一瞬感じた嫌な予感。その直後に響いた爆発音。探索者は反射的に駆け出していた。
距離が近づくにつれ、断続的な銃声と爆発音が混ざり始める。
戦闘が起きている――そう判断するには十分だった。
その途中
探索者の横を、数人の生徒が何事もないように歩いていく。
「さっきの爆発音なんだったんだろうねー」
「ここ最近じゃ一番の爆発だったんじゃない?」
「またエンジニア部?」
「でも方角的に違うし、別の部じゃない?」
「ていうか銃声もしてるし、撃ち合いしてる……?」
「避難しとく?」
「どうせすぐ止むでしょ。無視無視」
それが、走る探索者とすれ違った生徒たちの会話だった。
(俺も、嫌な予感がなければ“またか”で済ませられる。だが……無視できる規模じゃない)
そんな感情が焦りと哀愁の半々で混ざったまま、探索者は廊下を駆け抜けていた。
そして視線の先。廊下の壁が、丸ごと吹き飛んでいる箇所が見えた。
(あそこは確か――ヴェリタスの部室……マズイな…)
探索者はそのまま崩れた壁から室内へ滑り込むように突入する。
中の光景は、最悪と言っていい混沌だった。
気絶しているのか、床に倒れているモモイ。
シッテムの箱を片手に、状況を確認している先生。
武器を構えるゲーム開発部とヴェリタスの面々。
そして、部屋の奥で動く複数体の異形のロボット。
その中で――
マキと、マキに殴りかかろうとしているアリス。
(やっぱか)
理解した瞬間、探索者はすでに踏み込んでいた。
地面を蹴る。そのままアリスの側面へ。
「……妨害要素を排除します」
だが蹴りが届くより先に――アリスの回避が滑り込み、流す。
空を切る蹴り。
「悪いな。カウンター前提だ」
アリスの動きに合わせるように、探索者の体が沈む。
流された勢いすら利用して、次の動作へ繋げる構えだった。
その流れの中で――鳩尾へ、短い一撃が差し込まれる。
「……」
確かに“入った”はずの衝撃。だがアリスの動きは止まらない。
「……一応、木を折るくらいには手加減なしで蹴ったはずなんだが」
「排除します」
アリスの返しは一切崩れない。
「ピンピンしてますね」
アリスが踏み込む。一歩目で距離が消えるような加速。
探索者は一瞬早く、その腕を取る。
崩し、流し、引き込み、体勢が落ちる。
そのまま、地面へ。
「……」
無言のまま、探索者は関節を固定する。
肘が極まる十字固め
逃げ道は無い。
(決めた)
だが――
「……っ」
重い。
アリスの腕が、止まらない。
固定されたはずの関節が、軋みながら押し返される。
肘が悲鳴を上げた。
極めているはずなのに、逆にこちらの腕が砕けそうになる。
力の質が違う。
技術で止めた“静止”の上から、純粋な出力が押し潰してくる。
「……っ、く」
探索者は一瞬だけ判断する。
維持不能
離す。
その一瞬の間に、アリスの視線だけがこちらに残る。
「……そんなに私だけに注意向けちゃって…人の目を奪うってことで将来はアイドル目指せますかね」
軽口。
「排除、排除」
アリスの腕が再び振り抜かれる。
「ほら、排除だけだと注意が散漫ですよ」
その瞬間だった
バチバチッ!!
乾いた破裂音。
ウタハの手元から伸びたスタンガンが、アリスの側面へ触れ、一瞬だけ、光が走る。
「……っ」
アリスの動きがわずかに乱れ、ウタハを振り払わんと拳が後ろへと伸びる。ウタハはそれをギリギリで回避、だが
その“空白”ができた瞬間。探索者は踏み込む。
発剄
短い距離から、アリスの体幹へ。
だが――
「……」
アリスは受ける。
防御というより、“崩れないまま押し返す”。
衝撃は吸われ、流される。
「初めて意見があったぜ!!確かに注意が散漫だなぁ!!」
その声は前ではなく、後ろ。
「っ――」
バチバチッ!!
今度はネルの手に渡ったスタンガンが、アリスの側面へ押し当てられる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、アリスの身体が跳ねるように硬直する。
「……っ」
息が途切れ、視線がぶれる。
膝に入っていた力が抜けるのが分かるほど、急激な崩れ方だった。
次の瞬間には、支えを失ったように身体が沈む。床に膝が落ち、そのまま前のめりに倒れかけ――
「……」
力なく、動きが止まった。
意識が切れたのを確認するように、戦場の空気が一瞬だけ静まる。
その間を縫うように、探索者は構えを解く
「戦闘終了ってとこですかね。楽しいアイスブレイクと行きたい所ですが、簡潔に状況を」
探索者は皆から懐から取り出したように見えるよう芯火を起動し小瓶とマスクを取り出す。
手になかのエタノールを叩きつけるように振りかけ、すでにモモイの元へ駆け寄っていた。
気道確保
バイタルチェック
外傷確認
一連の動作が、迷いなく手順として流れていく。
「おい!もっとなんか言うことあるだろ!」
「えっ?あぁ、ウタハさん、ナイスです。よく合わせられましたね」
「フフン、これでも君とは短いながらも濃い関係と自負してるからね。欲しているものは何となく分かるよ」
「チゲーよ!!アタシになんかあるだろ!!」
「あぁ、そうですね」
探索者は数秒だけ間を置き、モモイの呼吸を確認しながら、淡々と答える。
「漁夫で取る手柄は美味いですか?」
「殺す!!」
「まぁ、これ以上煽るとホントに死にかねないので茶番はこの辺に、先生、何があったんですか?」
「お姉ちゃんが…お姉ちゃんが…!」
「あ、ああ、も、モモイ……」
「っと…そんな事してる場合じゃないですね」
探索者は即座に立ち上がる。
視線はすでに全員ではなく、状態の確認へ移っていた。
「ユズ、ミドリ、保健室から担架持ってこい。幸い外傷は薄い。致命的じゃないが、保健室で資材を確保してから病院に担ぎ込む」
"どうかな…容体は"
モモイの状態を確認しながら、短く続ける。
「断定はできないです。頭部に出血あり、爆発時の瓦礫か何かが当たった可能性が高いですね。脳内出血か血腫の可能性もある」
「……圧迫止血。誰か代われ、手を離すな。搬送中に悪化させるわけにはいかない」
「ダブルオー!まだ元気でしょう!アリスを運んで!」
「……わーったよ」
その間に、ミドリとユズが担架を持って戻ってくる。探索者は手早くモモイを担架へ移す。
「いいか、持ち上げるぞ。頭と首は絶対に動かすな。3であげるぞ」
「……123!」
頭部を固定し、揺れを最小限に抑えるよう位置を調整をし、一行は担架を支えたまま、最短ルートで病院へと急ぐ
あの場にあった謎のロボットはC&Cが全て掃討し、モモイの緊急搬送処置も無事に終えて今回起きた騒動は一旦の収束となった
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アリスが暴走したあの日から、二日が経った。
あの後、保健室に運ばれたモモイは現在、ミレニアムの病院に入院している。頭部からの出血はあったものの、外傷自体は軽度。
順調に回復している――が、未だ、意識は戻っていない。
頭部への衝撃が原因か、ただ眠るように静かに横たわり続けている。
そして、アリス
暴走の影響か、それともスタンガンの出力が高すぎたのか。
彼女もまた、翌日の昼過ぎまで眠り続けていた。
だが――
目を覚ましたアリスは、探索者たちの顔を見るなり怯えた
何かを思い出すように
何かから逃げるように
そのままゲーム開発部の部室へと逃げ込み、扉を閉ざした
あれから一日。
未だに、出てきていない。
そして探索者は、先生から一連の経緯を聞くことになった。
どうやら――アリスの周囲に出現したあのロボット群。それが、マキの言っていた“発見”だったらしい。
何をしても反応しなかったそれらが、アリスが触れた瞬間、起動した。
そして――暴走した。
(……あのクソ神が送ってきた通りの未来になるのなら、ここからリオが初登場、アリスを回収し、そのまま敵対って流れか)
「………」
(ちょっとまて?俺ってアリスとの初対面時に暴走したら壊すとかぬかしてなかったっけ…?)
(…もしかして…筋としてはリオ側に着くべきか?)
(………いや、まだやりようはあるな。リオ側に着いても即破壊にならず、それでいて先生とアリスに成長の余地を残せる方法)
(あの青バカみたいに――完全にはどっちにもつかず、全部を利用するやり方でいく)
(これならそこまで不自然じゃないし、何よりアリスの成長が見込める)
(……それに)
ここでわずかに思考の温度が変わる。
(あの未来の先生の判断には、いくつか疑問が残る)
探索者が見た未来では先生はキヴォトス全域の危機よりも生徒一人の命を取った。
無論これ自体は悪ではない。
(少なくとも、“私”としては正しい判断だ)
だが。
(……“俺”としては、見過ごせない)
(友愛や信頼を、思考停止の理由にしている。その結果、本来大人が背負うべき責任を、リオに預けている)
(先に動くべきだったのは、先生の方だ。背中を押す前に、自分で踏み出すべきだった)
(……私なら…調べる)
視線が、机の上に落ちる。
そこには、邪神から情報が与えられる前に洗い出した資料の束。
何度も読み返された跡。端に貼られた無数の付箋。重ねられた検証と、潰した仮説。
――そして。
彼女が少なくとも排除対象である“バグ”である可能性は低い、という結論。
(受け入れる前に確認する。判断する前に裏を取る)
(それが大人のやり方だ)
短く、息を吐く。
(……まぁ、今回は俺という変数がある、どう転ぶかはまだ分からないが……これがある限り――)
(“
その独白を断ち切るように、ポケットのスマホが激しく震えた。探索者は顔をしかめ、濡れたままの手でスマホを引っ張り出した。
液晶に表示された名前は――ユズ。
「はいもしもし?どうしました?」
『い、今、部室に生徒会長が来てて……! アリスちゃんは魔王だとか、存在しちゃいけないとか言ってて……!』
(……来たか、そろそろだとは思っていたが――予定通りすぎるな)
「……今からそっち行きます。先生は?」
『ちょ、丁度先生も来てて……会長と話してます……』
「……先生もいるのか」
一瞬の思考
「いいですね。時間は稼げる。ユズ」
『は、はいっ』
「足止め」
『あ、足止めって……!?』
「難しく考えなくていい、会話を続ける。質問を投げる。話題を逸らす」
「“結論に入らせなければいい”」
『そ、そんなの無理ですぅ……!』
「無理でもやるんですよ。三十秒でいい。それで十分です」
『え、ぇ……』