巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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存在することのない存在

 

 

 

 

 

 

チヒロの誘導に従い、先生達は最上階へと駆け上がる。

最上階は、エリドゥ全域を見渡せるほど高く伸びていた。

彼女のナビゲートがなければ、途中で迷っていたかもしれない。

そして辿り着いた先――そこは無数のモニターで埋め尽くされた管制室だった。

 

 

 

「着いた!!」

 

モモイが声を上げる。

 

『地図によると…この階のどこかにアリスが居るはず…』

 

「そう。アリスなら奥の部屋に居るわ」

 

静かな声。コツ、コツ、と硬質な靴音が響く。

現れたのは、調月リオだった。

だが、周囲にAMASのような兵器は見当たらない。

 

 

「会長……まだ戦うつもり?」

 

「いいえ」

 

リオは僅かに目を伏せる。

 

「ここまで辿り着いた貴方達に、もうそんな事をするつもりはないわ」

 

「トキがこの場にいない時点で、私の手札は全て尽きた……」

 

短い沈黙。

 

「認めましょう。私の負けよ……約束は守るわ。来なさい」

 

「モモイ? それに皆まで……」

 

「アリスちゃん!!」

 

奥の扉が開く。

ドローンに付き添われる形で現れたアリスは、モモイ達の姿を見ると珍しく目を見開いた。

既に意識ははっきりしている。

少なくとも外見上、心身への大きな異常は見当たらない。

 

 

 

――その時だった。

 

 

 

 

「……気に食わねぇなぁ」

 

 

 

低い声。

次の瞬間、管制室中のモニターが一斉にブラックアウトした。

 

 

「っ!?」

 

 

数秒にも満たない暗転。

だが、再点灯したモニター群には明らかなノイズが走っている。

絶対に、何かがおかしい。

同時に、チヒロとの通信が激しく乱れ始めた。

 

 

『――っ、通信が……!』

 

 

ノイズ混じりの音声

 

そして

 

 

"……探索者"

 

 

聞き覚えのある声が、空間へ静かに響く。

 

 

「どーも、先生。お久しぶりですね」

 

「な、何が気に食わないのさ!」

 

モモイの叫びを、探索者は冷え切った視線で一蹴した。

その瞳は、もはや「味方」を見つめるものではない。

 

「……生徒二人に対して、一体何人がかりだ? どれだけの圧倒的な戦力差があると思っている」

 

"……あれが、生徒たちの総意だ!それに、一人の犠牲の上に成り立つ平和なんて、間違っている!"

 

先生の声が空間を震わせる。

一瞬の沈黙。そして、探索者から漏れ出たのは、肺から絞り出したような乾いた笑いだった。

 

「……情報が足りない? 一人の犠牲の上の平和が、間違っている?」

 

ゆっくりと顔を上げる。その双眸には、呆れを通り越した、底知れない絶望と怒りが同居していた。

 

「――笑わせるな」

 

その一言で、室内の温度が数度下がった。

 

「……その一言で、大人が背負うべき責務を、生徒一人に押し付ける」

 

「その上、納得できない対策だからと、生徒二人を相手に多数で囲んで糾弾する」

 

探索者の声は静かだ。だが、その静けさこそが、研ぎ澄まされた刃のように先生の良心を抉る。

 

「それが、お前達の言う“大人”のやる事か?」

 

 

「…先生。あんたの判断は、人命を尊ぶ善い行いなんだろうさ」

 

探索者は小さく肩を竦める。

 

「だが、それが100点の答えかと言われれば――俺は断然、否と答える」

 

静かな声だった。

感情を押し殺したような、妙に冷えた声音。

 

「善い事だけが、正しい選択とは限らない」

 

"それでも!"

 

先生の声が強く返る。

 

"アリスを殺すなんて安易な答えは、ただ逃げてるのと一緒だ!!"

 

その瞬間。

探索者の目が細くなる。

 

「……逃げている?」

 

低い声。

 

「お前、今。リオが逃げていると言ったのか?」

 

空気が軋む。

探索者は先生達を睨みつけるでもなく、ただ静かに言葉を続けた。

 

「人殺しの責任を一人で背負い」

「自分ごと沈むための泥舟を自ら造り」

「誰にも届かない海の底で、自爆する覚悟を決めた奴を」

 

一拍。

 

「……それを、“逃げ”だと本気で言っているのか?」

 

「――現実を見ろ」

 

探索者の声が落ちる。

怒鳴ったわけではない。それでも、その場の空気が一瞬で冷え切った。

 

「綺麗事だけ抜かしてるんじゃねぇ」

 

先生を真正面から見据える。

 

「生徒の味方を名乗るなら、アリスだけじゃない。リオにも寄り添ってやるべきだった」

 

言葉が重く落ちる。

 

「理解してやるべきだった」

 

「たとえ間違っていたとしても。たとえ許せなかったとしても」

 

「それでも、あいつが何を背負おうとしていたのかくらい――見てやるべきだったんだよ」

 

管制室に、重苦しい沈黙が落ちる。

先生は何かを言い返そうとして――だが、その言葉は喉の奥で止まった。

探索者はそんな様子を見ても、構わず続ける。

 

「アリスを救いたい。犠牲を出したくない。その考えは尊いものである。だがな」

 

探索者の目が細まる。

 

「現実は、綺麗事だけで救えるほど優しくねぇ。だからリオは、自分が泥を被る側に回った」

 

「誰かが決めなきゃいけなかったからだ」

 

その声には怒りだけではない、どこか疲弊した色が混ざっていた。

 

「誰にも理解されなくても、全部間違いだったと言われても、最後に憎まれる役になるとしても」

 

「それでも、止まれなかった」

 

探索者はゆっくりとリオへ視線を向ける。

リオは何も言わない。

ただ静かに、その言葉を受け止めていた。

 

「……なのに、お前達は“逃げ”だと言った」

 

 

 

「ふざけるなよ」

 

初めて。

探索者の感情が、僅かに表へ漏れた。

 

「責任から逃げ続けてる奴が、覚悟を決めた人間を、“逃げた”なんて言うんじゃねぇ」

 

「っ……!」

 

モモイ達が息を呑む。

だが先生は、視線を逸らさなかった。

 

"……それでも"

 

静かな声。

けれど、確かな意思が宿っている。

 

"それでも私は、生徒を見捨てる答えを正しいとは言えない"

 

探索者は数秒、黙って先生を見つめる。

そして

 

「……あぁ」

 

小さく、吐き捨てるように笑った。

 

 

「……だから気に食わねぇんだよ、先生」

 

 

探索者は吐き捨てるように笑う…そして、静かに指先を持ち上げた。

 

 

「――『門の創造』」

 

 

空間へ走らせた指先から、“闇”が滲み出す。

黒い液体のようにも。底の見えない影のようにも見えるソレは、瞬く間に床一面へと広がっていった。

 

「なっ――!?」

 

モモイ達が後退る。

だが、遅い。

闇は管制室の床を侵食し、そのまま巨大な“門”へと姿を変えた。

 

 

 

開いた。

 

否。

 

床そのものが、“どこか別の場所”へと繋がった。

次の瞬間。

 

 

「きゃあああっ!?」

 

 

悲鳴と共に、先生達の身体が重力に引きずり込まれる。

 

モモイも

 

ミドリも

 

ユズも

 

アリスも

 

そして先生すらも

抗う間もなく、闇の中へと落下していった。

 

だが

リオだけは違った。

闇は彼女の足元を避けるように裂け、その場に立たせたまま静かに閉じていく。

 

数秒後。

管制室には、探索者とリオだけが残されていた。

探索者は落ちていく悲鳴の残響を聞きながら、小さく息を吐く。

 

「……さて」

 

その視線が、ゆっくりとリオへ向けられた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

静かな声だった。

リオは僅かに目を伏せ、小さく息を吐いた。

 

「結局、貴方に背負わせてしまったわね…先生達の敵役も、悪者になる役目も、全部」

 

管制室にノイズだけが響き、リオは自嘲するように笑った。

 

「最後まで、自分で背負うつもりだったのだけれどね」

 

「……いーや」

 

探索者は小さく肩を竦める。

 

「君は十分背負ったさ」

 

その声に、先程までの刺々しさはなく。ただ、どこか疲れたような静けさだけがあった。

 

「ここから先は――ずる賢い大人の領域だ…ガキが首突っ込むには、少し汚れすぎてる」

 

探索者はそう言って笑う。

だがその笑みは、冗談めいているくせに、妙に寂しかった。

 

「……優しいわね、貴方は」

 

リオがぽつりと零す。

探索者は数秒黙り込んだ後、呆れたように笑った。

 

「……久しぶりに言われたな、そんな事」

 

探索者は小さく笑う。

自嘲にも似た、乾いた笑みだった。

 

「まぁ、当然かぁ…仲間からも、“悪魔”だの“化け物”だの…そんな風にしか言われない生き方してるしな」

 

軽く言っている。

まるで他人事のように。

けれど、その言葉の端々には、積み重ねてきた時間の重さだけが静かに滲んでいた。

 

「結局さ」

 

探索者は先生達が落ちていった闇を見下ろしながら、小さく息を吐く。

 

「ああいう理想だけを真っ直ぐ信じられる奴らには誰かが汚れ役をやらなきゃ、現実を見ない」

 

その声に怒りはない。あるのは、呆れと諦め。そして、ほんの少しだけ滲む疲労。

 

「……だが」

「結局、壁を壊せるのは――ああいう馬鹿みたいに理想を信じられる奴らだけだ。現実を知った奴は、どこかで立ち止まる。妥協して、諦めて、正しい落とし所を探し始める」

 

「だから」

 

一拍

 

「その理想が、本当に壁を壊せるのか…それを試す誰かが必要になる」

 

探索者は小さく笑った。

 

「……それが、たまたま俺と君だっただけさ」

 

短い沈黙。その空気を切るように、リホの通信が静かに響く。

 

『……そろそろ行きましょう。先生達も、到着した頃合いです』

 

「そうだな」

 

探索者は踵を返す。

その背中を、管制室の無機質な光だけが静かに照らしていた。

 

「――待って」

 

探索者の足が止まる。

振り返ると、リオは静かにこちらを見つめていた。

 

「……貴方が何をしたのか。その“門”をどうやって生み出したのか。私には、見当もつかない」

 

科学と論理の粋を集めたエリドゥの支配者にとって、目の前の男が振るった「力」はあまりに未知であり。信じがたいものだ。

 

「だけど」

 

短い沈黙。

ノイズの走るモニターの明かりが、彼女の横顔を無機質に照らす。

 

「……ありがとう」

 

その声は、深海の底で零れ落ちた真珠のように、静かで、重いものだった。

 

「私を、肯定してくれて」

 

探索者は数秒の間、何も言わずにリオを見つめていた。

やがて、肺に溜まった淀んだ空気を吐き出すように、小さく息を漏らす。

 

「……俺は君の選択を正しいと言った訳じゃない」

 

冷たい、突き放すような声音。

けれど探索者は、リオから視線を僅かに逸らし、手の中の『銀の鍵』を無造作にポケットへねじ込む。

 

「ただ――最後まで独りで背負おうとしたその覚悟まで、綺麗事で塗り潰されて否定されるのは、気に食わなかった。それだけさ」

 

「……そうね。貴方らしいわ」

 

その唇に、微かな笑みが浮かんだ。

それは、“正しい大人”には決して見せられない類の表情。

泥を啜りながら、それでも前へ進む者だけが浮かべる、諦めにも似た笑みだった。

 

「あぁ、そうだよ。俺は性格が悪いんでね」

 

「――『門の創造』」

 

開いた門は、先程までの巨大なものではない。

探索者が普段使う、小さな転移門、探索者はその前で一度だけ立ち止まり、振り返る。

 

「それじゃ、行ってくる」

 

何気ない、まるで近所のスーパーにでも向かうかのような軽い口調

 

「別に、向こうの理屈が正しいと思ったなら、そっちに加勢しても構わないぜ? ……まぁ、手加減はしてやれないがな」

 

その宣言とともに、探索者の姿は闇の中へと沈んで行った。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

落下した――

 

そう認識した瞬間には、先生たちの足はすでに荒涼とした大地を踏みしめていた。

 

衝撃はない、身体に傷一つない。ただ、劇的に景色だけが塗り替えられていた。そこは要塞都市エリドゥの最外縁。剥き出しの岩肌と断崖だけが広がる、人気のない未整備区域だった。

 

警戒を強めるモモイたちの頭上。岩壁の頂に、空間を強引に引き絞るような『門』が走る。

 

そこから、探索者が静かに姿を現した。

 

吹き抜ける乾いた風が、彼の窶れた上着を揺らす。探索者は高所から一行を見下ろしたまま、肺の奥の澱を吐き出すように、小さく息を漏らした。

 

「……一応、聞こう。まだ、意見を変える気はあるか?」

 

その声は、不気味なほどに凪いでいた。

 

 

"無い。断じて"

 

 

先生の即答。その真っ直ぐすぎる光に当てられた探索者は、数秒だけ沈黙し――やがて、喉の奥でくぐもった笑い声を漏らした。

 

「……そうか。あぁ、そういえば」

 

探索者はふと思い出したように、指先で虚空をなぞる。

 

「まだ武器を返してなかったな」

 

開いた小さな門から滑り出たのは、光の剣――『スーパーノヴァ』

かつて調月リオによって機能を停止させられていたはずのそれは、今や本来の輝きを取り戻し、アリスの足元へ静かに突き刺さった。

 

"なんの真似?"

 

「別に。お前の覚悟も見たいだけだ」

 

その言葉に、アリスの肩が小さく跳ねた。探索者はそれを見逃さない。彼の口元が、獲物を追い詰めた獣のように歪む。

 

「――“魔王”が、どんな選択を取るのか……面白くないわけがないだろ?」

 

空気が、パキリと音を立てて凍りついた。アリスは目の前の剣を見つめる。だが、その手はまだ、鉄の冷たさに触れることができない。

 

「……まぁ、その様子じゃ、答えは大体分かっているがな」

 

探索者はゆっくりと先生たちへ向き直る。門が軋むような異音を立て、彼の背後の空間が歪みを増した。

 

「さぁ――その覚悟、力ずくで示してみせろ」

 

探索者が懐から取り出したのは、一つの『石』だった。

 

それはただの鉱石ではない。隕石のように禍々しい黒金の輝きを放つ、未知の合金装甲。その隙間からは、千切れた神経にも似た黒いコードが幾重にも這い出し、生き物のように脈動している。

 

「……来い」

 

 

 

 

 

ギガンテス

 

 

 

探索者が静かに呟いた瞬間、その石は内側から弾け飛んだ。

 

 

 

 

轟音。大地に巨大な影が落ちる。

 

 

 

 

岩肌が悲鳴を上げ、先生たちの視界すべてを塗りつぶすように、“ソレ”が姿を現した。

 

 

 

「っ……!! な、に……あれ……」

 

 

 

 

それは飛行機械というより、移動する戦争そのものだった。

 

 

 

武骨で角ばった白金の装甲。両脇に鎮座する、鋸刃めいたスパイクを刻んだ巨大なキャタピラ。

 

装甲の継ぎ目からは、鮮烈な橙色の光が、内なる心臓の鼓動に合わせて明滅している。

 

 

 

その姿には、どこか天使を思わせる神聖な美しさがある。

 

 

だが同時に、本能が叫んでいた。

 

 

 

あれは、人類の手で扱っていい兵器ではない。

 

 

 

あれは――絶望を形にした「現実」そのものだ。

 

 

そして、あの巨躯から漂っているのは、神秘でも、科学でもない。もっと異質な何か

 

 

この世界の法則から僅かに外れた、“あり得ない痕跡”

 

 

 

まるで

 

 

誰も知るはずのない過去

 

 

存在した記録すらない歴史

 

 

世界そのものが、本来保持していないはずの情報

 

 

――存在しえない存在

 

 

 

そう呼ぶ以外に、表現する術が無かった。

 

 

 

 

 

 

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