巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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第40話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エンジニア部の扉を開けると、そこには既に「準備」を終えた主が待ち構えていた。

 

 

「やぁ、ようやく来たね」

 

ウタハは探索者の頭から爪先まで、特に手首に残った縄の痕と腰に回された縄をジロジロと一瞥し、ゴーグルを指先で押し上げた。

 

「……まさか君に、縄で縛られて転がされるような『趣味』があったとはね」

 

「……下着に光学迷彩を仕込んで全裸で歩き回るような奇行を繰り返す人には、言われたくないですね」

 

「あれはあくまで露出症という、精神病の解決を追求した結果だ。君のそれと一緒にしないでくれたまえ」

 

ウタハはそこで一度視線をずらし、C&Cの面々に軽く目を向ける。

 

「それにしても……ここまで揃うのは珍しい」

 

ネルを一瞥

カリンの銃口を一瞥

アカネの微笑みを一瞥

アスナの軽い空気を一瞥してから、淡々と続ける。

 

「c&cが揃い踏みとは…どんな事をやらかしたんだい?」

 

「過去の清算です」

 

探索者が即答する。

 

「そうか」

 

ウタハはそれ以上追及せず、背後の装置へ視線を向けた。

 

「さて、ここに来たってことは、アレを取りに来たのかい?出来てるよ」

 

「ありがたい。丁度使うので」

 

"これは……?"

 

視線の先には、明らかに“戦闘用でも実験用でもない”異質な機械。静かに鎮座するそれは、場の空気だけを妙に別の方向へ引っ張っていた。

その問いに対してウタハは淡々と答える。

 

「全自動麻雀卓だよ」

 

「……なんでそんなもんが出てくんだコラ。アタシが求めてんのは、そういう遊びじゃねぇだろうが」

 

「今から使うからに決まってるじゃないですか」

 

探索者は、当然のように言い切った。そして、卓を軽く手で示す。

 

「ほら、席についてください。ルールはご存知でしょう?」

 

「いや待て! ルールは知ってるが、何でそうなる!? お前はアタシと戦いを――!」

 

「だから、するじゃないですか」

 

探索者は、事務書類の不備を指摘するかのような冷淡さで言い切る。

 

「麻雀という名の『戦い』を」

 

「はぁ!?」

 

ネルの声が弾ける。

 

「私は戦いを受けると言いましたが、何も『物理的な戦闘』を遂行するとは一言も言っていません。何より、勝負を合意した時点では、その種目を確定させていなかった」

「『ルール未確定の合意』は、過去の判例から提案側の形式決定権を含みます」

 

「んな屁理屈――!」

 

言いかけたネルの声を、ウタハが静かに、しかし決定的な一撃として遮った。

 

「理屈としては成立しているね」

「は?」

 

ネルがウタハを睨むが、技術者は肩をすくめるだけだった。

 

「“戦闘手段”を定義しないまま契約したなら、後出しでルールを固定した側が主導権を握る」

 

「おい待てよ……!」

 

ネルの苛立ちが、部室の温度を奪うほどの圧になって膨らむ。

 

その横で、アスナが楽しそうにパンッと手を叩いた。

 

「え〜! なにそれ面白いじゃん! 部長の麻雀、見てみたいな〜!」

 

「アスナさんもやりますか?」

 

「え〜!やっていいの!?」

 

「勿論です。あと一人は…どうです?先生」

 

"私はルール知らないから…"

 

「あら残念。そちらの2人は?」

 

探索者は、壁際に控えるアカネとカリンへ視線を投げた。

 

「ふふ、お誘いありがとうございます」

 

アカネが優雅に一歩前へ出る。

 

「私は構いませんよ。部長の『戦い』を一番近くで見守るのもメイドの務め……カリン、あなたはどうしますか?」

 

「……私は、護衛に専念する。この男、何をしでかすかわからない」

 

カリンは銃を下ろさない。

 

「……信用できる要素が一つもない」

 

「おやまぁ、信頼されてないみたいで悲しいですねぇ」

 

「……チッ。いいだろう、座ってやるよ」

 

ネルが、ドカリと椅子を引いて座った。その動作一つで卓が揺れるが、エンジニア部製の剛健なフレームは微動だにしない。

 

「ルールはアリアリ、赤三枚。テメェが言い出した勝負だ……ハコにするだけじゃ済まさねぇぞ」

 

「えぇ、では何を賭けますか?」

 

探索者は、まるで事務書類の捺印箇所を確認するかのような手慣れた動作で、卓の上に指を置いた。

 

「私は『今後、貴方からのあらゆる喧嘩を無条件で却下できる権利』を求めます」

 

「……あァ?」

 

ネルの喉から、獲物を威嚇する猛獣のような低い声が漏れる。

 

「喧嘩を却下だ? テメェ、アタシから一生逃げ回る許可証をよこせって言ってんのか」

 

「ま、端的に言えばそうですね。だって今回勝ってもまた申し込まれそうですし」

 

「じゃあ、アタシが勝ったら——次は本気で来い。テメェのその小細工も、逃げ道も全部捨てて、真正面から殴り合え。分かってんだろうな?」

 

「いいですよ。むしろそのぐらいが妥当ですね」

 

「では——半荘一回で決着といきましょう」

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

南四局、探索者は大きく点を失っていた。

無論、打牌が乱れているわけではない。牌効率も、危険牌の見極めも、押し引きの判断も——いずれも正確だ。

それでも、和了には届かない。

 

速すぎる

 

ネルとアスナの和了が、あまりにも

テンパイに至る前に、局が終わる

 

 

 

だが——その額に汗はない。その眼に濁りはない

 

 

まるで——今からでも、勝てると分かっているかのように。

 

 

「おいおい啖呵きった割にゃだいぶ負けてるじゃねーか。ハコ下だろ?」

 

「……そうですね。では、ラッキーアイテムでも使いましょうか」

 

探索者が目配せをすると、すぐに意図を理解したウタハはあるモノを探索者に向けて差し出す。

 

「これかい?」

 

「助かります」

 

"…何それ"

 

「ただの掃除機ですよ」

 

「はぁ!?」

 

探索者は何の躊躇もなくスイッチを入れる。

ぶぉん、と場違いな駆動音が卓に響く

 

「私に麻雀を教えた教祖の教えです“流れは物理でどうにかなる”と」

「ですので、掃除機で運を吸ってます」

 

「いや意味わかんねぇよ!!」

 

「貴重ですよ?この掃除機は8192分の1でしか起動しないんですから」

 

「今動いてんだろうが!!」

 

「それでは、最後の局といきましょうか」

 

「それ、起動したままやるんですね」

 

アカネの珍しいツッコミにも、探索者は意に介さない。

 

「停止すると、ツモが悪くなりますから」

 

「なるわけねぇだろ!!」

 

(ったく……なんなんだよ、コイツ)

 

視界の端で、掃除機が無駄に唸り続けている。

 

(……関係ねぇ)

 

(配牌は悪くない。トップは52000——2着のアスナが46000)

 

(差は6000……まだ逃げ切れる)

 

(あいつは——ハコ下。論外だ。アカネも1000点……次で沈む)

 

(なら、やることは一つ。スピードで削り切る)

 

(……鳴きタンで、十分だ)

 

ネルが思考をまとめ、ツモに手を伸ばした——その時だった。

 

「ツモ」

 

(は!?)

 

一瞬、思考が止まる。

 

(……天和か!?)

 

天和、それは親の第1ツモ時に和了す ると成立する役満の1種であり確率は約33万分の1、一生に一度 出るか出ないかの役である。

 

 

(……だが、まだ余裕はある。役満一発程度なら——まだ、トップだ)

 

(この局を流されるのは痛いが…次で終わらせればいい)

 

(鳴きタンや役牌──それで十分だ)

 

「天和」

 

だが──その一言で、終わらなかった。

 

 

「字一色」

 

「四暗刻——単騎」

 

「大四喜」

 

静寂が落ちる。

 

(……は?)

 

「六倍役満。割れ目込みで——192000オールです」

 

 

「ハァァァァ!?!?!?」

 

「な…6倍役満!?」

 

「すごーい!!初めて見た!」

 

"えっ!?何がすごいの!?"

 

ネルが、卓を叩きつける勢いで身を乗り出す。

 

「テメェ!! 天和だけで三十三万分の一! 約0.0003%だぞ!?」

「それに役満をこんだけ重ねるとか——どんな確率してやがる!!そんなもん現実で出るわけねぇだろ!!」

 

「……0%ではありませんから」

 

「は?」

 

「0%でない以上、起こり得ます」

「それに——運も、少し整えましたし」

 

 

"えーっと……ちなみに何%ぐらいなの?"

 

先生の疑問に、ウタハが電卓を叩きながら即座に答える。

 

「…少なく見積もっても…1垓分の1はあるね」

「例えると…80億人が、毎日24時間休みなく麻雀を打ち続け、1秒間に1回親番を迎えたとしても──」

 

一拍

 

「数千年に一度出るか出ないかという確率かな」

 

「ふざけるな!イカサマだろ!」

 

「…イカサマってのは…バレなきゃ、イカサマじゃないんですよ。悔しかったら、見破れるよう努力するんですね」

 

そして探索者は、まるで事務処理を終えたかのように静かに立ち上がる。

 

「じゃあ——私の勝ちですね」

 

卓を一瞥し、何事もなかったかのように続けた。

 

「それでは先生、帰りましょうか」

 

「……待てよ」

 

ネルの声が、低く落ちる。

 

「勝ち逃げか?そんなにアタシに負けるのが怖いのかよ」

 

探索者は、わずかに視線だけを向けて——

 

「……煽り慣れてないですねぇ…キレがない」

 

「んだと…!?」

 

「煽り慣れてないうちの教祖の方がもっとキレがありますよ。もっと脳に"Power"を詰め込んだほうがいいんじゃないですか?」

 

探索者は軽く息を吐いて、視線を外す。

 

「あぁ…それと、遊び相手を探しているのなら、ゲーム開発部のアリスを選んだほうが私よりもよっぽどいい勝負が出来ますよ」

 

「はぁ?」

 

「私は正直、あなたより弱いですし…これは探索者が吐く数少ないホントの事です」

 

「それと、報酬は指定口座で良いですか?」

 

「あぁよろしく頼むよ。それと」

 

「コイツですよね。分かってます」

 

探索者が差し出したのは——26年式拳銃。まるで、それが最初から“取引の一部”であったかのように

 

「それでは……次に会うときが、敵同士じゃないといいですね」

 

 

 

 

 

「ウタハ、テメェ…最初からグルだったのか」

 

「グル?私は適切にクライアントの要望に応えた物を作って、報酬を受け取っただけさ、それをクライアントがどんな風に使っても私が知る由はないからね」

 

 

「あークソっ…また完全にしてやられたぁ!!」

 

 

返事の代わりに軽く手を振ると、探索者はそのまま足早に工房を出ていった。ミレニアムの工房に、ネルの捨て台詞だけがやけに響いた。

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