音符付きで頂きました。本当にありがとうございました」

 

 

──────────────────────────

 

 

 

とぼとぼと、探索者が部室へ引きずり戻される。

その背後には、まるで捕獲した獲物を運ぶかのように、涼しい顔のアカネと隙のないカリンが控えていた。

 

「……ただいまー、って言うべき空気じゃないですねこれ」

 

床には、つい数分前に自分が鮮やかに脱出した、焼け焦げた布と縄の残骸が虚しく転がっている。

その向こう側では、C&Cの面々が「当然の結末」と言わんばかりの布陣で待機していた。

 

ネルは腕を組んだまま、不機嫌そうな、けれどどこか楽しげな色を瞳に宿して顎をしゃくる。

 

「戻ってきたか。逃げ足と往生際の悪さだけは一流だな、テメェ」

 

「私達探索者にとっては最上級の褒め言葉ですね」

「褒めてねぇよ」

 

呆れたように返事を返すその横でアスナが、どこか楽しそうに手を叩く。

 

「ねぇねぇ、もう一回巻く? 今度はちょっとだけ可愛くしてあげようか〜?」

 

「それもう拘束の思想じゃなくて装飾の領域ですよね」

 

カリンは無言のまま、漆黒の銃身を寸分違わず探索者の眉間に向け、彫像のように静止している。

対照的に、アカネはまるで高級ホテルのラウンジにいるかのように、優雅な手つきで紅茶のカップを揺らし、香りを楽しんでいた。

 

(……統一感ねぇなこの空間)

 

"というか…よく反応できたね"

 

先生が探索者に向かって感嘆の声を漏らす

 

「私は数々の計り知れない変なことをしてきているメイドの奇行を体験してきた女」

「──略して計り知れない変態である私にはこの程度の奇行で驚きはしませんよ」

 

「どんな自己認知だよそれ」

 

 

 

「……」

 

「……おい」

 

ネルが、面白くなってきたと言わんばかりに顎をしゃくる。

 

「逃げるのはもう飽きた。今度はちゃんと相手しろよ」

 

空気が一段だけ重くなる。だが探索者は、少しも間を置かなかった。

 

「いいですよ」

 

即答。あまりにも迷いのない返事に、ネルの眉がわずかに動く。

 

「……は?」

 

「戦うのであれば、場所は変えましょう。ここではゲーム開発部に迷惑がかかりますので」

 

「……あ?」

 

ネルが一瞬だけ言葉を止める。探索者は平然と続けた。

 

「ついでに、少し準備があります。エンジニア部へ向かいましょう」

 

"……大丈夫なの?あれだけ煽った上で戦うなんて…"

 

先生が不安げに呟く。探索者は歩きながら、何でもないように答えた。

 

「大丈夫ですよ。もう勝負の大部分は終わってますから」

 

"???"

 

 

 

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