巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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ターニングポイント

 

 

 

 

ゲーム開発部の部室に近づくと、廊下でネルがトキに組み伏せられていた。周囲には、破壊されたロボットの残骸が散らばっている。

 

 

部室の扉の前には先生とユズ、ミドリ、そしてリオ――アリスだけは中に

 

 

 

「来たわね。貴方にしては遅かったんじゃなくって?」

 

「……ご無沙汰しております」

 

「はいどうも。楽しい楽しいアイスブレイクは省略でいいですね」

 

「えぇ。貴方が来たのなら丁度いいわ」

 

「で?花岡さんの話じゃあ、魔王だの悪魔だのってことらしいですけど――どうなんですか?」

 

分かりきった答えをあえて問いかける。それは、リオの覚悟を再確認するための問いでもあった。

 

「えぇ、その通りよ」

 

「未知から侵略してくる不可解な軍隊《Divi:Sion》の指揮官。名もなき神を信仰する無名の司祭が崇拝したオーパーツ。そして古の民が残した遺産…その名は――」

 

 

名もなき神々の王女《AL-1S》

 

 

「世界を終焉へと至らせる危険な存在…この子達風に言えば、“魔王”という呼び名が丁度いいでしょうね」

 

「……なるほどねぇ…で?コイツをどうするつもりで?」

 

「先程、先生達にも言ったのだけれど――爆弾は、安全な場所で解体すればいいのよ」

 

“…さっきも言ったけど、それは到底看過できない……かな"

 

「ま、でしょうね」

 

「もしかして貴方も先生と同じく生徒を犠牲に出来ないなんて寝言を抜かすつもりかしら?」

 

「……生徒の犠牲の上で成り立つ平穏なんて、クソ喰らえだ」

「それがシャーレって組織だろ」

「ふざけないで。アレは生徒でも、ましてや人ですらない怪物よ」

 

「話の途中に切り込むのがミレニアムの流行りですか?」

 

 

一拍、間を置く。

 

 

「……だが」

 

「私はそうは思わない」

 

 

「先に結論から申し上げましょう、私の思想は会長側です」

「爆弾を処理するなら、安全な場所で、100を生かすために、1を捨てる」

「――その考えには同意します」

 

"……そうだよね。君はそういうと思った"

 

先生の落胆した声が耳に響く。それでも、探索者は言葉を止めない

 

「そこの三人は知っていると思いますが――私は宣言しています。“あの子が攻撃に出た場合、即座に壊す”と」

 

「実際、才羽姉を攻撃した。事故かどうかは関係ない、そしてマキには、明確な敵意をもって手を出している」

 

 

 

「……ただ…私は、あの子の“すべて”が染まっているとは考えていない」

 

視線がわずかに揺れる。

 

「だから私が掲げるのは――『どっちつかずの正義』です」

 

「どっちつかず……?」

 

ミドリとユズの顔に疑問が浮かぶ。

 

「簡単な話ですよ」

 

「どちらの正義も否定しない。だが、どちらも無条件には肯定しない」

 

「その選択で、何を失い、何を背負うのか。結果を、どこまで引き受ける覚悟があるのか」

 

 

「……大切なのは、過程と結果だ」

 

長い一拍

 

「言葉はいらない。行動で示せ」

 

 

 

「とはいえ――現時点ではリオ側につく…そちらの方が、まだ“正しい”と判断している」

 

「……だが、手は出さない、それを“正義”だと、見せられていないからだ」

 

「……探索者さんには……感情がないの……?」

 

ミドリの声は、泣き出しそうなほど上ずっていた。

 

「一緒にゲーム作って、遊んで、会話して……楽しいこと、たくさんあった……じゃん……」

「それなのに……おかしいよ……」

 

探索者は、その言葉を遮るように切り捨てる。

 

「私に感情を押し付けるな。それはあくまでミドリ、お前の判断だ。私に強要される筋合いはない」

 

"そんな言い方しなくたって…!"

 

「事実を言って何が悪い」

 

空気が張り詰め、先生が口を開きかけて――止まる。

 

"……それでも……"

 

言葉が続かない。探索者は、間を逃さず切り込む。

 

「全て取る選択肢なんざ、最初から存在しない」

 

一歩、踏み込む。

 

「救えば歪む、守れば取りこぼす」

「両方なんて、成立しない」

 

沈黙。

 

 

 

 

"――それでも!!"

 

先生が叫ぶ。

 

 

"犠牲の上で成り立つ平穏なんてクソ喰らえだ!!"

 

 

 

その声が、空気を震わせた瞬間――

 

「もう、止めてくださいっ!!」

 

部室の扉が開く。

 

「……っ!」

 

――アリスが、そこに立っていた。

 

「アリスちゃん!?」

 

「アリス……」

 

「もう……大丈夫です。アリスは、理解しました」

 

一歩、前に出る。

 

「全部……アリスがいるから起きたこと、なんですよね?」

 

「……えぇ、そうね」

 

リオが、迷いない肯定にアリスは小さく頷く。

 

「アリスがここにいたら、また同じことが起きる……それなら――」

 

ほんのわずかに、息を吸う。

 

「アリスは……消えるとします」

 

「ダメ!アリスちゃん!」

 

「アリ、ス……ちゃん……」

 

「なっ……チビ、てめぇ……!」

 

“その必要は無いよ、アリス”

 

「いいえ……大丈夫です。アリスのせいで、先生やモモイ達に迷惑をかけたくはありません」

「……モモイが、アリスのせいで怪我した時……胸が痛かったです」

「どうして……なんでこんな事になってしまったのか、アリスにはよく分かりません」

「でも、それでも……その話を聞いて……やっと、理解しました」

 

「全部は――アリスのせいで起きたこと、なんですよね?」

 

「……えぇ、そうね」

 

「アリスがここにいたら、また同じ事が起きる……」

 

「それなら――」

 

一瞬、言葉が詰まる。

 

「……アリスは、消えるとします」

 

“リオの言葉を鵜呑みにしなくていい。ちゃんと話し合おう、アリス”

 

「先生……大丈夫です。アリスは生命体ではありません」

 

「いなくなっても、問題ありません」

 

わずかに、声が揺れる。

 

「アリスは……勇者、ではないから……アリスは……だいじょうぶ、です」

 

ネルが、歯を食いしばる。

――限界だった。

動こうとした、その瞬間。

 

視界が反転する。

叩きつけられた衝撃と共に、体が床に縫い付けられる。

 

「今の体勢では、抜け出すことは不可能です」

 

“ネル!!”

 

「――っ!?ア、アリスは大人しく着いて行くので……もう、やめてください!」

 

「……先生や貴方より、この子の方がよっぽど大人ね。状況を理解しているわ」

 

「先生」

 

「今まで、ありがとうございました。みんな、アリスと一緒に冒険してくれて、ありがとうございました」

 

「アリスは――」

 

一瞬だけ、言葉が止まる。

 

「……本当に、幸せでした」

 

「……それでは失礼するわ。もしも、先生が私の行動や言動に傷ついたのであれば……」

「全てが終わった後、改めて謝罪をさせてちょうだい……では、また……」

 

「名残惜しいのは分かるが、行くぞ」

 

アリスは頷く。

先生達は、武装したロボットを前に動くことも出来ず、ただリオとアリス、そして探索者が去っていく背中を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

あの一件から、数日が経った。

探索者は、城塞都市エリドゥの中枢――リオが拠点とする心臓部に、仮の住まいを構えていた。

与えられた部屋は機能的で、無駄がない。

外界から切り離されたその空間は、静かすぎるほどに静かだった。

 

 

その静寂を破るのは、短いタイピング音だけ。

 

「……そいつをアイツらに送るのか?」

 

探索者は椅子に深く腰掛けたまま、視線だけを端末に落とす。

 

「その座標、ここのだろ?勢力を上げて殴り込みに来るぞ」

 

「えぇ」

 

リオの声は変わらない。

 

「危険要素は排除してからの方が合理的だわ」

 

探索者はわずかに目を細める。

 

「……徹底してるな」

 

「当然よ。中途半端が一番無駄だもの」

 

 

「で?それをやって、何が残る?排除なんてものは建前だろう?」

 

 

沈黙が支配する

 

 

「……お前も迷ってるんだな」

 

 

「心外ね。私は常に最適解を選んでいるだけよ」

 

「最適、ね」

 

探索者は鼻で笑うでもなく、ただ言葉を転がす。

 

「……最善と最短は、別物だ」

 

「結果が同じでも、過程に差が出る」

 

一瞬だけ視線を上げる。

 

「あんたが選んだのは――どっちだ?」

 

「無論、合理的な方よ」

 

「……その判断に迷いはないのか?」

 

「…えぇ」

 

「でも……AL-1Sの『解体』は少し待つわ。少なくとも、このメッセージの時間までは……そうすべきだと思ったの」

 

わずかな間。

 

「……変かしら?」

 

探索者は短く息を吐く。

 

「いいや。それでこそ、人間だ」

 

リオは、わずかに視線を落とす。

 

「……こんなの、合理的じゃないって分かってる。けど……向こうの道理も、通すべきだと思ってしまったの」

 

「……だから、私はこの時間まで待つ。彼女たちが“頑張った”という道理を――通すために」

 

一瞬の静寂。

 

「……あなたを見ていたら…その方が、いいと思ってしまったの」

 

わずかに自嘲するように、

 

「……変よね、私」

 

探索者は、ただ静かにそれを聞く。

 

「……でも、彼女たちには加減しない。私は、私の道理を貫くわ」

 

短い沈黙。探索者はわずかに目を細める。

 

「……いい表情だ」

 

「迷いを抱えたまま、選択している」

 

「結果が思い通りにならなくても構わない――そういう顔だ」

 

 

 

「探索者に向いてる」

 

「……それ褒めてるの?」

 

「さあな?少なくとも、今のあんたは退屈な計算機じゃないってことだ」

 

二人の間に、ほんの僅かだけ、冷え切ったエリドゥには似合わない、人間らしい温度があった。

 

──────────────────────────

 

 

 

中枢区画のさらに奥。厳重な電子ロックと無機質なオートマタが守る「客室」――実質的な監獄だ。

 

通路を進む足音が、冷たい金属壁に反響しては消える。

やがて重厚な扉の前で認証を済ませる。

静かに開いた先には、白一色の、過剰なまでに清潔な部屋があった。

 

「元気してるか?」

 

ベッドの端に腰掛けていた少女が顔を上げる。長い青髪が揺れ、その瞳には恐怖も憎しみもない。ただ、透き通った静寂だけがあった。

 

「……探索者。来てくれたのですか?」

 

どこか嬉しそうな微笑み。

その無垢さが、胸の奥をわずかに軋ませる。

――“解体”を待つ身でありながら、まるでゲームのイベントを待つかのように。

 

「……体調はどうだ。不自由はないと聞いているが」

 

「はい。ご飯も美味しいですし、お部屋も綺麗です……でも、ゲーム機はありません。ここにはセーブも出来ないみたいです」

 

小さく笑い、指先を見つめる。

 

「探索者。アリスは……ここでおしまいですか」

 

直球の問い。探索者は逸らさず、短く頷いた。

 

「……リオの計画通りならな」

 

「そうですか……勇者は最後にはいなくなるものだと、ゲームで習いました。世界を救うために、大事なものを守るために……だから、アリスは怖くありません」

 

「……勇者、ねぇ」

 

壁に背を預け、天井の光を見上げる。

 

「魔王と呼ぶ奴もいれば、勇者と言う奴もいる……勝手なものだな」

 

「アリスは……」

 

 

言葉が途切れる。

 

 

「……本当に、世界を滅ぼす“魔王”なのですか……?」

 

 

膝を抱え、答えを求める瞳。探索者は静かに口を開いた。

 

 

「……昔々、ある所に。最低最悪の魔王になると決められた人間がいた」

 

探索者の低く、どこか懐かしむような声が、静まり返った部屋に響く。

 

「決められた……?」

 

「予言なんて曖昧なものじゃない。確定した未来だ。どの道を選んでも、最後には“世界を滅ぼす王”になる。そういう前提で、世界そのものに定義されていた男がいた」

 

アリスは息を呑み、胸元をぎゅっと握りしめる。探索者は淡々と、だが残酷な事実を突きつけるように言葉を繋いだ。

 

「周囲の人間は、そいつ自身を見ていなかった。見ていたのは、“いずれ完成する怪物”の影だ。だから誰もが動いた。殺すために、利用するために、あるいは正しく導くために……誰もが“魔王になる”という結果を前提にして、そいつを扱ったんだ」

 

探索者の視線が、射抜くようにまっすぐアリスへと向く。

 

 

「……お前と同じだ」

 

「……っ」

 

「“世界を終わらせる存在”として扱われる。だから排除する。だから制御する。だから切り離す……誰も、お前の『心』なんて信じちゃいない」

 

静かに、だが確実に逃げ場を奪うように言葉を積み重ねる。しかし、探索者の瞳の奥に、消えない焔のような熱が宿った。

 

「だが、そいつは違った」

 

 

 

 

俺は、最高最善の魔王になる

 

 

 

「そう言い切ったんだ」

 

沈黙が部屋を支配する。アリスはその言葉の意味を、必死に飲み込もうとしていた。

 

「光も、闇も。過去も、未来も……自分に課せられた全てを受け入れると、そいつは笑った……どうしようもなく厄介で」

 

 

探索者は短く、自嘲気味に息を吐く。

 

 

「――最高の魔王だ」

 

ほんの一瞬だけ、声の温度が落ちた。慈しむような、ひどく遠い響き。

 

「……俺の、良き友人だ……もう二度と、会うことは叶わないだろうがな」

 

その言葉だけが、部屋に残る。

ほんの一瞬だけ…探索者の視線が、どこでもない場所へ向いた。

 

彼はすぐに視線を現実に引き戻す。

 

「魔王であることを否定はしない。だが、“どんな魔王になるか”は自分で決める。結果がどう転ぼうが関係ない。……大切なのは、土壇場でどう在るかだ」

 

アリスの肩がわずかに揺れる。

 

「……それって……アリスと……」

 

「似ていると思うか?」

 

問い返すと、アリスは答えられずに俯いた。探索者は一歩、彼女との距離を詰める。

 

「確かに似ている。だが、決定的に違う点が一つある」

「……違う?」

「そいつは、“魔王になること”から逃げなかった……だが、お前はどうだ? “魔王だから消える”と、自分で自分に結論を押し付けている…違うか?」

 

アリスの指が、白地のシーツを強く引き絞る。

 

「それは選択じゃない」

 

一拍

 

「――放棄だ」

 

静かに、断定した。その言葉は、優しさよりも鋭くアリスの心に突き刺さる。

 

「……っ」

 

「運命を受け入れるのは構わない。だが、“選ぶこと”まで手放すな。それをやった瞬間、お前はただの、定められた出力しか出せないプログラムに成り下がる」

 

沈黙。アリスの内部で、何かが軋むような音が聞こえるほど、張り詰めた時間が流れる。

 

「……アリスは……」

 

「何を選ぶ……消えるか。それとも、“別の何か”を証明するか」

 

「決めるのは、プログラムでも予言でも、リオでもない」

 

わずかな間。

 

「――お前だ」

 

探索者は、最後に一度だけ振り返る。

 

「……」

 

ほんの一瞬。

 

「お前は、何者だ?」

 

 

答えを待たず、視線を外す。

そして、そのまま部屋を後にする

 

扉が閉まる。

後に残されたのは、かつてないほど激しく「個」としての意志を燃やし始めた、一人の少女の気配だけだった。

 








完全な裏話ですがこの回…というよりアリスとの会話は私がこの物語を作る上で一番初めに決まったシーンになります。
ここから人格が作られていき、物語が始まりました。
……まさか、ここまで話数がかかるとは思ってもみませんでしたが…
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