「お前は、その子に一生分の地獄を背負わせてまで……そこまでしてでも、その魔王を生かしたいのか?」
探索者の声が、低く、重く響く。
「結局、大事なのは綺麗事じゃねぇ……“結果”だけだ」
ファンネル群が、まるで逃亡を絶対に許さない檻のように、先生たちを完全に包囲して旋回した。
「正直――」
短い沈黙。
「……答えを出すのを先送りにしているようにしか見えないな」
責め立てるような怒号でも、嘲笑するような響きでもない。ただ純粋な事実として突きつけられた落胆
「アリスを助けたい、リオを止めたい……あぁ、それ自体は立派な『お気持ち』だ」
「だがな、その後の泥水を誰がどう啜るのかを曖昧にしたまま、ただ感情の赴くままに突っ走るのは――」
探索者は、唾棄すべきものを認めるように、静かに吐き捨てました。
「大人のすることじゃねぇ。ただの“無責任”だ」
「可能性を信じる? 未来へ賭ける? ……あぁ、耳障りのいい結構な話だ。だがな、先生」
その声音が、さらに一段と低く、昏く沈み込む
「お前――“未来”っていう不確定で便利な言葉を、今この瞬間にある冷酷な現実から目を背けるための、ただの『逃げ道』にするなよ」
その言葉と同時。
ギガンテスの巨体が、大気を震わせる眩い橙光を放ちながら駆動した。
瞬間。
鼓膜を抉るような、空間そのものが悲鳴を上げる轟音。
"っ――来る!!"
先生の警告が響き渡るより早く、周囲を滞空していた無数のファンネルが一斉に音速を超えて加速した。
橙色の残光が荒野の視界を埋め尽くす。
それはもはや「射撃」などという生易しいものではなかった。天から降り注ぐ流星群による、狂気的な空間制圧。
"ホシノ!!"
ホシノがその巨盾を激しく地面へと叩きつけ、防壁を展開する。
直後、爆炎と砂塵、そして大地そのものが抉り飛ぶ凄まじい衝撃が前線を襲った。連続着弾による質量兵器の嵐。
盾越しに伝わる規格外の破壊力に、ホシノの足が強引に後方へと滑っていく。
止めきれない。一発、一発の「重さ」が、これまでのどんな兵器とも違いすぎる。
"セリナ!!"
即座に、戦場に滑り込んだセリナの治療光がホシノの身体を包み込む。
削り取られた装甲を瞬時に修復し、崩壊寸前の防衛線を無理やり繋ぎ止める。
だが、嵐は止まらない。
ヒナの銃撃が空を切り裂き、高密度の制圧射撃がファンネルの数十機を撃ち落とした。
だが、それでも数多くのファンネルが今だに先生達を取り囲んでいる。
「数が減ってないよぉ!! ゲームバランスおかしいって!!」
モモイが半泣きで銃を乱射する。
その直後、戦場に不気味な駆動音が響いた。
ギガンテスの中央部――橙色に脈動していた主砲塔が、駆動ギヤを軋ませながら、ゆっくりと先生たちへと照準を合わせたのだ。
嫌な予感。
魂の底から、本能が全力で警鐘を鳴らし始める。
"全員、散開――ッ!!"
先生の叫びと、世界の崩壊は同時だった。
次の瞬間、視界のすべてが白く染まった
物理法則をあざ笑うかのような極太の光条は、ホシノの絶対的な防御すら容易く貫通し、前方のビル群をまとめて塵へと還しながら、荒野の果てまで破壊し尽くした。
光が収まった戦場で、先生は召喚した生徒たちが文字通り「全滅」したことを把握する。
幸いにも、彼女たちはカードが引き出した可能性の残像に過ぎず、キヴォトスにいる本人たちに影響は全くない。
だが、それでも。
先生の瞳が、激しく動着に揺れる。
目の前で生徒の姿をした光が掻き消される光景は、その胸を鋭く抉った。
だが、先生は止まらなかった。
消し飛ばされた無残な光景を見つめながらも、一瞬だけ瞳を揺らし――次の瞬間には、漆黒の「大人のカード」を血が滲むほどの力で握り直す。
再び、戦場に青い光が走る。
世界の境界を、因果の壁を、力ずくでこじ開けるように。
だが
その瞬間、先生の呼吸が、明らかに乱れた。
顔色は土のように悪く、額からは嫌な脂汗が絶え間なく滲み出している。カードを握る指先は、自分の意志とは無関係に小さく、細かく震えていた。
それでも、先生は立つ。
歪んだ視界の中で、戦況を凝視し、指示を飛ばすことを止めない。泥を啜ってでも戦線を維持し続ける。
「……やっぱりか」
低い、地這うような声がドローンから漏れる。
ファンネル群が、まるで動かなくなった獲物の周囲を警戒するように、低空を不気味に旋回した。
「それ――“時間”を切り売りしてるだけじゃ済んでねぇ。命を直接削って、そのカードを燃やしてやがるな、アンタ」
先生は答えない。ただ荒い呼吸を繰り返す。だが、その応えのない沈黙こそが、何よりの肯定だった。
探索者は、機体の中で小さく、ひどく苦々しげに舌打ちをする。
「マジで狂ってやがる……」
その呟きに、先生を嘲笑うような色はない。愚かだと切り捨てるような軽蔑もない。
「……なぁ、先生。そこまでして、自分の命をドブに捨ててまで……“先生”ってやつを、やりてぇかよ」
探索者に、呆れの声が乗った
その時だった。
劇烈な光に焼き尽くされ、死に絶えたはずの荒野の上空を、一筋の狂おしい閃光が真一文字に駆け抜ける。
直後。
地鳴りのような轟音と共に、猛烈な衝撃波を伴って、一つの人影がギガンテスの分厚い外装甲へと直接着地した。
「おいおい、留守中に随分と派手にやってんじゃねぇか!!」
巻き上がる爆煙を、その小柄な身体から放たれる圧倒的な威圧感で蹴り飛ばすようにして現れたのは――C&Cのリーダー、美甘ネル。
だが、鉄の巨人はその不法侵入者を一瞬たりとも許容しない。
ガギィィィィン!!
異音を立てて駆動系が牙を剥き、ギガンテスは背上のネルを力ずくで振り払うべく、質量を無視した超高速の「回転迎撃」を敢行する。凄まじい遠心力と、質量旋回
しかし、その回転が巻き起こした猛烈な砂塵のカーテンを、縦に割るようにして
静かな、しかし寸分の狂いもない駆動音と共にもう一つの影が降り立つ。
セミナー会長の「盾」であり「剣」、飛鳥馬トキ。
「チッ……なんだ、この悪趣味でデケェ棺桶はよ」
「先生、 ご無事ですか」
"ネル!トキ!"
ボロボロになりながらも、先生の声に僅かな、しかし確かな安堵が混じる。
だが、トキの視線は、眼下の先生には向いていなかった。
彼女の無機質な瞳が見つめていたのは、ギガンテスの最奥――そのコクピットに潜む、探索者という存在。
数秒の、張り詰めた沈黙。
風の音すら消え失せた戦場で、トキは静かに口を開いた。
「……状況、確認しました」
抑揚のない、感情を徹底的に押し殺したような、怜悧で冷たい声音。
「申し訳ありませんが、これ以上の介入は容認できません」
トキの瞳が僅かに細まり、戦術バイザーに冷光が走る。
「私の主、リオ会長の命により――貴方を、仇なす敵と認定します」
バチバチと、アビ・エシュフから漏れ出す青紫色の紫電が荒野の空気を焦がす。
それをドローンの音響センサー越しに聞いた探索者は、数秒だけ沈黙し――やがて、喉の奥を鳴らして小さく笑った。
「……あぁ、そうかい。あの子供も、やっぱり最後まで迷ってたか」
その声音に、怒気や動揺は一切無い。
ただ、すべてを診察し終えた医者のように、どこか深く納得したような響きだけがあった。
「だが、いい吹っ切れ方だ。自分の意地を通すために力ずくで排除しにくる……最高に見ていて気持ちがいい」
隠されていた無数の砲門が次々と展開され、滞空していたファンネル群が一斉に高周波の駆動音を上げて再加速する。
「お前らの信じるその“正義”が、世界の外側の現実にどこまで届くのか――死ぬ間際まで、試してやるよ」
──────────────────────────
場面は切り替わる。
地鳴りの轟く外世界とは断絶された、ギガンテスの最深部
生き物の内臓を思わせる有機的な配線と、脈動する橙色の生体光が、薄暗い操縦席を不気味に照らしていた。
無数に舞うファンネル群の軌道。生徒達の防衛陣形。
そして――新たに参戦した、ネルとトキ。
その凶悪なまでの戦闘データを網膜に映しながら、探索者は小さく、重い息を吐いた。
『……想定外の数値ですね』
ノイズ混じりの、静かな機械音声。
隣に浮かぶリホが、冷徹なトーンで戦況を分析する。
『C&Cの二名の消耗率が、事前の予測値を大幅に下回っています』
モニターの向こうでは、美甘ネルが爆炎を纏って跳び、飛鳥馬トキのレーザーが正確無比にファンネル群を撃墜していた。
『さらに、ゲーム開発部の才羽姉妹の戦闘能力が予想よりも高い……何かしましたね』
「さぁ?ただ嘘つきのレッスンをしただけさ」
原作と違う。
あの二人は、互いの意地をかけて潰し合うはずだったエレベーターでの凄惨な消耗戦を、このルートでは経ていない。リオの「吹っ切り」によって、その戦闘をする前に"待った"がかけられたからだ
だからこそ、二人は今、万全とは言えないものの、余力を得た状態に近い
加えて――探索者自身の介入の心構え。 覚悟。 それらが、才羽姉妹の戦闘能力すら底上げしていた。
「……まぁ、そうなるか」
探索者はシートへ深く腰掛けたまま、乾いた笑いを漏らす。
「自分の気持ちに正直になれとは言ったが……想像以上に元気だな、あいつら。こっちとしては誤算だ」
直後、コクピット全域に、脳髄を刺すような赤い警告音が鳴り響いた。
装甲各部への連続被弾。システム負荷の上昇。ファンネルの撃墜速度が加速度的に増加していく
探索者は数秒だけ沈黙し。
やがて、自分の爪を噛みながら、心底面倒臭そうに、けれど狂おしい生の執念を瞳に宿して口を開く。
「……リミッターを一段階解除」
『了解……どのセキュリティをオフにしますか?』
探索者は、赤く明滅するモニター越しに生徒達の姿を見る。
命を削る先生、牙を剥くネル、静かに狙いを定めるトキ。必死に、泥臭く食らいついてくる子供たち。
その、あまりにも眩しい光景を見つめながら、男は冷酷に告げた。
「“
『……対象への致命傷発生率が急上昇します。生徒たちのヘイローがあっても、一歩間違えれば、本当に“死”にますが』
「分かってる」
探索者は淡々と、しかし絶対の拒絶を込めて続けた
「このまま手加減してりゃ、先にこっちが限界だ…だが、召喚された生徒に飛ばす頻度を下げろ」
『その分は他の生徒に回しますか?』
「……ネルとトキに半々だ。このままじゃ大人のカードの代償で塵になっちまうからな」
不意に、外壁を消し飛ばした爆発の閃光が、窓の無い操縦席を白々と照らし出す。
「……それ以外は容赦するな。相手を気遣って、綺麗事で死にましたなんてのは――ただの『ダーウィン賞』だ」
「それに、アイツラの覚悟が本物ならこのぐらいは乗り越えられるだろ」
──────────────────────────
ギガンテスの猛攻は、なおも止まらない。
致命制御(セーフティ)を剥ぎ取られた白金の巨体が駆動するたび、剥き出しの殺意が荒野の岩盤を塵へと砕き、空間ごと焼き裂くような橙色の熱線が大気そのものを激しく歪ませていく。
空を埋め尽くしたファンネル群は、文字通り生徒たちのヘイローを叩き割らんとする「死の流星雨」と化し、一射ごとに地形を変える暴力を降らせていた。
だが――戦線は、まだ崩れていない。
「ッ、チョロチョロと……邪魔なんだよォ!!」
美甘ネルが爆炎の尾を引いて突撃し、至近距離から放たれるドローンの自爆特攻を力尽くで薙ぎ払う。
その直後、寸分の遅れもなく空間を奔ったのは、冷徹な青紫の閃光
飛鳥馬トキの放った高出力レーザーが、ネルの切り開いた僅かな死角へ寸分違わず突き刺さり、ギガンテスの分厚い外装甲を大きく爆散させた。
戦火の激震の中、先生は静かに、血の滲む指先を大人のカードへと添えた。
荒い呼吸。焼け付くように熱い肺。
三度目の大人のカードは、まるで命を削る鳴き声のような不気味な熱を、容赦なく掌へと返してくる。
それほど呼び出した生徒たちのツケを払っている。
それでも、先生の足は止まらない。
最初に呼び出した生徒たちは、もう戻せない。
一度“可能性”としてこの過酷な現実に固定された存在は、すぐには再接続できない。
なら――次の手だ。手札(リソース)が尽きるのが先か、自分の命が燃え尽きるのが先か。
先生は、溢れ出そうとする血を飲み込むようにして、小さく息を吐いた。
"――おねがい、みんな"
瞬間、大人のカードから溢れ出した眩い光が、理不尽な荒野へ新たな“可能性(生徒たち)”を強引に刻み込む。
まず最前線、爆煙の渦中へと現れたのは、巨大な盾を携えた眠り姫。
春日ツバキが巨盾を大地に突き立てた直後、ギガンテスの主砲から放たれたレーザーが真正面から炸裂した。
彼女はその圧倒的な防衛能力で、ギガンテスの「致命の牙」を正面から無様に受け止め、前線を無理矢理支え切った。
続いて、戦場を切り裂く鋭い銃声。
銀鏡イオリの放つ電光石火の高精度射撃が、ギガンテスの関節部、外装の継ぎ目へと正確無比に突き刺さり、その巨体の動きを強引に阻害する。
さらに、狂おしい爆炎を裂きながら響く爆発音。
陸八魔アルの放った狙撃砲が着弾と同時に大爆発を起こし、密集していたファンネル群をまとめて吹き飛ばして、戦場へ強引な突破口をブチ開けた。
その後方、遠距離。
静かに呼吸を整え、照準を定める羽川ハスミ。
彼女の放った規格外の一撃が、超長距離からファンネルの制御中枢をピンポイントで撃ち抜く。
さらに、戦場に響く音源傍受、電波攻撃によるサポート
音瀬コタマによる精密な情報支援が、荒野に散る生徒たちの攻撃精度を極限まで引き上げていく。
最後に、戦場に咲く一輪の柔らかな光。
伊落マリーの放つ淡い癒しの光が、限界を迎えていた生徒たちの傷を癒やし、崩れかけた前線を静かに、しかし強固に繋ぎ止める。
ギガンテスからの攻撃を耐える中、ファンネルへ向けて、ゲーム開発部の全力の火力支援が一斉に集中する。
モモイとミドリの放つ苛烈な弾幕、そしてユズの精密な射撃が、限界を迎えていたドローンへと次々と着弾した。
荒野を激しく揺るがす、連続爆発。
本来なら、世界の外側のテクノロジーを宿した移動要塞を前に、とっくに瓦解していてもおかしくない圧倒的な戦力差。
それでも――美甘ネルと飛鳥馬トキという、ミレニアムが誇る二大主砲
ゲーム開発部が限界を超えて絞り出した、文字通りの全火力
そして、命を削りながら最適の奇跡を配置し続ける、先生の指揮。
それら全ての執念が歯車のように噛み合ったことで、ほんの僅かに、絶望一色だった戦場へ奇跡的な“均衡”が生まれていた。
もちろん、優勢などでは決してない。
探索者がギアを一段上げたことにより、ネルとトキがいなければ一瞬で崩壊していたであろう
そんな均衡とは名ばかりの、あまりにも危うい薄氷の拮抗。
探索者が放つファンネルの一射、あるいはギガンテスの主砲の起動に対し、一瞬でも集中を切らせれば、その瞬間に全員まとめて塵へと消し飛ぶ綱渡りだ。
それでも。
その綱を渡りきった、ほんの少しの隙間に。
先生には、この絶望を突破するための“考える余裕”が生まれていた。
"ハァ、ハァ……、ッ……!"
荒い呼吸。焼け付くように熱い肺。
大人のカードを連続で使用した凄まじい代償により、視界の端がボヤけ、黒い死斑のように滲み始めている。
だが、それでも先生は思考を止めない。
ボロボロの脳髄を極限まで駆動させたその時、先生の頭の中に、この理不尽な現実を一つだけ、鮮やかにひっくり返せる「妙案」が浮かび上がった