なので受け付けない方もいらっしゃるかもしれません。
あらかじめご了承ください
(…マズイな圧倒的に人手が足りんぞ)
煙を吐き出しながら立ち上がった探索者の目に飛び込んできたのは、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図
あちこちから上がる、煤に汚れた悲鳴、呻き声。
トリニティの正義実現委員会も、ゲヘナの風紀委員会も、この規模の超広域爆撃を至近距離で喰らえばタダでは済まない。意識を飛ばさなかった者たちが、朦朧としながらも血を流して倒れている仲間の救護に回り始めているが、あまりにも被害が大きすぎて全く追いついていないのが丸わかりだった。
戦線が、完全に崩壊している。
(この程度のテロで終わり、だなんてことは絶対ない。ここはキヴォトスだ。ミサイルもクソ高いとは言え普通に買える。なら何かが目的になっていて、その為に二の矢三の矢が飛んでくる!)
「…呼ぶか」
探索者は芯火に手を翳し、およそこの場に似つかわしくない、巨大な木製の「箱」を4つ取り出す。
人一人が広々と入れるほどの禍々しい質量を持ったそれが、瓦礫の床に重々しい音を立てて出現する。
(ニャルが出張ってきていない以上、好きにやれってことだ。それに全生徒が生存と言われた以上、最大限やるしかない)
だが、それだけでは終わらない。
探索者の動きは、どこか冷徹な儀式を思わせる淀みのなさだった。彼はさらに『芯火』から、奇妙な物品を次から次へと取り出し、大聖堂の床へ乱雑に、しかし確固たる意図を持って配置し始める。
(なら、好きにやらせてもらおうじゃないか)
水、炭素、アンモニア、石灰、硫黄、塩分、鉄、硝石、フッ素、ケイ素、マグネシウム……ありふれた元素の数々。探索者はそれらを迷いなく掴み、ドロドロとした液体や粉末のまま、並べられた4つの大箱の中へ次々と流し込んでいく
(ぶっつけ本番だが…『あれ』さえなければ真理を見ることはねぇ)
そして最後に黒い粉を慎重に入れると
探索者は太腿のタクティカルバッグから、一組の白手袋を取り出す。
探索者は、慣れた手つきで手袋を嵌め
そして……パチン――と
材料をすべて注ぎ込み終えた箱の前に立ち、探索者はその両手を強く叩き合わせた。
──────────────────────────
音も、光も、爆煙も、何もかもが消えた。
白。ただひたすらに、境界線のない圧倒的な「白」の空間が広がっている。
その中央に、巨大な『扉』と、一つの『影』が佇んでいた。
「……」
『よう』
影が、探索者の姿を模しながら、実体のない声で微笑む。
「アンタが真理ってやつか」
『あぁそうさ。お前たちが『世界』と呼ぶもの、あるいは『宇宙』、あるいは『神』、あるいは『真理』、あるいは『全』、あるいは『一』そして──私はお前だ』
探索者は冷めた目のまま、自身の姿をした影を見据え、端的に本題を切り出した。
「んで? 俺は罰せられるのか?」
『いーや、お前はお咎めなし』
「よし!」
あまりのあっさり加減に、探索者は小さくガッツポーズを浮かべた。本来なら命を弄ぶ対価として『通行料』を毟り取られるはずの領域で、彼は完全に無傷だった。
『だってそうだろう? お前は何も“奪って”いない。死者の未来も、可能性の均衡も、魂の在り処も…世界は何ひとつ“失っていない”』
影の形が、一瞬だけ這い寄る混沌の滑稽な輪郭に歪み、また探索者の姿へと戻る。
『お前は扉を開けたが、扉の向こうのモノを奪おうとはしていない。お前がやったのは、ただの“器の組立”だそれは錬金術であり、等価交換の外側ではない…ゆえに代価は発生しない』
影が、満足そうに白い歯を見せて笑う。
『さぁ、持っていけ。お前が望んだ、ただの『頑丈な肉の器』を』
──────────────────────────
──ドンッ!!!
大聖堂の床に強烈な錬成光が奔り、青白い火花が激しく飛び散った。
次の瞬間、視界を埋め尽くしていた「白」は引き剥がされ、硝煙が渦巻く、破壊された大聖堂の凄惨な現実へと引き戻される。耳を刺すのは、瓦礫が崩れ落ちる重苦しい音と、いまだ止まない生徒たちの悲鳴。
だが、その混沌の中心で、探索者の目の前にある「4つの大箱」は明確な変化を遂げていた。
ガタ、と内側から衝撃を受けるように箱が鳴る。
注ぎ込まれたありふれた元素の数々は、真理のルールをすり抜けた構築術式によって、瞬時に未知の結合を果たしていた。
(通じた。あとは中身をブチ込むだけだ)
探索者は太腿のタクティカルバッグからあるものを取りだす。
手のひらに載せられたのは、精緻な意匠が施された金属製のブローチ。
スペード、ハート、ダイヤ、クラブ──トランプの『四種のスート』がそれぞれ形取られた、どこかアンティークな、しかし見つめていると吸い込まれそうな錯覚を覚える奇妙な代物だ。
「…頼むぜ、応じてくれよ。お前ら」
爆煙が渦巻く中、探索者はまるで祈りを捧げるように、その4つのブローチを一つ一つ丁寧に対応する大箱へと入れていく。真理の術式で練り上げられた元素の泥の奥深くへ、ブローチがシステムの
それらを配置し終えた彼が、次に『芯火』の中から引き抜いたのは──緑色に輝く、奇妙な液体だった。
それは見る者の理性を逆撫でするほど冒瘡的でありながら、同時にギラギラと輝く太陽のような、生命の根源的な温かさを孕んでいる。
──『コギト』
かつてアリスの時にも使用した、精神を、可能性を見つけるための劇薬。
探索者はその緑の液体を、まだ顔の造形すら定まっていない、大箱の中の「器の顔」へと勢いよく振りかけた。
ジュウウウッ!!! と、ドロドロの元素が強烈に沸騰するような音が響く。
器の顔に浴びせられたコギトが、ブローチの概念と融け合い、探索者の脳内にある『四種のスート』のイメージを強引に吸い上げて肉体へ抽出、固定化していき
ただの泥と化学物質の塊だった器の顔に、急速に「人の貌」が、そして「意思」が形作られていく
ガガガガガガガッ!!!
4つの大箱が割れるような音を立てて激しく震動し、内側から目も眩むような怪光が溢れ出す。
爆音と光の奔流が、大聖堂の残骸を激しく打ち振るった。
それが収まった時──
「主ちゃーん!!」
光の残滓を弾き飛ばしながら、凄まじい勢いで1つの影が飛び出してきた。
それは、今まさに錬成されたばかりの『ハート』のスートを宿す存在。主の姿を認識した瞬間、満面の笑みでその胸元へと一直線にロケットダイブを敢行する。
「ハイストップー」
「グベラッ!」
だが、その熱烈な突撃は、探索者の、文字通りのストレートによって完璧に迎撃された。
「痛っ……! え、嘘、主ちゃん久しぶりなのに容赦なさすぎない!? 」
「はいはい、魔法少女はもうやめたでしょ」
床に転がって「むー!」と頬を膨らませる少女。
「女王……主が困っています」
煤煙を切り裂くようにして歩み出てきたのは、凛とした佇まいの少女。
「はい久しぶり。我が誇りを持つ騎士よ」
蒼の中に星の瞬く闇夜を溶かしたような、深く美しいドレス。
かつて哀切を湛えていたその胸元で、彼女を象徴するスペードマークは今や純白に染まり、彼女が護るべき誇りを優しく主張している。
かつてその頬を絶え間なく濡らしていた、あの黒い涙は跡形もなく消えて、見開かれた澄んだ瞳には、探索者と出会い、再び前を向くことを決めた少女の強い意志だけが宿っている。
そして何より──かつて彼女の頭の右半分を悍ましく侵食し、絶望の象徴として引きずっていたあの黒い角は、驚くほど小さくなっていた。
「……主もお変わり無いようで」
一方、真っ先に特攻を仕掛けてきた少女の姿もまた、かつての「悲劇に囚われた魔法少女」のそれとは大きく異なっていた。
いつもの桃色のツインテールは、爆風をはらんでふわりと揺れている。
かつて彼女の精神を縛るように髪を飾っていた、ハートの髪飾りは──今では、純白に染まり、右から左へそして黒から白へ。狂信的な愛から、優しく健やかな愛への変質を証明するように。
少女趣味全開でどこか不穏なフリルが波打っていた衣装も、今では仕立ての良い、洗練された綺麗なドレス状へと様変わりしている。
過剰な装飾が削ぎ落とされたことで、かつての「ステレオタイプな魔法少女感」はだいぶ薄れていたが──それでも、スカートの絶妙なカッティングや、探索者を見上げる仕草の端々には、彼女本来の年相応な幼さが隠しきれずに見え隠れしていた。
「もー! 『魔法少女はやめた』なんて冷たいこと言わないでよ主ちゃん! 今の私は、主ちゃんだけの『愛の女王』なんだからね!」
「でも結局戻れてないじゃん」
「えっ!? 戻れてるよ! ほら、中身はすっごく品行方正で、健全で、世界平和を願うただの可愛い女の子だし!」
「品行方正? 無邪気で偏向的なメンヘラの間違いでしょ」
「過去を掘り返さないで!」
図星を突かれた愛の女王は、顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
そんな騒がしいやり取りの横から、ガントレットを豪快に肩に担ぎ直し、ニカッと健康的な笑みを浮かべた少女が歩み出てくる。
「おっ! 主ちゃんよーやく呼んでくれたか」
大箱の残骸から姿を現したのは、ダイヤのブローチを指先で弄びながらくすくすと悪戯っぽく笑う、白い髪、褐色肌、そして琥珀色の瞳を持つ少女。
かつては自身の底なしの欲望を誇示するような、剥き出しで動きやすい扇情的なドレスを纏っていたが、今の彼女の装いは、その華美さを残しつつも、どこか上品で少し落ち着いたものへと衣替えを果たしている。
「王も変わってないようで安心したよ」
「まぁ? あとでアタシたちを幸福にしてくれるなら文句はないさ」
琥珀色の瞳を悪戯っぽく細め、彼女はドレスの裾を優雅に揺らした。
「ハハッ……それはご勘弁……」
思わず苦笑いを漏らす探索者の横で、最後に一歩、歩み出てきた少女がいた。
最後に出てきた少女は槌を肩に担ぎ直しながら少女らしい柔らかな笑みを浮かべた。
彼女が纏うのは、どこかガーリーで落ち着いた雰囲気を醸し出す衣服。各所に散りばめられた『クラブ』のマークを模した緑色の宝石は、かつての毒々しい輝きを完全に失い、今はただ主への忠誠を示すように澄んだ、美しい輝きを放っている。
そして……何よりも彼女の最大の特徴であり、呪いの象徴でもあった、あの目に巻かれた包帯が完全に解かれていた。
「また呼び出してごめんな、従者」
包帯の隙間から覗くのは、かつて彼女を苛んでいた絶望の涙も、狂気の斑点も一切ない、吸い込まれそうなほどに真っ直ぐで綺麗な赤い瞳。
「ううん、全然、久しぶりに会えて嬉しいよ。主さん」
「…話したいのは山々だが、なにしろ緊急なもんでな。要点だけ話す"平凡な見せかけ"」
探索者は一呼吸置き、静かに、けれど絶対的な声音で4人に告げた。
「魔法は禁止。転移もできる限り使って欲しくない。負傷者の治療はここの住民に任せて、お前たちは重症者を安全な場所へ運び出してくれ」
そこまで言って、探索者は大聖堂を埋め尽くす硝煙の先──予感に
「あとは……敵対勢力の無力化…だがこれはあくまでもサブだ。頼まれてくれないか」
「それくらい、お安い御用さ」
幸福の王は黄金色の瞳をさらに細め、退屈を噛み殺すようにくすくすと笑った。
「うん。主さんの頼みだもん、もちろん!」
希望の従者は大槌の柄を両手でしっかりと握り直し、綺麗な赤い瞳を爛々と輝かせる。
「重症者の搬送が最優先、ですね。承知いたしました」
勇気の騎士が、静かに、しかし流れるような動作で純白のスペードが象られた剣を抜く
「魔法も転移もナシで、ただの『力尽く』ってわけね! おっけおっけ、今の私は品行方正だから、主ちゃんの言うことならなーんでも聞いちゃうよ!」
愛の女王もまた、腰元の白いハートのワッペンをポンと叩き、桃色のツインテールを揺らしてやる気満々に拳を握りしめる。
それぞれが戦場へと散ろうとするその刹那──勇気の騎士だけが、ふと足を止めて探索者を振り返った。
その澄んだ瞳に、微かな懸念が過る。
「…主、希望を貴方に」
「加護は要らねぇよ。動きの柔軟性が落ちるだろ」
「しかし」
なおも食い下がろうとする騎士に対し、探索者は白手袋を嵌めた手で自身の頭を軽く叩き、酷く淡々とした声で遮った。
「…そう簡単には死なないよ。だから…信じろ」
「…ふふっ、承知」
絶望に濡れていた自分に、もう一度前を向くための『勇気』をくれた主。その主が「信じろ」と言うのだ。そこに疑う余地などが微塵もあるはずが無い。
「あー!いちゃついてる!自分で急げって言ったくせに!」
「どこぞの脳内ピンクじゃねーんだよ。普通に会話だわ。ほら、お前は口を動かす前に足を動かせ」
「もー! 『どこぞの脳内ピンク』って私のことでしょ! 酷いなぁ、これでも中身は品行方正な──」
「はいはい、品行方正。早く行け」
「あーっ、また流した!」
探索者の徹底した塩対応に、愛の女王は桃色のツインテールをぷりぷりと揺らしながら、わざとらしくこれ見よがしな地団駄を踏む。
「それじゃあ主さん、本当に行ってくるね…!」
弾かれたように散っていく4つの背中を見送り、探索者は小さく息を吐いた。ポケットの中でパチンと白手袋を鳴らし、意識のギアを完全に切り替える。
「さてと……俺もやることやりますか」
──一転、大聖堂の硝煙を引き裂くような大音声が響き渡った。
「みなさーん! 落ち着いてください!…… 医師の……大門です! 動ける方はコチラに!!」
その声には、混沌とした戦場を瞬時に掌握する、絶対的な説得力があった。
探索者は芯火から、手際よく仮設営の救護テントを引っ張り出して一瞬で設置する。さらに医療用マスク、使い捨て手袋、そして四色のトリアージタグ──
極めつけに、創傷洗浄や脱水対策に必須となる生理食塩水が詰まったペットボトルを、信じられないほどの量、床へ次々と吐き出させていく。
「動ける人は自分でテントの裏に回って! 動けない人たちはなんとかこっちに来い!! 」
探索者は近くで立ち尽くしていたトリニティの生徒に生理食塩水のボトルを押し付け、自身もまた、瞳を鋭く光らせて最前線へと飛び込んでいく。
「こんにちはー?お名前言えますか?」
大聖堂の床に倒れ伏し、爆風と恐怖にガタガタと震えていたトリニティのモブ生徒は、不意に目の前にしゃがみ込んできた男の姿に弾かれたように顔を上げた。
「あ……う、……ぅ」
「うん、声は出てるね。気道は開いてる。呼吸も……よし、2回か3回」
探索者は極めて淡々と、けれど手慣れた動作で少女の手首に指先を這わせる。
「や…やす…だです」
「安田さんね。あそこまで歩けます?」
「あし、足が……すくんで、動かなくて……っ」
恐怖による一時的な硬直か、あるいは過呼吸。重篤な外傷は見当たらない。
探索者はすぐさま手元の束から『緑』──軽症を示すトリアージタグを引き抜き、彼女の制服の目立つ位置へと素早く括り付けた。
「オッケー、君は命には届かない。動けないなら這ってでもいい、あのテントの裏へ行きな。そこでこれを少しずつ飲んで、呼吸を整えてな。オーケー?」
「あ……、は、はい……!」
探索者は先ほど近くの生徒に押し付けた生理食塩水のペットボトルを、彼女の震える手に無理やり握らせる。
探索者はすでに次の患者へと視線を移していた。
ズゥゥゥン!!! と、大聖堂の入り口付近でひときわ大きな爆音。
振り返れば、幸福の王がドレスの裾を翻しながら、両脇と背中に計3人のゲヘナ風紀委員を文字通りに担いで、凄まじいフィジカルの跳躍でこちらへ向かって飛んでくるところだった。
「主ちゃん! お届けに上がったよぉ!」
「手際がいいねぇ、最高だ。優秀すぎて助かる」
3人とも完全に意識を失っており、衣服は焦げ、派手に血を流してぐったりと倒れ込んでいる。一見すれば、今すぐ心肺蘇生が必要な最悪の重症──あるいはそれ以上に見えた。
だが、探索者は彼女たち一瞥し、手首の脈を冷徹に測る。
「……呼吸あり。脈拍、やや頻脈だが強さは十分。瞳孔……よし。直撃の衝撃で脳が揺れて気絶してるだけだな。衣服の血はただの頭部裂傷だ」
カチ、カチ、カチ、と小気味よい音を立てて引き抜かれたのは──『赤』ではなく、3枚の『黄色』のタグだった。
「こいつらはまだ死なない。全員『黄色』だ。命の優先度は二の次でいい」
探索者は手際よく彼女たちの足首に黄色のタグを括り付け、近くで立ち尽くしていたトリニティの生徒に怒号を飛ばす。
「おい! 泣いてる暇があるならこの黄色どもをテントの横に寝かせろ!」
「え…!?でも…わ…わたし…きゅ…ご騎士団じゃ」
「人が死ぬかもしれない時に肩書気にしてる場合か!誰でもいい、動けるなら動け!」
「は…はい!」
「いいか、まずは意識がないから誤嚥しないように横向きにして それから傷口をさっきの食塩水で洗い流しておけ。急げ!!」
「は……はいっ!!」
ただの一般生徒だったトリニティの少女は、探索者の凄まじい眼力と覇気に気圧され、涙目を拭いながら必死の形相でゲヘナの生徒へと駆け寄った。