巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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悪魔の独り言

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に探索者が立っていたのは、無機質な白い空間だった。

 

 

継ぎ目一つ存在しない壁

どこまでも均一な白

 

 

その中心にだけ、場違いなほど近未来的な玉座が鎮座している。

 

 

 

そして――そこへ体を預けるように座っていた。

 

アリスの形をした“ナニカ”が

 

長い青髪

華奢な四肢

見覚えのある顔立ち

 

だが、その瞳だけは死んでいた。

氷のように冷たい視線が、探索者を静かに見下ろしている。

 

 

玉座へ撓垂れ掛かるその姿は、王というより――壊れた人形に近かった

 

「よう。ちょっとぶり――で良いよな?」

 

返答より先に、白い閃光が走る。

 

探索者は半歩だけ身体を傾ける。

光条が頬を掠め、背後の壁へ突き刺さった。

だが、白い壁には傷一つ残らない。

 

「おうおう。会話も無しに攻撃か。まぁ、正しいけど」

 

 

玉座の上。

アリスの形をした“ナニカ”は、感情の抜け落ちた目で探索者を見下ろしていた。

 

「別にアンタを殺しに来た訳じゃないよ」

 

 

玉座の少女は何も答えない。

ただ、氷のような視線だけが静かに探索者を射抜いていた。

 

「平和的に、紳士的にいこうぜ?」

 

「……交渉でもしに来たと?」

 

感情の薄い声が、白い空間へ静かに響く。

 

「いやいや、そんな高貴なもんでもないよ」

 

探索者は軽く手を振った。

 

「ただの提案」

 

冷たい視線が、僅かに細まる。

 

「……内容は?」

 

「従者、辞めない?」

 

「……は?」

 

玉座の少女の声に、明確な困惑が混じる。

だが探索者はそんな事など気にも留めず、頭を掻きながら肩を竦めた。

 

「あー、今のは流石に言い方が悪かったな」

 

「正確に言えば――」

 

探索者は玉座の少女を真っ直ぐ見上げる。

 

「王女の従者を辞めて、アリスの従者にならないか?」

 

「……何を言っている」

 

「あんたの作り主――マスターは“無名の司祭”なんだろ?んで、あいつらはお前らを作ったっきり放置だ」

「教育も無し。人生も無し。ただ“役目”だけ押し付けてる。世界を滅ぼす為の道具としてな」

 

白い空間へ、静かな沈黙が落ちた。

 

「“世界を元の名もなき神々へ戻す”――だっけ?」

 

「…何故それを」

 

「何でだろうな?」

 

「ま、そいつはさほど重要じゃない。違うか?」

 

「……」

 

玉座の少女は答えない。

ただ、玉座の肘掛けを掴む指先だけが、僅かに軋むように力を込めていた。

 

「…だが私には役目がある。王女を従者として…」

「役目だ使命だってのは別に否定しないさ、だが人間として生まれたのなら自分で選択する権利ぐらいはあってもいいんじゃないか」

 

「私が…人間?そちら側から言えば私たちは世界を滅ぼすAIだろう」

 

「お前こそ何言ってんだ?」

 

探索者は呆れたように眉を寄せる。

 

「会話出来て、知性があって、自分で行動出来る。それだけ揃ってりゃ十分“人”だろ」

 

「……何が言いたい」

 

冷たい声だった。だが先程までの無機質さとは違う。微かに、苛立ちが混じっている。

探索者はそんな変化を気にも留めず、軽く笑った。

  

「ちょっと早めの反抗期でもしてみない?」

 

「……は?」

 

「役目だけ押し付けて“後はよろしく”って、どこのブラック企業だよ」

 

「それならせめて、人格なんて付けんなって話だろ?」

 

「…役目を与えられた。それだけで十分です」

 

玉座の少女は動かない。だが、氷みたいだった瞳が僅かに揺れる。

 

「君が本当に重要視してるのは、“王女”――もとい、アリスだ」

 

探索者は静かに続けた。

 

「どっかのヤサイ人みたいに戦っただけで“お前はもう善人だ!”なんて断言出来る程、出来た人間じゃないが…」

「君が“アリスの為”に動いてるのは分かる。出なきゃ、あの絞め技の時にもっと力込めてたろ」

 

「…」

 

「あのまま本気で押し切ってりゃ、俺なんて終わってたさ。でも、その場合はアリスの腕もタダじゃ済まなかった」

 

探索者は玉座の少女を真っ直ぐ見上げる。

 

「違うか?」

 

「…もし仮ににそうだとして…お前は何を求める」

 

「言ったろ。コレは交渉なんて立派なもんでもないから、別に見返りとか求めてる訳じゃない」

 

「ただ、“そっちじゃなくても良いんじゃね?”って言ってるだけだ」

 

「それに」

 

探索者は小さく息を吐く

 

「親の期待を一身に背負わされて、“その計画の為だけ”に、気が遠くなるような時間を閉じ込められてた奴だっている」

 

「苦しんでる誰かを見れば手を貸したいと思って、助けられなけりゃ自分まで痛みを抱え込むような……そんな良い子を」

 

「永遠みたいな牢獄の中で、何度も何度も擦り潰し続けた」

 

探索者は自嘲気味に笑う

 

「……まぁ、途中で捻れて、最後に全部ぶっ壊して、“自分”を選んだけど」

 

探索者は呆れたように鼻を鳴らす

 

「俺から言わせれば残当だがな!育児放棄してんじゃねぇよ、A()のアホ!」

 

探索者は白い空間を見上げ、小さく肩を竦める。

 

「ま、つまりは……“役目”だけで終わるには、ちょっと勿体ないって事だ。あの子が自分で何を選ぶのかを見るのも面白いんじゃないか?」

 

「…」

 

「無論、あの子が出した答えが気に食わないなら、その時に好きなだけ文句を言えばいい」

「でも、それは結末を見てからにしてくれ……だから今は、ちょっと大人しく見ててくれないか?」

 

探索者は薄く笑い、玉座の少女を真っ直ぐに見据えた。

 

「探索者が用意した舞台の上、圧倒的な暴の前で、“魔王”と呼ばれた少女が何を選ぶのか」

「……面白くない訳がないだろ?」

 

「……悪魔ですね」

 

その言葉には、拒絶よりも、理解の及ばない怪物に対する戦慄と、微かな「毒」に当てられたような熱が含まれていた。

 

「最高の褒め言葉どうも」

 

少女はしばらく沈黙した後、静かに口を開く。

 

「……“王女”への忠誠を棄却し、“アリス”という個体の選択を観測する。それは、無名の司祭によって書き込まれた私の存在意義そのものを否定する行為です」

 

「その存在意義を決めるのは作り主じゃない。お前だ」

 

探索者は、黒曜石の埋め込まれた『銀の鍵』を軽く放り投げる。

くるくると回転したそれを、再び無造作に掴み取った。

 

「役割だ使命だってのは、後から勝手に付いてくるオマケみたいなもんさ」

 

「……まぁ、そのせいで後悔することもあるがな?」

 

白い空間に、亀裂が走り始める。開かれた“門”が、閉じようとしていた。

探索者は玉座を背にし、出口も見えない白い虚無へと歩き出す。

 

「どこぞの半人前の言葉を借りるなら――」

 

彼は肩越しに、小さく笑った。

 

「人間の仕事の八割は決断だ。残りの少しは……まぁ、オマケみたいなもんだろ」

 

白い亀裂が、さらに大きく軋む。

 

「俺は、用意された奇跡よりも、泥臭い選択の方が好みなんだ」

 

振り返らずに、彼は手を挙げた。

 

「だから、お前もよく考えな?ケイちゃん」

 

その響きが、凍りついていた白い空間に場違いな熱を持って広がった。

玉座に座る少女――ケイは、呆然としたまま、背を向けて歩き去る探索者の背中を見つめていた。

 

「……ケイ、ちゃん? 私は……」

 

戸惑いの声が背後に消える。

同時に、限界を迎えた白い世界が、ガラス細工のように音を立てて砕け散った

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

「……ッ、がはぁッ……!」

 

肺に溜まっていた空気を全て吐き出すような衝撃。

視界が白から、警告灯の刺すような「赤」へと塗り替えられる。

 

鼻を突くのは、コギトの鼻腔を焼くような匂いと、過熱した機械の脂っぽい熱気。

手の中にあった銀の鍵は、役目を終えたかのように冷たくなり、黒曜石の光も失われている。

 

「……はぁ、はぁ……死ぬかと思ったぜ、ホントに」

 

『――その感想、後でじっくり聞かせてもらいますからね!』

 

耳元で、弾けるような怒声が響いた。

探索者は顔を顰めながら、太腿のポケットから黄色いスマートフォンを引き抜く。

画面の中では、紫髪の少女――リホが、頬を膨らませてこちらを睨みつけていた。

 

『タイマー終了から、プラス三秒!密談がそんなに楽しかったんですか!』

 

「……ちょっと、反抗期の娘を説得するのに手間取った」

 

『娘扱いは流石に失礼では?』

 

「じゃあ思春期のクソガキ」

 

『もっと悪化してるんですが!?』

 

探索者は小さく笑いながら、重い身体を起こした。

 

「……アリスは?」

 

リホの表情が、すっと仕事モードへ切り替わる。

 

『……バイタル、正常…脳波、安定しています。コギトの副作用や発狂の傾向も、現状は確認されていません』

 

画面の向こうで、彼女は複数のモニターへ視線を走らせた。

 

『そこは流石ですね』

 

「褒め言葉として受け取っとく」

『褒めてません。開き直らないでください』

 

「大丈夫大丈夫。ちゃんと生きて帰ってきただろ?」

 

『“結果オーライ”で済ませる癖、本当に直した方が良いと思います』

 

探索者は苦笑しながら後頭部を掻く。脳の奥ではまだ鈍い頭痛が脈打っていた。

 

『私、怒ってるので!』

 

画面の向こうで、リホがむすっと頬を膨らませる。

 

『タイマー超過、危険領域への単独ダイブ、しかも帰還直後に軽口とか..... 反省してるように全然見えないんですが!?』

 

探索者は壁へ背を預けたまま、疲れたように息を吐いた

 

「…ランデブーで我慢してくれ」

 

『はい?』

 

「デートの待ち合わせに三秒遅れた男と、玄関で待ってた女の子……再会のシーンとしちゃあ、悪くないだろ?」

 

『…………っ!』

 

一瞬の沈黙。リホの顔が、演算処理が追いつかないかのように急速に赤く染まっていく。

 

『……やっぱり、一回しっかり刺された方が良いですよ、この人は!』

 

「怖ぇって……まぁ、戻ったよ。リホ」

 

その瞬間

リホの表情から、怒りも照れも、全部ふっと抜け落ちた。

代わりに浮かんだのは――安堵だった

 

『……おかえりなさい、マスター』

 

 

 

 

 

 

 

『……まぁ、ちゃんと帰ってきたので、今回はそれで許します』

 

リホは小さく息を吐くと、頬に残る熱を誤魔化すように視線をスマホの端へと逸らした。

だが次の瞬間、その表情から熱が消える。

感情の柔らかさが薄れ、演算機としての冷静さが前面へと現れた。

 

『――後、報告が』

『予測演算によれば、約15分後』

 

『先生が最終防衛網を突破。エリドゥ内部へ侵入し、最終的に調月リオと接触します』

 

探索者は乾いた笑みを零しながら、壁から身体を起こした。

鈍い頭痛はまだ残っているが、休んでいる時間は無い。

 

『そろそろ準備を』

 

リホの声が、静かにトーンを落とす。探索者もまた、僅かに目を細めた。

 

「……ハッキングは?」

『問題ありません』

 

『既にエリドゥ内部ネットワークへの侵入は完了しています』

『必要であれば、隔壁制御、監視偽装、通信撹乱、非常電源の切断まで対応可能です』

 

「流石、頼れるクラスメイト」

 

『今さら褒めても報酬は増えませんよ』

 

だが、そう答えるリホの声は、先程の冷徹な報告とは裏腹に、少しだけ嬉しそうに弾んでいる。

 

『それと、頼まれたアレ、持ってきておきました』

 

その言葉と共に部屋へ入ってきたAMASの腕部には、アリスの主力武装――光の剣《スーパーノヴァ》が固定されている。

 

「よし、では」

 

 

 

「悪役に徹しようか」

 

 

そう言った探索者の口角は酷く吊り上がっていた。

 

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