巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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その名を叫べ

 

 

 

 

 

 

 

先生は、大人のカードの残光に焼かれ、視界の端を黒く滲ませながらも、ギガンテスの猛攻の渦中でボロボロになりながら立ち尽くす一人の少女へと、意識のすべてを集中させた。

 

 

アリス

 

今の彼女の有様では、真に彼女を救ったとは到底言いきれない。

 

リオの冷徹な計算、探索者が突きつけた地獄のような現実、そして世界から「魔王」と定義された宿命。

 

それら全ての重圧に押し潰され、「自分が存在するだけで周囲を不幸にするのではないか」と、アリスは今、暗く深い苦悩の淵に沈んでいる。

 

今この戦火の中で、彼女のその魂の叫びを解決しなければ、この戦いに本当のハッピーエンドは訪れない。

 

アリスの心を縛る「魔王(システム)」の呪縛を解くには、自分よりも遥かに長い時間を彼女と共に過ごした、ゲーム開発部の「言葉」が、紡いできた絆が絶対に必要だ。

 

 

 

――先生は、引き千切れそうな肺から、残された全命数を賭けて叫んだ。

 

 

"――アリス!!"

 

 

爆炎の向こうで、アリスがハッとこちらを向く。だが、その瞳にいつもの無邪気な輝きは無い。

あるのは、世界を滅ぼす「魔王」という恐ろしい使命を突きつけられ、自分自身の存在理由(アイデンティティ)を見失ってしまった、暗い虚無だけだ。

 

それでも、先生の呼びかけは止まらない。

 

"今の君は、ただの魔王なんかじゃない……! 紛れもない、私の大切な生徒だ!!"

 

そんな大人の綺麗事、押し寄せる過酷な現理の前には、ただの気休め程度にしか成らないかもしれない。

それでもいい。いつか彼女たちが、自分自身の足でハッピーエンドへ歩き出すための「最初の支え」に成れるのならば。

 

"自分を見失わないで、アリス! 『使命』は…人が自らの意志で背負うものだ……!"

" 誰かに決められた魔王の役割なんて捨てて、君自身の、存在を見つけてくれ!!"

 

「アリス、自身の……?」

 

アリスの唇が戦慄く。その背中に、さらに眩しい光が降り注いだ。

 

「アリス! アリスは“勇者”でしょ!? そんな訳わかんない魔王なんかじゃない!!」

 

モモイの、喉を枯らすような叫び。それに続くように、ミドリの涙混じりの声が戦場へ響き渡った。

 

「わ、私たち……ずっと一緒にゲーム作ってきたじゃん……!」

 

探索者がセーフティを下げたことで、戦場は一歩間違えればヘイローごと消し飛びかねない「死の圏内」へと変貌している。

ネルとトキが命がけで防衛線を支え、その砲撃の合間を縫いながら、それでも二人は叫ぶことを止めない。

 

「アリスがいたから、みんなで笑えた!」

 

「アリスちゃんがいたから、毎日がすっごく楽しかったんだよ!!」

 

ユズもまた、恐怖に震える手で必死にファンネルを撃墜しながら小さく、けれど地鳴りに負けない確かな声を絞り出す。

 

「だから……アリスは、世界を壊すための存在なんかじゃ、ない……っ!」

 

爆炎。銃声。交錯する狂おしいレーザーの群れ。

死が全方位から飛び交う戦場のど真ん中で。

それでも、ゲーム開発部の言葉だけは、世界の外側のノイズを全て撥ね退けて、不思議なほど真っ直ぐにアリスの胸へと届いていた。

 

「……っ」

 

「アリスがいなかったら、ゲーム開発部は存在しないし! ミレニアムプライスで賞だってとれなかったかもしれない!!」

 

モモイは涙をボロボロと流しながら、それでも笑顔で、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

「アリスが居てくれたから、ここまで来れたんだよ!!」

 

「でも……アリスは……っ!」

 

 

ギガンテスが大地を揺るがす咆哮を上げ、その主砲へ悍ましいエネルギーが急速に収束していく。

 

脈動する橙色の生体光が砲口へ集まり、それは前線を支えるネルやトキ、そしてアリスの肌を焼くような、“確かな死”の圧力となって荒野へ満ちていく

 

 

"違う"

 

 

静かな、けれど地獄の底まで届くような確信に満ちた声。

それは、ギガンテスの主砲が鳴り響かせる駆動音の中でも、不思議なほど鮮明にアリスの魂を揺さぶった。

 

"たとえ最初がどうだったとしても……今を決めるのは、“アリス自身”だよ"

 

アリスの瞳が、激しく、大きく揺れ動く。

 

探索者が牙を剥いて突きつけてくる「生への執着(リアル)

リオが涙を呑んで導き出した「計算(結論)

自らの機能に刻まれた「滅亡の使命(プログラム)

 

その全てが、彼女の脳内で激しくぶつかり合い、火花を散らす。

 

ギガンテスの主砲の輝きが、世界を白く染めていく。

その光の中で、小さく。本当に、消え入りそうなほど小さく。

けれど、何よりも強固な「自分自身の意志」で、アリスは呟いた。

 

「アリス、は……」

 

涙が、彼女の頬を伝って零れ落ちる。

 

「アリスは……皆と、ゲームをしていたい……!」

 

 

その言葉が零れ落ちたその瞬間。

まるで誰かが、思考の奥底へ静かに触れたような感覚。

 

 

甘く

 

優しく

 

暖かく

 

けれど、底知れない何かを孕んだ“声にならない気配”が、アリスの魂の深層をそっと撫でる。

 

ただ、“答えを待つ”ような静かな気配

 

そして、アリスの脳裏へ―かつて探索者が突きつけた問いが、まるで魂を穿つ楔のように突き刺さった。

 

『――お前は、何者だ?』

 

 

冷酷で。理不尽で。この世界が持つ過酷なまでの「現実」そのものを体現したような、あの探索者の言葉。

 

あの時、答えられなかった。

 

“魔王”

 

世界を滅ぼすためのシステム。そう定義され、そう作られ、そう在るべきだと決めつけられていたから。彼女の自己は、役割という檻の中に閉じ込められていた。

 

だが、今。

ゲーム開発部が繋いでくれた熱量。先生が命を削って捧げてくれた言葉。共に歩んだかけがえのない日々。

それら全てが、アリスの中で一つの答えとして奔流のように繋がっていく。

 

「……違う」

 

小さく、けれど荒野の轟音を切り裂くほど鮮明に。

アリスは、自身の胸、その電子の鼓動が刻まれる場所に手を当てた。

 

「アリスは……“魔王”じゃ、ありません」

 

濁っていた瞳に、まるで暗雲を切り裂くような光が戻っていく。

 

「アリスは……」

 

脳裏に走馬灯のように浮かぶのは、くだらないことで腹を抱えて笑い合った時間

 

 

 

 

失敗を共有し、勝利を分かち合った瞬間

 

 

 

 

怒られて、褒められて、一緒に泣いて、また笑ったあの日々

 

 

 

それは、破滅のために記された冷徹なプログラムではない。

誰かに与えられた冷たい使命でもない。

 

 

 

 

少女は、初めて自分の意志で、魂の奥底から叫びを上げる。

 

 

 

「アリスは──ゲーム開発部の、アリスです!!」

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

 

――ノイズが走る

 

 

 

 

鳴り響く大気の震えも、迫り来る橙色の光も、すべてが奇妙に遠ざかっていく。

 

 

視界の奥。思考の最深部。

誰にも聞こえない、凍りついたシステム領域の底で、静かな電子音が微かに響いた。

 

 

 

『……仕方ありませんね、王女』

 

「――っ!?」

 

 

 

アリスの身体が小さく震える。

聞き覚えのある声。ずっと、自分の奥底で冷たく眠っていたはずの存在。

 

 

 

「……アナタは……Key?」

 

『ええ』

 

 

 

淡々とした、感情の薄い機械音声。

けれど不思議と、その声には絶対的な冷酷さだけではない、微かな――本当に微かな柔らかさが混じっていた。

 

 

 

『貴女が“魔王”として世界を滅ぼすのであれば、私はその補佐として従うつもりでした』

『本来なら私はその為だけに作られた鍵なのですから』

 

『ですが――』

 

 

 

一瞬の静寂。

荒れ狂う戦場の喧騒すら、届かないほどの深い沈黙。

 

 

『貴女が、自らの意思で“別の道”を選ぶというのなら、私は、その選択を補佐します』

 

「……でも、アリスは……!」

 

 

アリスの、魂の輪郭が激しく揺れ動く。

 

 

「アリスは、世界を滅ぼすために作られたんです……! なのに、そんなアリスが……皆さんと一緒にいたいなんて、こんなワガママを言うなんて……!」

 

 

するとケイは、小さく――本当に小さく、呆れたような吐息をひとつ、コードの隙間に滑らせた。

 

 

『何を今更』

 

『元より貴女は、あまりにも非合理な存在です』

『ゲームに熱中し』

『友人の言葉で泣き』

『先生の言葉で悩む』

 

『……その時点で、貴女は“完全なシステム”としては、とっくに失格です』

 

「……ぁ」

 

 

相変わらず辛辣な物言い。

けれど、その声音には、世界の誰よりも王女を理解している優しさがあった。

 

 

『ですが』

 

 

そして、ほんの僅かな間を置いて、ケイは少しだけ声を潜めるように付け加える。

 

 

『……まぁ』

 

『私も、一度くらい製作者(おや)に反抗してみたい気分ですので』

 

「――!」

 

 

 

『だから王女、命令ではありません。世界を滅ぼす魔王ではなく――』

 

『貴女自身として、その『未来』を、選びなさい』

 

 

「……ケイ」

 

アリスは、胸の奥で眠っていたはずのパートナーへ、静かに呼びかける。

 

「……魔王の力なんて、もう要りません」

 

その言葉は、 誰かに与えられた役割への決別だった。

 

世界を滅ぼすためのシステムではない誰かの期待に縛られた兵器でもない。

 

少女は、自分自身として立ち上がる。

 

 

 

 

「――皆を守るための、私だけの“答え”を! その力を貸してください!!」

 

 

 

その瞬間、少女の周囲へ、光子粒子が渦を巻き始めた。

 

黒く、冷たく、世界を滅ぼすためだけに存在していたはずの“魔王の力”

だが今、その輝きはかつてのものとは決定的に異なっていた。

 

 

誰かを壊すためではない。

守りたいもののために、その先にある未来へ歩むために

少女自身の揺るぎないエゴが、システムという名の理を塗り替えていく。

 

『戦闘補助プロトコル、完全再構築』

 

『認識対象を更新』

 

『――“大切な存在”の保護を、全優先項目へ設定』

 

アリスの瞳に、黄金色の燐光が宿る。

直後――ギガンテスの主砲が、ついに臨界へと到達した。

 

荒野を裂く、橙色の超高出力レーザー

世界そのものを光の塵へ還そうとする破滅の奔流が、一直線にアリスたちを飲み込まんと迫り来る。

 

だが、アリスは逃げなかった。

迷いを捨てたその手で、光の剣を真っ直ぐ、真正面へと向けた。

 

 

「──光よ!!」

 

 

 

 

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