「…説明しなきゃ駄目ですか?」
「駄目です」
「駄目だ」
「駄目!」
「それはちょっと納得できないかなぁ?」
"あはは…"
探索者ができる限り情けなさをアピールした猫なで声で縋ってみるが、病室の全方位から飛んできた容赦のない「却下」の銃弾にハチの巣にされる。
男は諦めたように、布団の中から重い不満の声を漏らした。
「……語れるのは超ざっくりですよ。ギガンテスは友人です」
「えっ? 友人!? どう考えても人じゃないけど……!?」
「立派な半生命体ですよ、あれ……まあ、それで自分の呼びかけに応じてわざわざ来てくれた。本当に、それだけです」
探索者のあまりに大雑把な「お友達紹介」に、今度は病室の全員が口をあんぐりと開けた。
「いやいやいや! あんな禍々しい、世界を滅ぼしそうな巨体を指して『友人』は無理があるでしょ!?」
モモイが身を乗り出してツッコミを入れるが、探索者は布団にくるまったまま「本当なんだからしょうがないでしょー」と声を震わせる。
「えっと…ギガンテスって?おじさんちょーっとわかんないなぁ」
「わ…私も…」
ホシノが首を傾げ、支配人もそれに同意するように恐る恐る手を挙げる。
「わかんなくて結構ですよ。別に知ってた所で何かの役に立つわけでもない」
探索者は素っ気なくそう吐き捨てると、ふっ、と何かに思い至ったように声を落とした。
「あぁ……そう言えば。リホはどうなりました」
「……一応、リオ会長が『保管する』って銘打ってます。だけど、起動もしないし話もできないって感じです」
ミドリが苦々しそうに現状を告げた。ミレニアムのセミナーが厳重に管理しているものの、あの巨大な質量は未だ沈黙を保ったままだ
「……そうですか」
「はい、この話も終わり!次は赤い薬ね!」
「また誤魔化してる…ってかさ、赤い薬の影響なのは分かるけど、なんであんな致命傷だったのに動けてたの?意味わかんないじゃん」
「まぁそうなりますよね」
「……動けないほどの致命傷を負った。心臓が止まりかけている。普通ならそこでゲームオーバー…だが……」
探索者は一つの小さな遮光ガラス瓶を引っ張り出した
「この真っ赤な錠剤…正式名称、「万能薬」さ」
「万能薬?」
「あぁ、コイツを口にすれば二時間以内にこの世のありとあらゆる傷や病気を直してくれる」
「は!?エリクサーじゃん!」
「本当にそうだぞ」
「……嘘だろ?」
「いーや嘘じゃない。どんなに傷が深く、心停止してようが、脳の奥深くの腫瘍だろうがコイツを飲めばあら不思議、健康優良人ってわけさ」
「…代償は?」
傍らで男をじっと見つめていた少女が、どこか切実な声を漏らした。この男がただでそんな都合の良い奇跡を甘受するはずがない、と
「おっ!いいとこに気がつくねぇ支配人!さっすが俺の教育が行き届いてて嬉しいよ」
「ってことは…」
「うん、ない!」
「はぁ!?」
「マジでないよ。副作用も代償も、何もない。珍しい『人類の味方』枠だね」
「えぇ……」
あまりの拍子抜けっぷりに、ミドリやユズが顔を見合わせる。
「ただ…この世の薬に欠点が、ないものは存在しない。例に漏れずコイツもね」
「えっ?でも代償がないって…」
「確かに代償は存在しない。だが欠点がないわけじゃない」
探索者は遮光瓶を軽く振り、底でカチカチと虚しく響く僅かな音を彼女たちに聞かせた。
「…コイツは製造方法が不明だ……つまり、完全に使い切りの現品限り。増やすことも制作することもできない、文字通りの『ラストエリクサー』ってことさ」
「ちなみに、コイツは盗んできた」
「はぁ!?」
「いやぁ……アイツラ普通に殺しに来るんだもん……マジで死にかけたわ」
さらっと白状されたとんでもない前科に、ホシノの絶叫が本日何度目か分からないレベルで病室に響き渡った。
「ちょっと!? 世界を救う伝説の道具みたいに語っておいて、盗品なの!?」
「人聞きが悪いなぁ。ちょっとばかし世界のバグをあっちこっち修理して回る組織の、最高機密のサイトから、文字通り命がけで『借りてきた』だけですよ……いや本当に、洒落にならない武装した戦闘部隊に文字通りハチの巣にされかけて…マジ笑える」
「笑えないよ!」
「ただの窃盗に重火器使うんだぜ?ロスサントスかよっての」
「どこそこ!?治安ヤバくない!?」
「銃声がモーニングコールになる場所」
「……なんだ普通か」
ホシノがストレートに納得し、アリスが「なら仕方ない」とでも言うように腕を組んで深く頷ずく
"いや普通じゃないからね!? キヴォトス基準で麻痺しないで!?"
先生が頭を抱えてツッコミを入れるが、ゲーム開発部の面々も「……まぁ、日常、ですよね」「うん、よくある」と妙に冷めた目で同意する
「いや、よくねぇよ。アタシらだって流石に朝一から銃撃戦は……いや、あるか」
「……まぁ、冗談はともかくね」
探索者は遮光瓶をポケットに放り込み、ふう、と一つ息を吐く
「感謝はしてるさ、これがあったとしても飲み込めなきゃ骸になってただろうし」
「…さて、あと聞きたいことは?ギガンテスの件もリホの件も錠剤の件も聞き終わったでしょう」
「ちょっとまったー!そうだリホの件!まだなんにも聞いてない!!」
ベッドの柵をバンバンと叩きながら、モモイが身を乗り出して叫ぶ
「チッ…目ざとい」
本気で嫌そうに顔をしかめ、チッと苦々しい舌打ちを漏らしてしまう。
「ちょっとぉ! そのあからさまに嫌そうな顔は何さ!」
「貴方なら流してくれそうな気がしたので」
「流すわけないでしょ! 一番怪しいAIの名前なんだから!」
「……はぁ。分かったよ、分かりました。そこまで言うなら超ざっくり話しますよ」
探索者はこれ以上ないほど億劫そうに溜息を吐くと、諦めたようにベッドの上で居住まいを正した。
「リホとはクラスメイト、それ以上でもそれ以下でもない。以上」
「はぁ!?」
「真面目に言ってますよ。教室で共に勉学に励んだ仲間ですから」
「ってかこちとら怪我人ですよ?もう流石にしんどい」
「さっ、帰った帰った」
男はシッシッと露骨に手を振ると、今度こそ完全に会話を打ち切るように、布団を頭の上まで引っ被って芋虫のようへと姿を変える
「ちょっと待ってよ! AIとクラスメイトって何!?」
「お姉ちゃん、そこじゃないと思う……」
ベッドの柵に掴みかかって食い下がるモモイを、ミドリが後ろから必死に引っ張る。だが、布団の塊はピクリとも動かない。
"……ま、これ以上は本当に限界みたいだし、今日はお開きにしようか"
先生が苦笑しながら、ゲーム開発部の面々の肩を優しく叩く。
実際、あれほどの重傷から「万能薬」で強引に肉体を繋ぎ止めただけなのだ。精神的な疲労も含めて、男の言う「しんどい」が嘘偽りのない本音であることくらい、先生にはよく分かっていた。
「ちぇーっ! 一番いいところで水差された気分!」
モモイは不満げに頬を膨らませつつも、それ以上は無理に布団を剥がそうとはしなかった。
「……ふふ、おじさんもそろそろ腰が痛くなってきたし、引き上げようかね。じゃあね、また明日、お見舞いに来るからさ」
ホシノがのんびりとした調子で声をかけると、布団の塊が一瞬だけ、本当に一瞬だけ「ビクッ」と嫌そうに震えた気がした。
「……アリスは、クラスメイトのAIさんのことが気になります。明日はゲームのコントローラーを持ってきます!」
そんな賑やかな声を残して、ネルを先頭に、少女たちはぞろぞろと病室を後にしていった。
バタン、と静かにドアが閉まり、ようやく部屋に本物の静寂が訪れる。
「……ったく」
数分後。完全に気配が消えたのを見計らって、探索者はのそりと布団から顔を出した。
生身の片手で乱れた髪をガシガシと掻きむしり、天井を仰いで盛大なため息を吐く。
「…チョロすぎて助かるわ、ホント」
そういいながら彼は芯火に手を当てる。ずるりと引きずり出されたのは、あの戦闘時よりは幾分も小さくなったが、未だに不気味なほどに深紅の輝きを保つ一本の長槍
「…すまんなぁ…使っちまって」
探索者は、壊れ物を労るように、愛おしそうにその槍の柄へ語りかける。
「……許してくれとは言わないさ、覚えてほしいとも言わない。だけど…楽しかったよ。君たちとの会話」
指先で冷たい赤黒い金属をなぞる。
どれだけハッタリを噛まそうが、どれだけ世界を騙そうが、この手の中に残る喪失の重みだけは、自分を騙しきれない。
「…君たちが忘れたとしても、私は忘れない。身の丈に合わない力を望んだ私への罰なのだから」
「……もう時間か…」
探索者はゆっくりと、拒むように目を瞑る。
「この瞬間は…いつやっても嫌だなぁ…」
ぽつりと落とされたその声には、隠しきれない涙が滲んでいた。
「……さようなら」
溢れそうになる涙を堪えるように、喉の奥を震わせ、男は五つの名前を紡いだ。
「…杏子、さやか、まどか、まみ、ほむら」
その瞬間、深紅の槍は、まるで最初からただの幻だったかのように、温かい橙色の粒子となって、融けるように消えていく
「……はぁ…」
深い、深い、魂を削り出すような溜息。
それを合図にしたかのように、男がこれまで必死に、必死に堪え続けていた涙が、堰を切ったようにその目から溢れ出す。
ぽつり、ぽつりと、シーツに黒い染みを作っていく温かい雫
手のひらに残る、彼女たちの武器の冷たい感触
鮮明に蘇る、彼女たちと過ごしたあの賑やかで愛おしい日々の光景、自分だけがすべてを記憶し、世界側からは綺麗に忘れ去られるという、非対称な孤独
「……くそったれ」
探索者は、生身の腕で乱暴に目元を覆っても、溢れ出る喪失の涙は止まらない。
「…なぁ…リホ」
誰もいない暗闇に向かって、男は縋るように、掠れた声を漏らしてしまう
「お前とはまた会えるよな」
その問いに、答えてくれる者は誰もいない
分かっている。分かっているのに、言葉にせずにはいられなかった。
「…また一つ、失ったな」
震える声でそう呟くと、男は再び布団を深く、頭の上まで被った。
芯火
探索者が最初に手にしたアーティファクト
指輪の内側に指を通し、明確なイメージを伴って念じることで、亜空間へと物質を出し入れすることができる。
収容された物質は劣化・変質の影響をほとんど受けず、半永久的な保存が可能である。
また、収納対象は物質に限定されず、強い想念によって結ばれた「縁」や「記憶」、あるいはそれに類する概念も、条件次第では内部へ収容されることが出来る。
収容にはいくつかの制限が存在し、生物や極端に大きな物体は基本的に受け付けない
これは芯火内部の構造が、燃焼炉の役割を担っているため、生命活動の維持を前提としていないと推測される。
芯火の本質は収納ではなく保存にある。
内部へ保存された情報は、術者の記憶を媒介として一時的な再現が可能であり、過去に出会った人物や存在に由来する技術、武装、能力を現実へ投影することができる。
ただし、この再現は完全な複製ではなく、術者自身の認識と記憶に強く依存するため、時間停止などと言った術者が記憶していない能力までは再現できない。
そのため、本質的に述而が理解していない能力は再現できず、取り出す際も名前呼ぶなどと言ったイメージを具現化するような対策を取ることが良いだろう。
だからこそ、術者が名前も呼ばずにその術を扱えたということは余程深い縁と、学習する機会があったと言える
再現の燃料として消費されるのは術者と対象世界との「縁」であり、一度消費された縁は再生・回復することはない。
その結果、対象世界との接続は使用ごとに切断され、術者に関する情報は、縁の総量が一定閾値を下回った場合、対象世界に存在する人物・記録から完全に消失する。
記憶の改竄ではなく、最初から存在しなかったものとして因果そのものが補完されるため、違和感や空白が認識されることは無い。
一方で、術者自身の記憶は保持される。
そのため、芯火を使用した者のみが過去を記憶し続け、世界側のみが忘却するという非対称な状態が発生する。
内部容量には明確な上限が確認されておらず、探索者自身も把握していない。
ただし、保存される内容は術者の人生そのものと密接に結びついているため、理論上の容量と実質的な運用限界は無いと言って良いだろう。
故に、その本質を理解した者は芯火をこう呼ぶ
『メメント・モリ』
死を想え
喪失を想え
己が何を代償に歩み続けているのかを忘れるな…と