"っ――!!"
驚異的な圧を撒き散らしながら、“ソレ”は降臨した。
破壊せし巨人――"存在し得ない存在"ギガンテス
大地が軋む
空気が震える
ただ存在するだけで、周囲の空間そのものが圧迫されているようだった
先生の指が、反射的に胸元の懐――“大人のカード”へと伸びる。
躊躇は無かった。
そうしなければ、間に合わない。
本能が理解していた。
アレは、生徒たちだけでどうにかできる領域の存在ではない。
あれは、大人が、その命を削ってでも対峙しなければならない「不条理な現実」そのものだと
"大人のカードを使用する"
カードから溢れ出した光が、荒野へ幾重にも走り、世界の境界を強引に繋ぎ止める。
その眩い輝きが霧散する中、次々と実体を持った「意思」――生徒たちが姿を現した。
まず最前線へ降り立ったのは、気怠げな空気を纏いながらも、その一歩だけで前線の空気を固定する少女
小鳥遊ホシノ
彼女が盾を構えた瞬間、ギガンテスが放つ威圧感に拮抗する「絶対的な安定感」が戦場に生じ、砂塵すらもその盾の前で動きを止めた。
続いて、重い威圧感と共に、黒い翼を思わせる神秘を背負って現れる。
空崎ヒナ
ゲヘナ最強。その二つ名に相応しい圧倒的な火力と、戦場を支配する制圧力。彼女が銃口を向けた先には、逃れられぬ死の弾雨が約束される。
さらに後方、鋭い視線でギガンテスの装甲を射抜く少女がライフルを構える
小塗マキ
高火力による制圧射撃に加え、彼女の放つ特殊なペイント弾が、未知の合金装甲に潜む「脆弱性」を白日の下に曝け出していく。
その隣では、工具箱を片手に、整った仕草で爆弾を設置する少女が静かに前へ出る
室笠アカネ
誘導と攪乱、そして特殊徹甲弾による装甲破壊。物理的な質量を誇るギガンテスにとって、マキと彼女のコンビは、正に「最悪」と呼ぶべき相性だった。
更に、冷静な視線でこの混沌を俯瞰する少女が、通信機を通じて戦場を再定義する
天羽アコ
情報支援、状況分析。彼女の指示能力は、個々の戦力を一つの精密機械へと変え、戦場全体の精度を極限まで引き上げた。
最後に、柔らかな光を背負って先生の傍へ立つ少女
鷲見セリナ
先生が最も信頼を寄せる救護担当。どれほど致命的な「現実」に打ちのめされようとも、彼女がいる限り前線は折れず、戦線は維持され続ける。
探索者は、ギガンテスの上で腕を組み、その布陣を静かに見渡した。
「……なるほど。確かに、今のキヴォトスでの最適解だな」
小さく吐き出された声
その瞳には、侮蔑でも恐怖でもなく、僅かな――けれど確かな感嘆が滲んでいた。
「だがな、俺も色々対策してんだ」
そう呟くと同時。
探索者は吸い込まれるようにギガンテスの内部へ身を滑り込ませる
次の瞬間。
白金の装甲が脈動するように展開し、機体各部から無数のドローン型ファンネルが放たれる
橙色の尾を引きながら、それらは意思を持つ流星群となって、先生たちを包囲するように荒野を駆け巡る
「『大人のカード』」
機体越しに響く探索者の声は、地響きのように重く、冷徹だった。
「恐らくだが、アレは“お前自身の時間”を燃焼させているな」
先生の瞳が、僅かに見開かれる。
そのカードが単に生徒を呼び出す「召喚」ではないことを見抜いていた。
「生徒を呼び出しているんじゃない……“可能性”という名の不確定な未来を、無理やり現在へと引きずり出しているんだ」
「だからこそ、俺の天秤は未来へ流れた。確定した過去じゃなく、“まだ決まっていない世界”へと」
短い沈黙、そして探索者は、静かに言い放つ。
「――違うか?」
先生は答えない。
だが、その沈黙こそが何より雄弁に、探索者の予想が的を射ていることを証明していた。
「……図星か」
ギガンテスの橙色の光が、まるで重い罪悪感を刻む心臓のように脈動する。
「ったく…そんなモンを理解した上で使ってるとか、本当に救えねぇな……お前」
その声音に、嘲笑の響きは無かった。
むしろ、そこにあるのは――相手の抱える歪んだ「狂気」を正確に理解してしまったからこその、僅かな苛立ちと、深い呆れ
先生は、大人のカードを握る手にぐっと力を込める。
"それでも"
"生徒を守れるなら、私は使う"
その言葉を聞いた瞬間、探索者は数秒だけ沈黙する
ファンネル群がキィキィと細い金属音を立てて低空を旋回し、漏れ出す圧が荒野の空気を侵食していく
やがて
「……あぁ、そうかよ」
低い声が響く。
「なら、お前は最初からそういう存在なんだろうな。未来ごと背負って、破綻する瞬間まで走り続ける。まるで――」
探索者は、昏い愉悦と諦念の混ざった笑みを浮かべ、自嘲気味に呟く
「壊れる事を前提に作られた機械みてぇだ」
次の瞬間。
ギガンテスの全身から、膨大な圧が迸る。
「なら試してやる。その歪な理想が」
「“存在し得ない現実”を超えられるのかを」
そこから先は、文字通りの「死闘」だった。
作戦は極めてシンプル、それゆえに強固。
最前線では、小鳥遊ホシノがその巨盾を構え、ギガンテスから放たれる苛烈な紫電と衝撃を真正面から捌き続けていた。
重厚なシールドが火花を散らし、彼女の装甲が悲鳴を上げて限界を迎えるその刹那――鷲見セリナの治療が寸分違わず差し込まれ、崩壊寸前の前線を無理やり繋ぎ止めていた。
その間にも
天羽アコが戦場全体を観測し、弱点部位のサーチと妨害を同時進行で展開。
即座に、小塗マキのペイント弾が白金の装甲へ鮮烈なマーキングを施し、室笠アカネの特殊徹甲弾がその脆弱性を抉るように爆発
そして
主火力
空崎ヒナ
さらに、才羽モモイ、才羽ミドリ、花岡ユズによるゲーム開発部の一斉射撃がそれに連なった。
通常の敵であれば、過剰火力と断言できる編成だった。
――それでも。
戦況は、辛うじて均衡を保つだけに留まっていた。
「滅茶苦茶硬いよ!?」
「どうしよう先生!!」
無線を狂わせる激しいノイズの中、モモイと、ミドリの悲鳴が響く
"焦らないで! 一瞬でも気を抜いたら、そこで終わる!!各員、回避を最優先に!!"
均衡
そう呼ぶには、あまりにも押されすぎている
先生の卓越した指揮能力と、生徒たちの阿吽の呼吸。全員が極限まで歯車を噛み合わせて、ようやく「互角」になっているかも怪しい
一手でも遅れれば、その瞬間に戦線は崩壊する。実態としては、限りなく劣勢に近い均衡だった。
ギガンテスの放つミサイルと高出力レーザーは、範囲・火力共に常軌を逸している。直撃すれば、生徒であっても無事では済まない。
ならばと有効射程外の死角へ潜り込もうとしても、あの巨大なキャタピラと、巨体に似合わぬ狂気的な機体回転による迎撃が、接近することすら強引に拒絶する。
間合いを詰めることすら許されない。
そして何より
「……効いてる、よね……?」
誰かが、乾いた声で思わず漏らした。
撃っている。削っている。確かにすべての攻撃が命中している。
それなのに
終わりが見えない。減っている感覚が、まるでない。
それはまるで、世界そのものを敵に回したかのような――システム的な理不尽さを有した、「絶望」そのものと戦っている感覚だった。
「……なぁ、先生。聞かせてくれ」
不意に。
周囲を旋回していたドローンの一機から、探索者の声が流れた。
戦闘の只中とは思えないほど、凪いだ声。
だが、その一言だけで、戦場の空気が一瞬で凍りつく。
「お前は、アリスを取り戻した後……どうするつもりだった?」
ギガンテスの放つレーザーが荒野を薙ぎ、爆炎と砂塵が死と生の境界を掻き消していく。その地獄絵図の中で、探索者の声だけが、妙に鮮明に、鼓膜へ直接触れるかのように響いていた。
「……リオの計画を止めた後。その先を、どうするつもりだったんだ」
ファンネル群が低空を、まるで獲物の最期を待つハゲタカのように、不気味な静寂を保って旋回する。その答えを、急かすでもなく、淡々と待ち続けながら。
「再び、あの“魔王”として暴走したら?お前のその甘い奇跡の結果、今度こそ、誰かが、生徒が死ぬ状況になったら?」
その声はただ事実を並べているだけだった。
だからこそ、重い。鉛のように、生徒たちの心に伸しかかる。
「……その時、お前は」
探索者は、コックピットから、モニタ越しに先生の瞳を見つめた。
「生徒を守るために。何を、切り捨てるつもりだった?」
沈黙が走る。
爆炎と銃声が絶え間なく鼓膜を震わせる戦場の中、探索者の投げかけた問いだけが、妙に重く、逃れられない毒のように空気へ沈着していた。
"……無いわけじゃない"
先生は、ようやくそう答えた。
だが、その声はどこか掠れ、ひどく歯切れが悪かった。
機体越しに、探索者が短く、すべてを見透かしたような声を返す。
"ただ――"
先生はそこで言葉を止めてしまった。
モモイたちが、硝煙の向こうから不安げに、縋るような視線を先生へと向ける。
けれど、先生は続きを口にしない。いや、彼女達の純粋な瞳を見つめ返すほどに、言葉が喉の奥で凍りついて、口に出来なかったのだ。
「今、お前が胸の内でこねくり回している『綺麗にパッケージされた妥協案』を当ててやろうか」
探索者の声は、どこまでも冷ややかに戦場を這う。
「それは――シャーレでの、アリスの『保護』という名の監禁だ」
ハッと、ゲーム開発部の面々の息が止まる。
「安全が証明されるまで、隔離する。シャーレの管理下に置き、外部との接触を厳しく制限する」
「……大人の都合がいい言葉を選べば、確かにそれは『保護』だろう。だが、本質は違う。お前がやろうとしているのは、自由を奪うことだ」
「言えねぇよな」
探索者の言葉が、容赦なく先生の心を抉っていく。
「生徒の味方を名乗る、全肯定の『先生』っていう立場なら、尚更だ。そんな汚い現実論、今ここで輝かしい未来を信じてる子供たちの前で、口が裂けても言えるはずがねぇ」
バチバチと、青紫の火花が荒野の砂塵を焼き焦がす。
「……先生。それのどこが“自由”だ?」
世界が、完全に動きを止めたかのような錯覚。
「単独行動の禁止。常時の同行。行動の制限。少しでも異変があれば即座に施設へ逆戻り……」
探索者は、事務的に、淡々とその条件を並べ立てていく。
「それはまるで」
「……それだったら」
探索者の声が、低く、静かに荒野へ響く
頭上を執拗に旋回するファンネル群が放つ細い金属音と、大地を這う岩山の爆ぜる音だけが、彼の言葉の合間を埋めていく。
「死んだ方が、まだマシなんじゃねぇのか?」
モモイたちの表情が恐怖と怒りで引きつる。
けれど、探索者はそんな少女たちの動揺を気にする風もなく、淡々と、残酷な言葉を重ねていく。
「自由も、尊厳も無い。四六時中、誰かの目に怯えて暮らす。誰かの許可がなきゃ遠出もできず、少しでも異変があれば即座に冷たい隔離室へ逆戻り」
「……それだけじゃない。周囲の人間はいつ暴走するか、いつ牙を剥くかと、腫れ物に触れるような目でその背中を警戒し続ける」
「そして本人は…傷つけたことを深く懸念している。"また大切な人を傷つけてしまうのではないか"と」
ギガンテスの巨体が、地響きのような低周波の駆動音を鳴らした。まるで、その言葉の正当性を証明する重低音のように。
「そんな、ただ心臓が動いているだけの都合のいい家畜のような生き方を……お前は『生きてる』って呼ぶのか、先生」
その言葉は、あまりにも冷酷、けれど同時に、綺麗事では決して超えられない、どこまでも現実的で血の通った「大人の視点」
「いつか人を傷つける可能性がある。いつか世界を完全に滅ぼすかもしれない……なら」
探索者の声音が、ほんの僅かに密度を増す
「不確定な未来の犠牲者を防ぐために、彼女に友人を殺させないために、今、目の前にある脅威を殺す。それが、一番多くの人間が救われる、最も被害の少ない最善の『落とし所』だろ」
まるで、物語の悪役が口にするような台詞。人の心を持たない、冷徹な合理主義そのもの
先ほども、リオの口から聞いた同じような思想
だが――
その声には、相手を嘲笑うような愉悦も、狂気も、一切混ざっていない
そこにあったのは、ただ一つ
「最悪の選択を、何度も、何度も、自分の手で選んできた者」だけが身に纏う、反吐が出るほどにリアルで泥臭い「責任」と「説得力」の重さだけ
だからこそ、その言葉はリオの冷徹な計画以上に、先生たちの胸を、そしてアリスの心を深く抉っていた
「だから、聞いてるんだよ、先生」
ギガンテスの橙色の発光部が、先生たちの影を長く、昏く荒野へ伸ばす。
「お前は、その子に一生分の地獄を背負わせてまで……そこまでしてでも、その魔王を生かしたいのか?」