巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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判断

 

 

 

扉が閉まる。

 

背後で響いた重厚な金属音は、白い部屋の穏やかで残酷な気配を、完全に遮断した。

 

 

数歩、歩く。

 

 

無機質な鏡面仕上げの床に、自身の足音だけが、虚しく、規則正しく反響する。

この巨大な城塞都市エリドゥの静寂は、まるで巨大な墓標の底にいるような錯覚を抱かせた。

 

「……随分と、長かったですね」

 

 

横から、氷の結晶が弾けるような声。

探索者は、その足を止めない。振り向きもしない。

 

 

「聞いていたのか」

 

「はい。護衛もそしてこの区域の監視も私の任務ですから」

 

トキは、冷たい壁に背を預けて立っていた。

その瞳には感情の灯はなく、ただ眼前の「理解不能な不確定要素」を淡々と解析しようとしている。

 

「……ですが、理解できません。貴方の行動は、論理の整合性が取れていない」

 

探索者が足を止めると、トキもまた、その無機質な視線を真っ直ぐにぶつけてきた。

 

「貴方は会長……調月リオの判断を肯定する一方で、標的である『AL-1S』に対して、自らの意志を持てと説き、選択の余地を与えた…明らかに最短距離を捨てている。非合理です」

 

「……君から見れば、確かにそうだろうな」

 

探索者は、自身の影が長く伸びる通路の先を、どこか遠い目で見つめた。

 

「……昔な。何をしても、結果が最初から決まってるみたいな所にいた」

 

「……結果が、最初から?」

 

「抵抗すらシステムの一部 で、結末が最初から決まっている..... そんな絶対的なルール があった」

 

 

探索者は、自身の右手を軽く握り、その感触を確かめる。

 

 

「そういう変えられない運命がある一方で、最初から全力で抗わなければ、指の隙間から零れ落ちてしまう幸福ってのもあるんだ」

 

「……」

 

「かつて、願いを絶望に変える仕組みがあった…そこでもさっきと同じように結末は決まっていた」

 

 

探索者の瞳に、静かな、けれど凍て つくほどに鋭い熱が宿る。

 

 

「だが、俺は、それをぶち壊した。 蜘蛛の糸より細い糸を手繰り寄 せてな」

 

「..... 何故、そのような非合理な賭け を」

 

「..... もしあの時、彼女たちが諦めて、運命を受け入れていたら……俺が手を貸すことは万に一つもなかった……アリスも同じさ。あいつ自身に抗う意志がなけりゃ、俺はただ消えていくのを見てるだけだ」

 

「……貴方は、彼女たちの『意志』を、あえて極限状態まで追い込んで測っているのですか……それは、あまりに……」

 

「非効率で、非人道的だと言いたいのか? 」

 

 

一拍。重苦しい沈黙が、二人の間に 流れる。

 

 

 

 

探索者はそこで言葉を切り、ふっと自嘲気味に口角を上げた。

 

 

「……俺には、救いようがないほどに最悪の性格をしてる上司が居るんだ。その部下である俺が、同じように最悪な性格をしてなかったら、それこそおかしいだろ?」*1

 

 

「最悪の、上司……?」

 

 

トキが怪訝そうに眉を寄せる。その「上司」が誰であるか、この世界の誰一人として知る由はない。

 

 

「ああ。他人の覚悟を試したり、絶望の淵でどっちに転ぶかニヤニヤしながら眺めてるような、最低の奴だよ」

 

「…影響を受けたのですか?」

 

「さーな。気付いたら、こうなってた」

 

通路の角で、探索者は足を止め、振り返らずに言葉を置いた。

 

「……ただ、あいつらがこれだけ無茶をして、最後に運命をひっくり返すような『何か』を、その手で掴み取ったのなら」

 

 

背中越しに、凍った空気を震わせるような声が届く。

 

 

「その瞬間は、最高に面白い……だからこそ、少しばかり手を貸したり、その覚悟が本物かどうかを試したくなるんだよ。俺は、その『可能性』を観測したいだけだ」

 

 

「……最高に、面白い……その感情一つで、貴方は……」

 

 

「だから言ったろ?」

 

わずかに口角が上がる。

 

「性格が悪いって」

 

 

「ま、理解しなくていいさ。……だがお前にも、いつか自分自身の命令と、心の奥底に芽生えた私情が、どうしても折り合いがつかなくなる時が来る」

 

 

探索者は、その時初めて、わずかに首だけで振り返り、トキを射抜くような眼差しで見つめた。

 

 

「その時、お前がどっちに賭けるか……それは楽しみだ」

 

足音が、遠ざかっていく。 

 

 

 

 

廊下の先、冷たい闇の中に消えていくその背中を、トキはただ静かに、自身の論理回路に刻み込むように見送っていた。

 

まるで、いつか訪れる「選択」の時を、予言されているかのように

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

アラームの赤光が、無機質な管制室を断続的に塗りつぶしている。

モニターには、外壁を突破し、こちらへとひた走る「先生」たちの姿。迎撃システムが火を噴くたびに、リオの瞳には冷徹な計算式が明滅していた。

 

そんな状況下で、彼女は不意に口を開いた

 

「ねぇ、何かトキに変な事を吹き込んだかしら」

 

リオはモニターから目を離さず、背後に立つ探索者へと言葉を投げた。その声は平坦だが、わずかに険がある。

 

「皆目見当もつかないな。何かあったのか」

 

「……本当に?」

 

リオが椅子を回転させ、探索者を正面から射抜いた。

 

「あの子と会話したのは数分だけだ。自分の価値観を少し喋ったが、何かを吹き込んだ覚えはないな」

 

「……少し、質問が増えたのよ」

 

「というと?」

 

探索者が肩をすくめると、リオは手元のホログラムを操作し、トキのログを表示させた。

 

「『この指令にはどういう意図が含まれているのですか』……あるいは、『この指令を遂行することで、どのような結果が確定しますか』……命令には従っているけれど、以前の彼女なら、実行前にプロセスの中身を問うことはなかったわ」

 

「……なるほど?それでその変化を与えそうな犯人が一人しか思いつかないって顔だな」

 

「えぇ、違う?」

 

 

リオの冷徹な視線が、探索者を射抜く。彼はそれを鼻で笑い、モニターの中で必死に足掻く「先生」たちの姿へ視線を戻した。

 

「変わる理由なんて、いくらでもある。俺との会話かもしれないし、あいつ自身の中で何かが弾けただけかもしれない」

 

「そんなものは本人以外、神様にだって分かりゃしないさ」

 

探索者はわざとらしく溜息をつき、首を振る。

リオはその様子を、計算の狂いを確認するような冷ややかな目で凝視していた。

 

 

「……前から思っていたのだけれど……随分と喋り方が変わったわね、貴方。どちらが本当の姿なのかしら」

 

 

探索者は動きを止め、ふっと力なく笑った。

 

その横顔には、先ほどまでの人を食ったような気配はなく、ただ隠しようのない疲労が深く刻まれていた。

 

「……コッチが素さ。先生の前じゃ、少しばかり無理をして『良い奴』を演じてただけさ」

 

探索者は少し、くたびれた様子で目元を指先で覆った。

 

「そんなに、無駄な会話をするタイプとは思っていなかったわ……もっと、効率を重視する人間だと」

 

「これでも、無駄な会話は嫌いじゃ……いや、大好きだよ。他愛もない話をしたり、ふざけて変な行動を取ったり、場をかき乱したり……そんな悪ガキみたいな行動をして、バカみたいに笑ってた」

 

彼はゆっくりと顔を上げ、モニターに映る赤い警告灯を見つめた。

 

「今はもう、そんな機会もめっきり減っちまった……一緒にふざけていた友人(バカ野郎)共も、今じゃ俺の顔すら覚えてないだろうな」

 

自嘲気味に呟くと、彼はコートの内ポケットに手を突っ込み、角が丸く擦り切れたタバコの箱を取り出した。指先に伝わる感触は、驚くほど軽い。

 

箱を振れば、カサリ、と乾いた音が数回響く

 

そのうちの一本を摘み出す。

 

 

「……ふざけ合う日常を、守るために自分を消す……矛盾しているわね」

 

「あぁ、そうだな。クソみたいに矛盾してるよ」

 

視線を落とし、自分の掌を見つめた。そこには、誰からも忘れられることで得た、歪な力の残滓が宿っている。

 

「でもな。生きる全ての命は僕らに弱さを許してはくれない」

 

「……」

 

「……選別される命も、選別する側も弱いままでいさせてくれるほど、この世界は優しくできてねえんだよ」

 

「……だから、誰かが"強く"あらなきゃいけない。たとえその強さの代償に、自分が何者だったのかさえ、誰にも思い出してもらえなくなるとしてもな」

 

探索者は顔を上げ、リオを真正面から見据えた。

その瞳は、絶望を知り尽くしながらも、その先の輝きに固執している

 

「……アンタは分かってる"正解"を出すために、自分を削る痛みが」

 

探索者は、力なく笑いながら自分の手元を見つめた。

その手は、何かを掴もうとして、結局は守るべきものをこぼれ落としてきた手だ。

 

「かつて掴み損ねた理想は……今じゃ、俺の身を切り裂く刃に成り果てた……皮肉なもんだ」

 

彼はそこで一度言葉を切り、モニターに映るアリスの姿に、酷く悲しげな視線を投げた。

 

「……リオ。あんたは『正しさ』で世界を救おうとしている。だがな、これだけは覚えておけ」

 

「……何かしら」

 

「『正しさ』だけじゃ、誰も生きてはいけないのさ……人は、正しい答えだけを食べて腹を満たせるほど、強くはできてねえんだよ」

 

探索者は自傷気味の笑みを浮かべそこで、ふとリオを見る。

 

「……君はとても強いから、それでも進むんだろう?」

 

「……いいえ、違うわ。もう、戻れないと感じているだけよ」

 

リオの声は、乾いた機械の音に似ていた。

それを受け、探索者は深く、本当に深く椅子に身を沈める。

そして、吐き出した煙を追うように、あるいは重力に負けたかのように……ため息交じりにぽつりと呟いた。

 

 

「……いいや。精神科のヤブである俺が、ここで明確に宣言してやろう。君は、まだ戻れるさ」

 

「……根拠のない、無責任な診断ね。何を見てそう断じるのかしら」

 

冷ややかな拒絶。それを受け流すように、探索者はわずかに口角を上げた。

 

「……人の縁ってのは、そう簡単に切れないもんだ」

 

 

「無論、それが良き縁ばかりとは限らんがな」

 

 

ふ、と短いため息をつく。

 

 

「……君はまだ、誰かに見つかり、誰かに憎まれ、誰かに名前を呼ばれている……そんなものは、贅沢なほどの『帰り道』だよ」

 

「……そうなのかもしれないわね」

 

リオの呟きは、電子音だけが響く管制室の空気に溶けて消えた。

 

 

「さぁ、無駄話はここまでにして…やりましょうかねぇ」

 

冷たい無機質な手術台に横たわるアリスへと歩み寄る。

 

「…一応聞くわ。その処置とやらを見せる気は?」

 

リオが足を止め、背中で問いかけた。

 

 

「ないね。見た所で理解できるものでもないし、何より発狂されたら面倒だ」

 

 

「…分かったわ」

 

 

リオの足音が遠ざかり、重厚な隔壁が閉じる。

 

 

 

 

その直前

 

「……少しは自分の気持ちに正直になるのもアリだぜ?」

 

探索者の、どこか呆れたような、けれど妙に耳に残る低い声が滑り込んだ。

 

「アンタは、体だの頭脳だのばかりが成長しすぎて、自分じゃすっかり『大人』になってると思い込んでるみたいだがな――俺から見れば、まだまだ…ただの、迷子の子供だ」

 

リオは振り返らない。

その言葉を肯定することも、否定することもしない。

 

ただ、静かに、しかし確かにその言葉を胸の奥底へと突き立てられたまま扉を閉めた。

 

後に残されたのは、警告灯の赤に染まったアリスと少女の皮を被った男

 

 

「…さぁケイちゃんとやらにも会ってみようかね」

 

探索者は芯火を起動しかつて使った罪の天秤、そして削られたクチバシ、最後に古びたランプ取り出す。

 

 

 

その瞬間、空気が明らかに変わった。

 

 

 

 

「『天秤は不公平を保つ。消えぬ灯は新たなる敵を逃さず観測し、研ぎ澄まされた嘴は行き過ぎた罰を与える』」

 

 

「『三鳥が揃いし時、黒き森には静寂が訪れ、全ての因果は終末へと収束する』」

 

 

「『だが……過去を悔い、未来へと駒を進めた時。均衡を維持し、脅威を観測し、安全を保証する無類なき平穏を保つ器へと成り果てた』」

 

 

詠唱を終えると同時に、三つの器を覆っていた禍々しい色が、溶けるように変化していく。

それは、かつて三鳥たちが守り続けていたという、どこまでも澄んだ「青い空」と、深く静かな「黒き森」の色だった。

 

 

「…次はコイツだな」

 

それらを配置し終えた彼が、次に芯火の中から引き抜いたのは、緑色に輝く液体だった。

それは見る者の理性を逆撫でするほど冒涜的でありながら、同時にギラギラと輝く太陽のような、生命の根源的な温かさを孕んでいる。

 

精密な手付きでその液体を測ると、アリスの額へと少量滴らせた。

続けて、自分自身も同量の液体を、迷いなく煽る。

 

「うげぇ……やっぱ都市の味ってクソだなぁ…」

 

 

喉を焼く不快な甘みと金属臭に喉を押さえ、小さく顔を歪める。

 

 

「パスは繋がったから…最後の一押しだ」

 

探索者は太腿のバックルへ手を伸ばす。

取り出したのは、鈍い銀色をした古びた鍵であり、長い年月を経たように傷付きながらも、その先端には黒曜石が埋め込まれている。

磨き抜かれたそれは、鏡のように静かな光を返していた。

 

「本当は使わないほうが…アイツと繋がらなくて済むから楽なんだけどなぁ……」

 

探索者はアリスの額に軽く押し当て回しながら、小さく肩を竦める。

 

「……とはいえ、ここでヘタは打ちたくない」

 

 

「あとは…命綱か」

 

そう呟くと、探索者は再びバックルへ手を伸ばす。

次に取り出したのは、傷だらけの黄色い古びたスマートフォンだった。

裏面にはコテコテに盛られたプリクラの写真と黄色い端末の色に馴染むように貼られたタコのステッカーが、不敵に笑っている。

 

「おはようリホ。早速で悪いが仕事だ」

 

 

スマホの電源を入れながらそう語ると画面に紫髪の少女が現れる

 

 

「タイマーを5分にセット。戻らなかったら電気ショックで叩き起こしてくれ」

 

画面の向こうで、高度な演算機能を持つAIが、一瞬の間を置いてから応答した。

 

 

『相変わらず…私の事なんだと思ってるんですが?』

「頼れるクラスメイト」

 

あまりにも即答だった。

 

『ふっ……本当にそういう所ですよ』

 

呆れたように肩を竦めながら、画面の向こうで少女が笑う。

 

『それで何人勘違いさせたと思ってるんです?』

 

「勘違い?」

 

探索者は本気で分からないと言いたげに眉を寄せる。

 

『……あぁ、駄目だこの人…またそうやって無自覚を自称して人の脳焼くんですから』

 

「何言ってんだお前」

 

『何でもないでーす』

 

リホはわざとらしく視線を逸らしながら、肩を竦める。

 

『早く後ろから女の子に刺されてくださーい』

 

「嫌だよ怖ぇな」

 

『はいはい。タイマー、5分セットしましたよ』

 

「助かるよ」

 

銀の鍵が「カチリ」と音を立て、因果の門が軋みを上げる。

コギトを導線に、探索者の意識が現実から切り離され始めた。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

『……はい』

 

画面の向こうで、リホが小さく微笑む。

 

『お待ちしています。いってらっしゃい』

 

リホの声を背に、彼は銀の鍵を一気に深くまで押し込むと現実世界の音が遠のき、視界が歪んでいった

*1
酷い言われようで草w僕そんなに悪い子としたかなぁ?

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