巡る探索者、青き青春の果てを見る   作:抹茶3939

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凡夫が奇跡を起こす方法

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、即死が致命傷になっただけマシだな」

 

「えっ?」

 

モモイが涙目のまま、呆然と聞き返した。

 

探索者は、彼女たちの困惑に視線を返すことすらもしなかった。

彼の鋭い眼光は、すでに赤い立方体の膜の向こう――静寂に包まれた、外の荒野のどこか一点を正確に睨みつけている。

 

「説明している暇は無い。いいか絶対に外に出るな。ここは安全以上」

 

有無を言わせぬ冷酷な声音。その圧倒的な拒絶と警告の前に、ゲーム開発部も、先生も、息を呑んで硬直することしかできなかった。

 

探索者は散らばったタクティカルバッグから、愛銃を引き抜き一人で赤い立方体の結界の外へと足を踏み出した。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

膜をくぐり抜けた瞬間、肌を刺したのはまとわりつくような、ねっとりとした不快な湿気

 

そして、どろりと満たす、狂気と死の臭い。キヴォトス本来のそれとは完全に異なる、異界の空気がそこに満ちていた。

 

 

外に出た探索者の目に入ったのは、黒く禍々しい一つの人影。

 

 

だが、それは人とは認識できなかった。

 

 

遠目に見れば、それはただの「人間のシルエット」のように思えた。

 

しかし、こちらの焦点を狂わせるように細かく歪み続ける漆黒の輪郭の表面――その至るところから、見る角度によって無数の目がボコボコと湧き出すように現れては、彼をじっと見つめてくるのだ。

 

 

正面から見れば顔の位置にある目が、斜めから見れば肩のあたりに群生し、見上げる角度を変えれば、今度は足元から無数の瞳がこちらを覗き込んでくる。

 

そして何より、そのおぞましい瞳の群れの中央にぽっかりと刻まれた、真っ赤な唇が何より恐ろしかった。

 

それを見た瞬間、探索者の頭の芯が、カチリと凍りついた

 

この世界に本来存在するはずのない、時空の因果を歪めるエラーそのもの

 

だが…それでも

 

 

 

コイツは普通じゃない

 

 

 

そう核心めいた直感が脳を刺激する

 

 

「…っ」

 

 

 

使うしか生きる道はない。

 

 

それなのに

 

 

その手は、動かなかった。

 

 

 

その選択の先に何があるのかを、 探索者だけが知っていた。

 

 

 

 

それでも

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

取り戻せない過去へか、あるいは、もう届かない誰かへか

 

 

 

その手は

 

 

 

「使わせてもらうよ」

 

 

 

ゆっくりと指輪――芯火へと添えられ

 

 

 

そして

 

 

「……じゃあな」

 

 

 

決別を告げる男の声は、ほんの僅かに涙ぐんでいた。

 

――カチリ

 

 

通常とは逆方向へ。

決して回してはならない禁忌の方向へと、ダイヤルが静かに回された。

 

 

 

 

次の瞬間、探索者の指先から焔が轟々と噴き上がった。

 

 

 

赤く。 激しく。 まるで何かを焼き尽くすように

 

 

そして

 

 

その焔が止んだ時、探索者の手には、悍ましくも美しい深紅の槍が握られていた。

 

 

 

「さぁ」

 

 

 

槍を構える

 

 

 

「すまないが…これも仕事なんでな」

 

 

ブレの一切ないその穂先が、陽炎の向こうで真っ赤な唇を歪める異形を、真っ直ぐに捉えた。

 

 

「殺させてもらう」

 

 

 

その言葉が終わるか否か、刹那

 

探索者の身体が、爆発的な前進を遂げていた。

 

対する異形もまた、探索者の焦点を狂わせるように、漆黒の輪郭がぐにゃりと歪み、彼の進路上へと、しなるように黒い触手が網の目のように放たれる。

先ほど彼の横腹を容易くぶち抜いた、一撃

 

だが、それは

 

探索者は一度見ている

 

 

故に

 

止まらない

 

 

突き出された真紅の槍。

その穂先が、触手と真っ向から衝突した。

 

 

ガギィィィンッ!!!

 

 

乾いた荒野に、およそ槍としなやかな触手の衝突とは思えない、鼓膜を震わせる凄まじい金属音が炸裂する。

 

異形の放った触手の凶刃を、その槍先一点で「弾き飛ばして」いた。

 

 

 

「硬てぇな」

 

その声とほぼ同時、探索者の両脇から、別の触手が牙のように襲い掛かる。

 

回避不能…そのように見えた

 

 

「ホムラ」

 

 

短い呼び声…その瞬間。

真紅の槍が、まるで液体のように形状を変化する。伸びる穂先。 砕ける柄。 再構築される赤黒い金属。

次の瞬間には、探索者の左腕に、片手ほどの小型盾が装着されていた。

 

ギィィィィン!!!

 

 

凄まじい火花とともに二本の触手が、小盾によって真正面から受け止められる。

地面が抉れ、探索者の身体が数メートル滑る。

 

 

「マミ」

 

短く、次の名を呼ぶ。

 

その瞬間、小盾の表面に走っていた黒い触手が、火花と共に弾け飛んだ。

 

同時に、盾そのものが音を立てて変形を始める。

赤黒い金属が分解され、幾重ものリボンのような光の帯へと変わっていき、探索者の腕から離れたそれは、空中で再構築され――

 

次の瞬間

 

幾丁もの(マスケット)銃へと姿を変えた。

 

 

「張り切ろうか」

 

 

轟音。

 

乾いた荒野を、無数の銃火が埋め尽くし、放たれた魔弾が、迫る触手を次々と撃ち砕く。

 

ただの射撃ではない。弾道が曲がる。空中で分裂する。撃ち落とされたはずの弾丸が、再び軌道を変えて異形へと襲い掛かる。

 

無数の銃声が重なり合い、荒野そのものを揺らしていた。

 

その時

 

異形の輪郭が明確に、“後退”した。

 

 

探索者はそれを見逃すほど甘くはない

 

 

黒い瞳が、異形の“影”を捉える。

 

 

「マドカ」

 

 

次の瞬間。

 

幾丁もの長銃が、赤い粒子へと崩壊し、舞い散る光の残滓が探索者の手元へと収束し、一本の長弓を形作る。

 

細く。儚く。

 

まるで祈りそのもののような薔薇の弓

 

そこへ番えられた矢だけは、異様なほど赤かった。

 

探索者は息を止める。狙うのは本体ではない。

その“影”

 

パシィンッ!

 

 

弦が鳴り、影へと向かって一直線に突き刺さった真紅の矢。

 

 

その瞬間。

 

異形の輪郭が、僅かに遅れた

触手の展開。 空間の歪み。 視線の移動。その全てが、ほんの一拍だけ鈍る。

 

「サヤカ」

 

短く呼び放たれたその名に応じるように、手の中の薔薇の弓が、また赤い粒子となり光の粒子が鋭利なブレードの形を成した。

 

探索者の手元、そして彼の背後の空間へと、幾振りもの美しい白銀のサーベルがずらりと顕現する。

 

一拍の硬直──その致命的な隙を、探索者が逃すはずがない。

 

顕現した白銀の剣の一振りを逆手に掴み、残りの刀剣を意思のままに一斉に前方へと射出した。

 

だが異形もまた、鈍った身体を無理矢理動し、黒い触手が唸りを上げ、飛来する剣群を次々と弾き飛ばしていく

 

それでも

探索者は止まらない。迫る触手を、逆手の剣で滑らせるように受け流す。

 

火花。

 

黒い飛沫。

 

そして次の瞬間には、もう懐へ踏み込んでいた。

 

 

至近距離

その手の中で、数々の奇跡を模り続けた光の粒子が、再びあの真紅の長槍へと変化していた。

 

 

 

「…幕引きだ」

 

 

 

喉の奥から響く低い声と同時に、その槍が、異形の中央を真っ直ぐに貫いた

 

 

ドンッ!!

 

 

直撃の瞬間、探索者の手首へと伝わってきたのは、肉を穿つ手応えではない。

まるで世界の壁そのものを突き刺したかのような、硬質で、おぞましいほどの絶対的な拒絶。

 

 

 

「ガ、ア、ア、……ッ!!!」

 

 

耳を劈くような咆哮が、荒野のすべてを震わせた。無数の怨嗟と狂気がいっぺんに吹き出したかのような、精神を直接掻きむしる悍ましい音波。

 

 

 

「チッ!」

 

 

咆哮と共に、異形の周囲の空間がまるで割れた鏡のようバリバリと音を立てて空間ごと融解し始めた。

 

見る角度によって変化していた無数の瞳が一斉に裏返り、どろりとした黒い体液ではなく――文字通りの『漆黒の雨』が、異形の内側から噴き出すようにして溢れ出てくる

 

 

「――ッ!」

 

 

探索者は即座に槍を手放し、赤い粒子へ変換。身体を捻り、降り注ぐ黒雨を紙一重で回避する。

 

 

触れた瞬間、“存在”を削り落とされる類だと、本能が告げていた。

 

だが。

 

そんな奇跡じみた回避も、長くは続かない。

 

 

雨に濡れたことで一瞬の硬直。

 

「……ッ」

 

肩先を掠めた一滴。

 

ほんの僅かの雫。それだけで探索者の身体が、一瞬硬直した。

神経へ直接鉛を流し込まれたような重圧に思考が鈍る。

 

その隙を、異形は見逃さない。

裂けた真っ赤な唇が、大きく歪んだ。

 

その奥から、空間そのものを圧殺するような漆黒の触手群が、至近距離から一斉に解き放たれる。

 

避けられない。

 

 

その瞬間

探索者は左手を口元へ押し当てる。すると手の甲にあった蛇の目と牙の文様が、黒い染みのように喉へ侵食していく。まるで喉そのものへ刻み込まれているかのように

 

 

「止まれ」

 

 

 

低い声

迫っていた触手の束が、空中でピタリと停止すする。だが次の瞬間には、文様がノイズのように揺らぎ、砕けるように消失した。

 

ほんの一瞬の停止。

 

致命傷を回避するには十分だった。

探索者は強引に身体を捻り、停止した触手の隙間を滑り抜ける。

同時に、彼の口端からドロリと生暖かい血が垂れた。

 

 

 

 

「……クソ、やっぱ本職ほど保たねぇか」

 

 

 

喉を内側から焼かれたような、ガラガラの潰れた声、だが探索者は気にもとめず、異形を注視する。

 

 

 

「あ……あ……」

 

 

 

対する異形の赤い唇が、カクカクと不自然に歪み始めた。

まるで、今の探索者の言葉を、その発声のシステムを真似ようとするかのように。

 

 

 

 

「……お喋りでもする気か?」

 

 

 

口元の血を拭いもせず、探索者の声はどこまでも冷たい。

 

 

 

「生憎、お前はどうやってもここで殺さなきゃならねぇんだよ」

 

 

 

異形の唇が、ぐちゃりと嫌な音を立ててさらに裂けた。その奥の暗黒から、掠れた声が漏れ出る。

 

 

 

 

「ま……み…」

 

 

 

 

 

「…は?」

 

 

 

 

探索者の眉が、僅かにピクリと動く。

 

異形は、その無数の黒い瞳でじっと探索者を見つめながら、さらに言葉を紡ぐ

 

 

 

 

「ま…ど……?」

 

 

 

「そ…の…」

 

 

 

探索者の背筋を、言いようのない嫌悪が駆け上がる。

理解しているわけではない。知っているわけでもない

 

それなのに

 

その異形は、まるで自分の記憶の中を泥だらけの足で歩き回るように、その名を口にしていた。

 

 

「――その汚らしい口で、その名前を呼ぶんじゃねぇッ!!!」

 

 

瞬間、探索者の瞳に、これまで保っていた冷徹さを完全に焼き尽くすほどの、凄まじい逆鱗の焔が爆発した。

 

 

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